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せかいのおわり 5



「おい、ヒフミ。もう死んでるよ」

 ルーくんの声で私は我に返りました。ちょっとやりすぎてしまったみたいです。見回すとローレンさんがどん引きしていました。遠巻きに見ていた兵士さんと目が合うと「ひっ……」と怯えた悲鳴を上げました。

「あ、えっと、処刑でしたっけ。勝手なことしてごめんなさい」

 私は杖を仕舞って神妙にお縄につこうとしました。けど誰も私を取り押さえに来ません。なんか、みなさんビビッてるみたいです。

 察するに、これまで私ってば超舐められてたんでしょうか? 次元跳躍士ヒフミ、『瞬獄殺』、瞬間移動呪文の使い手、なるほどそれほど恐ろしい響きではないかもしれません。捕まえる分には厄介だけど戦闘ならどうとでもなる! みたいなことを思っていらした?

「お前らさ、王様死んじゃったけどこれからどうするの? まだヒフミと僕を追いかけるつもりなら相手になるけど」

 ルーくんは天屠閃を構えます。誰も応じはしませんでした。

「じゃあとりあえず勇者代行の権限で命じるけど、えーとローレンさん?」

「……はっ」

「あんた、とりあえずこの国の指揮をとって。無理に言うのもなんだから、魔王と戦うか従属するかは任せるよ。ただ忘れないでね。別に魔王じゃなくて、僕と姉ちゃんでもあんたらを皆殺しにするくらいは簡単なんだよ」

 それからルーくんは、「ほら、帰るよ。姉ちゃん」と私の手を掴みました。「何? 腰抜けたの? 仕方ないなぁ」肩を担ぎ上げます。へたれこんだまま立とうとしない私を強引に背負いました。小さな背中。そういえばこの子、まだ十一だか十二歳だかそのへんなんですよね。「うわ、重っ。もしかして太った?」なんて軽口も叩きました。頭の上に肘を落としました。むしろ痩せたはずです。

「お待ちください。ルイ殿」

 ローレンさんが呼び止めました。

「何さ。まだ首出せって?」

「あなたが、あなたが新たな勇者として魔王討伐の陣頭に立って頂ければ我々は……」

「命令がなけりゃ動けないの?」

 嘲るように言います。

 それから自嘲気味な笑みを作りました。

「悪いけどごめんだよ。お前らと一緒で、僕も勇者が死んで心が折れたんだ。魔王に勝てると思ってたなんて、どうかしてた。悪いけどもう僕らには頼らないでくれ」

 ルーくんはいわゆる天才です。剣術だって、攻撃呪文だって、加速呪文を初めとする現代の戦闘で必須とされるいろんな補助呪文だって、あっという間に身につけてしまいました。天屠閃だって修行した期間はすごく短かったそうです。ほんとは私と戦士さんを足して二で割らないくらいの天才なのです。しかもまだ発展途上。人類最強だった勇者さんに匹敵する可能性は一番高いと思います。

新しい勇者……。

「ルーくん」

「じゃあね」

 ルーくんは私を背負ったまま走り出しました。ものすごい速さで城から抜けて、街を出て、見晴らしのいい平原で立ち止まります。それから急に私を支えていた手を離しました。私はやわらかい草の上に落ちました。それから、怒られました。

「なあ、姉ちゃんはバカなの? なんであんなノロマ共に捕まってるの? バカなの?」

「え、あ……ぅぅ」

「一人で逃げれたよね? そもそも“次元跳躍士”ヒフミがあんなのに捕まるわけないよね? ばっかじゃねーの?」

「だ、だって」

「だってもクソもねーよ。心配させるなボケが。死ね!」

「あ、あの」

 苛立ちついでにルーくんは何かを私に投げつけました。硬い石のようなものが私の頭にぶつかって、たんこぶを作りました。ころころと転がったそれは。

「え」

 黄色い、オーブでした。

「なんか知らないけどそれ、いるんだろ。持って行けよ」

「あ、あり、がと」

 ルーくんは舌打ちを一つしました。

「姉ちゃんは、諦めてないの?」

「魔王を倒すこと、ですか?」

「うん」

「ぶっちゃけ諦めてます。でも、何かしてしないと辛いんです。他にやること、知らないから」

「そっか。言っとくけど、僕は手伝わないぞ。一人でやれよ」

「そう、ですよね。はい、わ、わかって、ます」

 あ、ちょっと泣きそうです。

「ちょ、え、な、泣くなよ?」

「だ、だい、ずうぶ」

「な、泣いたってダメだぞ!」

「そうですか。ちぇっ」

 私は泣き止みました。

そもそも嘘泣きですから。

「お前なぁ」

「ルーくんはこれからどうするんですか?」

「別にどうもしないさ。またどこかで呑んだくれてるよ」

「むう、才能の無駄遣い」

 というか、お酒ダメですよ? 成長止まっちゃいますよ?

「犬死にがごめんなだけだよ」

「勇者さんや戦士さんみたいに、ですか」

「ひょっとしたら戦士のやつはまだ戦ってるかもしれないけどな」

「そうですね……、え?」

 いまさらっとすごいこと言いませんでした?

「ああ、期待はするなよ。万が一の話だから」

「どういうことです?」

「姉ちゃん、あのとき見てなかったのか?」

 コクコクと私は頷きました。

 魔王と戦ったとき、すぐに勇者さんが殺されてそのあとずっと動転しきっていたので、戦いの趨勢に関してはまったく把握していなかったのです。

「勇者や姉ちゃんの使う攻撃呪文や瞬間移動呪文は魔王の使う結界で無効化されたけど、加速呪文や加撃呪文のような体内作用系の呪文は無効化されなかったんだ。それを踏まえて、戦士の得意呪文はなんだよ?」

「硬化呪文……え、でも、えぇ……?」

 戦士、フリュー=アルドリアンさんの得意呪文は硬化呪文です。鎧や肉体の強度を引き上げて物理攻撃のダメージを軽減する呪文。フリューさんはその達人で、大型の魔物の踏みつけや棍棒の一撃はおろか、誤射されたお城の大砲でも傷一つ付きませんでした。純粋物理攻撃でフリューさんを傷つけられるものはこの世に存在しないと思います。ですが。

「戦士さんの硬化呪文は攻撃呪文に対してまったく意味がないじゃないですか」

「あの結界だよ」

「結界?」

 闇刻結界のことですか? 呪文無効化の?

「結界呪文のことに関しては僕よりお前のほうが詳しいと思うが、“敵の呪文だけ”を一方的に無効化できるような都合のいい結界はありえるのか?」

「あ」

「あの結界は多分魔王自身の攻撃呪文も無力化する。ここまで言えばもうわかるだろ?」

 フリューさんの鎧は光が結晶化した概念武装『ディバインメイル』、使用者の体力をわずかなら回復する効果を持ちます。剣は『運命の剣』、この剣で切りつけた魔物の傷口から魔法力を吸い取り、剣の持ち主の傷を癒す力へと換える。

 フリューさんは元々継戦能力において頭抜けた性能を持っていました。

 生きているかも、しれない……?

 ルーくんは首を横に振りました。

「いや、悪い。やっぱり死んでると思う。億に一つくらいの可能性を語って希望を持たせるべきじゃなかった。忘れてくれ」

「そう、ですね」

 だったら。

「だったら早く助けにいかないと」

「行ってどうなる? 相変わらず魔王には呪文が効かない。姉ちゃんはもちろん、僕だって決定力の大部分を呪文に頼ってるんだ。足手まといだよ」

「それは、そうかもですけど」

「行くなら一人で行けよ。じゃあな」

 ルーくんは懐からキメイラの翼を取り出しました。瞬間移動呪文を代用することのできる魔法のアイテムです。

「待って、ルーくん」

「なんだよ?」

「助けてくれてありがとう。お世話になりました」

「……どういたしまして」

 ルーくんは少し照れた顔をしてキメイラの翼を使い、どこかへ飛んでいきました。

 私はまた一人になり、少しさみしくなったのでちょっと泣いておくことにしました。





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