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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Wing Ⅱ Episode 3
128/151

Feather 4 ଓ 「守り人」 〜〝guardians of reincarnation〟〜

「あなたは……?」

 エリンシェの問いかけには答えず、黒髪の女神は(きびす)を返し、〝彼女〟の側に近付いて来た。

「あの……?」

〝――神々はね、とても永い生命いのちがあるけれど、その生涯全てをかけて、それぞれ担った役割を全うしているわけではないの。 もちろん、そういう神もいるけれど、大方は「代替わり」をしているのよ。 ――私はその「代替わり」をして、「先代」として隠れて(・・・)いるしがない女神よ〟

 エリンシェの呼び掛けを(さえぎ)り、彼女は名乗りもせず、その「役割」を明かそうとしないまま、そう自らのことを紹介した。

 とはいえ、エリンシェの中で、彼女が何者であるかは全く見当がついていないわけでもなかった。けれど、その答えを口にしたところで、彼女が答えてくれる様子は全くなかった。今はただ、彼女が自ら語ってくれるのを待つ他なかった。

 エリンシェとジェイトの側で立ち止まった彼女は何も語らず、ふたりを――特にエリンシェをじっと見つめ始めた。

 しばらく経った頃だろうか、ふと彼女は目を細め、〝あぁ……〟と小さく声を漏らした。

〝……懐かしい。 本当に久しぶりだわ。 どんなに時間(とき)が経っても変わらないのね、あなた(・・・)は〟

 その目はエリンシェをとらえているが、彼女が見ているのは誰か別の「もの」だった。

〝……そう。 ようやくあなた(・・・)の「想い」も遂げられようとしているのね? そう……〟

 まるでその「誰か(もの)」に語り掛けるかのようにつぶやくと、彼女は目を伏せ、しばらく押し黙った。

 どうすることもできず、エリンシェはただ成り行きを見守ることしかできなかった。

 長い時間が流れ、彼女が語ってくれるのを待つべきか悩み始めた頃、ようやく彼女は何かを決心したような表情(かお)で、顔を上げた。

〝――私があなたのような、人間(ひと)の身でありながら、その身を「聖なるもの」に変え、「守護者」になった女性(ひと)に出逢ったのはずいぶんと昔のことよ。 あの頃のことは……太古の時代――と呼ぶのかしらね〟

 そして、彼女はひとりでに語り始めた。

 はっとして、エリンシェは再び彼女を見上げる。

 彼女が語っているのはおそらく、エルフィナより以前(まえ)に存在していた、先ほど冥神チェルディクスから明かされた強い「想い」魂の持ち主である人物の(こと)だろう。

 ……まさかエルフィナではなく、「根源(ルーツ)」について知ることになるとは思って見なかったエリンシェは、ただ彼女がその続きを語るのを待つしかできなかった。

〝彼女は……神秘の息吹が宿る豊穣の地に、とても清らかな心を持ち、生を受けた。 彼女の心は神々の「聖なる心」に引けを取らないほど、美しかったそうよ。 (のち)にテレスファイラと呼ばれるようになったその土地を守護して(まもって)いた神も、彼女のそのあまりに美しい「心」に思わずひかれてしまったとか。 ――そして、ふたりは運命の出逢いを果たし、人間(ひと)と神という垣根を越え、恋人同士となったそうよ〟

 そんなエリンシェの思いを知ってか知らずか、彼女が少しずつ語り始めた。

〝守護神は愛した彼女に自らの「力」を分け与えたそうよ。 元々清らかな心の持ち主である彼女は以来、とても強い「力」の持ち主となったとか。 ふたりはしばらく幸福(しあわせ)に暮らしたそうだけど、ある日【邪神】の襲撃をきっかけに悲劇は起きてしまったの〟

 彼女の話を聞いていると、その強い「想い」の魂の人物は、かつてガイセルが書物で見出した〝神格化〟の手掛かりとなった者と重なっているように思えた。けれど、真相は誰にも――その人物のことを語る彼女にすら、分からないだろう。そんなことを考えながら、エリンシェは彼女の話の続きを待った。

〝自らが守護する(まもる)大地とそこに暮らす彼女のため、守護神は【邪神】と戦った。 けれど、最後には……相討ちになってしまって、守護神の身は滅びてしまった。 そのことをひどく嘆いた彼女はその「力」をもって、いなくなってしまった守護神の代わりに、彼が愛した土地を自ら守護して(まもって)いく決断をしたの〟

 ……愛した存在(ひと)をなくす――それが強い「想い」を(いだ)くきっかけになったのか。ただ話を聞いているだけなのに、エリンシェはその人物(ひと)のことがまるで、自分のことのように思えて仕方なかった。理由も分からないのに、涙すらこみ上げてくる。

 こころなしか、彼女もどこか悲しそうな表情(かお)を浮かべて、強い「想い」魂の人物のことを語っているように思えた。

〝永い間――本当に永い間、彼女は守護神が愛した大地を守護して(まもって)いたの。 そして、その大地に再び平穏が訪れ、いつしか時代も変わろうとしていた頃、彼女は「守護者」の役目を退き、「とある決断」をしたの〟

 そこまで話し終えると、彼女はふとエリンシェの方へと再び視線を戻した。

〝――私が彼女と直接(・・)出逢ったのはその時よ〟

 きっぱりと告げられた彼女の言葉に、エリンシェは確信を持つ。やはり、彼女は……――!

 けれど、答えを確かめるよりも早く、彼女が自嘲(じちょう)するかのように笑いをこぼした。

〝……我ながら「お人好し」なのよね。 つい干渉し過ぎてしまうの。 ――実を言うとね、私、どうしてもふたりのことを放っておけなかったのよ。 守護神の身が滅びてしまった時、何とかその魂だけは救うことができることに気付いて、消えてしまう前に私が魂を引き上げ、「輪」へと託した。 たとえ、神の魂であったとしても「輪」はつつがなく(めぐ)ることに気付いて、神々にも新たなる「選択肢」が与えられていることを知った。 ――そして、それは「守護者」であっても同じことで、ひたむきに役割を果たしながら壊れそうになっている彼女に、彼の魂が「輪」の中で廻っていることを教えた〟

 ――そして、それをきっかけに、強い「想い」魂の人物(ひと)は「とある決断(・・・・・)」をしたのだ。

〝……あの日のことは現在(いま)でもはっきりと覚えている。 ――彼女はとても強い「想い」を(いだ)いたまま、「門」をくぐったわ。 ……私()の「役目」は見届けるだけで、本来なら後のことなんて知らなくてもいいものなの。 けれど、あまりの「想い」の強さに放っておけなかった。 だからずっと――私が隠れ(・・)て「役割」が「今代」に引き継がれても、彼女の魂がどうなったのかを見守ってきたの〟

 話し終えた彼女はふと人差し指を立て、空中でくるくると何度かまわしてみせると、最後にエリンシェの胸の辺りをまっすぐに差した。

〝――そして、永い永い時を(めぐ)り、現在(いま)へと繋がっているのよ〟

 そして、最後にちらりとジェイトを見ると、踵を返して、そこから離れようとした。

「ま……待って!」

 エリンシェは思わず彼女を呼び止めていたが、これまで聞いた話に頭の整理が追いつかず、何を尋ねれば良いか迷っていた。

 当然彼女は応える素振りを見せず、少しずつ離れていく。その途中、殿から戻ったアリィーシュと鉢合わせする。

 その瞬間、彼女は〝……あぁ〟と声を漏らし、思い出したかのように、エリンシェの方へと振り返った。

〝今の話、覚えていたら彼女にも聞かせてあげなさいな。 そうすればきっと、彼女にも「選択肢」が開くはずよ。 ……まぁ、ひょっとすると、あなたじゃなくても、いつかあのこ(・・・)が彼女に教えるかもしれないけれどね。 ――あのこ(・・・)は私よりもずっと「お人好し」だから〟

 エリンシェも突然居合わせたアリィーシュも、彼女のその言葉の意味が理解できず面()らい、その場で固まってしまった。

 その隙に、彼女がどんどんその場から離れていく。けれど、また少し進んだところで立ち止まり、今度は少しだけ振り返ると口を開いた。

〝――私()はね、本当に「お人好し」なの。 この「役割」についていると、生きとし生けるものが本当に愛おしく思えて、どうしても……無念な「思い」を(いだ)いたまま「門」をくぐろうとする(もの)がいると、その「思い」をなくしてから送りたいという気持ちが芽生えてしまうの。 ――そんな私()だから、これくらいしかできない私とは違って、あのこ(・・・)があなたの「力」になってくれるわ。 きっと思いがけない「道」を見出してくれると思う。 ……きっと、あなたのその「おもい」は彼女と違って、あなた自身を強くしてくれる大事なものだから、大切にしなさいな〟

 そして、それだけ言い残すと、彼女は今度こそ、その場から去ってしまったのだった。


 少し経って、アリィーシュが我に返り、エリンシェに小声で話し掛ける。

「今の女神は……?」

「……『先代』の転生の神様……」

 エリンシェがそう口にすると、「えっ」と驚きの声を漏らし、アリィーシュは再び面喰らっていた。

 直接その正体を聞いたわけではなかったが、先ほどまでの口ぶりから、彼女がかつて輪廻転生を守護して(まもって)いた「先代」の転生神(守り人)だと強い確信を持っていた。

 ……彼女のおかげで少しではあるが、自分の「根源(ルーツ)」に近付くことができた。天界で得たこの情報からいくつか「糸口」を探し出し、レスカとの戦いに備えなければならない。

 そして、なによりも……――。

(―……私は、多くの「想い」を背負って誕生して(うまれて)きた。 そんな「想い」のためにも、私は負けるわけにはいかない)

 ――エリンシェの中にそんな強い決意が生まれたのだった。

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