Episode 3 Prologue ଓ 不屈 〜〝tear〟 Ⅱ〜
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――ずっと、「血」を呪って生きてきた。
いつのことだったか、彼女は何の変哲もない「普通」の両親から突如、とんでもない事実を突き付けられたのだ。
「あのね、メレナ……。 私達の『家』は呪われているの」
その時はまだ、彼女――メレナはその意味を理解することはできなかった。けれど、折を見て、両親は少しずつ先祖が犯した「罪」について触れ始めたのだった。
――その「罪」の発端は旧魔法王国時代までにさかのぼる。
かつて、メレナの先祖であるヴェスターは王国を支配しようと、【黒きモノ達】という組織を作り上げ、襲撃計画を企てていた。
その途中、オンナの【邪神】と邂逅し、ヴェスターはその襲撃計画を成功させ、旧魔法王国の姫を娶り、王国を支配することに成功させた。そして、旧魔法王国に暗黒の時代が訪れたのである。
……しかし、それも長くは続かなかった。姫とその騎士である隠し子に、ヴェスターは打ち倒させることになる。
けれど、ヴェスターは【邪神】を崇拝すると同時に、愛してもいた。それ故に、【黒きモノ達】に籍を置いている女と儲けた子孫にその身を差し出した。
これが先祖であるヴェスターの「罪」――その「罪」が後世まで、彼の子孫に生まれた者達を苦しめる【呪い】を生み出したのである。
しかし実際、その【邪神】に身体を捧げる「生贄」となる者は長らくいなかった。
女児と限定はされているが、いつ何時【邪神】が復活するか分からず、自分の身が危険に晒されるかもしれない恐怖に、何人もが怯えながら生きてきたという。
まだヴェスターの死後直後は自身も悪に染まる生き方を選ぶモノも多くいたが、時とともに少しずつ、平穏な生活を望む者が多くなり、【呪い】に苦しめられることになった。
メレナの母も相当【呪い】に悩まされたという。
気が弱く、自分の子供に【呪い】を受け継ぐことに躊躇いを覚え、誰かに愛情を抱くことは決してしないと誓って生きてきた。
けれど、その固いはずの誓いさえも越えてしまうほどの出会いをしてしまったのだ。後にメレナの父となる相手も「呪い」さえも受け止めると言って退けてみせた。
メレナの両親が出会ってからしばらくしないうちに、ふたりは結婚することになった。やがて、メレナの母が妊娠すると、虚勢を張っていてもやはり、両親は我が子が女でないことを切に願った。
……だが、両親の願いも虚しく、女児――メレナが誕生した。もちろん両親は彼女の誕生を喜んだが、【呪い】のことを気に掛けずにはいられなかった。さらに、メレナが物静かな性格に育ち、両親の不安は煽られるばかりだった。
今まで【邪神】が復活したことはなかったのだ、メレナもきっと大丈夫――そう考えて、両親は何とか不安を打ち消そうとした。
――だが、運命はメレナを翻弄することになる。
上級課程に入るまでは、メレナ自身も【呪い】のことは否応なく受け入れ、不安には思っていたが「普通」に生きてきた。
けれど、「異変」があった年――【邪神】ゼルグの襲撃以来、メレナの身体の奥底でも「異変」が起きたのだった。
……誰かが――いや、【邪神】が復活し、身体を蝕もうとしている。――メレナ自身、その時はっきりとそう自覚したのだ。
それから上級課程に入ってからだろうか、復活した【邪神】レスカと戦うようになった。――自分自身の心を守るようになった。そうすれば、レスカの「生贄」になることはないと理解していたからだ。
けれど、メレナが思うよりもずっと、【呪い】は深刻なモノだった。【邪神】レスカはまるで獰猛なケモノのようで、母と同じく気が弱く、物静かなメレナには到底かなうはずの相手ではなかった。
そのため、メレナは、戦うことに疲れ果ててしまいそうになることもあった。自分はどうして、この家に生まれてしまったんだろうと、そんな疑問を抱くこともあった。虫が良すぎるとは思っていたが、心のどこか片隅でこの戦いを終わらせてほしいと願わずにはいられなかったのだった。
けれど……――。
――ずっと、「血」を呪って生きてきた。
……でも、それ以上に、「後悔」を抱いたことはなかった。
決して在るはずのない〝光〟を――ずっと求めてきた〝光〟を見つけたのだから。
――その〝光〟である〝彼女〟に出逢えたことはとても幸せなことだった。
それだけで……「後悔」などする理由がなかった。
そして……――。
――そして、〝彼女〟は決してその救いの手を離すまいとしている。
ならば、メレナもそれに応えなければならない。
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〝私はエルフィナ・ファイラ。 ――私は「繋がり」のある「あの娘」を助けるために「この時」を待っていたの〟
レスカに身体を奪われ、もう消えてしまったと思ったその時、目の前にあらわれた姫はそんな名乗りをあげた。
……似ている。姫――エルフィナを一目見た瞬間、メレナはすぐにそう思った。容姿もよく似ているが、何よりも……――。
(あなたは……〝彼女〟の前世と深い関係があるんですね?)
エルフィナからとても強い「輝き」を感じて、その「輝き」が〝彼女〟と似ていた。――〝彼女〟のように、エルフィナを見ていると希望が湧いてくる、そんなところがよく似ていたのだ。
〝えぇ、とても……深い関係よ〟
そう言って、エルフィナは優しく微笑んだ。多くは語らなかったが、〝彼女〟のことを大切に思っているようだった。
(あの、本当に〝彼女〟は私を救おうと……?)
〝無意識に、だけどね。 でもそれで十分だった。 あなたが消えそうになったあの時、あの娘は方法が見つからないと分かっても、どこかで諦めきれずにいたの。 ――それが「奇跡」を起こした〟
どこか誇らしげに語るその口ぶりから、エルフィナが〝彼女〟のことを「大切」に思っているのが分かった。まるで姉や母といった「家族」によく似た「感覚」を抱き、ひっそりと〝彼女〟のことを見守っているようだ。
〝だけど、それだけで十分。 こうして、あなたのことを救えて、あの娘のことを手助けできたんだから〟
(エルフィナ様、私を助けていただいてありがとうございます。 それで……これからどうすれば良いですか? ――私にできることはありますか?)
メレナに〝光〟を見せ、「力」を貸してくれた〝彼女〟のためにも、そして、これまでずっと戦ってきた【呪い】と決別するためにも、何かできることがあるならしたい。そんな決意を込め、メレナはエルフィナにそう問い掛ける。
そんなメレナの顔を、エルフィナはじっと見つめると、優しく微笑んで首を横に振ってみせた。
〝特に何も。 ただ一つ、その「心」を忘れてないでいて。 ――それだけで私もあの娘も力になれるから〟
そして返ってきたエルフィナの答えに、メレナは拍子抜けする。……特に何もせずにじっとしているなんて。けれど、せっかくこうして救われたのだ。決して諦めず、いつかは〝彼女〟の元へかえってみせる! ――メレナはそんな決心を固めた。
メレナのそんな思いを知ってか知らずか、エルフィナがまた、彼女の側でそっと微笑みを浮かべたのだった。
――こうして、それぞれが己の「戦い」へと向かっていくのだった。




