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邪神降誕 3



 一通りの説明を聞き終えたクロノが長い溜め息を吐いた。

 最後に例の杭、魔法具を渡される。一見して何か破壊の呪文を秘めたアイテムだということがわかる。それも式の断片だけしか書かれていない。おそらくは似たようなものが複数あって、それを連結させて放つタイプの術具だ。二本目があるのは大きかった。おおまかに分類に推測がつく。

「うん、まああなたの判断を支持します……アルトゥは危険です。それに万魔殿の他にそんな面倒を引き受けることのできる施設はないでしょう」

「まったく。次から次へと厄介ごとが降ってくるな」

 クロノがこわばった顔でカナンの顔を見つめる。

 あんまりにも視線を外さないので、カナンの方から「なんだね」と尋ねた。

「カナン。あなたは最近、なにか長期間使っていた呪文を解きましたか」

「ああ、解いたよ。回復呪文だが」

「嘘」

「どうしてそう思うのだね」

「きっと幻惑呪文、ですよね」

「……」

「模擬戦の後と同じ顔をしてるんです。あなた、いつもあたしとやる時は幻惑呪文を撒き散らして煙に巻いたでしょう? なんとなくそうかなって」

「…………」

「彼女、ヨヨさんに掛けていたんですか」

「………………」

「ヨヨさんは弟さんの幻覚が見える、幻聴が聴こえるって言っていました。あなたがやっていたんですか」

「……………………」

「大事なことを訊きます。答えてください。あなたはカナンですか。それとも“賢者”なのですか」

 カナンは目を閉じて少し考えた。

 考えたのちに、曖昧な笑みを作って、言った。

「わからないのだ。いまではわたしにはその区別がつかなくなっているのだよ」

「それは」

「もしもわたしが正体を無くして、善悪の区別がつかなくなったときには、君が介錯してくれたまえ。それはきっと君にしかできないことだ」

「カナン」

「だがその前にできるだけのことはしなければならない。クロノ、わたしは魔王を倒すよ。どんな手を使うことになるかはわからないが、どんな手を使ってでも」

「……そうやって自分を正当化してヨヨさんを道具にしてたんですね」

「その通りだよ。返す言葉もない」

「どうして呪文を解いたんですか」

「あれは限界なのだ。負傷が嵩みすぎた。最早回復呪文では追いつかなくなっている。もうあと一、二回も使えば壊れるだろう。そうなる前に手放してやったのだ」

「使えば、ですか。本性を隠さなくなってきましたね。賢者」

「あれもわたしのことを便利な呪文の砲台だと思っているよ。わたしは元々そういう関係なのだよ」

「あなたがそう仕向けたから?」

「中途半端にさかしい子供は嫌われるぞ」

「どうぞ嫌いになってください」

「はっ」

「あなたと彼女は何度か激戦を潜り抜けているそうですが、あなたのほうはほとんど負傷していませんよね」

「前衛と後衛ならそういうものだろう」

「それにあなたは二度自分のパーティを全滅させているそうですね」

「実力の足りない連中が身の程も弁えずにレンクウに挑んだ結果だよ」

「本当に、あなたはもうカナンではないのですね」

「ああ、おそらくそうなのだろうな」

 クロノはこの場でこの男を殺して、その魂を焼き尽くすべきなのかどうかを考えた。

 極大邪雷呪文ならばそれができる。見透かしたように賢者が言った。

「やめておけ。負傷から回復していない君ではわたしの相手は務まらんよ。そうでなくともいまの君ではまだ私には及ばん。君が魔法使いとして完成するのは今から五年後といったところだ」

 邪悪な笑みだった。宴食を前にして食欲を昂ぶらせているような。

 おそらくは次の賢者の器として、クロノを喰らうつもりなのだろう。

 ようやくクロノにはスーライルやヒフミ、ウルゼンを賢者の器として選ばなかった理由が理解できた。彼らの魔法力は強すぎるのだ。賢者の意思を喰らい、逆に取り込んでしまいかねないほどに。

「あたし、あなたのことが好きでした」

「……そうか」

「消えてください。あたしの稲妻があなたを焼き尽くさないうちに」

「ああ、そうするとしよう」

 カナンはクロノに背を向けて部屋を出た。

 地下へと戻る。と、そこは台風でもやってきたかのようにめちゃめちゃになっていた。戦いの痕だ。

 胡坐をかいて座り込んだヨヨがカナンを見上げた。アルトゥの姿はない。

「あ、カナン。ごめんなさい。ロバートに相談したら、やっぱり魔族は殺せって。あなたが戻ってくるまでは待とうと思ってたんですが我慢し切れなくて。で、殺そうとしたら逃げられちゃいました」

「ロバートに、って君それは」

 ヨヨの視線がカナンから逸れる。いとおしげな目つきで隣を見て「ああはい。次はちゃんと殺しますから、ちょっとだけ待っててくださいね」と言った。何もない空中で手を振る。誰かの頭を撫でるような優しい仕草だった。

 カナンは既にヨヨに掛けた幻惑呪文を解いている。

 だったらいまヨヨが見ている姿は。聴いている声は。

(……ああ、既に壊れていたのか)

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ。ここを離れよう。次の魔族を殺しにいこうか」

「はい!」

 とびきりの笑顔で頷いてヨヨはカナンの手をとった。

 瞬間移動呪文によって、二人の姿がこの場から消え去った。



 潰れるまで使ってやろう。

 きっとこの娘にとってはその方が幸福だから。



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