Feather 9 ଓ 【起因 Ⅳ】 〜【causing Ⅳ】〜
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建国祭の襲撃はデュロウが主立って計画した。
まず、以前から人々の間で広まっている建国祭の日に守護神に願いが叶うという噂に色をつけ、デュロウがその噂を流し、姫が教会に向かうよう差し向ける。そして、教会に出向いた姫をレスカが襲撃する。後はデュロウがレスカに進言した通り、姫がいない間に、ヴェスターが城を落とすという算段になっていた。
レスカという後ろ盾を得たヴェスターは計画通り、王を暗殺してみせた。デュロウも自身の「才能」を最大限に生かし、姫を上手く「操って」いた。
あまりにも事が上手く運び過ぎて、レスカは思わず、焦燥感に駆られていた。……だが、これで本当にずっと求めていた「存在」に相見えることができる。そう思うと、レスカは同時に興奮すら覚えていた。
――そして、いよいよ、「その時」がやって来た。
何かに取り憑かれたように、姫が教会へとやって来た。そして、そのまま祭壇へと進み出ると、祈りを捧げ始めた。
(守護神様、どうか私の〝力〟を失くして下さい)
……デュロウは上手くやったものだ。愚かにも、姫はそんな「願い」を偽りの【神】に掛けている。
【聞き入れよう】
ほくそ笑みながら、姫に語りかけ、レスカは【短刀】を握る。
(【解邪】)
――そして、【力】を開放する。
それと同時に、暗く静まり返っていた教会に明かりがともる。大方、デュロウが合図でも送ったのだろう。
【黒きモノ達】に周りが囲まれていることに気付き、姫がようやく我に返る。その瞬間、レスカは上から姫に飛び掛かる。――狙った獲物は決して逃さない。
レスカは姫の上に馬乗りになり、彼女を取り押さえる。何か得体のしれないモノを目にしているかのように、此方を見て、恐怖の表情を浮かべている。
けれど、レスカは姫の表情の片隅から、ある種の「期待」のようなものを読み取った。……驚いたな、先程の「願い」は全くの偽りというわけでもなかったらしい。
【何を恐れることがある? 今からお前の「願い」を叶えるのだぞ】
レスカが悪戯心にそう言ってみせると、姫は自分の本心を見透かされたことに、驚いたような表情を浮かべた。
……なるほど、人間というものはこうも脆いものなのか。揺さぶりを少し掛けただけなのに、こうも負の感情を抱くとは思ってもみなかったレスカは内心愉快に思っていた。人間と違って、神はその心の在り様からめったに負の感情を見せたりしない。しかし、レスカにとっては、負の感情は【狩り】を引き立てる要素だった。
姫の驚きが恐怖に変わりかけたところで、レスカは勢いよく、彼女の胸――「心」に【短刀】を突き刺した。
「……っ!?」
姫が身体をのけ反らせ、声にならない悲鳴を上げるのと同時に、レスカは目を見開いた。
姫の〝力〟は今までレスカが【狩り】をして来た中で一番の獲物だった。――確かに、【コエ】が話していた通り、極上の馳走だった。
だが、それだけではない。姫の〝力〟は何か……とても強い「おもい」によって、現在に至るまで受け継がれたことにより成り立っているものらしかった。
一度喰らえば忘れられぬと【コエ】は話していた。今、レスカが【狩り】をすれば、姫の〝力〟はなくなり、彼女はただの人間になる。けれど、ひょっとすると姫も「おもい」を受け継ぐ側になれば、「未来」により強い〝力〟をもった「存在」が生まれるのではないだろうか? そんな仮説に至り、レスカは生唾を呑む。
――ならば、この姫が転生を遂げるまでは此処に留まらなければならない。そう理解したレスカはもう少しだけ【黒きモノ達】の元で居座ることに決めた。
……だが、〝力〟を奪い取るだけでは足りない。もっと、姫を【絶望】へと堕とさねばならない。
そんなことを考えているうちに、姫の〝力〟を全て【狩り】切った。【短刀】を抜くと、その刃にはそれまで見たことないくらいの〝光〟がまとわりついていた。
あふれんばかりの〝力〟に思わず笑いがこぼれ、たまらず【短刀】を舐めてしまっていたが、レスカはふと、ヴェスターとの取引を思い出す。
……あぁ、そうだ。この姫をヴェスターに引き渡せば、彼女は自ずと【絶望】へと堕ちていくだろう。〝力〟をなくすことを心のどこかで望んでいたようだが、ただの人間に成り下がったところで未来には幸せなどないことを知らしめてやるのだ。
【――後は好きにしろ】
おそらく恐怖を抱かずにはいられない一言を口にして、レスカはその場を後にする。
……なぜだろう。今までの中で一番の【力】を手にして、満足しているはずなのに、その瞬間レスカは、ほんの少しだけ胸が締め付けられそうになった。
ともかく、あとはヴェスターとデュロウに任せておけばいい。そう考え直したレスカはひとまず、馳走を堪能することにしたのだった。
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父である王を亡くし、ヴェスターと望まぬ婚姻関係を結んだ姫はレスカの算段通り、【絶望】へと堕ちていった。
あの時レスカは【狩り】をすることに集中していて、周りを見ていなかったのだが、ヴェスターが脅しになるよう、人質に取っていた騎士が姫の恋人だったらしく、その彼との幸せな未来も絶たれ、幽閉されることになり、姫はより【絶望】を味わうことになったようだった。
じきに姫は自ら命を絶とうとするかもしれない。レスカはそう考え、姫を見張っていた矢先のことだった。
――なんと、姫が監禁されていた騎士との子を身ごもり、最後のあがきをしてみせたのだ。
魔法王国を支配していたヴェスターも、姫が身ごもるよう働き掛けていたが、その思惑は上手くいかなかったようだった。
その裏で姫の魂の行く末を見守っていたレスカは【女神】として、ヴェスターの手助けをしていた。そのおかげで、カレによる支配は長らえたと言っても過言ではないだろう。
――しかし、人間のその短い命を、魔法王国を支配するという【野望】に費やしたヴェスターよりも、【絶望】の中「希望」を捨てずに生き続け、子という形を成した姫の方がその「おもい」は上手だったということだ。……さすがは、とても強い「おもい」をその魂に刻んで誕生した存在――といったところだろうか。
けれど……。――けれど、レスカにとっては、人間でありながら、己の【野望】を貫いてここまでやって来たヴェスターの姿が他とは違い「特別」に思えて仕方がなかった。
そんなヴェスターを、姫はその「おもい」を胸に強く抱いて、遥かに越えていった。それどころか、姫は【女神】であるレスカにすら何も手出しさせず、騎士との子を育て上げた。そして、その成長を見届けると、姫は騎士とともに、静かに息を引き取った。
一体、「何」がそうさせたのか。
歯がゆく思いながら、レスカは姫の最期を見届けた。やはり、姫は彼女自身の強い「おもい」を未来へ託し、輪廻の果てへと還っていくようだった。――いつか、受け継がれた強い「おもい」と〝力〟を持つ「存在」が未来に生まれるのであろう。
姫が亡くなると、何もできなかったレスカはようやく動けるようになった。その瞬間、急いでヴェスターの元へと向かう。おそらく真っ先に、姫と騎士の子はカレを倒しに向かうだろう。
「――母上と父上の敵っ!!」
レスカがヴェスターのところへたどり着いた頃には手遅れだった。
――まさしく、おそらく騎士の形見であろう剣を握った姫と騎士の子がヴェスターの胸を貫いた瞬間だった。
ヴェスターが床に倒れ込んだのと同時に、姫と騎士の子はその場を後にした。
【ヴェスター!】
その姿が見えなくなってから、レスカはヴェスターの側へと駆け寄る。
虚ろな瞳でレスカを見つけると、大きく息を吐くと、ヴェスターは一言つぶやいた。
「こりゃ……もうだめだ」
小さく【そんな】とつぶやいたレスカに、ヴェスターが手を伸ばす。しかし、当時はまだ実体ではなかった【カノジョ】には、その手を掴むことはできなかった。
「まぁ……しょせん、悪党ってのは倒される運命なのかもしれないな。 けど……あの日レスカと邂逅して、短い間だったが、あんたがオレの【女神】になってくれたのが本当に嬉しかった。 そのおかげで、今この瞬間まで、オレは自分の『野望』を叶えることができた」
息絶え絶えに、ヴェスターが語る。気が付くと、レスカは胸が詰まりそうになりながら、カレの話に耳を傾けていた。
「そろそろ……あんたを解放してやらなくちゃ……いけねぇな。 オレには理解できるんだ。 ――レスカ、あんたにも『望み』ってやつがあるんだろう? それで、そのためにもうじき行かなくちゃならないんだろう? レスカ、あんたはオレ達を手助けしてくれた。 だから、今度はオレの番だ」
立場の違いからそれほど長い時間をともにしていたわけではなかったが、どうやらヴェスターはレスカのことを理解していたようだ。――レスカが姫の「おもい」を受け継いだ魂の行く末を追うつもりなのを分かっているようだった。
「まず……デュロウのヤツいるだろう? アイツを好きに使え。 オレの言うことはあんま聞かねぇが、あんたの命令ならたぶん聞くだろうからよ……」
レスカは最初に、ヴェスターからデュロウのことを託された。――この時はまだ当人の同意を得ていなかったが、のちにレスカはデュロウ本人と誓約を結ぶことになる。そして、現在に至るまで、デュロウはレスカの唯一の右腕として暗躍することになるのだった。
「それと……【黒きモノ達】の中には女もいる。 別にソイツのことは愛しているワケじゃないが……オレにも雄としての『矜持』があってな……。 ――子供が何人かいるから、ソイツらを上手く使え。 何かの役には立つだろう……」
そして、次にヴェスターはレスカに自分の子孫を差し出した。これがのちに、ヴェスターの子孫を苦しませる「呪い」となる。――カレの血を継ぐ一族に産まれた女児は、いつかまた現れ出る【女神】のために、その身体を捧げる「生け贄」とならなければならない。たとえ、その生き方が先祖のように悪に染まっていなくても、だ。
【ヴェスター、どうして?】
「だってよ……オレ、今あんたにすごく触れたいのに、『違い』があるせいでそれがかないそうにない……。 だから、せめて、オレがいなくても、オレの【女神】様が世界で自由にやっていける未来があればいいなって思ったんだよ」
……ヴェスターはどうかしてしまったのだろうか? 死というものを迎えそうになって今さら、人間と【邪神】であることを気にしている。レスカはそんなヴェスターに戸惑っていたが、苦しそうなカレを前にして、その手を取りたいと願っているのは同じだった。
「笑われるかもしれないけどよ……。 オレ、初めてあんたと邂逅した時から……。 ――レスカ、あんたのことが好きだったんだ。 悪党が愛情……なんてモンを抱くなんて滑稽過ぎる話だろうけどよ……。 一目惚れなんだ、仕方ないだろ? 今の今まで、女性として見ていたのはあんただけで、姫も他も……血を残すための雌でしかなかった。 けど……あんたは【女神】様――オレなんかには到底手に入れられない遠い【存在】だ」
だが驚くことに、ヴェスターは続けてそんな告白を打ち明けた。だが、どう転んでも変わらない状況に深くため息をつき、カレは天を仰ぎ見ながら力ない笑いをこぼした。
……【邪神】は……。――【邪神】という【存在】は本来「愛情」という「感情」を理解できない【存在】だ。たとえ「番」や「後見」としての関係を結んでいたとしても、「ソコ」にはあるのは、ただ【邪神】という【存在】を絶やさないという利害関係だけで、「何」の感情を持っていなかった。そのはずなのに……――。
レスカは死にゆくヴェスターの姿とその告白に、心を揺れ動かしていた。……「愛情」なんてモノは知らないはずだ。けれど……姫を明け渡した時、胸が締め付けられそうになった。「愛してるワケじゃない」とヴェスターが口にしていても、カレとの子を成した雌が憎らしかった。今、カレの手を取りたくて仕方がなかった。カレから「好きだ」と言われて、得も言われぬ「感情」で胸がいっぱいになっている。
けれど……。――けれど、これだけははっきりと分かる。この「感情」が何というものかは知らないが、レスカが今この瞬間まで「此処」で――ヴェスターの生涯が閉じようとしている最期の瞬間までカレのそばにいたのは、どうしようもなくカレにひかれていたからだった。
【私は……「聖力狩り」として誕生してから今まで、ずっと孤独しか知らずに生きてきた。 「邪神」にすら忌み嫌われ、私の側にいる者など何者もいなかった。 でも……そんな「私」という存在を欲したのはヴェスターとデュロウだけだった。 姫の〝力〟を手にして目的はもうすでに果たしているんだ――本当ならとっくの昔に離れていてもおかしくなかった。 けれど、そうしなかったのは私がおまえに惹かれていたからだ】
レスカはそう話すと、ヴェスターに左手を差し出してみせ、右手には【短刀】を手にした。
【私達「邪神」は「愛」というモノを理解できない。 でも……確かに私の胸にはおまえに対する特別な「感情」は在る。 だからせめて、その「気持ち」をこの手に刻もうと思う】
目を閉じ、レスカは頭の中に、左手に刻む新しい「印」を思い浮かべた。――そして、一気に【短刀】を左手に向かって振り下ろした。
次の瞬間、レスカの左手には「印」
――【漆黒の片翼】を背景に、燃え盛る紫の炎の【証】が刻まれていた。
「その【証】は……?」
【――「漆黒の片翼」は「黒きモノ達」が掲げる「漆黒の翼」から発想を得た。 だが……カレらはおまえという翼がいなければ成り立たない。 ――そういう意味を込めて「片翼」だ。 そして、紫色の炎は……】
そう話すと、レスカはヴェスターの顔を指差す。――そこにあるのはもう輝きを失いつつあるカレの紫色の瞳。
【――おまえだ、ヴェスター】
はっきりとそう言い放つレスカを、ヴェスターは息を呑み、じっと見つめていた。
【私にはずっと、人間でありながら「野望」を抱き、己の望むモノを手にしていたおまえの姿にずっと目をひかれていた。 ――まるで炎のように燃え盛って見えた。 それはおまえの命が尽きようとしているこの瞬間ですら、な。 それと、「片翼」にはもう一つ意味がある。 私にはそんなおまえがもう一つの「漆黒の黒翼」に思えた。 ――この左手に「片翼」と紫色の炎という形の「証」と刻んだのは、そんな「おまえ」という存在を決して忘れたくないと心の底から思ったからだ】
――ヴェスターの瞳の色は紫。抱いた「野望」を手にしていくカレの瞳は、レスカには「特別」なものとしてうつっていた。
そんなヴェスターをもうすぐ失ってしまうかと思うと、胸が締め付けられそうになる。この「感情」が「そう」だと言うのなら……――。
【……いや、私はおまえのことを決して忘れない。 ヴェスター、おまえは私にとって「特別」なのだ】
無表情でそう語ったレスカの言葉に、ヴェスターは笑みをこぼした。――それだけで十分。まるでそう言っているかのようだった。
「なぁ、レスカ。 いつかまた『此処』に戻って来たらさ……おまえが『この世界』を支配してくれよ。 オレ……地獄の底からでもいいからさ、おまえが支配した『世界』見てみたい」
ふと、ヴェスターは腕で顔を覆うと天を見上げながら、そんなことをこぼした。
……正直、欲しいのは【力】だけで、「世界」なんてものは望んでいない。けれど、ヴェスターから頼まれると、レスカは応えたいと思わずにはいられなかった。
【……分かった】
レスカがうなずくのを見て、ヴェスターは嬉しそうにまた笑いをこぼした。
――そして、そのままぴくりとも動かなくなった。
【ヴェスター……?】
もう何も応えないカレの姿に、レスカは知らぬ間に涙をこぼしていた。すがるようにカレの側に身を寄せたが、決して触れられないことを思い出し、レスカはそのまま地面に突っ伏した。
きっともう二度と邂逅することはない「存在」――本当にカレは「片翼」のようだったと、レスカは改めて強く実感した。
【……ヴェスター。 今、おまえに誓おう。 ――必ず、私はこの地にもう一度降り立ち、いつか転生してくるだろう姫の魂の生まれ変わりである「存在」を探し出す。 そして、その「存在」から〝力〟を奪い取り、この地を私のモノにしてみせる。 ――おまえがそう願ったんだ、必ずやり遂げてみせる】
しばらく経ってから、レスカは横たわるカレに向かって宣言すると顔を拭い、カレから背を向けるようにして立ち上がった。
【――デュロウ、来い】
その場を後にしながら、レスカはデュロウを呼ぶ。彼は彼で動いていたのだろう。レスカの後ろに横たわる姿に、デュロウは少し動揺して、息を呑んでいた。
【ヴェスターが隠れた。 これからお前はどうするつもりか知らんが、ヴェスターから、お前のことは好きに使っていいと聞いている。 そして、私もお前のことが必要だと思っている。 ――デュロウ、どうだ? これからも私の側で仕えてくれるか?】
【もちろんです。 どこまでもあなたについていきます】
すぐさまデュロウが二つ返事をし、レスカに向かって頭を垂れる。
【――契約成立だ。 いいか、デュロウ。 どれだけ離れていて、時間が経っていようとも、私が呼べばすぐに駆け付けろ。 そして、私の右腕となり、命令は必ずやり遂げろ】
【承知しました。 このデュロウ、我が身が滅びるその瞬間まで、レスカ様の忠実な下僕として仕えることをお誓いいたします】
――この時結んだ誓約通り、レスカが再びテレスファイラの地に降り立った時、デュロウはすぐさま【カノジョ】の元へと馳せ参じたのだった。
――そして、レスカはこの後すぐ、旧魔法王国の行く末を見ることなく、その身を隠して長い時を過ごした。
その間ずっと、いつかヴェスターの望みを叶えたいと願いながら、姫――エルフィナから受け継いだ魂が再び誕生するのを今か今かと待ち侘びていたのだった。
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「――そして、ようやく『お前』を見つけ出したというワケだ」
長い過去の話を語り終えた後、レスカはそう言ってエリンシェを指さした。
「まぁ、思いの外時間が掛かってしまったがな。 だが、その間にあの三下――ゼルグとか言ったか? がお前を襲ってくれたおかげで、結果的にお前はこの世界の〝守護者〟となり、ヴェスターの願いも叶えやすくなったのだからな」
そう言って、満足そうな笑みをこぼすレスカに、エリンシェは物思いに耽り、返す言葉もなかった。
つまり、メレナは……――。――先程のレスカの過去の話から推測すると、メレナは【黒きモノ達】の頭であるヴェスターの子孫――その血を継ぐ一族として生まれてしまったことにより、【カノジョ】にその身を明け渡したということになる。……だから、レスカは「お前のせいだ」と口にしたのだ。
本来なら、エリンシェに責任をなすりつけ、その上メレナを奪ったレスカのことをもっと恨めしく思ったのだろう。けれど、【カノジョ】の過去を聞いたことにより、先程芽生えた「救いたい」という気持ちが強くなったような気がした。
確かに、レスカにはヴェスターへの強い「思い」が有ったのだろう。けれど、その「思い」はどこか歪でもあり、その「違和感」に気付くことなくレスカは固執している。
きっと、エリンシェの〝力〟を喰らったところで、レスカは決して満足しない。それどころか、また新しい「連鎖」が生まれてしまうことになる。
――この「おもい」を託された「魂」が在る限り、続いてしまう「楔」を、誰かが断ち切ってしまわなければならない。
その役目を担うのはきっと……――。
エリンシェは唇を固く結び、ペンダントを握る。
「何を……?」
それに気付いたレスカが訝しげに眉を潜める。
……先に動くと、きっと止められる。そう考えたエリンシェはレスカに悟られないように、〝幸いの天使〟に呼び掛け続けた。……しかし、〝力〟を封じられているせいなのか、応答はない。
……仕方ない。一人でやるしかない。
「――デュロウ!!」
レスカが叫ぶのと同時に、エリンシェは素早く立ち上がった。そして、〝彼〟の顔を思い浮かべて、地面を蹴る。
(〝転……――)
羽根が舞い散る。そのまま、〝彼〟のところへ翔ぼうとするが、両脇からエリンシェは強く押さえつけれる。
すぐ目の前に〝彼〟の顔が見えた気がした。思わずエリンシェは手を伸ばすが、レスカから【力】を加えられ、目の前が暗くなっていくのを感じた。
……でも、これで、いい。
「とんだ獲物だ」
レスカがそんな悪態を付いたのを耳にしたすぐ後、エリンシェはそのまま意識を手放したのだった。




