Feather 7 ଓ 「お守り」 〜entrusted feelings〜
ଓ
――これは、ある一人の神に起こったとある出来事。
〝できた!〟
そう満足げに呟いて、彼は出来上がった〝武器〟をじっくりと検査する。そして、隅々まで検査が終わると、今度は懐から「書物」を取り出し、その内容と照らし合わせながら、最後の点検を行う。
――彼は神々のための〝聖武器〟を創造する神の一人だった。その中でも、彼は、〝聖武器〟を初めて創造した始祖の神である祖母から、その方法を全て記した「書物」を引き継いだ、最高峰の技術を持つ創造神だと謳われていた。
だが、当の本人はそれを一切、表に出していなかった。彼はただ、〝聖武器〟を創造することが好きなだけだった。おまけに、彼は平和主義者で、戦いを好まなかった。いつも、〝聖武器〟を平和に役立てほしい――そういう想いで創造をしていた。
彼は出来上がった〝聖武器〟を手に、祖母の元へと向かう。祖母から一人前と認められていても、彼はいつも彼女に出来上がったものを最後に見せていた。
〝アル、今日も精が出るね。 どれ〟
そんな彼――アルを拒絶することなく、祖母である創造神も応じて、いつも彼の創造した〝聖武器〟を改めていた。
〝……アルは何をつくらせても、出来が良いね。 さすが、私の弟子だ。 ――だから、そろそろ「あれ」をつくっても良いんじゃないか?〟
師匠である祖母の言葉に、アルは思わず息を呑み、彼女を困惑した表情で見つめる。
〝だけど、お祖母様も一度しかつくったことないんでしょう? とても僕には……〟
〝――できない、とは言わせないよ。 私は「あれ」に相応しいのが御上だけだったから、それ以上つくらなかっただけ。 お前の場合は実力がそれを凌駕しているから、自然と「それ」に見合う者がそのうち現れる――そんな気がするから言ってるんだ。 ほら〟
祖母の言葉に唸りながら、アルはまた懐から「書物」を取り出した。そして、震える手で最後の頁を開く。
〝そう、そこだ。 ちゃんと創造方法が載っているだろう? お前ならできるんだから、つくってごらん。 ――出来上がったら見せておくれ〟
有無を言わさず、そう話して去っていく祖母を、困惑したまま目で追い掛けた後、取り残されたアルは開いた頁をまじまじと見つめた。
その頁に記されているのは、天界において一つしかない〝聖武器〟の創造方法だった。先程も話していたように、アルの祖母も一度しか創造したことがない代物だ。しかも、その唯一の〝聖武器〟を使いこなしているのが、天界を統べる最高位の神である大神なのだ。――つまり、アルはほとんど実物を見たことがなかった。
その技術に一目置かれて、創造神達は大神の庇護下にいるものの、そうそう大神の姿を見られるわけではない。ましてや、大神が〝聖武器〟を使う機会は滅多にない。要は見本も何もないのに、アルはその〝聖武器〟を創造しろと祖母から指図されたのだ。
無茶だと思いつつ、アルはその最後の頁を隅々まで目を通して行った。その上で考慮した結果、彼は思ってしまった。――できなくはない、と。おまけに、創造してみたいという好奇心も湧いてしまっていた。
まだ少し迷いつつも、アルは「書物」を抱え、作業場へと足を向けるのだった。
作業には随分と時間がかかってしまった。中でも、アルが一番苦労したのは材料集めだった。普段使わないものばかりだったので、アル自ら、材料がある場所へ赴かなければいけなかった。だが、危険はほとんどなかったので、非力な彼にとってはそれが幸いだった。
材料が集まってしまえば、後は簡単に事が運んだ。全身全霊で、アルはその〝聖武器〟をつくり上げて行った。そして――――。
〝で……できてしまった〟
自ら神々しさを放つ〝それ〟は、アルが今まで創造した〝聖武器〟の中でも一番出来が良かった。思わずためらいながら、アルは最後の点検を行った。
点検を行いながら、アルは祖母の言葉を思い出していた。――自然と〝それ〟に見合う者が現れる。祖母はそう言っていたが、とてもじゃないがアルはそう思えなかった。……もし。もし、しばらく「眠らせて」おかなければいけないのであれば――。
――最後に、アルは〝それ〟にとある細工を施した。……相応しい〝者〟が現れるまで悪用されないように。仕上げが終わると、アルは〝それ〟を祖母に見せた。
〝……こりゃあ、すごい〟
しばらく黙り込んだ後、アルの祖母はほうと息をつきながら、そうつぶやいた。
〝僕が思うに、「これ」に合う方はすぐに現れないと思うんです。 だから、一旦大神様にお預けして――――〟
そう言いかけて、ふとアルは口をつぐむ。……何か、嫌な感じがする。とっさに、アルは出来上がったばかりの〝聖武器〟の細工を発動させ、手で握りしめた。
〝……逃げな、アル〟
彼の祖母が言うより早く、辺りに黒い煙が立ち込んだ。煙は創造神達の〝力〟を奪い、その場から動けないよう、からだを麻痺させていく。必死に抵抗するが動けないアルの目の前に、【黒煙】がヒトの姿をかたどっていく。
【ねえ……その〝力〟、ボク達のためにも使ってくれない?】
――【邪神】だ。アルがそう思うと同時に、間を割るように、閃光が降り注ぐ。はっと息を呑んで、アルは顔を見上げる。
【邪神】が怯んだその隙を突いて、アルは手に握りしめていた〝それ〟を死角に隠し、閃光を撃った主――大神に心の中で訴えかけた。
――大神様! 僕のことは構いませんから、どうか〝これ〟をお守り下さい! そして、〝これ〟に相応しい方が見つかるよう、あなたの御力をお貸しいただき、お導き下さい!
アルの願いが聞き届けられ、彼の手から握られていた〝それ〟は消え去った。アルが息つく間もなく、彼の目の前には【邪神】が立ちはだかる。
無意識のうちに、アルの頬に一筋の涙と汗が伝う。抵抗しようにも、彼には戦う術もなく、何もできることはない。頬を拭うと、アルは恐怖に震える身体に腕を回すと、固く目を閉じるのだった。
そして――――。
――彼は【邪神】に捉えられた。
【邪神】は彼に武器を創造するよう強要した後、用済みになった彼に酷い仕打ちをしたと、噂されていた。
……その噂が立って以降、彼の姿を見たものは誰ひとりとしていないという。
ଓ
「……それで、アリィ。 何か、私にできることはある?」
ガイセルの研究室に運ばれ、エリンシェが目を覚ました日の翌朝。ふと、エリンシェは側にいたアリィーシュにそんなことを尋ねる。
〝無理はしなくて良いのよ、エリン。 だけど……〟
アリィーシュがそう言いかけて、複雑そうな表情を浮かべて黙り込む。
「――だけど、何?」
〝あのね……嫌なら遠慮しないで言って良いからね? 長い間封印されていたせいか、前ほどは「力」が使えないみたいで……。 だから、その、時々あなたの身体に宿らせてもらって、あなたの「力」を分けてもらえたら、実は助かるの〟
……なるほど、〝力〟が使えないからアリィーシュの姿は消えそうになっていたのか。エリンシェはそう納得して、アリィーシュが言ったことを反芻する。
どのみち、今のところ、〝力〟を自力で使いこなすことはできないのだ。それなら、アリィーシュに〝力〟を分けて活用してもらった方が良いかもしれない。エリンシェはそう考えて、返事をする。
「いいよ」
〝えっ、本当? じゃあ、試しに宿らせてもらうから嫌なら言ってね〟
アリィーシュがそう話して、姿を消した。かと思うと、エリンシェは身体の「中」に、〝気配〟を感じた。――アリィーシュの〝気配〟だ。初めに少しだけ違和感を覚えたが、それ以外の問題は何もないようだ。
「アリィ、平気そうだよ」
〝それなら良かった。 あのね、エリン。 やっぱり私、しばらくの間は【敵】の動きを探ろうと思うの。 ――どうにかして、こちらに接触をしようと思ってるはずだから。 学舎には結界があるとは言え、何を企んでいるかも分からないから。 それに、邪神達には何年かに一度、【力】が強くなる年があるの。 まだ少し先だけど、きっと「その時」を狙って来るはずだから、少しでも備えておかないと。 でも、時々はこうしてあなたの「力」を貸してね〟
「うん、分かった」
エリンシェの答えを聞くなり、ふと、アリィーシュは「中」から気配を消し、どこかへ姿も消してしまった。それと同時に、ガイセルが微笑みながら、エリンシェの元へやって来た。
「エリン、君にお客さんだよ」
はっと顔を上げると、エリンシェはガイセルの後ろに〝彼〟がいるのを見つけた。思わず笑みをこぼしながら、エリンシェは〝彼〟を迎えるのだった。
ଓ
――時は少し遡って。
エリンシェが目を覚ました日の夜のこと。ジェイトは「あるもの」を取りに寮室へ向かっていた。
あの時――突如生えた〝羽〟が消え、地上に降りて来たエリンシェを受け止めながら、ジェイトは後悔に苛まれていた。……水晶玉で視たことを、誰かに伝えていれば――実際に起こり得ることなのだと認識してさえいれば、エリンシェは苦しまずに済んでいたかもしれない。彼女をガイセルに保護してもらう間もずっと、ジェイトはそう思わずにはいられなかった。
気休めかもしれないが、何か、エリンシェの気持ちが楽になれるようにできれば……。そう考えて、ジェイトは「あるもの」を用意していたのだ。
それはエリンシェに渡そうと思っていたプレゼントだった。元はと言うと、彼女の誕生日を近々迎えるため、その時に渡そうと考え、用意していたものだったが、ジェイトは心変わりしていた。エリンシェが目を覚ましたら、すぐに「それ」を渡そうと決心したのだ。――今度は、決して後悔しないためにも。
寮室に着くと、ジェイトはしまっていたプレゼントの箱を取り出し、またガイセルの研究室へ戻ろうと踵を返そうとする。――が、突如寮室の扉が開かれ、カルドが顔を出したので、ジェイトは足を止めた。
ジェイトに目配せをしたカルドは、一緒にいたミリアに声を掛けた後、彼女を送り届けると再び寮室に戻って来た。
「エリン、目、覚ましたぞ」
そして、中に入るなり、カルドはそう話したが、すぐに出て行こうとするジェイトを制止するように、扉の前から離れなかった。
「だけど、今日はもう遅いからって帰されたんだ」
それを聞いて、ジェイトは落胆して、ため息を漏らした。……本当はすぐに、エリンシェの元へ駆けつけたいくらいだったが、今のところは諦めるしかなさそうだ。
「ありがとう。 仕方ないから明日朝一番に行って来るよ」
自分にも言い聞かせるように、カルドにそう話して、ジェイトは床に就く準備を始める。けれど、始終そわそわして、いざ横になっても寝れそうになかった。結局、ほとんど一睡もせず、ジェイトは翌朝、再びガイセルの研究室を訪れるのだった。
朝早くに研究室を訪れたのにも関わらず、ガイセルは快くジェイトを迎え入れた。それどころか、心なしかどこか嬉しそうな様子のガイセルを、ジェイトは不思議に思いながら、彼に連れられ、研究室の奥に進んだ。
「エリン、君にお客さんだよ」
ガイセルに声を掛けられ、エリンシェが顔を上げた。ジェイトに気が付くと、とても嬉しそうな笑顔を浮かべた。思わずジェイトは胸が高鳴るのを感じつつ、元気そうな彼女の様子にほっと息をついた。
「やあ、気分はどう?」
尋ねながら、ジェイトはエリンシェがいるベッドの側に椅子を置いて、腰掛けた。それと同時に、懐にしまってあるプレゼントを再度確認した。
「もう大分良くなったよ、ありがとう」
エリンシェの答えを聞いて、ジェイトも安心して、彼女に微笑みかけた。……あんなに顔が見たいと思っていたのに、言葉が上手く出て来ない。しばらくふたりの間に沈黙が降りてしまい、ジェイトは煮え切らない気持ちになる。
「ねぇ、あの時、名前を呼んでくれたの、ジェイトくんだよね? ……また助けられちゃったね、本当にありがとう」
ふと、エリンシェがそんなことを口にする。あの時とは、彼女の名前を思い切り叫んだ時のことだろう。……まさか、彼女に声が届いていたとは。驚いたのと同時に、ジェイトは胸が締め付けられそうになる。お礼なんて――。
「……違うんだ。 実は僕、君に謝らないといけないことがあるんだ。 君と一緒だった予知学の授業で、視たんだよ。 ――水晶玉で君がああなってしまうのを……。 だけど、本当に起こるのか分からなかったし、信じてもらえないって思ったんだ。 それに、君を不安にさせたくないって……。 そんな言い訳をたくさんして、ずっと言えなかったんだ! 僕がちゃんと話していれば、君は苦しまずに済んだかもしれないのに! ごめん、本当にごめん!」
気が付くと、ジェイトはそう口走っていた。言い切ってしまってから、エリンシェの顔をうかがうと、彼女は驚いた表情をして、何かを考えている様子だった。
怒られて――嫌われて……しまうのだろうか。ジェイトの中にそんな不安が一瞬よぎったが、返って来たエリンシェの反応は意外なものだった。
「……だけど、ちゃんと私を助けてくれたでしょ? ――だから、もういいの。 それに、私がジェイトくんの立場だったら、同じことになってたと思うもん」
そう話して、エリンシェはまた笑顔を浮かべて、もう一度「――ありがとう」と口にした。呆気にとられながら、ジェイトは首を横に振った。
「えっと……だ、だけど、急に名前で呼んでなれなれしかったよね、ごめん。 と、とにかく、君が無事で良かったよ」
慌てふためいて、自分でも何を言っているのか分からないまま、ジェイトはそんなことを口走る。そんな彼の様子を見ても、特に気にする素振りを見せず、エリンシェは何も言わず、微笑んでいた。
「あ、あのさ。 君に渡したいものがあるんだ。 本当は誕生日に渡そうと思ってたんだけど、お守り代わりにでもなればいいと思って……」
エリンシェに見つめられ、緊張していたが、ジェイトはいよいよそう切り出して、懐から「それ」を取り出し、彼女に差し出した。彼女は首を傾げながら「それ」を受け取った。
「開けてもいい?」
ジェイトがうなずいてみせると、エリンシェは丁寧に箱の包みを開け、中から「あるもの」を取り出した。――それは、銀色の鎖に、球体に羽が生えた金色の飾りが付いたペンダントだった。偶然、店でそのペンダントを見た時、ジェイトはそれになぜかとても強く、心ひかれたのだ。
嬉しそうに笑うと、エリンシェはすぐさま、ペンダントを身に着けた。……気のせいだろうか、首飾りは彼女の胸元でより一層、その輝きを増していた。
「とっても似合うよ」
ジェイトが素直にそう感想を述べると、エリンシェはまた嬉しそうに笑顔をこぼした。そんな彼女の様子に、ジェイトも嬉しく思ったと同時に、だんだん恥ずかしくなって、思わず俯いていた。
「すごく嬉しい。 私、大切にするね。 ありがとう、ジェイト」
……無意識なのか、それとも、わざとなのか。エリンシェが名前で呼んで、そう話したのを聞き逃さず、はっと息を呑んで、思わずジェイトは顔を上げた。彼女の方は何てことない表情をして、ジェイトを見つめている。
「いや、いいんだ。 僕の方こそ、色々とありがとう、エリンシェ」
その表情を見ていると、名前で呼んでも良い――エリンシェがそう言っている気がして、ジェイトも彼女の名前を口にする。すると、彼女は嬉しそうな表情で、首を横に振ってみせたのだった。
ଓ
それから、しばらく他愛もない話をした後、ジェイトはガイセルの研究室を後にした。彼がいなくなった後、エリンシェはもらったペンダントをじっと見つめた。
……とても不思議なペンダントだった。身に着けただけで「力」が湧いて来て、胸がほっとするような……エリンシェはそんな気がしていた。飾りを握り締めながら、エリンシェは少し物思いに耽る。
あの時のことを、水晶玉で視たと話していたジェイトの告白を聞いて、エリンシェは納得することがあった。思い返すと、どこか思い詰めているジェイトの様子を見たことがあった。……とても後悔していたに違いない。けれど、ジェイトはエリンシェを助け、お守りという名目でペンダントを彼女に贈ったのだ。
ジェイトのそんな気持ちがとても嬉しく思え、エリンシェは一歩踏み出すことにした。――思い切って、彼が口走っていた「急に名前で呼んでなれなれしい」という言葉を覆す意味でも、彼を名前だけで呼んでみることにしたのだ。
反対に、名前で呼んで良いというように、エリンシェはそれとなく態度で示していた。ジェイトもその意思を汲んで、愛称ではなく、名前でエリンシェのことを呼んでくれた。……エリンシェはそれがとても嬉しかった。
少し縮まった気がする距離がもっと近くなるよう、これからはもっと、ジェイトに積極的に話し掛けてみよう。エリンシェはそう決心していると、アリィーシュの気配を感じ取った。
〝お話終わった?〟
そんなことを尋ねながら、アリィーシュが姿を現した。……気を遣ってくれていたのか。エリンシェはそう思いながら、「うん、ありがとう」とうなずいた。
〝――ん? エリン、何かあった?〟
ふと、アリィーシュが首を傾げ、問い掛けながら、エリンシェをまじまじと見つめ始める。そんなアリィーシュに、エリンシェはもらったペンダントを指し示す。
「『何か』っていうほど、変わったことは特にないよ。 ただ、友達にこれをもらっただけだよ」
それを聞いて、アリィーシュが今度は首飾りをじっと見つめる。そして、なぜか先程より首を傾げながら、唸り始めた。
〝うーん……なんだろう? 誰か――知ってる「気」を感じるような……。 分からないけど、何か引っ掛かるのよね〟
「お守り代わりにもらったの。 大切な友達からもらったんだけど……」
〝大丈夫、悪い「気」じゃないから、それは安心して。 むしろ、良いくらいだと思う。 だけど、どうしても思い出せない、うーん……〟
まだ悩んでいるアリィーシュをよそに、エリンシェはペンダントを元に戻した。アリィーシュが気にするほど、不思議なペンダントのようだが、エリンシェは深く気にしないことにした。それでも、ずっと大切にしようと、エリンシェは決心を深めたのだった。




