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最後の戦い 4


「……」

「……」

 ヨヨとカナンが室内から出て行った。サビロは薄く笑みを浮かべ、剣を握る手に力をこめた。魔王級の魔族たるサビロの全膂力を持って、競り合いを押し返す。それが容易だと、いまのいままで思っていた。魔族と人間では基本的な身体能力に差があるからだ。

「よお、待たせて悪かったな。全力でやろうぜ」

 が、フリューの剣を押し返せなかった。それどころか、徐々にフリューの方がサビロの剣を押し込んでいく。それは姿勢の差にある。フリューは前後のスタンスを広く取り、後ろ足を踏ん張って踵から腕先に至るまでの全体重を剣に乗せている。対してサビロのスタンスは狭く、背筋と腕の力で剣を振るっている。技術の差だった。

 押された刃先がサビロの首筋に触れる。切り裂かれる寸前にサビロは瞬間移動呪文を使った。大きく後方に逃れ、一拍遅れて逆袈裟の「次元斬」を繰り出す。掬いあげるように放たれた縦一文字の斬撃の飛翔が、硬化呪文を帯びたフリューの靴底によって防がれる。そのままサビロの剣を踏みつける。「瞬間移動呪文では斬撃の“向き”は変えられない」剣の上昇を無理矢理止められてサビロが体勢を崩す。フリューが逆の足で地面を蹴る。伸張呪文を帯びた剣が一閃する。

 信じがたいことに、ただの人間であるはずのこの男の膂力は自分を上回っている。そう錯覚しているサビロは剣同士がかち合うのを避けてフリューの後方二十メルトルほどの位置に瞬間移動呪文で転移を行う。コマのように半回転したフリューの長大な剣が円弧を描き、そのまま後方のサビロを薙ぎ払った。

「相手の攻撃をかわす際に視界の外、かつ自分の攻撃の届くギリギリの範囲を取る。それから」

サビロは神速の反射で剣を掲げて、斬撃を受ける。遠心力に任せて叩きつけられた剣がサビロを壁まで吹き飛ばす。したたか背中を打ち付ける。フリューが剣を振り上げた。

 サビロは瞬間移動呪文を使い、フリューの真後ろに転移する。サビロの姿が消えた瞬間に、フリューは身体を左に捻りながら左肘を振った。それが丁度、フリューの真後ろへと転移してきたサビロの側頭部を撃つ。脳が揺れる。連動した左回し蹴りがサビロの頭をさらに打つ。床の上を二度撥ねたのち、サビロは無理矢理地面を蹴る。伸張呪文によって伸びた剣が寸前までいた床を抉る。

「“位置”と“高さ”の両方を同時に変えると瞬間移動呪文の難易度は爆発的に跳ね上がる。高速発動で変えられるのはせいぜいそのどちらかだけ。だろ」

「っ……」

「てめーはヒフミの劣化コピーだ」

 サビロは苦し紛れに次元斬を放つ。水平の斬撃をフリューが左手を掲げて受ける。硬化呪文を帯びた肉体には傷一つ入らない。純粋物理攻撃に対してフリューは無敵だった。

 それならば、とサビロはバックステップして間合いを取りつつ火炎呪文を唱えた。投擲された火球はフリューが左手に装備したバックラーにぶちあたり、弾かれた。「!」そのバックラーは「祈りの盾」という。かつて聖女と呼ばれた神官が勇者の無事を祈りすべての魔法力を捧げて作り上げた伝説の防具だ。特徴としては小型のわりに非常に高い魔法防御力を有している。重さもほとんどない。大火力広範囲の呪文ならば貫ける、と断じたサビロが極大火炎呪文を放とうとする。その魔法式の構築よりもフリューが間合いを詰めるほうが速い。魔王級の魔族とはいえ、サビロの特徴は戦士職に近い。攻撃呪文はそれほど得手としていないのだ。加えて。

「なんだお前、攻撃呪文と瞬間移動呪文を並列発動できないのか」


 ますますヒフミの劣化だな。


 半ば嘲りながら繰り出されたフリューの剣を、サビロが剣を掲げて防ぐ。その斬撃のあまりの重さに体勢を崩しながら無理矢理、極大火炎呪文を放つ。体勢を崩しながらだったので、フリューはあっさりと火炎をかわす。わずかに間合いが取れた。サビロは撒き散らすように火炎呪文を三連で発射する。フリューは前進しながら盾に伸張呪文をかけた。膜のように広がった祈りの盾が火炎呪文の内2発を弾き、もう一発は回避されて遠い床で爆ぜる。サビロの攻撃呪文ではフリューを捉えることはできない。

 余談だが、サビロは闇刻結界を使うことができる。あらゆる攻撃呪文を無効化できる。これを用いてサビロはかつての賢者と勇者を殺害している。

 例えば相対しているのがフリューではなく、ヒフミだったならば、サビロは闇刻結界を使って雑作もなくヒフミを殺すことができただろう。また敵がルイであっても、高機動を武器とするルイは「次元斬」に対して極端に相性が悪い。移動の軌道上に刃を瞬間移動させるだけでルイの戦力は激減する。

加えてサビロの次元斬の攻撃範囲は凄まじく広い。その気になって魔法陣を広げれば一万人の軍隊の首を一撃で落とすことが出来る。

 フリューだけが。

 攻撃呪文を主体に用いず、次元斬に対して硬化呪文で対抗できる彼だけが、サビロとまともに戦うことが出来ている。

サビロはかつてない強敵の前に打ち震えていた。

(剣腕はあちらが上、次元斬は通用しない、下級の攻撃呪文は盾で防がれる、上級の攻撃呪文は発動より間合いを詰めるのが速い……)

 強い。内心で賞賛する。サビロはオウルウのように、人間を絶滅させることには興味がない。ただフリューのように、散発的に現われる特異点のような人間と戦うことだけが彼の愉悦だった。

 魔族ではいけない。あいつらは学習を知らない。高慢で、すぐに自分の力に溺れる。生まれつき強いからだ。肉体と魔法力の頑健さだけで戦っていけると思っている。より強いサビロの前で容易に屈服し、それを生まれついた肉体と魔法力の限界だと呪う。唾棄すべき輩だ。

 人間の魂こそが。その弱く、醜く、汚らわしい、それゆえに強きを貶め、美しきを穢す、学習と鍛錬で力量差を乗り越えてみせる。その甘美な魂こそがサビロの渇きを癒すのだ。剣を手放す。右手を瞬間移動呪文によって作り上げた次元の穴に突っ込んだ。

次元の穴の中から、ともすればサビロ本人を上回るほど凄まじい魔法力を帯びた、禍々しい意匠の大剣を引きずり出された。太い血管が刀身全体を覆っていた。まるで生きているように刀身が脈打っている。

「喜べ人間。己れにこれを抜かせたのは、貴様が二人目だ」

「お前の“真の姿”か」

「……」

「それで次元斬はねーな。攻撃呪文と瞬間移動呪文の並列発動もできねーやつが、そんな魔法力の塊を制御しながら呪文を唱えれるわけがない」

 フリューの看破は正しかった。この大剣はサビロの真の姿だ。そしてこの剣で次元斬を行うことはできない。経験から来る推測に過ぎないのだろうが、サビロは内心で舌を巻く。

 真っ直ぐに構える。フリューもまた応じるように剣を構えた。互いに地面を蹴る。両者の剣が交錯する。剣腕の差から、サビロの剣が弾かれた。硬度の差から、フリューの剣がへし折れた。

「っ……」

 フリューの持っている剣は『運命の剣』という伝説のアイテムだ。斬った傷口から魔法力を吸い取り、持ち主の傷を癒す力に変える能力がある。剣の国の王家に代々伝わっていて、フリューがパーティ入りする際に王から下賜されたものだ。フリューの激戦は常にこの剣と共にあった。魔王でさえも葬った剣だ。それが、真ん中からへし折れていた。

むしろいまの一撃で身体に致命的な損傷を負わなかったことを喜ぶべきだ、とフリューはすぐに思考を切り替える。即座に運命の剣を捨てて予備の短剣を抜く。伝説のアイテムほどではないが、名工の拵えだ。

(受け刃は出来ないな。おそらく硬化呪文では防げない。回避主体)

 光明もある。

 さきほどの一撃はサビロがこれまで振るっていた剣よりもかなり遅かった。手にあっていないのだ。サビロはあの大剣を持て余している。人型よりも剣の方が大きな魔法力を放っているのがその証左。間合いを詰め、振りかぶったサビロが斬撃を放つ。フリューは飛び退いて縦薙ぎの斬撃を回避。(これだと少し遠い)攻撃後にわずかに隙はあるが、必要以上に距離を取って回避したため反撃できない。フリューは投擲用の短剣を引き抜き、投げる。サビロは身をわずかに屈めただけで短剣を回避する。間合いを詰め、水平の斬撃。

 フリューの胸に一文字の剣閃が刻まれる。(これだと近い)硬化呪文を貫通して服と胸筋が切り裂かれ、真っ赤な血が零れる。ディバインメイルの自己修復機能が傷口を塞いでいくものの、サビロの魔剣が帯びている魔法力と拮抗して傷口はなかなか塞がらない。フリューが小さく短剣を突き出す。サビロが右へと飛び退いて、右下から剣を振り上げて飛び退き際にもう一撃加えようとする。その剣がフリューをすり抜けた。

「!?」

「ああ、だいたいわかった」

 サビロが剣を振るう。フリューは数センチ後ろに下がった。再びサビロの剣がフリューをすり抜ける。違う。単に届いていないのだ。フリューの数ミリ目前を剣が薙いでいる。短剣がサビロに向けて無造作に突き出された。近づきすぎていて、かつ攻撃後の無理な姿勢。回避しきれずに身体を捻り、サビロは胸を狙った剣を肩で受けることしかできない。血管を貫かれて血が溢れる。振り払うようにサビロが剣を振り上げ、フリューがバックステップでそれを回避。返し刃に投擲用の短剣。なんとかかわす。続く投擲を更にかわし続けながら、サビロは思考に沈んでいく。フリューが剣をすり抜けることについて。

 数ミリ単位での見切りだということはさっきわかった。わかったのだが。

(たったあれだけの攻防で、己れの間合いを正確に掴んだとでも言うのか……?)

 心胆に寒気を覚える。

 確かにサビロは、この「真の姿」を扱い切れていない。本来魔王級の魔族の真の姿というのは莫大な質量とそれに応じた体積を持っているものだ。例えば覇竜オウルウは城にも似た巨大な竜だ。千獣王レンクウは中型魔族の三倍の大きさのある金獅子。だがサビロの真の姿は小さい。小さいにも関わらず質量に置いては他の二者に劣らない。重すぎるのだ。おそらくこの姿は本来「他の魔王級の魔族に装備される」ことを目的としている。

 それを察したとき、サビロは歯噛みした。彼には矜持があった。魔王級まで上り詰めた身で、この力が「誰かに振るわれるため」にあること耐えられなかった。自らの力で敵を打ち倒すことに拘った。

 その結果が、これだ。

 見切られるならば。とサビロは短剣の投擲をかわしつつ大胆に間合いを詰める。リーチのギリギリではなく、根元を叩きつけようとする。「そりゃ近すぎだ」フリューはサビロの指に短剣を叩きつけた。断たれた指が床に落ちる。柄を叩かれてサビロの剣が止まる。硬化呪文を帯びたフリューの左拳がサビロの側頭部を打った。文字通りの鉄拳がサビロの脳を揺らす。腹に叩き込まれた前蹴りが内臓を破壊する。バックステップで逃れようとして、途中で転倒する。ふらつきながら立ち上がろうとしたサビロは、操り人形のように中途半端状態で動けなくなった。

 四肢に糸が絡み付いていた。それはフリューが散々投げていた投擲用の短剣に繋がっていて、部屋中に張り巡らされている。フリューが糸に触れて硬化呪文を流し込んでいた。サビロは引き剥がそうともがくが関節が伸びきっていて力が入らない。膂力の問題ではなく、肉体の構造の問題だった。筋肉は撓めなければその性能を発揮できないのだ。もっともルイの手製であるその糸は強度的に突き破ることも容易ではなかったが。

「極大伸張呪文」

 フリューが唱えた。彼の右手の中で小さな短剣がぶくぶくと膨れ上がっていく。オウルウの竜体すらも両断できそうな超大剣となって、その成長が止まる。拘束されたサビロに逃れるすべはなかった。死を、覚悟した。

 サビロは本望だった。自分を殺すのがこの相手でよかったとさえ思う。

 無粋な呪い士共ではない。サビロを殺したのは純然たる剣の技、鍛錬の粋。人間の積み重ねた研鑽が魔王たる資格を持つサビロに届いたのだ。それは強者を求めたサビロの結末としては、満足のいくものだった。晴れやかな表情を浮かべる。

「……ふざけるなよ」

 勝利を目前にして、フリューから表情が抜け落ちた。「こんなもんかよ? 足掻けよ? やれるだろ。俺を殺して見せろよ」整った顔つきが歪む。ひどく悲しい表情だった。いまにも泣き出しそうな。母親が突然いなくなってしまった子供のような。自失している。そう自覚しながらも止まらなかった。濁流のような感情がフリューを呑みこむ。

「どうして俺だけが生き残る? なんでお前らは俺を殺せない? 勇者は死んだ。ルイも死んだんだろう。ヒフミはぶっ壊れた。ノエルまで死んでやがった。なんでお前ですら俺を殺せないんだ」

 大切なものは、すべてフリューの手から滑り落ちていった。

 彼が守りたかったのは、本当は世界なんかではなかった。得体のしれない国や宗教のために命をかけているつもりはなかった。勇者が気に入っていた。ルイをかわいがっていた。自分にない力を持つヒフミに憧れていた。ノエルを、愛していた。フリューはそれをすべて失ってしまった。

 なんてことはない。フリューがこの戦いに参加したのは、消極的な自殺だったのだ。

 だけど、それすら叶わない。フリューが積み重ねてきた研鑽を前にして“死を呼ぶ呪文”サビロでさえも脆弱すぎた。

 不意に我に返る。

 拘束されている脆弱な魔族が一体、視界に入る。こんな弱い魔族にもう用はなかった。フリューは惰性で、作業のように手の中の大剣を振り下ろした。さきほどまでサビロを圧倒していた集中力は、そこにはなかった。サビロの手から“真の姿”が消え去っていることにさえ気づかなかった。


 ざくん。


 その音は、やけに近くで聞こえた。

「……あん?」

 肩口から入った大剣が、フリューの肺と心臓を抜けて、腰までを両断した。床一面に鮮血の赤が広がる。下半身と分かれてずり落ちそうになったフリューの上半身をディバインメイルが繋ぎとめる。補助心臓が稼動して血液を送り始める。膝をつく。剣を取り落とす。なにが起こったのか、すぐにわかった。「次元斬」だ。サビロは瞬間移動呪文を使って、フリューが振り下ろした大剣を、彼自身の肩へと転移させたのだ。

「なんだよ、やればできるんじゃねえか」

 フリューは笑みを浮かべた。肉食獣のそれに似た獰猛な笑みだった。再び闘志が湧き上がる。ディバインメイルがそれに答えるように、致命傷であるはずの傷を塞いでいく。肺と心臓、ついでに言うならば背骨や周辺の筋肉まですべてを両断するような重傷が完全に治るはずもなく、満身創痍ではあったがよろめきながら立ち上がる。運命の剣の切断面が輝く。金属が溶け合い、断面が接合される。一振りの聖なる剣へと戻っていく。

「“左腕”と“皮膚”は貴様が持っていたのか」

 サビロは魔族の返り血に染まりすぎて輝きを失ったその二つの武具を注意深く観察した。

「侮って悪かったな。続きをやろうぜ」

 フリューが剣を拾い上げる。

 硬化呪文が消えたために拘束を逃れたサビロが冷めた目でフリューを見る。

 その瞳の奥には静かな怒りがある。

「貴様が」

 よろめきながら剣を構えるフリューの膝を、次元斬が叩いた。硬化呪文を帯びたフリューの肉体は切断されない。が、膝関節を叩かれて体勢を崩す。硬化呪文の効力が弱まっていた。ディバインメイルが持ち主の魔法力を治癒に用いているからだ。そうしなければならないほどフリューの肉体は傷ついている。

「貴様がくだらぬ感傷を持ち込まねば、この戦いは己れが敗北していた」

 続けて次元斬を繰り出す。頭部を打たれてフリューの意識が揺れる。胸に一閃を受けて、硬度の足りない肉体が削れる。強度が不足してしまえば、圧倒的な間合いの支配権を持つサビロに負ける道理はなかった。フリューの読みも経験も、肉体が十全に機能していなければ効力を発揮しない。変幻自在の次元斬がそれに勝った。

 二十数閃の次元斬を受けて、ついにフリューが倒れた。

「いまの貴様を殺したとしても己れが納得できぬ。このサビロに屍肉を漁る趣味はない」

 サビロは剣を鞘に収めた。

 未だ怒りの残る表情で吐き捨てる。

「勝敗は預けておく。再戦を待つ。次に戦うときには、己れは己れの真の姿を使いこなしてみせよう。必ずや貴様を切り刻む。雑作もなくお前を殺す」

 サビロが部屋を出ていく。部屋全体に張り巡らされていたサビロの魔法陣が消えていく。

「ま、てよ……」

 フリューの声に応えるものはいなかった。

 ただ寄り添うように、ディバインメイルがフリューの傷を癒し続ける。




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