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邪神降誕 7


「なんです? いまの黒いの」

 私は傍らのカナンを見ました。周囲では人々が泡を噴いてぶっ倒れています。魔族にとってルミアの魔法力が毒であるように、人間にとって毒となるような性質の魔法力がなにかから発せられたようです。

「破壊神ヴァルオン……? あのヴィストが……、いやまさか」

 エルピスト商会の瓦礫の中から猫耳がぴょんと立ち上がりました。「ぷはっ」起き上がったそれは、アルトゥとかいうあの獣人の娘。私は即座に戦闘態勢に入って圧縮空気を溜め込みます。アルトゥもすぐさまこちらに気づいて遁走。

「待て」

 追おうとしたところをカナンに手を掴まれます。

「あとにしてください。逃がしてしまいます」

「放置でいい。おそらく先ほどのは、魔族の同士討ちだ」

「はい?」

「どちらかが死ぬまでやらせておけばいい」

 どちらかが死ぬまで、ですか。さっき飛んでいったのは魔王級と思われる魔族です。カナンはレンクウの娘にそれを撃破できる可能性をわずかにでも見いだしているのでしょうか? もしそうであるならば彼女そのものが相当な脅威であると言えると思うのですが。不意に耳鳴りがしました。

「む」

 カナンが耳に手をあてます。

「ああ、クロノか。少し待て。場所を変える」

 例の蛇騒動で周囲が騒がしくなっています。カナンが私に視線を向けます。すでにアルトゥはどこかへ消えていました。私はしぶしぶ頷いて返し、万魔殿の支部であるカナンの自室まで戻ります。

「こんにちは、カナン。ヨヨさんもそちらにいますか」

「ああ、要件はなんだね?」

 カナンらしかぬ急かすような口調でした。この前と少し雰囲気が違う気がします。この二人、なにかあったんでしょうか? まあなにかあったとしても私にどうこうできる話ではありませんが。

「例のオーブの解析結果が出ました。推論の部分もまだかなり大きいですが」

「前置きはいい。さっさと言いたまえ」

「流星呪文の術式です」

 カナンの顔からさっ、と血の気が失せました。

「りゅうせいじゅもん?」

「それは、その、何分の一かにスケールダウンさせたものとか、そういうやつかね?」

「一分の一です。むしろ本来の威力よりも大きめに設定されているかもしれません」

「ねえねえカナン。りゅーせーじゅもんとは?」

「かつて精霊王ゼミスを殺し、かつてこの世界に数多いた精霊達を全滅に追い込んだ呪文だ。当時発動されたこの呪文の威力によって、大陸の半分が吹っ飛んだ」

 煩わしそうにカナンが言います。

「わお」

「術者は当然……」

「オウルウですね。あれ以外にこんな呪文使える輩がいたら人間はすでに絶滅しているでしょう」

 私はさきほど易の国から消えていった黒い魔法力の持ち主を思い浮かべました。

 あの魔法力の異様からすれば似たような呪文を使える可能性はありそうですけど。

「止めるには」

「オウルウを殺すほかないでしょうね。オーブはおそらくレンクウをはじめとする多くの魔族の手によって大陸のあちこちにばら撒かれています。回収は万魔殿の全力で取り組みますが、きっと間に合いません」

 せめてアトー先輩がいれば。と、クロノさんが愚痴を零します。

 私としては戦意を失った人間に頼るなんてナンセンスだと思います。

「わかりやすくていいじゃないですか、殺しにいきましょうよ。魔王オウルウ」

「簡単に言ってくれるな。どこにいるかもわからないというのに」

「わかりますよ」

 クロノさんはさらりと言いました。

「なに?」

「探知できます。二本の杭に染み付いた魔法力からオウルウの居場所を追えます」

「……きみ、ほんとうにできるようになったな?」

「茶化さないでください」

「では丁度いい。一度合流するか。こちらからも話さなければいけないことがある。オウルウの撃破にはきみの力も必要だろう」

「私は、一緒に行けません」

「はぁ?」

 カナンは頓狂な声をあげました。

「闘の国は魔物の残党と小競り合いを続けています。どうも自国の戦力を一片でも損ないたくないようで、私は国内に封じられています。外に出られません……」

「放置すれば大陸が吹っ飛ぶのだぞ? 闘の国は一体何を考えているのだね」

「大陸がどうとかよりも自国の領土がどうなるかのほうが大事なのでしょう。実際の戦況は他国が加わったことでかなり人間側が盛り返していて、私一人が抜けたくらいでどうにかなるわけでもないのですが」

「こっそり出てはこれないのかね」

「監視がついてます。無理ですね」

 カナンとクロノさんが同時にため息を吐きました。

「わかった。解析結果をくれたまえ。オウルウは、こちらで仕留める」

 彼の顔からは血の気が引いたままです。あくまで接触しただけに過ぎませんが、我々はオウルウに会敵しました。そして我々にできたのはルーちゃんを囮にして逃げ延びることだけ。あれを、倒さなければならないのですね。

「ああもう、嬉しそうな顔をするな」

 カナンが拳で私を突き放しました。

 私は自分の顔に触れます。そんなに楽しそうな顔をしていたのでしょうか。

 ……していたのでしょうね。

「終わり次第結果を送信します」

「ああ、頼んだ。しかし君がこれないのは却ってよかったのかもしれんな」

「なにがですか」

「もしも我々が総力を集めた末に敗北すれば、後進を指導できる人間がまるでいなくなるだろう?」

「あたしのような若輩に後進の指導ができるとでも?」

「できるだろう?」

「出来ませんよ。それはあなたの役目です。だから……」

 帰ってきてくださいね、カナン。

 クロノさんは「賢者カナン」とは言いませんでした。

「約束はできんよ」

 拗ねたような声を出したカナンがなんだかおもしろくて、私は彼の頭を撫でました。

 手を払う気力もなかったのか、カナンはされるがままになって呆けていました。



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