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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Wing Ⅱ Episode 2
112/151

Feather 1 ଓ 覚悟 〜Side 〝J〟 ➳ determination〜


    ଓ


 ――いつだって、〝彼女〟は独りで「決断」をしてしまう。


 〝彼女〟――エリンシェが救おうとしていた女生徒メレナが新たなる【敵】レスカの手に堕ち、その身体(カラダ)を乗っ取られてしまった。……最悪なことに、メレナをまだ救えるのかどうか、今のところ分かっていない。

 絶望の淵に立たされたエリンシェはしばらく動けず、何か思い悩んでいるようだった。

 ……エリンシェのことだ。「分かっていない」と言われても決して諦めていない。何か突破口を見つけ出そうと色々考えていたのだろう。

 そんなエリンシェがふと、何か言いたげにジェイトを振り返る。すぐに、ジェイトは〝彼女〟に優しく微笑みかける。何か力になれることがあるなら言ってほしい――そんな思いを込めながら。

 ところが、エリンシェは何も言わず、小さく首を横に振っていた。思い付いた考えを振り払うかのように。

 やはり、エリンシェはいつだって独りで「決断」をする。……僕だって、とうに「覚悟」はできているのに。


 ――きみと肩を並べて歩んでいくという、その「覚悟」が。


 けれど、ジェイトのそんな思いはエリンシェに届かない。少し経って、〝彼女〟は立ち上がると、思い詰めた表情(かお)をして歩き出した。

 ジェイトはため息を一つつくと、〝彼女〟の後に続いたのだった。


    ଓ


 それ以来、しばらくは何事もない、仮初めの平穏が続いた。

 「今はまだ(・・・・)」と宣言していただけあって、レスカは何の動きもして来なかった。それでも、いつ何時襲ってくるか分からないだけに、ジェイトはエリンシェの側を片時も離れようとしなかった。

 ひとまず学舎(まなびや)で勉学に励むしかなく、そうやってただ日々を過ごしているうちに、一年目が終わってしまっていた。

 休暇に入ることになり、ジェイトはエリンシェの側にいられないことに不安を(いだ)いた。もちろん、休暇の間はアリィーシュが〝彼女〟を守ることになったのだが……――。

 ――なぜだろう……。妙に落ち着かない。

 不安……などの類ではない。「それ」が何なのか不明だったが、ジェイトの胸には「(うれ)い」が溜まっているようだった。

 どうすればその「憂い」が取れるのか。そんなことを考えているうちに、ジェイトは気が付くと、ガイセルの研究室に足を運んでいた。

 扉の前に立って初めてそれに気付いたジェイトは、自分のしでかしたことに大きなため息を漏らした。

 なんでまた……。よりによって〝彼女〟が好きだった(・・・)相手のところに来てしまったのだろう。

 とっさにそう思ったが、なぜか帰る気も起きなかった。ジェイトは少し考え、研究室の扉を叩いていた。

「おや」

 すぐに扉が開かれ、中からガイセルが顔を覗かせる。意外そうな声を上げたが、すぐに優しい微笑みを浮かべ、ジェイトを招き入れた。

 むすっとした表情を浮かべているだろうなと自覚しながらも、ジェイトは一礼して、中に入るとすぐさま椅子に座り込んだ。

 ジェイトに何も聞かず、お茶と茶菓子を用意し終えたガイセルがその正面の席に着く。ジェイトの方から話し出すのを待っているのか、本を読み始める。

 ……なんでこんなところへ来たんだろう。一瞬後悔したが、ジェイトは考え直す。どうしても、目の前にいる彼しか、この胸の内の「憂い」を打ち明けられそうな自分が思い当たらなかったのだ。――だから、ここに足が向いていたのだろう。

「……先生」

 それにしても少々釈然としない。彼は……ある種の恋敵とも言える相手だというのに。そんな相手に、自分の悩みを打ち明けるだなんて。

「なんだい?」

 そんなジェイトの心情を知ってか知らずか、少し間を置いて、すぐさまガイセルが返事をする。

 小さくため息をついて、ジェイトは話し始めた。

「いつも〝彼女〟が『独り』になろうとするんだ。 ――大事なことを誰にも打ち明けずに何でも『独り』で決めてしまう。 僕は……どんなことでも〝彼女〟の力になりたいってそう思ってるのに。 ……そんなに僕って頼りにならないのかな」

 つい口からそんな弱音が出てしまう。

 いきなり来て、こんな悩み相談をされてきっとガイセルも驚いているだろう。そう思ってちらりと彼を見ると、真剣な表情で返す言葉を探しているようだった。

「うーん……そうじゃないと思うよ。 〝彼女〟は本当に君のことが大事なんだよ。 だからこそ、君が関わることはできるだけ、自分だけが背負えることなら独りで背負おうとしているんだ」

 ガイセルの答えに、ジェイトは黙り込む。

 ……そんなことは言われなくても分かっている。エリンシェが自分(ジェイト)のことを大事に思っているのと同じくらい、ジェイトも〝彼女〟のことが大切なのだ。理解しているからこそ、なおさら独りでは背負ってほしくないと思っているのに。

「それに〝彼女〟は君のことを頼りにしてないわけじゃない。 むしろ逆だ。 頼りにしているからこそ、君のことを守ろうとしているんだ」

 ガイセルからエリンシェの心情(こと)を聞いているせいもあるのだろうか、ジェイトはだんだん腹の虫の居所が悪くなっていた。

「だけど……僕はそれでも、〝彼女〟と同じ『道』を歩きたい。 できることなら、同じ時間(とき)を生き、〝彼女〟が大切におもっているものを一緒にまもっていきたい。 僕には……その『覚悟』がとっくにできているんだ」

 そのせいもあってか、気が付くと、ジェイトは自分の中に溜まっていた思いを吐き出していた。

 肩で息をし、自分で口にした言葉を反(すう)しながら、ジェイトはふとあることに気付く。

 ……そうだ。あの時――〈優しき勇者(ルイーゼン)〉から問われた時から、エリンシェと共に生きていくという「覚悟」がすでにできていたのだ。

「――うん。 なら、その『覚悟』を〝彼女〟に直接話してみるといいよ。 きっとその方法を一緒に探してくれる」

 なぜか目を輝かせながら、ガイセルはどこか満足げにそう言った。

 ガイセルのその表情を見ていると、ジェイトは胸の中が「ここに来て良かった」という気持ちで満たされていくのを感じた。……だが、相手のせいか少々気に食わない。

「……そうする」

 ぶっきらぼうに言うジェイトに、ますます微笑みを浮かべてガイセルがうなずく。……なぜだろう、負けた気がする。

「それにしてもいいね、君は。 ふたりで一緒に探せば、きっとその方法が見つかる。 何となくだけど、僕にはそれがわかる(・・・)んだ」

 妙に確信めいたことを口にしながらも、どこかガイセルがどこか寂しそうな表情を浮かべるのを見て、ジェイトはすぐに感づく。きっと誰か大切なひとのことを思い浮かべているのだろう。

 ジェイトが詳しく聞いても良いものか躊躇(ためら)っていると、ガイセルはふっと微笑()みをこぼし、口を開いた。

「僕にも大切な『ひと』がいるんだけどね、そのひととは……何もかもが違いすぎるんだ。 きっと一緒になるのにも相当時間が掛かるだろう。 もちろん、お互いにその覚悟はしてあるし、『こころ』は通じ合っていると理解し(わかり)合っている。 でも……ちょっとだけ、君たちがうらやましく思えるんだよ」

 「何もかも違う」……? ガイセルの話に合点がいかず、ジェイトは首を傾げる。けれど、その気持ちは――大切なひとと「ズレ」があり、歯がゆく思える気持ちは理解できる。

「……そうなんだ」

「うん。 でも、君たちはきっと大丈夫だから」

 ……ガイセルも大切なひとと幸福(しあわせ)になれたらいいのに。「大丈夫」と口にして背中を押してくれる彼に、ジェイトは心の底からそう思った。……ついさっきまではエリンシェが好きだった男性(ひと)嫌厭(けんえん)していたのに。

「先生もきっと大丈夫だよ」

「……うん。 僕もそう信じているよ」

 気休めでもなくそう口にしてジェイトが顔を上げると、ガイセルと目が合った。

 その瞬間、ジェイトとガイセルは互いに笑みをこぼしていた。

 ……ここに来て良かった。

 その後ガイセルと話をしているうちに、ジェイトは胸の中の「憂い」が消えていくのを感じた。

 ガイセルと新たな関係を結び、ジェイトは彼の研究室を後にしたのだった。


    ଓ

 

 胸の内の「憂い」も消え、ジェイトはエリンシェをアリィーシュに任せ、帰路につく。

 帰宅したものの、両親は家におらず、不在だった。

 ……家にいたら、ちゃんと固く定まった「覚悟」を打ち明けておこうと思ったのに。けれど、息子であるジェイトですら、旅で出ている両親の行動は読めなかった。休暇中ずっと帰ってないこともあれば、ひょっこり帰ってくる場合もあるのだ。ジェイトは気長に両親の帰りを待つことにした。


 それから、数日経った頃だろうか。何の気なしに、ジェイトが自分の部屋で呆けている時のことだった。

「どうした」

 ふと気が付くと、父であるグラフトがジェイトの隣に並び、そんな質問を投げ掛けていた。

 グラフトが挨拶もなく帰宅したことや自室に入ってきたことには触れず、ジェイトは一瞬で気持ちを切り替える。

「あのさ、父さん。 もし、僕が勝手に大きな決断をして、人間とは少し違う『存在』……とかになったらどうする?」

 話しても理解してもらえるか少し不安になり、ジェイトは曖昧な言い回しでグラフトにそんな問い掛けをする。

 すぐさま、グラフトが「なんだそれ」と反応を返したが、ジェイトが真剣なことに気付いたのだろう。それ以上追及せず、返す言葉を探し始める。

「まぁ……そんな『存在(もの)』にでもならないと守れないほど、お前に大切なひとができたってことだろ? なら、俺は何も言わねぇよ。 ――お前のことは全力で応援してやる」

 そして、少し経ってからそう話すと、ジェイトの背中を思い切り平手で叩いてニカッと笑った。

「ありがとう」

 苦笑いをこぼし、ジェイトは背中を押してくれたグラフトに礼を言うのだった。


 ――そして、時が経つにつれ、ジェイトの「覚悟」が強く固まっていった頃。

 上級過程二年目の学舎生活が幕を開くのだった。


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