Feather 8 ଓ 【来襲】 〜【raid】〜
「――まずは一つ試してみて」
「情報」を全て話し終えた後、アリィーシュがそう言って、手を差し出す。
エリンシェは〝聖杖〟を手にすると、もう片方の手をアリィーシュの手の上にかざした。
(〈フィー〉いける?)
そして、〝聖杖〟――その化身である〝幸いの天使〟に呼び掛ける。
〈えぇ〉
すぐに応えたフィルネリアの返事を聞きながら、エリンシェは意識を集中させる。
(――どうか、私の〝力〟でアリィーシュが実体化できますように)
そして、そう強く願いながら、エリンシェはアリィーシュと手を重ねた。
すると、その次の瞬間、〝聖杖〟が強く光り輝き、アリィーシュを包んだ。
まばゆい光の中で、エリンシェはアリィーシュと重ねた手が確かなものに変わっていくのを感じていた。
やがて光が消えると、そこにはアリィーシュが居た。
「さすがね、エリン。 何か変わったことは?」
手を離したアリィーシュの問い掛けに、エリンシェは首を横に振る。
実体化できるよう、〝力〟をアリィーシュに渡したのだが、特に〝力〟が減った「感覚」もない。
いわば、昨年【邪神】が強くなった時に行った、大神ディオルトが全ての神達に実体化させる〝奇跡〟と同じことをしたのだが、エリンシェには本当に何の変化もなかった。
――そう、アリィーシュは天界へ赴いた際に、ディオルトからあらゆる技をエリンシェの代わりに教わっていたのだ。特に、アリィーシュはエリンシェに、〝聖杖〟と心通わせることで初めて発動する技を中心にいくつか伝授した。
「……強くなったのね」
そのどれもが難しい技なはずだが、〝力〟を消費せずに成功させるエリンシェに、アリィーシュがつぶやく。
「そうでもないよ。 私なんてまだまだ『見習い』だから。 ――せっかくだし、頼りにさせてもらうよ、アリィ」
謙遜でもなく、エリンシェはそう言って否定する。――此処まで来れたのはまもるべきものの存在があったからこそなのだ。
嬉しいようでいて複雑そうな表情を浮かべて、アリィーシュが「……分かった」とうなずいた。
アリィーシュとの話が終わったところで、エリンシェは再び「感覚」を研ぎ澄ませる。
……大分近い。ここにいては他の皆を巻き込んでしまう。――他の場所で出迎えた方が良さそうだ。
「話、終わった?」
移動しようと考えたところでちょうど、話し合いの間、ジェイトとカルドの部屋に移動していたミリアが顔をのぞかせる。
「うん」
エリンシェは返事をしながら、その後ろで心配な表情を浮かべているジェイトに目配せをする。
「――だけど、ちょっと行かなくちゃいけないみたい」
すぐにジェイトがうなずいたのを目にしてから、エリンシェは立ち上がる。
「……分かった、気を付けてね」
はっと息をのみ、ミリアが振り向いてジェイトの肩を叩く。〝彼〟の横からもカルドの手が伸びていた。――エリンシェを頼んだ。そんな思いを託しているかのようだった。
「大丈夫。 必ず帰ってくるから、此処で待ってて」
エリンシェは微笑んでみせると、ジェイトとアリィーシュと共に丘へと向かうのだった。
ଓ
(……〈フィー〉)
丘に着くなり、エリンシェは〝聖杖〟を手にして、〝幸いの天使〟に呼び掛ける。
〈――はい、主様〉
(今からきっと、私達を襲いに来るのは【カレ】だと思う。 ……去年は私がまだまだなせいで封印するのが精一杯だった。 ――でも、これからもっと強力な【敵】が襲って来るだろうから、今度こそ【カレ】を永久封印したい。 私たちならできるよね?)
そして、すぐに応えたフィルネリアにそう語り掛けながら、エリンシェは自分にも重々言い聞かせる。――もう二度とこの地を侵させないよう、必ず【敵】を永久封印しなければならないのだ。
〈――えぇ、きっと〉
フィルネリアの返事に少し安心しながら、エリンシェは隣に並ぶジェイトとアリィーシュに目配せをする。すぐに二人が深くうなずいてみせたのを確認して、じっと「その時」を待った。
――そして、ついに【敵】が現れた。
「やあ、エリンシェ、久しぶりだね」
「気安く呼ばないで」「彼女の名を呼ぶな」
親しげにそう挨拶をしながら現れた【敵】に、エリンシェとジェイトは同時にぴしゃりと言う。
「あなたもこりないわね、ゼルグ。 どうやって実体を手に入れたの?」
そこに、アリィーシュが割って入る。
【敵】――かつてエリンシェ達と戦い、一度は封印された【邪神】ゼルグは不敵に笑った。
「いや〜……とある【女神】にちょっと頼まれてね。 その報酬に【力】とカラダをもらったんだ」
その【女神】とやらはおそらく【聖力狩り】のことだろう。そう考え、エリンシェはアリィーシュに視線を向けた。肯定するかのようにうなずく彼女を横目に見ながら、臨戦態勢を整えた。
「でも、あんまり『言うことを聞く』ってのは性に合わないからさ。 好きにさせてもらおうと思うんだよね。 だから、まずは……――」
話し終えるよりも先に、ゼルグが動く。はっとして、エリンシェは構えたが、【カレ】が向かった先に不意を突かれる。
(……え!?)
――なんと、ゼルグが真っ先に襲いかかったのはジェイトだった。
一瞬驚いた表情を浮かべたが、ジェイトは手にしていた〝疾風の弓矢〟を盾にするように前へ出す。
その瞬間、強風が巻き起こり、ゼルグを押し返した。
無意識なのか、それとも〝疾風の弓矢〟の化身である〈優しき風の勇者〉が〝彼〟を守ったのかはエリンシェには見抜けなかったが、ジェイトはどこか勇ましい表情でゼルグを見据えていた。
「……やるねぇ」
怒りに満ちた顔でそうこぼすゼルグとジェイトの間に、エリンシェは割って入る。
「ジェイトをやれば、君も【堕ち】てくれるかと思ったのに。 どうやらそう簡単にはいかないらしいね」
そう言って肩をすくめてみせ、ゼルグが漆黒の翼を広げ、飛び上がる。
エリンシェはとっさに〝聖杖〟を構え、上から振って来たゼルグを抑え込んだ。そして続けざまに〝聖光〟を唱える。
直撃したはずなのに、涼しい顔をしているゼルグを見ながら、エリンシェはすぐに次の手を考える。……【力】を与えた【聖力狩り】は相当強いようだ。以前の戦いで、ゼルグの武器である【鎌】を砕いていて良かったかもしれない。
ゼルグがひらりと身体を回転させ、またもや一直線にジェイトへと向かってくる。もちろん、エリンシェは間に入ったが、ジェイトの方も負けていなかった。続けざまに弓矢を放ち、ゼルグに応戦する。
「――エリンシェ!! 僕は大丈夫だから、【カレ】を封印して!」
ふと、ジェイトが振り返って、強い口調でエリンシェにそう語り掛けた。――【敵】にも動じず、勇猛果敢なその姿には、ジェイトの強い「意志」があらわれているように思えた。
「分かった」
エリンシェはうなずいてみせると、その場で佇まいを正し、〝聖杖〟を高く掲げた。――技ではないが、アリィーシュ伝手に大神から教わったことを実践に活かそうとしていたのだ。
(いくよ、〈フィー〉)〈はい、主様〉
「お願い、〝聖杖〟。 どうか、その〝光〟で【敵】を滅して!」
つぶやきながら、エリンシェはありったけの〝力〟を〝聖杖〟にこめる。
「――〝聖光〟っ!!」
〝聖杖〟が辺りを包み込むほど明るい〝光〟を放ったのを見計らって、エリンシェはゼルグの方へと〝聖杖〟を振る。
今度は確実に効果があった。〝聖光〟が見事に直撃し、ゼルグがよろけ、その場に倒れ込む。
「ジェイト!」
再び〝聖杖〟をゼルグに向け、エリンシェはそう呼び掛ける。説明しなくても、以前と同じ状況であることを瞬時に把握し、ジェイトはエリンシェと肩を並べ、力強く〝聖杖〟を握った。
「私も手伝うわ!」
そうして、もう片方からアリィーシュが伸ばした手で〝聖杖〟に触れる。空いた手には〝杖〟が握られていた。
エリンシェは二人が並んだのを確認すると、深呼吸をして意識を集中させた。
「お願い、〝聖杖〟。 今度こそ、【敵】を永久に封印して、テレスファイラを二度と侵させないようにして」
(――いくよ、〈フィー〉)〈はい〉
つぶやき、フィルネリアにもよび掛けると、エリンシェはゼルグが立ち上がる瞬間を狙って、〝聖杖〟を振り下ろした。
「――〝封印〟!!」
抵抗するような「感触」にも動じず、エリンシェは〝聖杖〟を強く握り直した。
その上からジェイトが手を重ね、アリィーシュは念じて〝杖〟に祈り、エリンシェに〝力〟を送っていた。
全ての「力」がひとつとなり、辺りをまばゆい光が包む。
――今度こそ、確実に【敵】を永久封印する! そんな意志をこめ、エリンシェはその場で踏ん張り、〝聖杖〟を強く握ったまま、〝力〟を送り続けた。
やがて、光が消える。
そこにはゼルグの姿は跡形もなくなっていた。
「……やった」
永久封印ができたという実感を得て、エリンシェはつぶやく。
……だが、これで終わりではない。――まだ新たな【敵】が残っている。
一息つくより先に、エリンシェはふと嫌な予感を強烈に覚えて、その場から駆け出す。
「――メレナのところへ行く!」
ジェイトとアリィーシュにそれだけ言い残して、エリンシェはメレナの寮室へと向かう。
以前戦った【敵】をけしかけ、そして、【カレ】にジェイトを襲うように仕向けた新たな【敵】。――【聖力狩り】は確実にエリンシェの〝心〟に「キズ」を残そうとしている。
……今こうして【敵】の思うツボのまま、動くのは悪手かもしれない。それでも、エリンシェには彼女を救いたいという思いの方が強くあった。
足を止めることなく走り続け、エリンシェはメレナの元へと急ぐのだった。




