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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Wing Ⅱ Episode 1
109/151

Feather 9 ଓ 別離 〜separation〜


    ଓ


 ……苦しい。息が……できない。

 メレナは息を切らしながら、地面に転がり、あがいていた。

 レスカ(カノジョ)は〝彼女〟をとらえるための「舞台」を用意した後、何を思ったか、メレナの寮室へと戻ってきた。そして、彼女(メレナ)を床に投げ出すと、姿をあらわし、言い放ったのである。

【――あの娘に最期の挨拶をさせてやる】

 ……嘘だ。そんなことを言って、本当は自分(メレナ)を〝彼女〟をおびき寄せる(オトリ)にするつもりだろう。

 一度レスカに長い間乗っ取られた身体は、もうメレナの言うことを聞かなくなっていた。勝ち誇った【カノジョ】の顔を睨みつけることもできず、メレナは歯を食いしばることしかできなかった。

 (オトリ)にされるくらいなら、このまま消えてしまいたい。お願いだから、放っておいてほしい。そんなことを思う反面、メレナは〝彼女〟に会いたいと思わずにはいられなかった。――いやむしろ、〝彼女〟なら助けに来てくれるという確信があった。

 せめぎ合う心に翻弄されながら、メレナは肩で息をする。……だんだん目の前が暗くなってきた。

 ――もう……時間が……な……い。

「メレナ!!」

 なくなりそうだったメレナの意識を、聞き覚えのある声が呼び戻す。

 あぁ……来てしまったか。どちらともつかない涙をつと流しながら、メレナは顔を上げた。


    ଓ


「――メレナ!!」

 エリンシェは床に横たわるメレナの元へと駆け寄る。

 今にも消えてしまいそうな表情(かお)で、メレナが顔を上げる。もうほとんど出ない声で、彼女がエリンシェの名前を呼び、小さく首を横に振った。

 ――来ちゃだめ。そう訴えているかのようだった。

「大丈夫だよ、メレナ。 私はそんなに弱くないから。 ねぇ……私、どうすればあなたを救える?」

 それでも、エリンシェは食い下がらなかった。ペンダントを掴み、必死にメレナに訴え掛けた。

 エリンシェのその問い掛けに、再びメレナが首を横に振る。――どうしようもない。そう言っているかのようだった。

「そんな悲しいこと言わないで。 メレナ、お願いだから諦めないで。 私、私……――」

 ふと、メレナが目を細める。――その言葉だけで十分。そんな気持ちが伝わってくる。満足そうな顔を浮かべた彼女はそのままうなだれていく。

(どうしよう……。 このままじゃ、メレナが……)

 救いたいのに救えない。その上、どうしたらいいのかも検討がつかない。

『エリンシェ!』

 そこに、ジェイトとアリィーシュが駆けつけ、エリンシェに声を掛けた。

 思わず、エリンシェはアリィーシュを振り返り、ジェイトの腕にしがみつく。

「……彼女ね」

「ねぇ、アリィ。 私、どうすることもできないの?」

 (わら)にもすがる思いで、エリンシェはアリィーシュに問い掛けるが、彼女は悲しそうな表情を浮かべると首を横に振った。

 ……そんな。エリンシェは絶望して涙を浮かべ、メレナに振り返る。

「ごめん、メレナ! 私、あなたを救うことができなかった!」

 エリンシェの言葉が届いたのだろうか、再びメレナがもう一度顔を上げる。嬉しそうでありながら、涙を浮かべた彼女は最期の言葉を残した。


 ――ありがとう。

 

 ふっと力が抜け、地面に倒れていくメレナの動きが突然ぴたりと止まる。かと思いきや、そのまま彼女から黒い【気】が放たれ、宙へと浮かんだ。

「――……ずいぶんと粘ったものだな、メレナ。 この私――レスカを抑えたことに関してはほめてやろう。 その功績をたたえ、一つ良いことを教えてやろう。 いいか、メレナ。 人間(ヒト)というものは決して、生まれ持つ運命に抗えないものなのだ」

 メレナが別の声――自分のことをレスカと呼ぶ【誰か】の声でそう話し始める。

 その瞬間、ジェイトとアリィーシュがエリンシェに向かって手を伸ばし、「メレナ」から〝彼女〟を遠ざける。

「そんなことない! たとえ、どんな運命だろうと人は立ち向かっていける!」

 二人にされるがままになりながらも、エリンシェは前のめりになり、抗議の声を上げる。

 そんなエリンシェを嘲笑(あざわら)うかのように、「メレナ」がふっという息を漏らす。

「果たしてそれはどうかな? お前も【聖力狩り】であるこの私に喰われる(・・・・)運命からは逃れられないのだよ!」

 「メレナ」がそう言い終えた瞬間、左手の(アザ)――【()】から妖しく、赤黒い【瘴気】が放たれ、「彼女」を包み込んだ。

「メレナ!!」

 それでも、エリンシェはメレナの名前を呼んだ。彼女に向かって手を伸ばそうとするも、ジェイトとアリィーシュにより引き止められる。

 【瘴気】が消え去ると、そこにはメレナの姿はなかった。――彼女が居たであろう宙には、赤と紫の瞳を持ち、漆黒の翼を広げた【オンナ】が浮かんでいた。

 メレナと共通していたのは左手の【漆黒の片翼】を背景に、燃え盛る紫の炎の【証】。エリンシェはその【証】を目にした瞬間、【オンナ】に向かって叫んでいた。

「返せ! ――メレナを返せ!!」

「返せだと? さっきも言っただろう。 ――運命からは逃れられない、と。 この娘(メレナ)は呪われた血族に産まれた以上、私に身体(カラダ)を明け渡す運命からは逃げることはできなかったのだよ。 恨むなら、お前自身が現在(いま)の時代に生まれたことを恨むのだな。 お前がいなければ、メレナがこうなることはなかったのだから」

 【オンナ】がまたもやエリンシェを嘲笑い、平然とありもしないことを口にする。

 怒りが沸々と湧き上がり、エリンシェは顔を赤くして、【オンナ】を睨みつける。

「その顔、実にいいぞ。 怒り、絶望、恐怖は獲物(エモノ)をより一層引き立てる。 ――それでこそ、狩りがいがあるというものだ!」

 高笑いをする【オンナ】のその言葉に、ジェイトとアリィーシュがより一層力を込め、エリンシェを後ろに下がらせる。

「そんなに警戒しなくても、今はまだ(・・・・)その娘を狩りはしない。 ……もっとだ。 ――もっと徹底的にその娘を絶望の淵へと落とし、最高の状態に堕ちてから喰ってやる」

 【オンナ】の宣戦布告に、エリンシェは思わず息を呑む。つい先程までは怒りに燃えていたというのに、今度は全身に恐怖が駆け巡る。……だが、それでも、メレナだけは助けなければならない。

 エリンシェの表情を見て満足げに微笑み(わらい)、【オンナ】が翼を羽ばたかせる。

「あぁ……そうだ。 そう言えば、まだ名乗っていなかったな。 私の名はレスカ。 この世で唯一の【聖力狩り】だ。 ――そして、お前を喰らう者だ!」

 高らかに名乗りを上げると、レスカは窓からそのままどこかへ飛び去っていった。

 その瞬間、エリンシェはジェイトとアリィーシュを振り払い、カノジョの後を追う。そして、もう見えなくなってしまったその後ろ「姿」に向かって、呼び掛けていた。

「メレナ――――!!」

 けれど、エリンシェの声が「彼女」に届くことはない。

 涙があふれ、エリンシェはその場に崩れ落ちる。……間に合わなかった。――救えなかった。悔しくて、自分自身を責めていると、隣にジェイトが並んだ。〝彼〟に肩をそっと(いだ)かれ、エリンシェは思わずその胸にしがみついていた。

 ――これから先、どうすればいいんだろう?

 未来(さき)に待ち受けている不安に、今はまだどうすることもできず、エリンシェはただ涙を流すことしかできないのだった。


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