Feather 3 ଓ 【忠直】 〜【partiality】〜
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――【影】はすぐそこまで近付いていた。
主を二度もなくしたその場所は新たなる支配者である【オンナ】により、すっかり様変わりしていた。
かつては「屋敷」であったが、今ではすっかり「城」へと変貌していた。その周辺を取り囲むようにして、ドロドロと粘り気のある黒い液体状の物体が取り囲んでいた。
とある寝室のバルコニーから、どこともなく外を眺めていた【オンナ】は不意に口を開いた。
「デュロウ」「――はい、レスカ様」
レスカと呼ばれた【オンナ】は、いつの間にか側に控えていた男――デュロウの方へと振り向いた。
「ヤツが時間稼ぎをしてくれたおかげで、私はこうしてカラダを手に入れることができた。 そして、〝彼女〟を迎える準備も無事に終えられた。 ――そろそろ『潮時』じゃないか?」
「――そうですね」
頭を垂れ、すぐに返答するデュロウのあごをくいっと上げると、レスカは妖しく微笑みながら、「デュロウ」と彼を呼んだ。
「やはり、私の右腕はお前だけだ。 他の者など頼りにならない。 ――デュロウ、今こそお前が出る幕だ。 私の元に〝彼女〟を連れて来い」
「――はい、ただちに」
レスカを顔一つ変えずに見上げながら、デュロウはすぐにうなずいた。そして、立ち上がると、影に紛れ、その場を立ち去ろうとする。
「頼んだぞ」
背後からレスカの声が聞こえ、デュロウは姿を消しながら、少し――ほんの少しだけ、口元を緩めるのだった。
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レスカに仕える男であるデュロウ。――その正体は【邪神】だった。
とはいえ、テレスファイラを支配しようとしていたゼルグとは違って、何の変哲のない【邪神】であった。
特に何の目的もなく、ただ存在するだけだったデュロウは何気なく、ある日人間界へと降り立った。
それまでと同じように、人間に危害を加えるでもなく、ただ存在するだけで人間界を彷徨っていたデュロウだったが、ふと、誰にも認識されない自身のことをまるで「影」のようだと感じ始めた。
そんなある時、唯一、デュロウのことを認識した存在がいた。
「なんだオマエ」
【…………】
人間であるにも関わらず、【邪神】の存在を認識できるとは何者だろうか。むしろ、デュロウの方こそ、その存在に向かってそう聞きたいくらいだった。けれど……。
――けれど、彼はデュロウとは違って、大きな野望を抱いているようだった。そのせいだろうか、妙に惹かれるモノがあった。
そんな「衝動」に、デュロウは彼のところへ転がり込み、人間のフリをしながら、行動を共にすることを決めた。
――それが、一人の【邪神】デュロウと【黒きモノ達】を束ねる男性ヴェスターとの邂逅だった。
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そんな邂逅以来、デュロウは【黒きモノ達】の元で居座ることになった。
他の者はデュロウの存在を認識できないため、デュロウはひとまずヴェスターに近付くことにした。
人間達の間を渡り歩き、情報を集めてはヴェスターに提供した。そうしているうちに、デュロウは人間を「操る」能力を身につけ、それを上手く使いこなすことができるようになった。
――はからずも、デュロウは【邪神】としての「才能」を見出したのだ。
けれど、ヴェスターの元に居ても、デュロウはどこか「物足りなさ」を感じていた。――支配を望むヴェスターの側にいれば、何か得られるものがあるかもしれないと思っていたのに。
そろそろ潮時だろうか。そんなことを考えている矢先のことだった。
いつものように、人間達の間を渡り歩いている時のことだった。
「……――はっきりとは分からないが、近頃、『何か』良くないモノが近付いているような気がするんじゃ。 ……お前はどうじゃ? 何か視えたりはしないか?」
騎士の恰好をしている青年と、老人がそんな話をしているのが耳に入った。
「……いえ」
首を横に振る青年を脇目に、通り過ぎようとしたが「何か」が引っ掛かり、デュロウは足を止める。思い立って、二人の話に耳を傾けることにはした。
老人は黙り込み、目を閉じ、天を仰ぐ。しばらくそうした後、険しい表情を浮かべて、口を開いた。
「……事態は思っているよりも深刻かもしれん。 裏で動いている者達が……この国を脅かすようじゃ。 ――私達では到底かなわない【存在】が彼らと邂逅を果たしてしまうらしい」
「しかし、老師。 姫様が……」
「――建国祭に出掛ける、そうじゃろう? しかし、避けられないのであれば、そばにいるお前が姫様を守る他あるまい」
思ってもみなかった情報を得て、デュロウは驚きを隠せないでいた。
この国の姫が建国祭に出掛けるという情報はいつものようにヴェスターに提供すればいいだろう。問題はもう一つの「到底かなわない【存在】」という部分だ。
デュロウの推測ではあるが、おそらく老人が指している【存在】は【邪神】のことだろう。けれど、それにしては「到底かなわない」というのは大げさな気がした。
どのみち、二人が話している内容に対して、デュロウは半信半疑だった。――まるで未来予知のような口ぶりから、本当に起こることとは信じがたかった。
そんな理由で、デュロウは二人から仕入れた情報をすぐにヴェスターには話さずにいたのだった。
その数日後のことだった。
いつものように情報収集をしていたデュロウは突然、ドクンと【何か】が動いたを感じて、ふと振り返り、空を見上げた。
……とてつもない【力】の波動を感じる。【ソレ】は「獲物」を見つけ、喰らいつこうとこちらへ向かっている。
――その「様」はまるで【咆哮】を上げているかのようだった。
……胸が躍る。今まで感じたことのない「興奮」に、デュロウは息が荒くなる。――今まで探していたのは「コレ」なのだ。
何とかその感情を抑え、デュロウは少し、その【存在】について、思考を巡らせる。そして、すぐに思い当たる。
それまで何の気力もなく、他の【邪神】にも興味を持ったことがないデュロウだったが、ふとその中に忌み嫌われていた【存在】がいたことを思い出す。
……確か、神達の〝力〟を狩り、自分の【力】にする【聖力狩り】と呼ばれる【存在】だ。ならば、狙う「獲物」は人間でありながら強い〝力〟を持つ姫で間違いないだろう。……けれど、【力】が向かっているのは姫の元ではなく、守護神の居場所のようだ。
ふと、デュロウの頭にヴェスターの姿が浮かぶ。なんだかんだ長い間付き合っているうちに、デュロウは彼がある望みを抱いていることに気付いたのだ。
――それは、ヴェスターが【黒きモノ達】を束ねながら、心の奥底で後ろ盾となる「存在」を待ち望んでいることだった。
今、そのことを思い出すとは……。ひょっとすると、ヴェスターと【聖力狩り】を引き合わせれば、「何か」が起こるのかもしれない。
そう考え、デュロウは【聖力狩り】が向かった先を突き止め、ヴェスターをその場所へと誘い出すのだった。
――そして、デュロウ、ヴェスター、レスカが【邂逅】し、数奇な運命が動き出したのだ。
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その瞬間――レスカと初めて【邂逅】した瞬間、デュロウは【咆哮】を感じ取った時よりも強い「興奮」を覚えたのだった。
――レスカを一目見た瞬間、【邪神】として産まれ堕ち、ただ生きて来たのは【カノジョ】と【邂逅】するためだったのだ!!
そうだと悟った瞬間、デュロウはその生命をレスカに捧げることを誓った。――【カノジョ】のためなら何だってする。
(誰が相手だろうと関係ない。 レスカ様が望むなら、必ず〝彼女〟を手に入れてみせる)
レスカから掛けられた「頼んだ」という言葉を思い返しながら、そう堅く決心したデュロウは、口元を歪ませ、姿を消したのだった。




