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邪神降誕 2


「これからどうします?」

「少なくともレンクウとの戦いで浮き彫りになった我々の課題をなんとかせねばならないだろうな……」

「火力不足、ですか」

 カナンが頷きました。

 私も痛感していたところです。必殺の破壊力があると確信していた『怒涛野羊』でさえ、レンクウの肉体にはまるで通じませんでした。そもそもあの膂力の持ち主に大盾を向けられると、私の攻撃力では如何様にも出来ませんでした。

カナンの呪文もレンクウに傷を負わせることはできていません。戦いのレベルがあそこまで上がってしまうと、私やカナンの攻撃力ではまるで不足していました。結局レンクウにまともにダメージを与えることが出来たのはクロノさんの極大邪雷呪文とスーライル(というかニナさん)の限界突破・極大火炎呪文だけ。

「邪雷呪文、教わったらどうです?」

「やってみたことがある。が、習得できなかった」

 カナンが恨みがましそうな目でクロノさんを見ます。

「カナンはセンスないから」

 ぼそりとクロノさんが言います。

「じゃあ限界突破呪文というのは」

「同じだ。わたしの魔法力はどうも拡散する傾向にあるらしい。幻惑呪文のような広範囲にばら撒く系統の呪文を得手としていて、極大呪文に代表される高密度の魔法力を圧縮して放つ術は不得手のようだ。クロノはその真逆で、こいつは魔法力を纏めて放つのは得意だが、散らすことはまるで出来ない」

 私は空圧呪文を思い出しました。

 あれは莫大な魔法力は使う呪文ですが、やってることは大量の魔法力を散らして落している。どちらかといえば「拡散」の傾向にある呪文なのでしょう。

「二人揃って一人前って感じですか」

 私が言うと、カナンとクロノさんは顔を見合わせてお互いに嫌そうな顔をしました。

「……かくいう君のほうはどうなのだね?」

 カナンが私に問いました。

「ジジイが言うには、私の魔法力も筋力もいまがほぼ限界なのだそうです。なので、いま以上の力を振るうには外部からの力を加える他ないそうです」

 風鳴流の奥義にはジジイでも単独では使えない技が幾つかありました。例えば『漠烈拳』。あれは魔法使いによるサポートを前提として作られています。

 くうううう、と誰かのお腹が鳴りました。

「卑しいですね、カナン」

「いや、わたしではないぞ?」

「……」

 クロノさんが頬を赤らめて、毛布の中に顔を隠しました。

「地下の貯蔵庫から何か持って来よう。君も食べるだろう」

「あ、お願いします」

 カナンが席を立ちます。

 それからしばらくして「うわああああ」と間抜けな悲鳴が聞こえてきました。

「……様子見に行ってきますね」

「貯蔵庫は右の部屋を入って左奥の隅です」

「ありがとう」

 なんだかすごくくだらないことが起こったのだとは思いつつ、私はカナンを追いかけました。右隣の部屋を入って、上がったままになっている地下への扉を潜って階段を下りていきます。で、薄暗い地下でひっくり返っているカナンと、その対面にいる娘を見つけました。

 娘は豚か何かの大きな腿肉を銜えています。

 貯蔵庫にあったものでしょう。美味しそう。

「えーっと、泥棒です?」

「はふへふ」

 口に物を銜えたままなので、なにを言っているのかさっぱりわかりません。

「どうぞ飲み込んでから話してください」

「ふぁひ」

 カナンが後ずさりして私の後ろに隠れます。よほど恐かったのでしょうか。

「ななななにをしている。はやく構えろ!」

「は? こんなうら若い娘さんになにを言ってるんですか」

「バカモノ! あれはレンクウの娘だ!」

「……はい?」

 もぐもぐ、ごくん。とレンクウの娘さんが口の中のモノを飲み下しました。

「いやぁ、ごめんごめん。お腹空いててさぁ。入った先に美味しそうな匂いがしたもんで、ついフラーっとね。あたしはアルトゥ。そっちのお兄さんが言ってる通り、千獣王レンクウの娘だよ。よろしく」

 この上ないくらい快活な笑顔で額に手を添えて、にこーっとします。

「どうも、私はヨヨ。こっちはカナンと言います」

「ヨヨさんに、カナンね。ふむ」

「獣人、なのですか」

「そうだよ。ほら」

 赤髪の合間からぴょこんと、猫科のそれに近い耳が立ち上がりました。

普段は髪の毛の中に隠している模様。

「それで、アルトゥさんはここで何を? そもそもどうやって?」

「んーっとね。遊びにきたよ。壁の内側には街中に囚われてたことがあったから瞬間移動呪文で入ったよ」

「はぁ」

 なんていうか、ガバガバですね。戦闘中はスーライルを中心に万魔殿の主要な魔法使いが出払っていたのでしょうがないといえばしょうがないのでしょうか?

 アルトゥさんは一見して害はなさそうです。というか害意があれば腰を抜かしていたカナンは既に殺されているでしょう。いまのところ襲い掛かってくる気配もありません。

 ですが魔族です。殺すべきでしょうか? ちょっとロバートに聞いてみましょう。

 ロバート、おーい。

 …………………ロバート?

「ここでなにをしていた」

 ようやく正体を取り戻したカナンが言いました。

「ご飯食べてた」

「それだけが目的ではなかろう」

「ごめん。それだけが目的」

「……」

「えっと、二ヶ月くらいなにも食べてなかったのだ」

「……闘技場の中で戦うのを拒否していたからか?」

「そう、それ!」

「レンクウの元へ戻ったときに食べなかったのか?」

「人間を食えって出されたけど、あんなくそまずいもの食えるか」

「君は人を食わないのか?」

 怪訝な顔をしてカナンが問いました。

「他の魔族が言うには先天性の味覚障害らしいよ。魔族の舌ってのは魔法力を味として感じる機能があるらしいんだけど、あたしにはそれがないのだ。だからあたしはこういう」

 がぶり。

 アルトゥは手の中の腿肉を齧ります。

「人間の作る食べ物のほうが好き。うむ。美味い!」

 はぁ。ふざけた魔族もいたものです。

「どうします?」

「泥棒として警備軍に突き出すか……?」

「抵抗されたら? 多分あの子、相当強いですよ」

 彼女は魔法力を抑えていますが、それでも内に強大な力を秘めているのはなんとなくわかります。最低でも中級魔族クラス。もっと上かもしれません。

 少なくとも怪我をしている私と疲れ果てたカナンの手に負えるかはあやしい相手です。

「あ」

 ポンとアルトゥさんが拍手を打ちました。

「そういえば渡すものがあったんだっけ」

 ごそごそと懐をまさぐり、杭を取り出しました。

「……? なんだねそれは」

「知らない。頼まれたから渡しにきただけ」

「誰に頼まれたのだ」

「えーっとジゲンチョウヤクシ、ヒフミって人」

「どこで会った!?」

「いらないの?」

 ひらひらーっと無造作に振ります。

「いただこう」

 カナンが言い、アルトゥさんはそれを放り投げました。

 私が受け取り、カナンに手渡します。

「……オーブだな。見たことのない意匠だが」

「オーブ?」

「魔法式の刻み込まれた呪文の代用を行うアイテムのことだ。君の刺青のようなものだと考えろ」

「賢者のお前が見たこともないものなのですね」

「相当に古い呪文に関係するもののようだ。クロノに解析を依頼しよう。あれの古呪文の知識は私の比ではない」

「……古から知識を継いで来た賢者なのに?」

「あれはその賢者の弟子だ。わたしが引き出せる程度の知識はニナが授けている」

 ふと禁句が喉から出掛かりました。

 クロノさんが賢者になったほうがよかったんじゃないですか。

「ところでこれがパパが持ってたやつ」

「!?」

 同じような意匠の施された杭をアルトゥさんはもう一本取り出しました。

「これ、いる?」

「……」

「ただじゃ上げたくないなぁ。どうしようかなぁ?」

「……言い値で買おう」

 カナンが財布を放り投げました。

「わお。太っ腹。言ってみるもんだね」

 アルトゥさんが杭を投げ渡します。

それから紙幣を抜いて律儀にも財布を返してきました。

「それじゃ、あたしはこれでお暇するよ!」

 アルトゥさんは両手を上にあげて思い切り背筋を伸ばします。

 肩の荷が下りた、といった感じ。瞬間移動呪文の術式を組み立てます。

「待て」

「ん、なあに?」

「食事は提供する。しばらくここにいろ」

「……カナン?」

「人間の国の内外に瞬間移動呪文で現われることのできる魔族だぞ。放置すれば頗る危険だ」

 カナンの顔には不承不承といった色がありありと浮かんでいます。

 私としてもぐぬぬといったところ。

「いーよ。わかったよ。なんならお仕事くれたら働くよ?」

 底抜けに明るい笑顔で、またがぶりと豚の腿肉に齧りつきます。

 なんだかおかしなことになってきました。

「クロノに説明してくる。きみは少しこいつを見ていてくれ」

「わかりました」

 カナンが上にあがっていきます。

「よろしく。仲良くしよーね!」

 魔族の娘は屈託のない笑みを向けて、肉の脂で口周りを汚し続けています。

 ……なんだかおかしなことになってきました。



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