Feather 2 ଓ 「備え」 〜preparation〜
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何事もないまま、学舎生活の上級過程二年目が始まった。
レスカが襲って来ることもなく、メレナを救う方法も見つかりはしなかったが、一つだけ変わった「もの」があった。
――休暇が始まる前と二年目が始まった後で、明らかにジェイトの様子が変わっていたのである。何か……ジェイトの中で、心境が変わったようだった。
「……どうしたの?」
エリンシェがそう尋ねると、ジェイトは真剣な眼差しを向けて言った。
「うん。 実は話があるんだ」
今まで見せたことのない表情を浮かべるジェイトの様子に、エリンシェははっと息を呑む。
場所を変えた方がいいかもしれないとすぐさま考え、エリンシェはジェイトと共に丘へと向かった。
「――あのさ、エリンシェ」
丘に到着するなり、ジェイトが口を開く。
また真剣な眼差しを向けるジェイトに、エリンシェも少し緊張しながら、じっと〝彼〟を見つめ返した。
「僕……ずっと思ってたことがあるんだ。 ――きみと同じ『道』を歩いていきたいって」
比喩的な表現ではあるが、すぐさまその言葉が意味することを理解し、エリンシェは少し困惑してジェイトを見つめる。
「でも、それは不可能だって同時に考えてもいた。 だって、きみは〝特別〟で、おまけに現在はこの世界を守護する神様みたいな存在でもある。 ……だけど、僕はただの『人間』――何の力もないし、きみをまもるって言っても実際はきみの方がずっと強い。 ここのところ、僕はその大きな『ズレ』に悩まされていたんだ」
その間ずっと苦しかったのだろう。ジェイトがうつむきながら、そう話した。けれど、一瞬のことで、すぐさま顔色を変え、「何か」を決心した表情で再びエリンシェに目を向けた。
「それでも――それでも、僕はずっときみと同じ『時間』を生きていたいと思っていたんだ! そのための『覚悟』なら、とっくにできてる! だからね、もし……何か方法があるのなら、僕はそれを探したいって思ってるんだよ」
「ジェイト……」
……ずっと、ジェイトはそんなことを考えていたのか。知らないうちに〝彼〟を独りにさせてしまったことに後悔しながらも、エリンシェは迷っていた。なぜなら、〝彼〟の意味するところは……――。
「ねぇ、ジェイト。 あなたには『力』がないなんて思わないで。 ――あなたがいるおかげで、私は今まで強く在れたんだから。 それに……あなたの『勇気』は誰よりも気高いものだと思う」
そう口にしながら、エリンシェはジェイトをじっと見つめる。
ジェイトは納得していない、という表情を浮かべていた。それどころか、何を言われても引き下がらないという固い意志を見せていた。
そんなジェイトの顔を見ながら、エリンシェはアリィーシュとの会話を思い返していた。
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〝――エリンシェ、あと一つ……〟
それは、天界から戻ったアリィーシュから【聖力狩り】について聞いた時のことだった。
「何?」
〝きっとあなたも同じ考えじゃないかと思うから、大神様に質問を一つ投げ掛けてみたの。 ――ただの人間にも強い存在なら「力」を分け与えることができるのか、って〟
アリィーシュから出た言葉に、エリンシェは息を呑む。それはつまり……。
〝答えは「条件はあるけれど可能」だった。 大神様は詳しく語ってくれなかったけれど、「どうすれば良いのか、一度は耳にしたはず」と言っていた。 ――だけど、それだけで十分なのよ〟
一度は聞いたことがある――そんな言葉を聞いて、エリンシェは思考を巡らせ、その「答え」を探す。
そして、ふと〝神格化〟について聞いた時のことを思い出す。
「……『――人間の身でありながら、清き〝心〟を持ち、神から愛され〝祝福〟を受け、聖なる〝力〟を得た』……」
確か、書物にはそう書かれていた。つまり……――。
〝そう、「祝福」の部分。 あなたは神ではないけれど、とても近い存在ではある。 そして、とてつもなく「可能性」を秘めた「力」の持ち主ではある。 きっとあなたにも同じことができるんじゃないかと私は思う。 そして、清き「心」の部分だけど……。 ――ジェイト君には誰にも負けない勇気があって、「彼」のおかげで私達は今まで「希望」を持って戦うことができた。 「彼」の勇敢な心は清き「心」に匹敵するものだと思う。 ――ジェイト君には充分その「資格」があると思う〟
アリィーシュからの太鼓判に、エリンシェは息を呑む。
つまり、あの書物のように、ジェイトに〝祝福〟――〝力〟を与えることができれば……――。
……今まで、同じ「時間」を生きることができればと考えたことがないと言えば嘘になる。そして、アリィーシュの言う通り、ジェイトがいたおかげで、「希望」を持って戦うことができ、エリンシェ自身も強く在れたと言える。けれど……――。
「――だけど、一番にジェイトの気持ちを考えないと」
〝そうね。 でも、いつかジェイト君ときちんと話ができた時のために、大神様から教わった方法を教えておくわね〟
迷いなくそう話すアリィーシュの口調は、彼女がいつか「その時」が来ると信じているかのようだった。
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……まさか本当に「その時」が来るとは。
ジェイトの本音が知れて嬉しく思う反面、エリンシェにはまだ少し躊躇いがあった。
「だけど、ジェイト。 ……本当に『覚悟』はできてるの?」
「もちろんだよ。 それとなく父さんにも話してきた。 さっきも話した通り、『覚悟』はできてる。 ――僕は本気だよ」
やはり、ジェイトの意志はかなり堅く、何を言われて引かないと表情や態度で示しているかのようだった。
「……分かった。 ジェイトの気持ちはちゃんと受け止めたよ。 さっき、方法を探したいって言ってたけど、その必要はない。 ――私がその方法を知っているから」
決して譲らないジェイトについに折れ、エリンシェは息を一つつくと、思い切ってそう打ち明けた。そして、それを聞き、ほんの少し嬉しそうな表情を浮かべた〝彼〟に、続けてはっきりと告げる。
「……だけど、『今』じゃない」
今度は残念そうに目を伏せたが、何か思い当たることがあったのか、ジェイトはエリンシェをじっと見つめて、話の続きを促した。
「どう伝えればいいのか分からないけど……。 とりあえず『今』は、しっかり備えておくことはできるけど、その『全て』を『解放』するべき時じゃないってすごくそんな『予感』がするの」
漠然とではあるが、アリィーシュに教わった「方法」を思い返した瞬間、エリンシェは「そう」感じたのだ。それと同時に、今できることも何となく理解できた。
エリンシェは服の下に入れていたペンダントを胸元に出すと目を閉じ、化身である〝幸いの天使〟に語りかけた。
(――〈フィー〉、ジェイトに〝力〟を少し渡すよ)
すぐに、フィルネリアから返ってきた〈はい〉という返事をきいて、エリンシェはジェイトに手を伸ばした。
「ジェイト、手を」「うん」
そして、差し出されたジェイトの両手をしっかり握ると目を閉じ、意識を集中させ〝彼〟に〝力〟を送った。
――ひとまず、今の段階でできるのは「それ」くらいだった。
「何か……感じる『もの』があるの?」
「うん、【敵】が動き始めてるような気がするの。 ――【襲撃】があった時に、あなたの『力』が役に立つような……そんな気がするの」
「予感」はあっても、いつ何時【襲撃】があるかは分からない。――ただ「感じる」だけで詳しいことを知ることはできないのだ。
「……分かった。 いつもの通り、独りにはならないよう、気を付けて。 できるだけ、僕達が守るから」
エリンシェはジェイトの言葉にうなずきながら、いずれ来る【襲撃】がなぜか避けられない予感がして、不安を拭うことができずにいたのだった。




