最後の戦い 7
――カナンはそれを為した魔族を見上げた。それは赤い甲冑を着ていた。人間と変わらぬ体躯をしているが、真の姿はおそらくこの三倍の質量はあるだろう。両手に身の丈と同じ長さの大剣を、だらりとぶら下げている。その片方にはべったりと血がついている。額には「第三の目」が開かれている。そこから発されているのは、オウルウの強大な魔法力だった。
「三眼二刀の、魔族……」
ソウルイーターとしての性質を獲得したオウルウが、クルヴェスターの肉体を乗っ取ったのだ。ヨヨとカナンが倒したオウルウは魂のほとんどをこの肉体に譲渡した、いわば脱皮後の抜け殻に過ぎなかったのだろう。おかしいとは思っていたのだ。煉獄呪文程度の術で覇竜の肉体を破壊できるはずがなかったのだ。
オウルウが剣を振り上げた。カナンは呆然とそれを見ていた。見覚えのある剣だと気づいて苦笑する。一振りは「破滅の剣」。魔族に伝わる伝説のアイテムだ。もう一振りは「勇者の剣」。ルミアの右腕。カ・ルミアによる呪いを受け続けたオウルウの魂は、ルミアに対して耐性を持ったのだろう。ヨヨが死んだいま、最早一分の勝ちの目も消え失せたことをただ理解していた。「!」だが剣は振り下ろされなかった。カナンの後方から飛び込んできたフリューの横薙ぎの一閃が、オウルウを強く叩いたからだ。
「よお、俺とも遊んでくれよ」
フリューは満身創痍だった。自分の斬撃で肉体を両断されて、ディバインメイルがどうにか死を食い止めているだけ。なにより血が足りなかった。出血で冷え切った手足が震えている。へし折れた運命の剣も、時間があれば完全に自己修復するのだろうがいまは再び折れていないのが不思議な状態だ。
オウルウを挟んでその向かい側で、城壁に大きく皹が入った。正確には城壁そのものではなく、その前の空間がひび割れていた。そこから巨大な指が這いずって、あちら側の世界からこちら側の世界に向けて顕現する。両の手あわせて十本の指が、空間を大きく押し開いた。空間を操る魔神アーデムスの魂を宿した、擬似勇者ウルゼンの能力だ。
「これ便利な能力だけど、燃費悪いね。いらないや」
異空間から現われたのは、白い髪が煤で汚れ、衣服が焼け爛れ、頬の焦げ跡の残るスーライル=エーカーだった。片手に、右目に火傷のある赤い髪の男の死体を引きずっている。ぽい、と死体を放り投げる。巨大な両手が消え失せ、ひび割れた空間が嘘のように修復されていく。
「……貴様は、たしかに我が殺したはずだ。なぜ生きている」
正確にはスーライルは死んでいるのだ。脳死が起こっていないうちに賢者ニナが施した死者蘇生呪文によって、肉体が死んでいるにも関わらず脳だけが動いている状態に過ぎない。「そんなことはどうだっていいじゃないか」スーライルはゆらりとオウルウに指を向けると「お前、ヒフミンいじめたろ? 僕のヒフミン泣かせたな?」悪鬼のように表情を歪めた。
「許せねえ。絶対殺す。百回は殺す。死んでも生き返らせて殺してやる。生きたまま蛆に食わせてやる。獣の餌にしてやる。小便ぶっかけて腸に大便してやる。生爪剥ぎ取って焼き殺してやる」
いつのまにか、スーライルの隣に長い銀髪をヘアバンドでまとめた黒いドレス姿の女性が寄り添っていた。「やるんだね?」ニナが言い、「もちろん」スーライルが頷いた。
「限界突破呪文」
ニナが唱える。スーライルの所持しているありとあらゆる死体が、分解されて魔法力に変わっていく。ニナ自身も歳若い姿から、彼女自身の享年の姿、156歳の老人の姿へと皺枯れていった。変身呪文によって装っていた若い姿が剥がれていく。
オウルウが続く呪文を阻止しようとスーライルに切りかかった。「おいおい、余所見するなよ」フリューが剣を叩きつける。オウルウの戦力は満身創痍のフリューを遥かに上回っていたが、それでもフリューは片手間に戦える相手ではなかった。足を止めざるを得ない。
スーライルがいとおしげに指を絡ませて、ニナの手をとった。枯れ木のような老婆の指を優しく握り締める。全ての魔法力を行使して、スーライルはその呪文を唱えた。
「限界突破・死者蘇生呪文」
スーライルの足元に半径六メルトル程度の死沼が広がった。魔法力で作られた無数の錨が、沈んでいき、死沼の中からそれを引きずり上げる。形容するならば、それは二足で立つ巨大なカバだった。茶褐色の肌の上に高位の魔族が着る絶対の魔法防御力を持つ黒い衣を身に着けていた。人間のおおよそ四倍はありそうな巨体の正体は、スーライルがかつて倒した魔王、バルラモン三世だった。
瞼が開く。暗い瞳に光が宿る。「うううううるううおおおおおおおおおおおおおんんん」この世のものとは思わない咆哮をあげて、魔王バルラモン三世の死体が目覚めた。
(……ちぇっ)
同時に、スーライルの指先が消えかかっていた。それは徐々に侵食の範囲を広げて、すぐに第二関節のあたりまでやってくる。肉体そのものを燃やして魔法力に変えなければ、魔王級の死体を行使することはできなかったのだ。もしも自分が生きていれば、とスーライルは思う。彼の魔法力は生前の四割ほどしか残っていなかった。レンクウやウルゼンとの戦いに出張らなければもう少しましだったのだけど。ただそうすれば代わりにクロノが死んでいた可能性が高いので別に後悔しているわけではなかったが。
(まあタラレバ言ってても仕方ないや)
スーライルはひゅう、とへたくそな口笛を吹いた。




