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破滅の魔女は異世界を救う  作者: 藤川秋
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第2話 人ならざる


思ったより俗な例えをするものだなと、驚きや呆れを通り越して感心しそうになった。

しかしながら、これまでの経緯や心境を考えれば、そのようなものに例えられても些か困るというのが実状である。



「転生ものかどうかは置いておいて……平たく言えば、第二の人生を送れるという認識で間違いないでしょうか?」


「それで問題ないわ。ただし、条件付きというのがより正確な答えではあるけれどね。貴方には────敢えて大袈裟な言い回しをさせてもらうと、これから行く惑星の未来を救って欲しいと思っているのよ」


「惑星の未来を……救う?」



一体どういうことなのかと、シンプルな疑問が湧いて出る。

話があまりに唐突すぎることも勿論あったが、理由は他にもあった。


”救う”と一口に言っても、やるべきことは状況によって様々だ。

状況が変われば目標も変わる。

目標が変われば方法も変わる。

思考が人それぞれなら、正解もまた人それぞれで、何をもって救いとすればいいのかも明確には分からない。

その定義は、規模が大きくなればなるほど、正確性からは遠のいて行くだろう。


それこそ、まるでSF映画のような非現実さで、その問題は私に襲いかかって来る。

曖昧模糊としたその条件は、しかしだからこそ、贖罪として成り立つに相応しい難解さを兼ね備えているようだ。



「一応の確認ですが、その惑星についての情報をお聞きすることはできますか?」


「残念ながら、それは無理よ。あくまで償いの場として提供する以上、貴方に少しでも有利に働く情報を教えてあげることはできないの。ごめんなさいね」


「いえ、そうだろうとは思っていましたので、大丈夫です。それより、もう一つ質問しても?」


「ええ、構わないけれど。何かしら?」


「そもそも、どうして私にそのような提案をしてくださるのでしょうか。それも、守秘義務に関わることですか?」



私は今回、明らかに優遇されている。

彼女は確かに、表面的には情報の制限を行なっているが、実際の所はすでに一つ、私に有利な情報を与えてしまった後だ。



私にとって悪い話ではないはずだと、彼女はそう言った。

地獄に堕ちるよりはよほどましだと。

────そもそもの話、今回の提案は代案などではなく、私に対する一種の救済措置なのだ。



彼女が言うように、私の生前の行いを考えるならば、このような救済措置を与えることはまず無いはずだろう。

イレギュラーという言葉の真意は、行なった行為そのものよりも、それを許す程の何かがあったということの方が意味合いが強いように思う。

知らなければいけない、というほどのものではないけれど、全くの無関心でいられるほど些細な出来事でもなかった。



「そうね……貴方自身に関係のあることなら構わないわ。そもそも、紫苑ちゃんがここまで苦労することになったのは、私の所為でもあるのだから」


「私の所為って……どういうことですか?」



彼女の思わぬ告白に驚いた私は、その言葉の真意を探るべく問いかけるが、すぐには答えてくれなかった。

一見、何でもないような顔付きで、彼女は目の前に置かれたカップを手に取り口に運ぶ。

その仕草に、私は思わずもどかしい気持ちになるが、彼女も彼女で見た目ほどに穏やかな心持ちではないようだ。


よくよく見れば、彼女の表情は僅かに硬く、真剣味を帯びた眼差しで、その瞳の奥には微かな哀愁が漂うようにも見える。

心なしか、部屋の空気も少しばかり重苦しい。



────それはまるで、彼女の方が罰を受ける側であるかのような、そんな錯覚を覚える光景で。

その姿に私は、すとんと胸に落ちるものがあった。



ああ。

これは私だけの贖罪でなく。

彼女もまた同じなのだと。



(私一人が得をする話でもないってわけね)



彼女の語る話が、果たしてどのような内容なのかは未だ見当もつかないが、少なくとも今回このような提案を受けることのできる理由については得心がいった。

そこでようやく私は気持ちが落ち着いて、無意識に浅く腰掛けていた体を奥の方へと沈める。



「────私は私を、神だと定義したけれど。それは分かりやすい形に例えただけの話で、正確な答えではないわ。半分正解で、半分間違っているといったところかしらね」



私が腰を落ち着けたのを見計らって、彼女はゆっくりと語り始めた。

慎重に、何かを探り当てようとするかのように。

いまいち要領を得ないような話し方をしてくるのは、おそらくわざとなのだろう。

それが気まずさから来るものなのか、私への気遣いなのかは定かではないが、彼女にとってはそれだけ重みのある話らしい。



「貴方たち人間の信仰する神というものは、その思想も成り立ちも様々だけれど、少なくとも私はその定義に当てはまらない存在よ。私は天地を創造したことはないし、アダムとイブも作った覚えはない。黒き神として世界の終わりをもたらすこともない。私は、物語の世界に登場するような、実在したかもしれない神とは全くの別物だわ」


「だから、神だと名乗ることは間違っていると?」


「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()。もっと正確に言うなら、そう在るべきものとして私は生まれ落ちた。貴方たち人間が、あらゆる形で、あらゆる想いで描いた神という名の空想が、一つの形として束ね上げられたのがこの私。言ってしまえば、私が人間を生み出したのではなく、貴方たち人間がいたから私が生まれたのよ。人や物を作ることだって、神話の中の出来事においては何一つしたことはないけれど、それをするだけの力は兼ね備えているわ。……まあ、ただの模倣品と言ってしまえばそれまでの話なのだけれどね」



そう言って、彼女は苦笑した。

その生い立ちを考えれば、思わず口にしてしまう気持ちも分からないではない。

あくまで後天的に生まれたものなら、確かにそのように表現することも出来るだろう。


しかしながら、結局この世に存在する数多の品々は、多かれ少なかれ何かの模倣品だ。

全く無の状態から何かを作り出すことは、何時の時代も非常に難しい。

既存のものをある程度模して作り、そこに改良を加えて、より良い何かを作り上げていくことがほとんどである。



それでも、人類はここまで発展を遂げてきた。

だから別に、彼女が純然たる神でなかろうとも、己の責務を全うしているのならそれで良いのではないだろうか。

そのことに対して、引け目を感じたりする必要はどこにも無いように思える。



「ひとまず、仰っていたことの意味は分かりましたけど、それが先程の話とどう関係してくるのでしょうか?失礼ながら、あまり繋がりが見えてこないのですけれど」


「まあ、当然そうなるわよね。肝心な話は何一つ出来ていないのだもの、疑問に感じるのは尤もだわ。勿論、その部分も含めてきちんと説明はするから安心して。……ただ、この件については順を追って説明させてもらっても構わないかしら。遠回りをするようで申し訳ないけれど、その方が理解しやすいと思うの」


「それは別に構いませんけど……そんなに複雑な話なんですか?」


「複雑かどうかというよりも、受け入れやすさの問題ね。私もそうだし、貴方もそうだと思うけれど、大事な話の前にはちゃんと心の準備をしておきたいものでしょう?」


「……それって要するに、複雑な内容ではないけれど、重たい話ではあるってことですよね」


「そうとも言えるかしらね。実際問題、貴方たち人間側からしてみれば、そうすんなりと受け入れられる話ではないと思うわよ?」


(()()()……?私だからじゃなくて?)



やけに含みのある言い方をしてくるようだ。

その上、捉え方によっては茶化したような物言いにも聞こえるが、彼女の表情は至って真剣そのものである。

だからこそ、そこから先の話を聞くのが少しばかり怖くなった。


彼女は自身の成り立ちについて、多少なりとも思う所があるようだが、神と呼ぶに相応しい力を持っている事だけは確かである。

やろうと思えば何でも出来るのだろうし────やろうと思わなくとも、誰か一人の人生を狂わせるくらいは造作もないことなのだろう。()()()()()()()()



それだけの力を持った彼女が一体何をミスしたのかなど、このような状況でもなければ、全く聞きたいとは思わないのが正直なところだ。

まるで、開けると厄災が撒き散らされるというパンドラの箱のように、聞いた瞬間に知らなければ良かったと思うような気さえしてくる。



────それでも、己の好奇心が勝ってしまうところが、私の駄目な所であった。

気になるものは気になるし、分からないままにしておくのは気持ちが悪い。

今回の事だって、途中で引き返すという選択肢もできたはずだけれど、私は敢えてそれを選ばずにいた。

彼女なりの忠告だったのであろう言葉も、理解した上で聞き流すのだから、我ながら質が悪い。



「さっき話した通り、私は神そのものというよりも、神という概念を具現化した存在と言った方が正しいわ。だからなのでしょうけど、実はこう見えて私には肉体が無いのよ」


「そうなんですか?その割に、普通にカップに触れたりできてましたけど……」


「それは、今いる場所の問題ね。単純にここは、いわゆる現実世界からは切り離された空間だから。一般的な科学知識とは、そもそもの仕組みが違うわ。貴方も今は、魂だけの存在としてここにいるから、こうして私のことが見えているけれど、生きてた時じゃそうはいかなかったでしょうね。普通の人間には幽霊なんて見えないのと一緒よ」


「そういうものなんですか……。じゃあ、例えば、霊感が強い人とかなら姿を見ることもできるってことですか?」


「さあ、どうしかしらね?見えるかもしれないけれど……そもそも向こうに行く機会なんて全然無いから、結果的には同じことよね」



そう答えられては、確かにとしか言いようがなかった。

たとえ見えたところで、見るべきものがそこに無ければ何の意味も成さないのだから。



「私は私の在り方に従って、神らしく振舞う。その一環として、この星の行く末を見守っているわ。でも、それはあくまで見守るだけの話で、基本的にこちらから何か手出しをしたりということは全く無いのだけれど……何事にも、不測の事態というものは付き物でしょ?いざという時にコミュニケーションを図ることが出来ないのは問題よね。────だから、私は肉体を作る事にしたの。万が一、すぐに用意する事が出来なくても困ることの無いように、事前に。そして、なるべく多くの生き物とコンタクトを図ることのできるように、決められた形で」


「────まさか」


「そう。賢明な貴方なら、もうここまで言えば察しが付くわよね。────つまり、その入れ物というのが、まさに貴方ということなのよ。紫苑ちゃん」


「────」



絶句した。

人生生きていて────私の場合は正確には、死んだ後の話ではあるけれど────平均的な感性から外れているという意味合いで使われることはあっても、まさに言葉通りの意味で突きつけられることなどそうあるものだろうか。



要するに、私は人間ではない。



私は、自分で言うのも何だが、寧ろ人並み外れた力を持っていた方だ。

だからこそ、あのような出来事に巻き込まれて。

だからこそ、誰よりも”普通”を願って生きてきたのに。


もはや皮肉でしかないだろう。

世間の”当たり前”に近付くどころか、初めから限りなく終わっていたなんて。



(普通に、ショックだ)



彼女の言う通り、何の心構えも無しに聞くような話ではなかったようだ。

先ほどの言葉が耳に付いて離れない。心に深く突き刺さっている。



「ごめんなさいね。こうして、貴方を傷付ける形になってしまって」


「そうですね……能力的な意味合いで人間離れしていた自覚はありましたけど、流石に人ですらないなんて発想は無かったので……正直に申し上げるなら、受けたダメージは結構大きいです。それに、一番肝心な部分についてはまだお伺いできてませんよね?」


「ええ。そもそもの本題は、一体私がどのようなミスを犯したのか、ということだものね」



そう。

本来聞きたかったのは、まさにそのことである。

私が何者であるかという話は、残念ながらそこに至るまでの足掛かりでしかないのだ。


今の告白だけでも十分衝撃的で、ともすればこれ以上何かを聞いたところで、傷口に塩を塗るだけの行為なのかもしれないが、求めていた成果が得られていないという事実に私は、ある種の敗北感のようなものを感じてしまっていた。



ここまで聞いておいて、今更止めるのは勿体ない。

傷付けられたままで終わるのは悔しい、と。



結局それも、納得のいく所までやり切らないと気が済まないという、ただそれだけのことだった。

はっきり言って、最後まで話を聞いたところで、私の何かが劇的に変わるようなものは絶対に得られない。私はそう確信している。


彼女が敢えて順序立てて説明をしてくれたからこそ、これから私が何を言われるのかは、既に大凡の見当が付いていた。

最後まで話を聞きたいと思うのは、分からないことを知るためでなく、己の推測を確かなものにしたいというニュアンスの方が近しい。



「もう、大体のことは予想がついているみたいね」


「そのための説明順だったようですからね。私、自分で言うのも何ですけど、それなりに察しは良い方なんですよ」


「ええ、本当にね。狡い言い方ではあるけれど、おかげでとても助かっているわ」



そういって、彼女は困ったように笑った。

その仕草といい、言葉選びといい、確かに彼女は狡い性格をしている。


私は、その狡さを打ち破れるほどの冷徹さは持ち合わせていなかった。

お礼を言われては困るとも、腹立たしいとも言えないのが、私という人間なのだ。



────ああ、いや、人間ではないのだったか。



そもそも、私の生い立ちについて話すという事は。

つまるところ、私という存在そのものに問題があるという事だ。

そこまで気付いてしまえば、導き出される答えはもう決まっている。



「今のご時世、昔と違って誰でも、当たり前のように魔法が使える時代になりました。その仕組みさえ知っていれば、大抵の人は魔法が使えるようになります。────でも、それは絶対じゃありません」



魔法を使うための機能が、人間の体には備わっている。


手があって。足があって。脳があって。肺があって。

心の臓から血を送り出し、栄養を運び、酸素を吸って人は生きる。


そんな、誰もが当たり前のように持っている機能と同じように、人は魔法を使うための素質を生まれながらに持っている。



────でも、それは絶対じゃない。



五体満足で生まれなかった誰かのように。

あるべきはずのものを損なって生まれた誰かのように。

足りない何か。

周りと違う何か。



"当たり前"はそこにあっても、"絶対"はそこには無い。




「先程仰っていた通りです。何事にも、不測の事態は発生する。何かしらの例外が、物事には存在する。────そして、それは私にも当てはまることでしょう?」


「……」


「私がもともと、魔法が使えない体質だったのは、偶然じゃなく必然だったんですね」



静まり返った部屋に、私の声が寂しく響いた気がした。


思ったよりも話が長引いてしまいました。

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