Feather 5 ଓ 「縁」 〜〝chance〟〜
ଓ
……誰かが、呼び掛けている。
(私……あの時つかまって……)
記憶を辿りながら、エリンシェは目を開く。
「其処」には真っ白な空間が広がっていた。おそらく、精神体だけの「世界」なのだろう。
呼び掛けられた声を探すが、「其処」には誰もいなかった。……気のせい、だったのだろうか。
そう思って「其処」から抜け出そうとしていると、ふと遠くの方に人影がみえた。
エリンシェは目をこらし、その姿をとらえようとした。が、その姿はぼんやりとして、よくみえなかった。……でも、なぜだろう。その人影が先ほど声を掛けた人物のように思えた。
しばらく目をこらしていると、人影が何かつぶやいているような気がした。その上、不思議なことに、姿はみえないのに、その口元だけははっきりととらえることができた。
……おね……がい……わたし……たちを……すくって……。
――「お願い、私達を救って」……? 一人にしかみえないのに、人影は「私達」とはっきりと口にしていた。
エリンシェが不思議に思っていると、その人影がふっと消えてしまった。……最後の最後にみたその面影はどこか「見覚え」がある気がした。
そして、人影が消えてしまう直前もう一度、また不思議なことを口にしているのがみえた。
……いつか……また……。
ଓ
エリンシェははっとして、目を覚ます。
……「いつかまた」……? あの人影……――いや彼女はひょっとして……。
その答えに行き着くよりも先に、エリンシェは今置かれている状況を思い出し、目を見開く。
真っ先に目に入ったのは見覚えのあるベッドの天蓋だった。拘束されているかもしれないとエリンシェは思わず飛び起きたが、身体は自由に動かすことができたし、縛られるなどもされていなかった。
……けれど、自分の身体を見下ろすと、知らない間に着ている物を替えられたようだった。
――「誰か」のために仕立てられた、とても美しい真っ白なドレス。エリンシェはそのドレスに見覚えがあった。
「目が覚めたか」
そんなことを考えているとふと、天蓋の外からレスカが顔を覗かせた。
……やはり、あの男が此処に――レスカの元に自分を連れて来たのか。エリンシェは【カノジョ】を睨みつけ、自分をどうするつもりか、問い詰めようとした。だが……――。
「……っ!?」
――だが、声を出すことができず、エリンシェは息を呑む。どうやら、声を封じられているらしい。
エリンシェが動じている様子を、レスカが愉快そうに眺めていた。
「お前にはしばらく此処にいてもらうつもりだからな。 逃げ出すことは決して不可能だ。 かと言って抵抗されても困る。 だから、少し声を封じさせてもらった」
レスカの言葉に、エリンシェは慌てて首元を確認する。……あった。どうやら、ペンダントは奪われていないようだった。
それを見たレスカが一層、口元を緩める。――勝ち誇ったような微笑みだった。まるで、エリンシェの「全て」をレスカが握っていると知らしめているようだった。
(……私をどうするつもり?)
声は出ないが、エリンシェは口だけをそう動かし、レスカにそう尋ねた。
「そうだな……。 お前を絶望や恐怖へと堕とし、その瞬間お前を喰らい尽くす」
エリンシェの言葉を理解したらしいレスカは堂々とそう言ってのけた。
けれど、エリンシェは【カノジョ】の思惑通りになるつもりはなかった。一切負の感情を見せず、ただひたすら【カノジョ】を睨みつける。
「さすがは〝守護者〟だ。 そう簡単には折れないと見える。 だが、そう気丈に振る舞っていられるのも今のうちだ」
未だ勝ち誇った表情を浮かべたままのレスカから目をそらさず、エリンシェは少しずつ後ずさりした。そして、そのままベッドから飛び降りると、逃げ道を探しに走った。
……けれど、レスカはエリンシェを追いかけようとせず、「無駄なことを」と言わんばかりの笑みを浮かべていたのだった……。
部屋を飛び出し、エリンシェは扉か窓を探す。
此処は……以前ゼルグが使っていたであろうこの場所にはどうやら、レスカが結界を張っているようだった。
――どうあっても、エリンシェに〝力〟を使わせまいとしているらしい。けれど、一歩出てしまえば逃げられる! そんな希望を抱いて、エリンシェは出口を探した。
扉を見つけ、駆け寄るがなぜか開かない。仕方なく、エリンシェは飛べそうな窓を探し、勢いよく身を乗り出した。
「……っ!?」
外にさえ出れば、此処から出られる。……そう思っていた。けれど、眼下にはこの場所を取り囲むようにして、粘り気のある謎の液体が広がっていた。
思わず、エリンシェはその場に座り込んだ。……だめだ、自力では此処から出られない。そう考えるだけで一瞬恐怖に呑まれそうになったが、ぐっとソレを抑え込む。――いや、諦めるのはまだ早い。
「だから言っただろう。 ――『逃げることは不可能』だと。 お前は私に喰われる運命からは逃れられないのだ」
気が付くと、背後にはレスカと、【カノジョ】の側近であろうあの男がいつの間にか立っていた。
エリンシェは視線だけをふたりに投げかける。
レスカ――メレナを奪った【敵】、そして、強い〝力〟を求め、喰らおうとする【聖力狩り】。エリンシェにとって、レスカは憎い存在であるはずだった。けれど……――。
(……どうして。 どうして、私を狙うの)
――けれど、エリンシェの中で「何か」が引っ掛かっていた。
「それ」が一体「何」なのか――その理由を知りたいと思わずにいられなかったエリンシェは、レスカにそんな質問を投げかける。
……すると、突然。レスカから意外な「真実」が告げられたのだった。
「――それはお前があの姫の生まれ変わりだからだ」
思わず、エリンシェは目を見開き、息を呑んだ。
……繋がった。――全部、繋がった。
不思議な〝力〟があるのも。あの夢を感応できたのも。今着せられているこのドレスも。先程その一部を目にした、この場所が「城」の形をしたのも。……全部。
――全部、エリンシェが彼女――旧魔法王国の姫であるエルフィナの生まれ変わりだったからだ。
……けれど、一つだけ分からないことがある。
――なぜ、レスカは「エルフィナ」に固執しているのか? それだけがどうしても分からなかった。
……どうしてだろう。やはり憎い存在であるはずなのに、エリンシェはどうしようもなく、レスカのことを知りたいと思わずにはいられなかった。
「……なんだ、その顔は?」
そんな思いが表情に出てしまったのだろうか、エリンシェを一瞥したレスカがそんな疑問を口にした。
「なぜ、そんな表情をする? 私のことを知りたいとどうして願う? それとも、何か? 私を理解して救いたいとでもいうのか? だとすれば、とんだ慈愛の持ち主だ」
鼻でエリンシェを笑い飛ばし、不愉快だと言わんばかりに顔を歪めて、レスカが言う。
……救いたい。確かにそう思っているのかもしれない。少し……ほんの少しだけ、レスカのことを知りたいと思う気持ちは、初めてメレナに出会った時に感じた、彼女を救いたいという思いに似ている気がする。
そうだと自覚したエリンシェはほんの少しも譲らなかった。何もいわず、ただひたすら目を離さず、レスカを見つけ続ける。
しばらくの間、沈黙が続いた。
先に折れたのはレスカの方だった。
「そんな戯言を言えるのも今のうちだぞ。 まぁ……いい。 時間はたっぷりあるからな。 絶望の淵でお前を手折るまでは付き合ってやらんこともない。 ――ひとまず戻るぞ」
ため息混じりにそう話したレスカが踵を返す。どうやら、話をするつもりらしかった。
逃げることはかなわなかったが、「何か」……一つだけ糸口を掴めた気がした。エリンシェは外をちらりと振り返った後、男と共にレスカの後に続いたのだった。




