「マルチプレイ」①
護朗と礼音はジャスミンのメモに書かれてあった薪無しで炎を燃やし続ける魔法陣、『篝火の陣』を実行する為に試行錯誤を重ねていた。
「魔法陣書いた?」
「おう!バッチリよ!」
「うわぁ……なぁにこれ。簡単な記号なのに、もはや子供の落書きレベルだよ……。貸して、僕が書くよ。」
護朗がチョークで魔法陣を書いていく。元々、習字、工作を得意とするなど、手先が器用な護朗はメモ帳通りの綺麗な魔法陣を書き終える。
「これで良し!スケルトンのあばら骨!」
「OK!」
「ゴーレムの胆石!」
「OK!」
「魔法陣への魔力供給!」
「俺がやる!」
「中級火属性呪文!」
「俺に任せろ!」
「よし!仕上げよろしく!」
魔力を込めた触媒を揃え、礼音は詠唱する。
「フレアドライブ!」
巨大な火球を赤色に光った魔法陣が吸収し、魔法陣の中心から焚き火程度の火が点る。
「実験大成功!最高だよ、礼音!」
「ホントだよ!俺達が揃えば怖いもの無しだな!」
「うるさいわね、男子!篝火の陣なんて基礎中の基礎中の基礎の基礎よ!!1人で出来ないなんて、もはや論外だわ!」
ジャスミンが2人にダメ出しする。鎮痛剤のおかげで痛みがなくなり、今は完全回復呪文で右腕の治癒に専念していたところだった。
「あったかいわ……」
体がすっかり冷えてしまったユナは暖をとっていた。その姿を見て、護朗は安堵する。
「よかった……これで風邪引かなくて済そうだね。」
「風邪なんてものじゃないわ。体が冷えたまま寝たら、気温が低いのもあって低体温症で死ぬところだったわ。」
「ひえぇえ……」
物騒だが、現実的過ぎる危険に思わず、情けない声を出す護朗。そして、ユナは一言付け加える。
「ありがとう、護朗」
「えっ……あぁ……うん……。」
ユナの感謝の言葉に護朗を思わず頬を緩ませる。
「ふんっ……!正妻は余裕で何よりね!」
初々しい様子の2人に嫌味ったらしく毒吐くジャスミン。
「あら?てぇんさぁいウィッチクラスのジャスミンさんはまだ自分の腕を治しているのかしら?遅すぎるわね……貴女の魔力回路はウニ並に遅いのかしら?腕が完治する頃には月曜日になっているかも。」
「完全回復呪文って言っても、元通りにするまで唱え続けなきゃいけないし、すぐに治らないものなの!っていうかアンタ、分かってて煽ってるでしょ!!」
「ゲームみたいにすぐ治る訳じゃないんだ……」
ウィッチクラスの魔法というのは万能のようでありながら、色々制約があるらしい。
「そうなの、ある程度の外傷ならともかく内臓や骨の復元は時間がかかるのよ。」
「そう考えると、優秀なウィッチクラスが治療しても半年はマトモに生活出来なくなった大地白亜は相当ヤバかったんだね……。」
「彼のスキルは全身の骨を極限まで硬化させて、鎧として転用するものよ。その結果、もし鎧が破壊されれば全身の骨が粉々に粉砕する…。私の貪欲な呪爪が壊されたら両爪が粉々になるように…。むしろあれで生きていたことの方が驚きよ。彼の生命力はゴキブリを軽く凌駕するわ。」
「ユナさんがそれを言う……?」
ユナも火神奈津子との戦いで脊髄にあたる神経系の通る背骨を折られたと聞く。しかし、持ち前の異常な自然治癒力とジャスミンの献身的な回復呪文のおかげで1日で立てるようになったのだ。もし、これがビーストクラスでなければジャスミンの治療があっても一生寝たきりになる可能性すらあっただろう……。
それに……ここにいるということは大型スライムは倒しただろうけど、あちこちに火傷を負っている。また無茶したのであろう……。
「ジャスミン代表……もし腕が完治したら……」
「分かってるわよ、アイツの火傷……全部治してあげるわ。」
「えっ……?」
お願いする前にユナの治癒を約束してもらい、護朗は唖然とする。
「その代わり、後で手伝ってもらうわよ。」
「手伝う……?」
「サイクロプス討伐。」
ジャスミンは本気であのサイクロプスを倒すつもりだった。戦ったからこそ、それが至難であることを知っている礼音は反対する。
「何言ってんだよ!!アイツ、中級呪文ですら怯む程度でマトモにダメージ与えられなかったんだぜ?しかも、そんな奴相手に護朗を戦わせるなんて尚更反対だ!!」
「私も反対よ。アレは確かに護朗を脅かす敵だけど、あくまでモンスター・ホールでしか分布しない生き物……。しかも巨体過ぎてスライムと違ってここから抜け出すことはない。それなら、戦わずにここを抜けた方が護朗にとって安全よ。」
2人の戦わない選択は確かに正しい。ここのモンスターは防衛の為に人間を攻撃しているに過ぎない。そもそもモンスター・ホールから抜け出すことは稀である。
キャンプ地になっているこの山に普通の動物ならともかく、モンスターが現れた例は1つもなく、今回の巨大なはぐれスライムが初めてである。
「アタシには必要なの!サイクロプスの目が!!」
ジャスミンは駄々をこねる子供のように言い返す。
「なんでジャスミンはそこまで素材回収にこだわるんだよ!確かにサイクロプスの目は貴重でクラスの費用では1個買うだけで1ヶ月分のクラス費がぶっ飛ぶけど……」
「今回は絶対成功させたい儀式なの!それに……今回はプライベートなものだから、クラス費を使うわけにはいかないの……。護朗のスキルだって必要不可欠だし……。」
「もしかして……」
護朗は口を開く。
「ジャスミン代表は……誰かを生き返らせたいの……?」
「…………。」
「しかも、そんなに必死になるほど、大切な人を……。」
ジャスミンのうつむく姿に礼音は混乱する。
「生き返らせる??護朗のスキル??もう、訳わかんねぇよ!」
「大丈夫だよ、礼音。僕はもう決めてるから。」
護朗はジャスミンの肩を掴む。
「僕、手伝います。ジャスミン代表が気の済むまで素材回収に付き合います。」
「えっ!?」
「護朗……一体どういうことなのかしら?」
護朗は思い切って2人に打ち明ける。
「僕の……アキを呼び出したあのスキルが“生き物を生き返らせる力”かもしれないんです。」
「何だって!?」
礼音は目を見開いて驚き、ユナは眉をひそめる。
「幼い頃、アキラって名前の三毛猫を飼ってたんです。事故で亡くしてしまったんだけど……。ジャスミン代表はそのアキラがスキルで蘇ったと考えているんです。」
「生き物を蘇らせる?まるで死霊使いのようね。ビーストクラスとは思えないわ。」
「僕もまだハッキリそういう能力だとは言いきれないけど……もし本当ならジャスミン代表の亡くしてしまった大切な人を蘇らせたいんだ!それだけじゃない……謙信会長のお父さん、お母さん……僕のお婆ちゃんも……お父さんも……」
「護朗……。」
「まだ僕の力が未熟だったから、子猫1匹が限界だったかもしれない……でも、ウィッチクラス最強のジャスミン代表と力を合わせれば何とかなるかもしれない!」
礼音は護朗の強い意思を受け入れる。相変わらず、涙脆く護朗に抱きつくと号泣した。
「うおおおお!!!しかと胸に響いたぜ!分かった!オレもお前とジャスミンの家族が蘇るように手伝ってやるぜ!地獄の底までな!」
「地獄の底はちょっと縁起悪いかなぁ……。ユナさんは……どうする?」
考え事していたユナは護朗に視線を移すといつもの無表情で
「貴方が行くというのなら……私はいつでもついて行くわ。たとえ死んでもね。」
「なんでこう……2人とも縁起の悪い言い回しをするの??……でも、嬉しいよ。ありがとう。」
「でも、無策で挑んでも犬死にするだけよ。何か方法はあるのかしら?」
「アタシにいい考えがあるわ。」
ジャスミンが答え、3人は彼女に注目する。
「神化呪文……最上級呪文を超える攻撃魔法を雷属性だけ持っているの。それさえ当てることが出来ればサイクロプスなんて一撃必殺よ。でも……その呪文を唱えるには膨大な魔力と詠唱が必要になるの。最初は魔力を練って、一点に集中……その後に雷系神化呪文用の詠唱を唱える。少しでも気を乱すと失敗するから、一瞬すら気を抜けない……だから、アタシが呪文を撃てるように囮になって欲しいの。囮ぐらいなら境だって出来るでしょ?」
「た、確かに出来るけど……10秒すら時間を稼げるか……」
「護朗にそんな危険なことさせられないわ。囮は私にやらせなさい。」
「オレも接近戦は得意だから、任せろ!」
確かに自分がやるより、ユナと礼音に任せた方がいい。しかし、そうなると真っ先に協力した自分の立場がない。
「そうなると僕はどうすれば……」
「それじゃあ、アンタはアタシの側に居なさい。そもそもアンタが死んだら元も子もないんだから、囮になるよりアタシと一緒にいた方が安心だわ。せいぜいアタシのナイトとして頑張りなさい。」
「う、うん……!」
「そうと決まれば、今日はもう休むわよ!眼帯治した時以来に完全回復呪文なんか使ったから疲れたわ!あ、見張りは3人の内の誰かでよろしくー。」
ジャスミンは魔力切れで疲れたのか、1人寝っ転がる。
「あっ!ズルいぞ!!」
「ゲホゲホ、私は風邪気味なので見学します。ポンコツ、よろしく。」
「仮病使うな!!」
「まあまあ、僕も見張り手伝うからさ。」
明日の朝……4人は来るべき戦いに備え、英気を養うのであった。