「入学式」①
「5番ホームってどこだよ……ここ、さっきも通った道だし……」
僕は入学式当日早々、駅で迷っていた。
幸い、早起きが習慣づいてるので時間に余裕はあるが、このままでは永遠とさ迷う可能性すらある……。
万策尽きて駅の地図とにらめっこをしている僕の名前は境 護朗。今年の5月6日に16歳になるどこにでもいる高校生だ。
僕は元々、九州の小さな街に住んでいた。その街で生まれて育ち、地元の高校へ入学するつもりだった……そのはずだった……。
シングルマザーで単身赴任中の母親が僕の許可もなく五稜星蘭学園への編入手続きしたのだ。
しかも、その連絡が届いたのは昨日!引っ越し準備も昨日!飛行機でわざわざ上京したのも昨日!!!!!
大人の癖に報告、連絡、相談も出来ないのか!……と愚痴ってしまうほどに急な出来事だった。その上、駅では学園行き電車が通るホームが見つからず迷子になる始末……全くツイてない。
「万事休すかぁ……」
大きなため息をついた。
しかし、ここで立ち止まってもしょうがない。遅刻どころか欠席するだけだ。
僕は先へ進もうと顔を上げた。
ふと……どこからか、花のような甘い匂いがした。
振り向くと綺麗な女性が僕の目の前をよぎった。
一瞬の出来事だったが僕は思わず見蕩れ、その刹那がスローモーションのように感じた。
漆のような艶のある長い黒髪はトリプルテールに束ねており、何を考えているのか読み取れない鋭い瞳は僕のことなど全く気にせず、ただ前だけを見ていた。僕より少し高い身長でモデル顔負けな見た目……そう、絵に描いたような美人だった。
「うわっ!?」
「おい、ガキ!気をつけろ!」
……と、すっかり惚けてる内にフードを被った男にぶつかってしまった。幸い、注意されただけで済んだからよかった……。目覚めの悪い夢から醒めたような気分だが、5番ホームを探す為に気を取り直す。
「早くしないと遅刻だ……!あっ!そういや、SEYANA(交通系ICカード)足りたかなぁ?」
ポケットの中の財布を取り出そうとするが……
「あれ…………?」
「財布が…………ない!?!?」
なんで?なんで!?
確かにSEYANAはさっき改札で通したはず!それにしっかり財布の中に入れて……
あっ……!
もしかして……!さっきのフードの男が……!?
彼が去っていった道を向くと、僕が気づいたことを察したのか、急に走り出した。
「あれがないと欠席どころの話じゃない!」
小さい頃「ターミナル」って洋画を観たことあるけど、それをリアルでやるとか冗談じゃない!
追いかけようとするが、目の前には人混み。とても追いかけられる状況じゃなかった。
「くっ!僕の財布返せぇーー!!!!」
まるで負け犬の遠吠えの如く叫んだ。虚しく響く声。