「マルチプレイ」⑤
ユナと礼音がモンスターとの混戦状態へと突入している一方、ジャスミンは練り上げた魔力を更に増幅させ、雷の加護を与える為に詠唱する。
「天空の覇者 雷鳴轟く嵐よ
猛きその姿は万物を貫く」
青白く点滅する魔法陣から雷が走る。
魔力のない護朗でも洞窟中に溢れるジャスミンの濃密度な魔力に圧倒させる。
「すごい…!これがジャスミンの必殺技…!」
「獰猛なその姿は平等に生命の死を与え
美しきその姿は見るもの総てを魅了する
大地穿つ神の一撃
今、ゼウスの名を借りて ジャスミン・ライムが汝に裁きを与えん!」
「この調子なら…っ!」
護朗が安堵したのも束の間、天井が急に砕け、瓦礫が2人を襲う。
「えっ!?なんで、天井が!?」
すぐにジャスミンの危険を察知すると、彼女からあらかじめ預かっていた白い魔石を放り投げる。
魔石が粉々に割れると、2人を包み込むようにドーム状のバリアが展開される。次々と崩落する瓦礫は全てそのバリアによって阻まれ、未だに詠唱を止めていないジャスミンも魔石を使った護朗も無傷で済んだ。
「何とかなったけど……ユナさんと礼音は…?」
地下1階の落下物は全て最下層に到達し、一転して静寂が洞窟を包む。展開維持時間を越えたのか、バリアは粒子になって消滅する。
「ユナさん!!礼音!!無事なら返事してくれー!!」
しかし、返事はない。瓦礫の山には落下した衝撃で死んだ、または下敷きになったモンスターで溢れていた。
「まさか…もう……。いや、そんなことあるもんか…ユナさんがそんな簡単に…!」
護朗は居てもたってもいられず、赤い魔石を握り締めて駆け出す。護朗の足音に気がついたのか、落下衝撃に耐え切り、生き延びたスライムが彼に奇襲を仕掛ける。
「どけ!!」
護朗は持っていた赤い魔石をスライムに投げつける。それはスライムの体に触れた途端に爆発し、スライムは赤い魔力…すなわち炎属性の魔法をまともに受け、溶けてしまう。
邪魔者がいなくなり、救助活動を続ける護朗。
「ユナさん!!!礼音!!!今…助けるから…っ!」
いくらビーストクラスの鍛錬をしたとは言え、まだ一般人より少し強いぐらいの筋力しかない護朗にはあまりにも無茶な行動だった。
「きゃあぁあ!!!」
突然、背後からジャスミンの悲鳴が響く。振り返ると、ジャスミンはローパーに襲われていた。
神化呪文の為に膨大な魔力を練り上げたジャスミンの身体はまさに魔力の貯蔵庫。ローパーは彼女から魔力を吸い上げるために全身を触手で絡めて捕縛していた。
「ジャスミン代表!!」
「い…いいから……私ごと魔石で攻撃なさ…い…!」
「で、でも…!!」
「んんっ…早く!これ以上、魔力を吸われたらサイクロプスを倒せなくなるわ!」
「…っ!!」
躊躇していた護朗だったが、躊躇いを捨てて最後の赤い魔石をローパーに向かって投げる。
ローパーとジャスミンは一瞬で火炎に包まれ、ローパーはジャスミンを解放すると悶えながら消えぬ魔力のこもった炎を受けて焼死した。
「つっう……っ、オー・クアロ!」
水の呪文を自らに放ち、ジャスミンは自身に纏っていた炎をかき消す。護朗はジャスミンに駆け寄る。
「ごめんなさい…!僕のせいで……!今、治します!」
緑の魔石を使おうとするが、ジャスミンは護朗を止める。
「げほっ…げほっ!待ちなさい……こんなタイミングで回復アイテムを使うなんてもったいないわよ…げほっ!」
「今更、もったいないなんて言ってる場合じゃ……」
「はぁ……はぁ……くっ!……よく聞きなさい、境。」
ジャスミンは魔石のダメージ、魔力が吸われたことによる倦怠感でボロボロだった。しかし、闘志と冷静さを失わずに護朗に告げる。
「アタシの勘が正しければ……サイクロプスはまだ死んでいないわ…。アイツは馬鹿みたいに頑丈だから…きっと今も頭を打って気絶しているだけ……。だから、その間にもう1回神化呪文を唱えるわ。」
「神化呪文を唱える……って、そんな体で!?魔力だって十分じゃないのに!」
ジャスミンは痛みを堪え、いつもの勝気な笑みを浮かべる。どことなく、痩せ我慢をしているようにも見えた。
「当たり前じゃない…アタシを誰だと……思っている…の……?五核使い最強で……ウィッチクラス最強の………ジャスミン・ライム様よ……?魔力と時間が足りないなら……さっきの3割増しで頑張ればいいだけの話よ……!」
「どうして……」
「アタシは誇り高き純血のウィッチクラスの後継者よ。この程度のピンチなんて…乗り越えてみせるわ!!」
ジャスミンは再び魔力を練り始める。しかも、先程よりも詠唱スピードを上げていた。優秀な彼女ではあるが、神化呪文の詠唱短縮スキルは備わっていない。魔力の練り上げを彼女の経験と技術で補っているのだ。
「ただでさえ、サムライクラス並の集中力を要するのに…即興で魔力の練り上げにアレンジを加えて、詠唱を短くしようと工夫している……」
もしどこかで失敗してしまえば魔力供給が途中で滞って呪文が不発に終わる可能性すらある。しかし、彼女はその恐怖すら考えていなかった。
その失敗を恐れぬ意思の強さに護朗も覚悟を決めた。
「この魔石は…サイクロプスを倒した後にみんなに使う…。それまでは……」
「ウオオオオオオオオオオオオーーー!!!」
瓦礫の山から咆哮が響き渡る。
「……っ!こんなに早く……!」
護朗はジャスミンを守るように前に立つ。
「ジャスミンの努力を無駄にしない為にも…僕が……僕が守らなきゃ……!!」
護朗は震える脚を叩いて、自らを奮い立たせる。
瓦礫とモンスターの遺体の山が崩れ、サイクロプスが再び目覚める。キョロキョロと周りを見渡し…ついに標的であるジャスミンに目をつける。
「やっぱりジャスミンを狙って…!」
サイクロプスにとって護朗は眼中になかった。魔力もなく、武器もない。そんな貧祖な存在である護朗は、もはや足元に転がっている石ころ…それどころか塵のようなものだ。
護朗は手を前に出す。
「頼む…!ジャスミンを護らなきゃいけないんだ……!!何でもいいから、新しい力を…!!」
両手に全神経を集中させるが、何も起こらない。サイクロプスも牽制にすらならない護朗の存在などお構い無しに歩いてくる。
「くそっ!!出ろよ!!魔法!!頼むよ!!!」
護朗は自らの無能さに涙がこぼれそうになるが、ぐっと堪えて集中する。
「ユナさんも、礼音も、ジャスミン代表もみんな命懸けで戦っているんだ!!僕だって……」
サイクロプスが棍棒を振り上げる。
「僕だって……戦う為の力が欲しいんだーーー!!!!!」
護朗の叫び声と同時に彼の右腕にウィッチクラスの紋章が発現した。
「うあああああー!!!!ファイフレア!!!!」
護朗の両腕から小さな火球が放たれる。
サイクロプスは………
本来なら、避けるまでもなかった。
初級呪文など蚊が刺したようなもので、ダメージはゼロに等しいのだ。
……だが、戦闘経験の豊富さ故に想定外な敵の攻撃への危機回避能力が高すぎた。
今まで床に散らばる小さな塵に等しかった人間がいきなり魔法を唱えてきたのだ。しかも、護朗は狙ったわけではないが、その火球はサイクロプスの“目”に向かっていた。本来、サイクロプスにとっては目は大きな弱点となる。
今回の護朗達の目的は「サイクロプスの目玉を回収すること」、すなわちユナも礼音も目を狙うことは一切無かったのだが、今の護朗はジャスミンのことを守る事に必死でサイクロプスの目を回収することなど考えていなかった。その弱々しくも本気の一撃がサイクロプスの判断力を鈍らせたのだ。
………眼中になかった敵からの思わぬ反撃。
“目で直接受けようとも傷一つ付かない”攻撃を、サイクロプスは左腕で弱点を覆い隠すように防いでしまったのだ。
「やった……!魔法が……使えた…!!」
護朗は窮地のタイミングでウィッチクラスの力に目覚めたことを喜ぶ。
「よくやったわ…護朗。あなたのおかげで隙が出来たわ。」
「えっ…!?」
聞き馴れた女性の声。
……と、同時にサイクロプスの頬に巨大な拳が飛んできた。想定外の方向からの人間離れした一撃に膝をつく。
声の方に視線を移すと、ユナが野生覚醒状態で拳を構えていた。おそろく“貪欲なる呪爪”をロケットパンチの要領で撃ち込んだのだろう。
「なるほど…斬撃は無効化出来ても、打撃は完全に防げるわけじゃないのね…。」
「ユナさん…!!」
サイクロプスは頭をブンブンと横に振るうと何事も無かったかのように立ち上がろうとするが…
「今よ!ポンコツ!!」
「オラァ!!ポンコツの意地、見せてやるぜぇ!!」
瓦礫の下から礼音が出てくる。既に上級呪文の詠唱は完了していた。
「アグニィィイイストォォォオオォオオオオオオム!!!!!!!!」
炎の竜巻がサイクロプスを襲い狂う。
今まで攻撃しようが2度も落下しようがほぼ無傷だったサイクロプス。しかし、流石に上級呪文はダメージを食らうらしく、竜巻を振り払おうと暴れる。
「天空の覇者 雷鳴轟く嵐よ
猛きその姿は万物を貫く
獰猛なその姿は平等に生命の死を与え
美しきその姿は見るもの総てを魅了する
大地穿つ神の一撃
今、ゼウスの名を借りて ジャスミン・ライムが汝に裁きを与えん!」
「護朗!!」
ジャスミンの詠唱がまもなく完成することに勘づいたユナが護朗を抱き抱え、ジャスミンから離れる。礼音も慌てて瓦礫を盾に隠れた。
そして、サイクロプスがアグニストームから解放されたその時…!
「灰燼と化せ、罪深き地上の咎人よ!
神化呪文ケラヴノス!!!!」
ジャスミンの詠唱と共に洞窟の中は何も見えないほど白き光に包まれた。
一瞬、視覚も聴覚も失ったかと思うほどの真っ白で無音の空間に包まれた後、鼓膜が破れそうになるほどの轟音が洞窟全体に響き渡った。