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邪神降誕 4


 さて、そんなこんなで易の国に戻ってきました。

「何からはじめます?」

「戦力の増強。手っ取り早いのは武器の更新だろう。なんでもいまこの国には流行りの武器商人が来ているらしい。滅法いい品を落とすので引っ張りだこなのだそうだ」

「武器ですか」

 まあたしかに私の手甲はヴィストの魔法を受けて片方が吹き飛んで、レンクウを殴ったときにもう片方が腕と一緒に砕けました。カナンの杖も先の乱戦の中で紛失したそうです。対ヴィスト戦では氷鳥の羽衣という強力なアイテムを消費しています。ここいらで補充しておくのが筋です。

 易の国は貿易で栄えた国です。ただでさえ質のいいものが流通しているこの国で一定の評価を得ているのだから、それはもういい品なのでしょう。

 カナンは表通りをズンズンと進んでいき、私はそれについていきます。さまざまな人とすれ違いました。女子供、青年、老人に恋人同士と思われる人々。易の国は治安がよく栄えた国ですので、彼らの表情は一様に笑顔でした。

もしも私たちがヴィストを撃退できなければ彼らの命は失われていたでしょう。彼らを助けることができたことを少しだけ誇らしく思います。最終的に被害を食い止めてくれたのはヒフミさんだったので少し苦い思いもありますが。

 さておき、カナンと私は一軒の店に入りました。

 ずらりと武器、防具が並んでいます。剣槍斧矛手甲ナイフ弓杖戦鎌薙刀ブーメラン鞭。鎧盾胸当て兜魔法力をこめた布で作られた帽子やドレスの類。それからアミュレットやリングなどといったアクセサリーまで置かれています。種類が多いので店内は随分雑多な印象です。ですが雑多な割には随分念入りに掃除されていて清潔な印象があります。

「ようこそ。エルピスト商会へ。お求めの品は」

 店番をしているのは二十七、八歳くらいのきれいな顔立ちの青年でした。指が長くピアノでも弾かせたらそれはそれは絵になることでしょう。隣に目つきの悪い男が立っています。おそらくは護衛でしょう。武器商店は金があり、武器まであるので強盗に入られることが非常に多いのだとか。比較的治安のいい易の国でもちらほらとあるのでしょう。

カナンはしばらく店番の青年の顔を見つめて口をぽかんと開けて、呆気に取られたような顔をしていました。

「どうかなさいましたか」

「……ああ、そうだな。少し込み入った話があるのだが、奥へ入れてもらえないかね」

「どういったご用件で?」

 青年は当然怪訝な顔をします。

 カナンは顔を近づけて。

「――だろう? ――」

 何かを囁きました。

 なんでしょう? 貴様が一番よくわかっているだろう? ですかね。続きは聞き取れませんでしたが。

「はぁ。奥へどうぞ。すまないがしばらく頼むよ」

 護衛の男性が頷きました。

 どうしてだがわかりませんが、カナンと青年が店の奥に消えていきます。

 ……なんかつまんないですね。

 さておき私は商品を眺めていましたが、たしかによい品が揃っていました。私は一振りの剣を手に取りました。

「抜いても?」

護衛の男性に確認をとって、彼が頷いたので鞘から抜き、刀身をあらわにします。吸い込まれそうな輝きを放つ業物でした。

この大陸には魔物によって国々を繋ぐ道が分断されて、交易が途絶えている場所があります。ですがこの赤翼の紋章は、易の国とは交易が途絶えているはずの帝の国の物です。瞬間移動呪文による売買用の武器の持ち込みは禁じられているので、これが商店に並んでいるということは陸路で運んだことになるはず。

一体どうやって運んだのでしょう?

私は店の奥へと消えていったカナンのほうを見ました。

「まあいっか」

 自分用の武器を探しましょう。







「さて、一体どういうつもりなのか聞かせてもらおうか」

「なんのことですか」

「惚けるのはよせ。魔王下七武衆、邪神礼拝士ヴィスト! わたしには魔法力の匂いがわかるのだ。姿形を変えたところで、貴様の纏う死臭を間違えるはずもない」

「……はぁ、面倒くさいですねえ」

 青年は長い息を吐いたあと、表情を作り直してにたりと笑った。

 冷たい、魔族の笑みだった。

「見ればわかるでしょう? 商売をしているのですよ」

「何が目的だ」

「目的というか、少々考えを改めましてね。端的にいえば身の程を知ったのですよ」

「はぁ?」

「私の技量と軍勢では人間に勝つことはできないことを思い知った、ということです。どうやら私は魔王の器ではなかったようです。かのレンクウでさえあなたがたに敗れたのですから。というわけで別方向から人間を切り崩してみようかなと」

「それで武器商人か」

「はい、人間世界でなによりも物を言うのは通貨です。そして参入障壁が低い中では最も通貨の集まりがいいのが、この職業です」

「金を集めてなにをする?」

「さあ? しかし大抵のことはできるでしょう」

「この国から出て行け」

「出来ませんね」

「わたしはこの場でお前を断罪することができる」

「どうでしょう? 現在の私、エルピストは国法を完全に遵守する一商人です。それを断罪しようとすれば罪に問われるのはあなたのほうでは」

「……」

「それに、あなたのかわいいお人形。負傷から回復し切っていないようですね。あれを庇いながらこの場で私と戦えるのですか」

「先の戦いから回復していないのはお前も同じだろう」

 カナンが苦し紛れに言う。正確にはヴィストは、カナンとヨヨとの戦いの負傷からは回復していた、が、レンクウによって踏み割られた核の負傷からは回復していなかった。マッドマンという種族であるヴィストにとってこれは致命的な損傷だった。

「試してみますか」

 実際戦闘となればヴィストの分は悪い。

だがそれを覆い隠してヴィストは余裕ぶってみせる。

「ちっ」

 カナンは舌打ちした。たしかにこの場でヴィストは殺せるかもしれない。死体を暴けば彼が魔族であること、カナンに正当性があることは証明されるだろう。だがもしも失敗すれば、カナンには牢獄が待っている。カナンの取ろうとしている行動は武器商店を襲った強盗そのものだ。店主を殺して荷を奪って逃げようとしていると解釈されてもなんらおかしくはない。

 少なくともこの場にヨヨを連れてこなかったのは正解だった。

 彼女はこれがヴィストだと知れば即座に殺そうとしただろう。負傷を慮っての判断だったが。

「暴露されて困るのは貴様だろう」

「景気のいい商人に悪い噂の一つや二つは付き物ですよ」

 ヴィストの余裕は崩れない。この事態を端から想定していたのかもしれない。

 カナンが長い息を吐く。

「わかった。殺すとはいわん。通報もしない。その代わり」

「その代わり?」

「割引しろ」

「……商談成立としますか」

 ヴィストは握手を求めた。が、カナンは手を握らなかった。

「連れないですねえ」

「お前はのほほんと商売をしながら、やはり人の世に敵対することを目論んでいるわけか?」

「そうですよ。もしも人の世界を滅ぼし得る魔族がいるとすれば、それはオウルウではなく私だと思います」

 商人としてヴィストは幾つかの国を渡り歩いた。武器を仕入れ、それを輸送し、金に買える。客の要望を聞き届け、新しい商品を仕入れる。不足物を調べる。魔物との戦いの時流を読む。レンクウは実によく踊ってくれた。彼のおかげでヴィストの武器は飛ぶように売れた。

 そしてそうして国々を渡り歩くうちに、ヴィストは人間を武力で切り崩すのは容易ではないことに気づいた。前線で戦っている兵士達はいわば指先である。急所とは程遠いのだ。そして物流こそが血で、心臓は戦争と関連のない中央諸国にある。人間を真に破滅させるには血を止める必要がある。

「くっ」

 カナンが噴き出した。

「あははっ。貴様は本当にそう思っているのか。ああ、そうか。それは傑作だな」

「そうですか」

ヴィストは笑われることに慣れていた。彼の実力は七武衆の中でも下位だ。その身でオウルウやサビロを差し置き人の世界を滅ぼすのは自分だ、と、のたまえば笑う輩は五万といる。

 だがカナンが笑った意味はそうではなかった。

「予言しよう。貴様は背中を刺されて死ぬ」

 冷たい声でカナンは言った。

ヴィストは配下を省みない。自分に付き従うものの利用価値、付加価値以外のモノに興味がない。

 利用する。切り捨てる。

替えが効くのだから新しく用意すればいいだけ。そう考える。

そういった思考で他者に働きかけるモノは必ずどこかで、致命的なしっぺ返しを食らうのだ。カナンはこの発想に至ったのがヴィストでよかったと思った。もしレンクウのような、カリスマ高い軍団の指揮者が同じ発想に至っていたら人界にとって最大級の脅威だっただろう。彼に心酔し、彼の理想を叶えることに邁進する人間すら現われたかもしれない。ヴィストの考える“血を止める”という戦略を、人間御自らの手で実行するのだ。

「忠告どうも。肝に銘じておきましょう」

 こういった人物の性質はこの程度では変わらない。

 カナンはそれをよく知っていた。自分の中にいる歴代賢者の魂こそが、そういう人間だったからだ。

「さて、商談に戻りましょうか。ご必要とされているのは」

「杖、それから手甲だ」

「杖に手甲」

 ヴィストは少し考えた末に、ぽんと手を叩いた。

「カナン、あなたは実に運がいい」

「?」

「少し失礼」

 ヴィストは席を立ち、布を巻きつけられてその上からえらく厳重に封をされた80センチ程度の棒と、小さな箱を持ってきた。どちらも魔法力で封印されているのが見て取れる。

 ヴィストが封を解いた。

「“逆巻き蛇の杖”。それから、概念礼装“陽を掴む指先”でございます」

 天を目掛けて登っていく一頭の竜がまきついている意匠のついた杖。

それから箱のほうの中身は指輪だった。

 どちらも名を聞いたことがあった。既に失われたとされていた伝説のアイテムだ。

「……値を聞こうか」

「六十万ゴルドはくだらないでしょうね。いくら値をつけるか迷っていたところだったのですよ」

「なら下げろ。我々には払えん」

「差し上げますよ」

「何?」

「私としてもオウルウは目の上のたんこぶなのですよ。あれの強さは人智を越えています。人がどんな武器を持とうが敵うべくもない。そんなものを相手にするのに、武器は売れない。レンクウ程度の敵が丁度よかったのですがね。あれには勝てそうで勝てない程度の強さでしたから」

 レンクウの戦力を実際に体験したカナンにはまったく共感できなかった。

 が、レンクウの強さが軍団の強力さに裏打ちされていたこともまた事実だった。そして軍団を構成する個々の魔物達の強さは、人間が武装すればある程度対抗できるものだった。

 スーライルの死体人形が敵の軍団を抑えてくれなければレンクウを撃破することなどまるで出来なかっただろう。あの戦いはスーライルのおんぶにだっこだった。苦い感情が浮き出てくる。

「是非オウルウを撃破してください。期待していますよ、賢者カナン」





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