「そこに山があるから」②
さて、そんなこんなありながら護朗とユナは土日を使って1泊2日のキャンプ旅を開始。
キャンプ道具と未来の手作り弁当を持って、車に揺らされること1時間半……到着したキャンプ場で未来と別れる。
「くれぐれも火の取り扱いに気をつけるのよ。お弁当はお昼に食べること。傷むと食中毒の元になるから早めに食べてね。それと……」
「ミラ姉、全部聞いていたら日が暮れちゃう。」
「そう?まあ、熊が現れてもユナちゃんが返り討ちにするから大丈夫でしょうけど、くれぐれも体調管理はしっかりね。」
「うん、ありがとう。帰りはバスで帰るから、ミラ姉も週末はゆっくりしててね。」
未来は車を走らせる。未来の車が見えなくなる頃、ユナと護朗はキャンプ場でチェックイン。テントを立てる場所を見つけ、準備をしていた。
そして、今に至る……
「うおおおおおっ!!ビーストクラスの力でぇ!」
「あんまり力入れすぎると……」
ビーストクラスの能力、身体強化を加え、護朗はテントのポールを全力で引っ張ったが……
バキッ!……音と共にポールが真っ二つに。
「折れたァ!?」
更に折れた拍子で鋭利になった断面がテントに引っかかり、ビリビリに破ける。
「破けたァ!!?うわぁーー!もう!万策尽きたぁ〜!!」
「全く……」
ユナはやれやれと首を振り、護朗は頭を抱えた。
「くそぅ……身体強化を覚えたのが仇となったか……!」
護朗は鍛錬の成果が少しずつ芽生えていた。
ビーストクラスの基礎能力である身体強化。流石に動物主体の能力を持っていないのでユナや他のビーストクラスの生徒のようには俊敏さもパワーもないが、五核使いではない屈強な男性でも余裕で倒せるぐらいには強くなっていた。4月に比べるとかなり前進している。
サムライクラスとしても剣道や柔道の訓練による白兵戦の強化や算盤と習字による集中力、精神力の向上により成長している。戦いに関してはまだ実践レベルでないが、習字が得意である護朗はみるみるうちに集中力を高めていき、彼の固有能力である“深層再生”は万全な状態であればほぼ無制限に使えるようになった。
「何でもかんでもスキルを使えばいいってものじゃないのよ。」
「うぅ…まさかユナさんに正論を言われるなんて……」
「仕方ないわね……私のテントを使いなさい。私は木の上で寝るわ。」
「そんな……っ!ダメだよ、女の子が1人で……。」
「ここ、熊や猪が住処にしている山よ。私より弱い貴方を外で寝かせる方がよっぽど不安よ。」
「うっ……!まあ、それは否定しないけど……。でも、やっぱりダメだよ。たとえユナさんが強くても僕は納得出来ない。」
「貴方ならそう言うと思ったわ。こういうことに関しては頑固ですもの。」
ユナは少し考えた後、護朗に言う。
「それなら、同じテントで眠ればいい。」
「えっ!?!?」
護朗は顔が真っ赤に染まる。ユナはいたって真面目に話を続ける。
「同じ寝床なら、私も貴方を監視しやすいし、お互い野宿することもない……完璧な作戦だわ。」
「どこが!?思春期の男女が!!同じテントに!!?破廉恥だよっ!!」
「同居しているのに何を今更……」
「そうだけども!!」
「貴方、文句ばっかりで女々しいわよ。」
「ユナさんが男前過ぎるんだよ!」
ドッ!!!
2人が言い合っている中、地面を揺らす大きな振動が響く。
「な……何……!?」
「五核使いの気配がするわ……」
「こんな山奥に…?!」
「音の方向は……向こうね。行ってみましょう。」
護朗とユナは音がした方へ駆け出す。
「ポンコツ!そっち行ったわよ!」
「ポンコツ言うな!!行くぜ、ファイ……」
炎の呪文を放とうとする彼の頭に杖が投げつけられる。
「んごぉぅ!?いてぇ!!」
「バカっ!森で炎の呪文を使うバカがどこにいるの!!」
「いってぇな!お前こそ杖投げんじゃねぇよ!呪文詠唱どうするんだよ!」
「いいの!アタシはウィッチクラス最強なんだから!杖なんてむしろ邪魔なレベルよ!見てなさい!ギガ・デル・ソル!!」
流れ星のような軌道で雷が掌から放たれ、猪に命中する。金髪の小さな女の子は気絶した猪を踏みつけて喜ぶ。
「ほら見なさい!アタシ、最強!!」
「ったく……炎の呪文さえ使えればオレが先にやれたのによぉ……」
「ホーーッホッホッホ!馬鹿の一つ覚えみたいに炎の呪文しか使わないポンコツになんか負けないわ!何たってアタシはウィッチクラスのスペシャリスト、ジャスミン・ライムなんだから!」
「雷呪文ばっかり使う癖によく言うぜ……」
「なんか言った!?」
「あなた達……こんな山奥まで…護朗のストーカー…?」
ユナがドン引きした様子で2人に話しかける。
「ジャスミン……先輩と、礼音!?どうしてここに!?」
「護朗!?ユナもいるじゃねぇか!お前らこそなんでここに…………あっ!もしかして前に言ってたキャンプデートか!」
「デデデデデデ……っ!デートじゃないよ!」
顔を赤くして全力で否定する護朗。
ユナは礼音を無視して、ジャスミンを見下す。
「あら、戦績が良くないからって動物虐待?ウィッチクラス代表は器が小さいのね。」
「違うわよ!……錬金術に必要な素材を集めていたの!」
ジャスミンはユナに言い返すと、気絶した猪の毛を一部毟りとる。猪の頭に五百円玉サイズの禿げが出来る。その後、猪に回復術を行うとメモに書いてある素材表にチェックを入れる。
「猪のたてがみ……採取完了っと……。ポンコツ!次、鹿の角よ!」
「了解ー。」
礼音は嫌々答える。ジャスミンは護朗にずいっと背伸びして顔を寄せると言い放つ。
「ど、どうかしました……?」
「アンタのこと好き放題バカにしてきたけど……前言撤回するわ。アンタに興味沸いてきたの。来週はウィッチクラスに来なさい。アタシが直々に魔法のイロハを教えてあげるわ。……そのかわり、アンタの飼っている猫について色々教えなさい。分かった?拒否権はないんだからね。」
それだけ伝えると、礼音の腕を引っ張る。
「行くわよ、ポンコツ!今日中にメモに書いてある素材を集めるんだから!」
「護朗〜!親友だろ〜?助けてくれよぉ〜」
「……ということらしいけど、どうする?ユナさん。」
「さよならポンコツ。あなたのことは忘れないわ。」
ユナが無表情で手を振る。
「ごめんね、礼音。頑張ってね。ご愁傷様」
護朗も手を振った。
「このぉ裏切り者ぉぉぉーー!!!」
礼音の無念の叫び声が山々に響いたのであった。