Feather 4 ଓ 「守り人」 〜〝guardians of reincarnation〟〜
「あなたは……?」
エリンシェの問いかけには答えず、黒髪の女神は踵を返し、〝彼女〟の側に近付いて来た。
「あの……?」
〝――神々はね、とても永い生命があるけれど、その生涯全てをかけて、それぞれ担った役割を全うしているわけではないの。 もちろん、そういう神もいるけれど、大方は「代替わり」をしているのよ。 ――私はその「代替わり」をして、「先代」として隠れているしがない女神よ〟
エリンシェの呼び掛けを遮り、彼女は名乗りもせず、その「役割」を明かそうとしないまま、そう自らのことを紹介した。
とはいえ、エリンシェの中で、彼女が何者であるかは全く見当がついていないわけでもなかった。けれど、その答えを口にしたところで、彼女が答えてくれる様子は全くなかった。今はただ、彼女が自ら語ってくれるのを待つ他なかった。
エリンシェとジェイトの側で立ち止まった彼女は何も語らず、ふたりを――特にエリンシェをじっと見つめ始めた。
しばらく経った頃だろうか、ふと彼女は目を細め、〝あぁ……〟と小さく声を漏らした。
〝……懐かしい。 本当に久しぶりだわ。 どんなに時間が経っても変わらないのね、あなたは〟
その目はエリンシェをとらえているが、彼女が見ているのは誰か別の「もの」だった。
〝……そう。 ようやくあなたの「想い」も遂げられようとしているのね? そう……〟
まるでその「誰か」に語り掛けるかのようにつぶやくと、彼女は目を伏せ、しばらく押し黙った。
どうすることもできず、エリンシェはただ成り行きを見守ることしかできなかった。
長い時間が流れ、彼女が語ってくれるのを待つべきか悩み始めた頃、ようやく彼女は何かを決心したような表情で、顔を上げた。
〝――私があなたのような、人間の身でありながら、その身を「聖なるもの」に変え、「守護者」になった女性に出逢ったのはずいぶんと昔のことよ。 あの頃のことは……太古の時代――と呼ぶのかしらね〟
そして、彼女はひとりでに語り始めた。
はっとして、エリンシェは再び彼女を見上げる。
彼女が語っているのはおそらく、エルフィナより以前に存在していた、先ほど冥神チェルディクスから明かされた強い「想い」魂の持ち主である人物の話だろう。
……まさかエルフィナではなく、「根源」について知ることになるとは思って見なかったエリンシェは、ただ彼女がその続きを語るのを待つしかできなかった。
〝彼女は……神秘の息吹が宿る豊穣の地に、とても清らかな心を持ち、生を受けた。 彼女の心は神々の「聖なる心」に引けを取らないほど、美しかったそうよ。 後にテレスファイラと呼ばれるようになったその土地を守護していた神も、彼女のそのあまりに美しい「心」に思わずひかれてしまったとか。 ――そして、ふたりは運命の出逢いを果たし、人間と神という垣根を越え、恋人同士となったそうよ〟
そんなエリンシェの思いを知ってか知らずか、彼女が少しずつ語り始めた。
〝守護神は愛した彼女に自らの「力」を分け与えたそうよ。 元々清らかな心の持ち主である彼女は以来、とても強い「力」の持ち主となったとか。 ふたりはしばらく幸福に暮らしたそうだけど、ある日【邪神】の襲撃をきっかけに悲劇は起きてしまったの〟
彼女の話を聞いていると、その強い「想い」の魂の人物は、かつてガイセルが書物で見出した〝神格化〟の手掛かりとなった者と重なっているように思えた。けれど、真相は誰にも――その人物のことを語る彼女にすら、分からないだろう。そんなことを考えながら、エリンシェは彼女の話の続きを待った。
〝自らが守護する大地とそこに暮らす彼女のため、守護神は【邪神】と戦った。 けれど、最後には……相討ちになってしまって、守護神の身は滅びてしまった。 そのことをひどく嘆いた彼女はその「力」をもって、いなくなってしまった守護神の代わりに、彼が愛した土地を自ら守護していく決断をしたの〟
……愛した存在をなくす――それが強い「想い」を抱くきっかけになったのか。ただ話を聞いているだけなのに、エリンシェはその人物のことがまるで、自分のことのように思えて仕方なかった。理由も分からないのに、涙すらこみ上げてくる。
こころなしか、彼女もどこか悲しそうな表情を浮かべて、強い「想い」魂の人物のことを語っているように思えた。
〝永い間――本当に永い間、彼女は守護神が愛した大地を守護していたの。 そして、その大地に再び平穏が訪れ、いつしか時代も変わろうとしていた頃、彼女は「守護者」の役目を退き、「とある決断」をしたの〟
そこまで話し終えると、彼女はふとエリンシェの方へと再び視線を戻した。
〝――私が彼女と直接出逢ったのはその時よ〟
きっぱりと告げられた彼女の言葉に、エリンシェは確信を持つ。やはり、彼女は……――!
けれど、答えを確かめるよりも早く、彼女が自嘲するかのように笑いをこぼした。
〝……我ながら「お人好し」なのよね。 つい干渉し過ぎてしまうの。 ――実を言うとね、私、どうしてもふたりのことを放っておけなかったのよ。 守護神の身が滅びてしまった時、何とかその魂だけは救うことができることに気付いて、消えてしまう前に私が魂を引き上げ、「輪」へと託した。 たとえ、神の魂であったとしても「輪」はつつがなく廻ることに気付いて、神々にも新たなる「選択肢」が与えられていることを知った。 ――そして、それは「守護者」であっても同じことで、ひたむきに役割を果たしながら壊れそうになっている彼女に、彼の魂が「輪」の中で廻っていることを教えた〟
――そして、それをきっかけに、強い「想い」魂の人物は「とある決断」をしたのだ。
〝……あの日のことは現在でもはっきりと覚えている。 ――彼女はとても強い「想い」を抱いたまま、「門」をくぐったわ。 ……私達の「役目」は見届けるだけで、本来なら後のことなんて知らなくてもいいものなの。 けれど、あまりの「想い」の強さに放っておけなかった。 だからずっと――私が隠れて「役割」が「今代」に引き継がれても、彼女の魂がどうなったのかを見守ってきたの〟
話し終えた彼女はふと人差し指を立て、空中でくるくると何度かまわしてみせると、最後にエリンシェの胸の辺りをまっすぐに差した。
〝――そして、永い永い時を廻り、現在へと繋がっているのよ〟
そして、最後にちらりとジェイトを見ると、踵を返して、そこから離れようとした。
「ま……待って!」
エリンシェは思わず彼女を呼び止めていたが、これまで聞いた話に頭の整理が追いつかず、何を尋ねれば良いか迷っていた。
当然彼女は応える素振りを見せず、少しずつ離れていく。その途中、殿から戻ったアリィーシュと鉢合わせする。
その瞬間、彼女は〝……あぁ〟と声を漏らし、思い出したかのように、エリンシェの方へと振り返った。
〝今の話、覚えていたら彼女にも聞かせてあげなさいな。 そうすればきっと、彼女にも「選択肢」が開くはずよ。 ……まぁ、ひょっとすると、あなたじゃなくても、いつかあのこが彼女に教えるかもしれないけれどね。 ――あのこは私よりもずっと「お人好し」だから〟
エリンシェも突然居合わせたアリィーシュも、彼女のその言葉の意味が理解できず面喰らい、その場で固まってしまった。
その隙に、彼女がどんどんその場から離れていく。けれど、また少し進んだところで立ち止まり、今度は少しだけ振り返ると口を開いた。
〝――私達はね、本当に「お人好し」なの。 この「役割」についていると、生きとし生けるものが本当に愛おしく思えて、どうしても……無念な「思い」を抱いたまま「門」をくぐろうとする魂がいると、その「思い」をなくしてから送りたいという気持ちが芽生えてしまうの。 ――そんな私達だから、これくらいしかできない私とは違って、あのこがあなたの「力」になってくれるわ。 きっと思いがけない「道」を見出してくれると思う。 ……きっと、あなたのその「おもい」は彼女と違って、あなた自身を強くしてくれる大事なものだから、大切にしなさいな〟
そして、それだけ言い残すと、彼女は今度こそ、その場から去ってしまったのだった。
少し経って、アリィーシュが我に返り、エリンシェに小声で話し掛ける。
「今の女神は……?」
「……『先代』の転生の神様……」
エリンシェがそう口にすると、「えっ」と驚きの声を漏らし、アリィーシュは再び面喰らっていた。
直接その正体を聞いたわけではなかったが、先ほどまでの口ぶりから、彼女がかつて輪廻転生を守護していた「先代」の転生神だと強い確信を持っていた。
……彼女のおかげで少しではあるが、自分の「根源」に近付くことができた。天界で得たこの情報からいくつか「糸口」を探し出し、レスカとの戦いに備えなければならない。
そして、なによりも……――。
(―……私は、多くの「想い」を背負って誕生してきた。 そんな「想い」のためにも、私は負けるわけにはいかない)
――エリンシェの中にそんな強い決意が生まれたのだった。




