Feather 3 ଓ 思惟 〜thought〜
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アリィーシュに連れて来られたのはとても美しい花園だった。
――「女神の花園」と呼ばれているその場所は多くの女神にとって「故郷」のようなところだという。
花園について説明したアリィーシュももちろん、「故郷」と親しんでいた。天界を訪れる際にはできるだけ花園にも顔を出すように心掛けているが、立ち寄らないと、其処に棲まう天真爛漫な女神が機嫌を損ねてしまい、その次の機会には質問攻めなどといった「洗礼」を受けることになるのだという。
花園に着いて、まずエリンシェ達を出迎えたのは蒼い〝薔薇〟だった。
「ただいま、〝蒼薔薇〟」〝やぁ、おかえり、アリィーシュ〟
慣れたように、アリィーシュが挨拶をし、〝蒼薔薇〟が若い男性の声で応えている様子を眺めながら、エリンシェは内心驚いていた。――〝蒼薔薇〟には強い「力」を持つ「何か」が宿っていることにすぐさま気付いたからだった。
〝人間……だね〟
ふと、〝蒼薔薇〟がエリンシェとジェイトに気付いて、小さいつぶやきを漏らした。けれど、その声はどこか優しく、懐かしい存在に再び出逢えたことを喜んでいるかのようだった。
「エリンシェとジェイトよ。 ――ふたりでテレスファイラを守護しているのよ」
アリィーシュに紹介され、エリンシェは頭を下げる。ジェイトも驚きつつ、一礼した。
〝人間の「守護者」かぁ……。 僕もずいぶんと永いこと存在しているけど、初めて見たよ。 ……ともかく、歓迎するよ。 ――ようこそ、「女神の花園」へ〟
〝蒼薔薇〟と挨拶を交わしたすぐ後、花園の奥の殿から、長い金色の髪の美しい女神と大勢の女神が姿をあらわした。
〝ヴェルファーナ、アリィーシュが人間の「守護者」達を連れて戻ったよ〟
〝蒼薔薇〟がそう呼び掛けると、金色の髪の女神――ヴェルファーナが一歩前に進み出た。
〝ようこそ。 私は「女神の花園」を守護する女神・ヴェルファーナです。 おふたりを歓迎しますよ〟
名乗りを上げるヴェルファーナの後ろで、女神達が口々に「人間だわ」「初めて見た」などと言いながら、悪気はなさそうだが物珍しいものを見るように、エリンシェとジェイトをまじまじと見ていた。
ふと、アリィーシュがエリンシェを振り返る。その口元には苦笑いが浮かんでいた。すぐさま、女神達の方へ向き直ると、前へと歩き出した。
「――さ、みんな。 このふたりと話したいのも分かるけど、私の相手もしてもらえない?」
どうやら、アリィーシュはエリンシェの顔色をうかがっていたようだった。一瞬でエリンシェが考えを整理したいと思っていると見て取ると、女神達の興味を自分自身に向けようとしているようだった。
もちろんエリンシェとジェイトのことも興味津々だった女神達だったが、付き合いの長いアリィーシュからの提案を聞き、すぐさまその対象を彼女に移した。群がるように彼女を取り囲むと、そのまま奥の殿へと向かっていった。
ヴェルファーナもアリィーシュの意図に気付いたのだろう。何も言わず、女神達の後に続いた。
……まるで嵐が去ったかのようだ。おまけに、まるで「家族」に再会した時のようなアリィーシュの嬉しそうな表情も見たことがない。あまりの勢いに、エリンシェは呆気に取られ、そんなことを思っていた。
「……行っちゃったね」
エリンシェの横でぼそりとつぶやくと、ジェイトが適当なところに座り込んで、上へと視線をやる。〝彼〟もまた、エリンシェが考え事をしたいのを理解して、何も言わないことを決めたようだった。
そんなジェイトのそばに、エリンシェも座り込んで、どこともなく視線をさまわよせながら、物思いにふけり始めた。
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まず、考えたのは大神ディオルトが話していたメレナを救う方法だった。
〝案外、知っている術の中に助けてくれるものがある〟と言っていたところを考えると、エリンシェが身近に使っている術の中に、役に立つものがあるのだろう。
となると……? エリンシェは今まで教わってきた術を思い出してみる。
〝封印〟は……できるだけ使いたくない。それよりもずっと良い選択を取るために、使うべき術があるはずだ。
ふと、そんなことを考えていると、エリンシェは三年前、ゼルグとの戦いへ向かっていく前に、アリィーシュから教わった術を思い出す。
それは〝浄化〟――祈りをこめて、あらゆるものを清め、浄化する術。
教わったあの時も、あらゆるものをという部分に着目したのを覚えている。
……もしかして、ディオルトが言っていたのは〝浄化〟のことだろうか。その源が「祈り」であることを考えれば、可能性も捨てきれない。「祈り」をより強い「おもい」で込めれば、ひょっとするとメレナとレスカを分離させることだってできるかもしれない。
そんなことを考えていると、胸元のペンダントが熱を帯びた。――まるで、〝幸いの天使〟が大丈夫だと言っているかのようだった。
一か八か、試してみるしかない。他の案が今のところ見つかっていないことが不安ではあったが、ディオルトの助言だっただけに不可能ではないのだろう。
そう結論づけて、エリンシェは次に、前世のことについて考え始める。
エルフィナのことは……未だ自身の前世であるとは受け入れ難かった。けれど、彼女とはとても深い「縁」で結ばれていると強く感じていることも確かだった。――だからこそ、エリンシェは彼女のことを知りたいと願ったのだ。
……けれど、やはり過去の人であるエルフィナのことを知る存在は天界にさえいなかった。そして、唯一彼女を知っている存在であろう転生の神は手の届かない処にいて、話すことすらできなかった。
ふと、エルフィナはあることを思い出す。あの時……――レスカにつかまった時、精神体だけの世界で出逢った彼女はエルフィナだったのだろうか? 「いつかまた」と言い残していたが……。まさか本当に、逢うことなどできるのだろうか?
――いや、そんなはずはないだろう。現に、こうしてエルフィナのことを知ろうとしても、何の手掛かりも得られていないのだから。それなのに、「逢う」なんてことはできるはずもないのだ。
逢えるものなら逢いたいと思う気持ちに蓋をして、エリンシェは冥神チェルディクスから聞いた強い「想い」の魂について思い返す。
……まさか、エルフィナよりもずっと昔に存在していた、エリンシェの「根源」について知ることになるとは思わなかった。
けれど、その存在について知ろうとするのは、エルフィナのことを知るよりもずっと難しいだろう。
――その時だった。
――あなたはわたしたちの〝想い〟をかなえてくれる?
いつか、強い〝想い〟を抱いた女性に投げかけられた言葉が頭をよぎった。
まさか、あの女性が……?
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その答えを考えるよりも先に、ふと周りの「気」が変わったのを感じて、エリンシェは顔を上げる。
視線の先には、こちらへ向かってくる美しい黒髪の艶やかな女神が居た。その佇まいは気品にあふれていて、何か……他の神とは違う「気」を放っていた。
彼女はエリンシェとジェイトには目も向けず、ふたりのそばをそのまま通り過ぎ、殿の方へと足を向けようとした。――が、ふと立ち止まり、後ろを――ふたりを振り返ってつぶやいた。
〝人間……なのね。 それも「守護者」の……。 ずいぶんと久しぶりだわ〟
その言葉に、エリンシェははっとして、彼女を見上げた。




