邪神降誕 1
……それから数日が経ちました。
大きな傷のなかったカナンは後処理に奔走。あのとき例の男が放った限界突破・極大火炎呪文によって魔物達もまた大半の勢力を失い、退いていきました。レンクウの撃破を聞いた各国が救援を送ってきたことも後押しして、魔物の残党を撃退することが出来ています。
クロノさんは絶対安静状態。どうやら極大邪雷呪文のような人間の許容量を越えた呪文には回復呪文による治癒を受け付けなくする効果があるようです。カナンが決断し、一度炭化した肘から先を刃物で切り落としてから治療を開始しました。回復は軌道に乗ったそうですが、未だに高熱にうなされています。
私はというと、レンクウの鋼鉄並みの強度を誇る肉体をばかすか殴ったせいで両腕が粉砕骨折していました。回復呪文を受けて、ギプスをはめられています。なんか非常にかゆい気分です。
名目上、私達は勝ちました。
レンクウを倒しましたし、魔物の軍勢を退けました。
なのに凄まじく釈然としない気分です。最後の最後に水を差してきたあの男。右目に火傷を負った、邪悪な魔法力を放つ魔法戦士。あれのせいです。
「ねえ、そろそろ話してくださいよ。誰なんですか、あれ」
「…………はぁ」
カナンはため息を吐きました。
それからベッドの上のクロノさんに意味ありげに視線を送ります。
クロノさんが頷いて返します。
「あれはウルゼンという。わたしやクロノの兄弟子にあたる」
「ニナの子らなんですか」
「ああ。数年前に故郷の国に帰ってそこで仕官したそうだ。が、その国は滅びた。同時にウルゼンもまた死んだとされていたのだが」
「死んだと思っていた人が実は生きてた、なんていまの世の中別段珍しくはありませんね」
「だが魔物に寝返っていた、となればまた話は違うだろう」
確かに。
「ウルゼンは」
クロノさんが朦朧とした声で言いました。
「擬似勇者なんです……」
「擬似勇者?」
「……待て、なぜきみがそれを知っている?」
「ニナが教えて、くれました」
こほこほ、と短い咳をします。
「そうか。だからか。色々と腑に落ちたよ」
「あの人は……」
「いや、いい。わたしから説明しよう。きみは安静にしていたまえ」
「はい」
どちらに訊けばいいのか迷ったのですが、カナンで纏まったみたいです。
「では、擬似勇者とは?」
「先ず前提だが、『勇者』とは九つに別たれた精霊ルミアの肉体の一、ア・ルミアを宿した人間だ」
「はい」
“賢者”の話をしたときにもその話が出ましたね。
「魂の力は肉体に強い影響を与える。ア・ルミアを宿した人間は、人間の許容量を遥かに越えた力を振るうことができる。極大邪雷呪文クラスの術を使っても、ああは」クロノさんを指しました。強力な呪文を使ったフィードバックに両腕を自分自身の魔法力に焼かれた魔法使い。「ならないわけだ」
少し引っかかるものがありましたが、まあ置いておきましょう。
というか少し話が見えてきました。
「つまりカナン、擬似勇者とは“賢者”と同種類の人間だということですか」
賢者カナンは歴代の賢者達の力ある魂を受け継いでいます。
そこに記憶された呪文の技術と魔法力を扱うことで彼は人間以上の力を発揮することができる。
擬似勇者も同様に過去の人間の知識と経験を、魂を受け継ぐことで得た人間だということでしょう。
「少し違う」
「?」
「わたしはあくまで人間の体に人間の魂を入れたに過ぎんのだ。その出力は精霊に等しい力を発揮できる勇者の足元にも及ばん。そしてウルゼンはわたしより勇者に近い」
「??」
「擬似勇者は、人間ではない力ある魂をその身に宿している。それこそルミアに匹敵するほどの」
「ありえません。この地上のいったいどこにそんな魂が残っているというのですか」
「あるじゃないか。そして我々はそのうちの一体を屠った」
「それは、え?」
我々が屠った力ある魂を持つもの。
「…………レンクウのこと、ですか? え? えぇ? そんなことがありえるんですか」
「ありえるのだよ。ウルゼンはその身に古い魔族の魂を宿している。それも魔王級の。そして勇者同様、その力を自在に発揮することができる。ゆえに彼らは擬似勇者と名づけられた」
「誰がそんな大それたことを考えたんですか」
呆れた私に、苦い顔でカナンが言いました。
「無論、賢者だ」
「はぁ!?」
「正確には現代の擬似勇者はニナが作った。基礎理論を確立したのはもっと前の賢者だ」
絶句しました。それは神の領分です。人間が魂を玩弄すれば、いずれ地獄に落ちるでしょう。……いえ、そうですか。きっと彼らに宗教観はないのですね。神は実在しない。天国も地獄もどこにもありはしない。魂がこの世界をただ巡る物だと知っているからこその『賢者』なのですか。
「だがね、擬似勇者には欠陥があったのだよ」
「欠陥ね。そりゃあるでしょうね。そんな無理矢理な材料を使ってたら」
カナンが頷きました。
「人間の体が魔王の魂に耐えられないのだ。当然だな。勇者もまたそうだ。彼らは長生きしても三十歳前後で死ぬ。魂の出力に耐え切れずに肉体が瓦解する」
「ほっとけばいいわけですか」
「そうでもないのだ。ただ瓦解するならばまだよかったのだがな。擬似勇者の場合はより悪かった。人格と肉体が魔族のモノへと変成していくのだ」
はぁ。ようやくわかってきました。
「おそらくウルゼンは変成を終えたのだろう。だから魔族に成って、魔族に与している」
「とてつもない自業自得ですね。賢者の」
「返す言葉もない」
「結局ウルゼンはどうなったのでしょうか」
「さあな。あの場には既にスーライルもウルゼンもいなかった。戦いの趨勢など我々には知る由もない。だが……、あのスーライルが本気で戦えばウルゼンに遅れを取るとも思えんのだよ」
「いくら彼が強くても、相手は勇者級の実力を持っているんでしょう?」
「スーライルは勇者より強いんです」
さらりとクロノさんが言いました。
「人間である以上勇者より強いなんてことがありえるんですか」
「ありえない、と言いたいところだがな……きみはバルラモン三世を知っているかね?」
「先代の勇者のパーティを滅ぼした魔王でしょう? 二十年前、でしたっけ。相打ちになったと聞いていますが」
「その魔王はスーライルが一人で倒したのだよ」
「……はい?」
「やつが八歳のころの話だ。やつはほんとうに生まれたときから天才だったのだ」
「……スーライルも擬似勇者、とかいうオチじゃないんですよね」
「違うな。あいつは人間だ。信じがたいことに、純正の人間の身であいつは勇者より強いのだ」
カナンは言葉を切りました。ひどく疲れた顔でした。
誰かがへたくそな口笛を吹いた気がしましたが、多分気のせいでしょう。




