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Angelic Storia  作者: 紡生 奏音
Wing Ⅱ Episode 1
103/151

Feather 3 ଓ 【証】 〜【curse】〜


    ଓ


 まず、【カノジョ】が(むしば)んだのは、世界でも〝彼女〟でもなく、彼女(・・)だった。

 ――「()」に出ようと、少しずつ、少しずつ、彼女(・・)の「心」を【蝕み(・・)】続けていた。

 だが、彼女(・・)の方も諦めていなかった。――〝光〟を見つけたことにより、彼女(・・)は抵抗することを決して諦めなかったのだ。

 そんな彼女(・・)に、【カノジョ】は「追い打ち」を掛ける。

 ――かつて【カノジョ】が【証】に刻んだのと同じ箇所(ところ)に――彼女(・・)の左手の甲に、【証】を刻んだのだ。

 最初の頃は(アザ)でしかなく、彼女(・・)も気が付かずにいた。だが、時間が経つごとに「アザ」は【証】へと変化していき、だんだんはっきりと形を成していった。

 いくら抵抗しても、お前は私のモノだ――まるで、【カノジョ】が彼女(・・)にそう教育しよう(わからせよう)としているかのようだった。

 ……見られたくない。絶対、〝彼女〟には見られたくない。そう考えて、彼女(・・)は何とか布で手を覆い、隠そうとした。

 だが、無情にも、【カノジョ】は【証】を刻むだけでは飽き足らず、さらに痛々しく見えるアザも同じく彼女(・・)の手に刻んだ。

 ……どうしよう、これでは見られてしまう。ついには隠し切れなくなってしまった【証】に、彼女(・・)は途方に暮れる。

 けれど、決してくじけてはいけない。彼女(・・)はそう言い聞かせ、〝彼女〟に見つからないことを祈りながら、まだ戦い続けることを固く誓うのだった。


    ଓ


 何か……【(かげ)り】が見えた気がした。

 けれど、ただそう「感じる」だけで、一体何が起きているのかは分からずにいた。エリンシェはそんな妙な引っ掛かりを覚えつつも、隣のメレナを訪ねていた。

「メレナ、授業一緒に行こう!」

 いつものように、扉の前に立ち、そう明るく声を掛ける。

「あ……うん」

 けれど、返って来たのは彼女の消え入りそうなほど小さな声だった。

 不思議に思い、エリンシェが首を傾げていると、寮室の中からゴソゴソという音が聞こえた。かと思うと、ほんの少し扉を開け、メレナが顔を見せた。

 どこか青ざめた顔で、メレナは目を合わせず、変わらず小さな声で「ごめん……ちょっと待ってて」と口にすると、再び中へと引っ込んでしまった。

 ……おかしい。まだ仲良くし始めてから間もないエリンシェだったが、そんなメレナを見たのは初めてだった。

 一見真面目そうな印象を持たれがちな彼女だったが、実はとても明るく、優しい女性(ひと)だと、エリンシェはすぐに見抜いた。そして、その奥底に眠る【モノ(・・)】と人知れず戦える(・・・)ほど、メレナは強い芯を持っていることもエリンシェは知っていた。

 そんなメレナがこれほど弱々しい姿を見せるなんて……。ひょっとして、先ほど感じ取った【(かげ)り】はメレナに関係しているのだろうか。扉をじっと見つめながら、エリンシェは思考を巡らせていた。

「おまたせ」

 しばらくすると、メレナがうつむきながら、姿を現した。

 エリンシェは黙り込んだまま、メレナをじっと見つめる。……いつも通りカバンを手にし、目こそ合わそうとしなかったが、なんてことなさそうなフリをして、メレナは佇んでいる。だが、くまなく彼女を見つめていると、エリンシェはあることに気が付いた。

 ――手袋。メレナの左手に、見慣れない手袋が着いていた。

 エリンシェが左手に注目していることに気が付くと、メレナは誤魔化すかのように、両手を後ろに隠す。

「ほっ、ほら、早く行こう」

 ……おかしい。声が上ずっているメレナに違和感しかなかったが、エリンシェは少し考え、あえて今のところは追及しないことを決めた。やはり先ほどの【翳り(・・)】は彼女に関係しているようにしか思えなかったが、確信もないため、ひとまず様子を見ることにする。

「――うん」

 エリンシェはうなずくと、あえてメレナの前を歩いて行った。すると、少し後ろで、彼女がほっと息をついているのが理解できた(わかった)

 明らかにおかしいメレナに、エリンシェは注意を払いながら、彼女の様子をうかがうのだった。



 受けた授業は薬学の上級授業だった。

 実践を伴う授業は上級となると、座学よりも実践をする機会が多くなっていた。

 未だ薬学が苦手なエリンシェは、いつも決まったようにほど近くの席を取るカルドの支援(サポート)を受けながら、授業をなんとかこなしていた。

 そのため、メレナに気を向けるのは少々困難ではあったが……。――それでも、エリンシェは合間を縫って、彼女の様子を窺っていた。

 やはり、メレナは左手をかばうようにして、実践を行っていた。極力、両腕で鍋をかき混ぜなければいけない場面や、どうしても利き腕である右手では事足りない場合以外は左手を使おうとはしなかったのだ。

 ……やっぱりおかしい。そう思っていると、ふと、薬学の賢者がメレナの側を通り掛かる。

「スヴェインさん、『混ぜ』が足りませんよ。 もっと力強く、泡が立つまで!」

 鍋をのぞき込んだ賢者にそう指摘され、メレナは困ったような表情を浮かべた。少しの間うつむいて何かを考えている様子を見せた後、メレナは道具の棒に手を伸ばした。……そして、エリンシェを少し気にしてから、両手で道具を力強く掴んだ。

 エリンシェは何食わぬ顔で彼女の様子に気付かないフリをしながら、メレナを脇目で注意深く観察する。

 すると、エリンシェが見ていないと安心したのだろう、メレナは少しずつ薬作りに集中し始める。

 ふと、両手の力を込め、鍋をかき混ぜるメレナの長い左袖が下がる。

(……!!)

 そこから見えたメレナの左手の状態に、エリンシェは思わず声を上げそうになるが、ぐっとこらえる。

 ――彼女の左手は痣で真っ赤に染まっていたのだ。

 あまりの痛々しさが見るに耐えなかったが、ひとまず気付かないフリを通して、エリンシェは後でメレナを追及することを決めた。

 ……それにしても。メレナの痣を見ていると、何かを感じるような……。脇目ではあるが、エリンシェはじっと目を凝らし、痣を観察する。

 まるで、彼女の奥底に眠る【ナニカ(・・・)】が、メレナをねじ伏せようとしているかのようだ。

 ――だが、それでも、メレナは諦めていない。

 そうだと理解できる(わかる)と、エリンシェはなおのこと、メレナに刻まれた痣について、追及しないわけにはいかなかった。

 鍋を混ぜ終えたメレナがはっとしたように、エリンシェを振り返る。

 もちろん、エリンシェは彼女のことを心配されていると悟られないよう、何事もなかったかのように振る舞う。

 ほっとしたように息をつくと、メレナはまた左手を隠し、かばうようにしながら、他の作業に取り掛かり始めた。

 そんなメレナを気に掛けつつ、エリンシェは授業が終わるのを今か今かと待ち続けるのだった。


    ଓ


「――ねぇ、メレナ」

 無事に授業が終わり、寮室へ戻る途中、エリンシェは意を決して、メレナに声を掛ける。

 途端、メレナは肩をびくんと震わせ、引きつった笑みを浮かべながら、エリンシェの方へと振り返る。

「な……何、エリンシェ?」

 明らかに何かを隠している様子のメレナをじっと見つめ、エリンシェはどうすべきかと考える。

 少し悩んだ後、エリンシェは足を踏み込んだ。

 ――そして、少しだけ〝力〟を解放する。

 一瞬にして、メレナの左手の手袋を奪い取り、彼女を追及しようとした。

 ……が。

「だ……だめ! 見ないで!!」

 ――「普通」なら、追いつけないはずだった。

 が、しかし、メレナはエリンシェが手袋を取ったのとほぼ同時に、左手を引っ込めたのである。

「……っ!?」

 「()」が彼女をそうさせたのか。思わず、エリンシェは奪い取った手袋を落としてしまう。

 すると、メレナが慌てたように手袋を拾い上げ、そのまま左手を隠した。が、そのすぐ後、ふと我に返ったかのように、青ざめた顔でエリンシェを見つめる。

「ご……ごめん、私……――」

 そして、突然荒い呼吸で、「何か」を思い詰めた様子でつぶやく。

 エリンシェも何も言えず、メレナを見つめることしかできずにいた。

 すると、いたたまれなくなったのか、メレナがその場から駆け出す。

 その瞬間(とき)、ほんの少しだけ、エリンシェは彼女の左手に刻まれた「モノ(・・)」を目にして、はっと息を呑んだ。


 ――そこには「漆黒の片翼(・・・・・)」を背景に、燃え盛る紫の炎をかたどった禍々しい「()」が刻まれていた。


 ……なぜだろう。何処かで「その印(ソレ)」をみたような気がして、エリンシェは彼女の背中を目で追いかけることしかできずにいたのだった。


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