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千獣王 15


 レンクウが撃破されたのを見て、魔物達が引いていきました。

 これで終わるかはわかりませんが、少なくとも体勢を立て直す必要はあるでしょう。

「そんなもの何に使うんだい?」

 不意にスーライルが言いました。

「……」

問われたカナンは何も答えませんでした。

何か拾ったのでしょうか? 私は見ていませんでしたが。

「まあいいや。あっはっは。というわけだよ。実はボク、とっくの昔に死んでたんだよね」

 剣の刺さったままスーライルが快活な笑みで言います。

 胸に剣が刺さったままで血をだらだら流しながら喋るのは正直かなり不気味でした。

「……笑い事ではないだろう。貴様」

「とりあえずそれ、抜きます?」

 私は胸に刺さった剣を見ていいました。

立ち上がろうとしましたが、ほんとうに力が抜けていて立てもしませんでした。

カナンが脇の下に自分の肩を入れて、私を支えて立ち上がらせます。

……なんか屈辱です。

「んーと、塞ぐの面倒臭いから刺しっぱなしでいいかな。おーい、クロノちゃーんだいじょーぶー?」

 呼ばれたクロノさんは「うううぅぅ」と唸ってうずくまっていました。口から白泡を噴いています。両腕共に肘から先がありません。真っ黒こげです。極大邪雷呪文のフィードバックです。あの呪文の威力は人間の魔法力に許された限界値を超えています。

「よくがんばったねーおつかれー」

 スーライルが回復呪文で腕の傷を鎮痛していきます。

「おい、貴様いつから死んでいるのだ?」

 カナンが尋ねました。

「二年くらい前だね。ヒフミンを探して旅をしてたときに、ばったりオウルウに出くわして。殺されちゃった」

「自分で自分に死者蘇生呪文を掛けたのか……? 前代未聞だな」

「いや、違う違う。ボクに死者蘇生呪文をかけたのはこっち。ボクらは相互に死者蘇生呪文を掛け合っている形になるね」

 と、傍らの、せっかくのドレスを地面にべったりとつけて座り込む女性を指しました。

 クロノさんが顔をあげました。回復呪文の鎮痛作用で痛みがやわらいで正体を取り戻し、女性を見て「ニナ」と呟きます。

 カナンが目を閉じて首を振りました。

 二人の顔を見るなり、ニナと呼ばれたその女性は眉を寄せて顔を顰めます。

 なんていうか、気まずそう。

「辛気臭い顔、イヤやわあ。うちもう帰らせてもらうね」

「ん、お疲れ様ー。また何かあったら呼ぶからよろしくねー」

「死ね」

 さらりと言って、女性は黒い沼の中に沈んでいきます。

「自分で生き返らせておいて死ねだってー。おっかしーねー」

 あっはっは、とスーライルは快活に笑いますが、笑っているのはスーライルだけです。

「幾つか聞くことがあるが、その体、魔法力は回復するのか?」

「しないよ」

「……」

「だから今日みたいな戦闘の規模で死者蘇生呪文を使えるのは、あと一回か二回くらいだろうね。ボクは元々魔法力のキャパシティがバカみたいに大きいから持ち堪えてたけど、まあなにもしなくともあと一年くらいで力尽きるかな」

「貴様、そんな大事なことをなぜ最初に相談しない……」

 脱力したカナンが長い息を吐きます。

「知ってる人は最小限にしておきたかったのさ。万魔殿には敵が多いからねえ。それにボク、お前のこと嫌いだし。んでクロノちゃん」

「……はい?」

「ボクが死んだら次の万魔殿の代表、君ね」

「はい。……は?」

「いやあ肩の荷が降りたよ。これでいつでも死ねるぜ!」

 ひゅう、とへたくそな口笛を吹きます。

「それじゃあ、一度帰って休もうか。みんなへとへとだし。クロノちゃんのその手とか治さないとね。あとゴライアスも弔ってやらな」

 煌々とした光が、夕暮れが迫る世界を白く染め上げました。

 極大火炎呪文、でした。ただしその規模は尋常なものではありません。圧倒的な魔法力がつぎ込まれた、太陽に似ている白い火球が、私達の斜め上方に輝いています。

 光の下にいるのは右目に火傷を負った一人の人間。腰まである赤い髪を靡かせて、犬歯を剥き出しにして殺気に満ちた魔法力を放っています。右手に剣を掲げ、左手に生首をぶら下げていました。生首が被っている白銀の兜、あれは光の国の神殿騎士団の精鋭の証のはずです。

「ありえん」

 と、カナンが呟きました。

「限界突破・極大火炎呪文」

 喉を潰されたようなしわがれた声が囁きます。太陽が落下。

 死――

 カナンがクロノさんの腰を抱き上げました。展開しているのは瞬間移動呪文の術式。帰還用に組んでいたものです。私は元々担ぎ上げられていて密着しています。「スーライルっ!」一瞬呆気に取られていたスーライルがその声で振り返ってカナンの服を掴もうとして。

 その手が空ぶりました。いえ、思いとどまったように、スーライルが手を引いたのです。

「貴様っ」

「行って。ボクはあいつにお灸を据えてやらないと」

 邪悪な笑みを浮かべて右目に火傷のある男を振り返りました。

「っ……」

「カナン、待って。スーライル、ダメ。彼はっっ」

 クロノさんが叫びますが、カナンはその声を振り切ります。

「瞬間移動呪文」

 カナンの機転によって、私達はその破滅の太陽による一撃から逃れることができました。

 そのときその場にいた私達以外のすべての人間と魔物が恒星の落下によって、焼き尽くされて死亡しました。ただスーライルがどうなったのかはわかりません。再び私達があの場に戻ったときに、彼の姿は既にありませんでした。

 あの殺意の塊のような魔人の姿も。



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