せかいのおわり 4
私は湊の国のお城に連れてこられました。
魔王討伐の旅をしていた頃は歓迎してくれて、一緒に宴を楽しんだ兵士さん達の、腫れ物に触るような目が突き刺さります。
「ヒフミ殿」
両手を縛られた私を、兵士長さんが悲痛な目で見ます。金髪碧眼の整った顔立ちをしているイケメソさんです。指先まで綺麗な、剣を握る方とは信じられない美男です。顔立ちと腕の肉の引き締まり方のギャップに乙女として心惹かれるものがあります。すごくどーでもいいですが。戦士さんのほうがイケメソですし。勇者さんと違って好きじゃないですし。
「お久しぶりです」
と、私はなにげなく返事をしました。「ええ、本当に。あなたがお一人でいらっしゃるということは、やはり勇者さまは……」「はい、死んじゃいました」自分で言葉にしておいて泣きそうになりました。
「そうですか」
兵士長さんは額を押さえます。そういえばこの方、以前親善試合で勇者さんに挑んだことがありました。たしか大人気ないくらい勇者さんがフルボッコにしてましたが、普通の人間にしてはかなり強かったはずです。その勇者さんが魔王にあっさり殺されてしまったんです。色々思うところはあるのでしょう。
……。
まあ兵士長さんのことはどうでもいいのですが。
「私はどうなりますか?」
兵士長さんはなにかを言いかけて、飲み込みました。沈痛な面持ちで視線を下げます。
きっと私は魔王に贄として捧げられるのでしょう。悲しいですね。勇者さんが死んじゃったときのほうが一万倍くらい悲しかったですけど。あ、一回泣いておきましょう。
「ヒフミ殿」
兵士長さんは私を慰めようとして、どのつら下げて慰めればいいのかよくわからなくなったみたいです。だって彼は私をぶち殺そうとしている人たちの一味なわけですから。
例え王様からの命令でも実行しているのは彼らなわけですから。
「彼女を個室、……いや、牢へ」
「はっ」
兵士長さんは私を捕らえていた兵士さんに命令を下しました。私は石造りの冷たい独房へ放り込まれました。でもよかったと思います。だってここにいるあいだは処刑されないんですもの。
どうして逃げないのか。
兵士長さんが私に尋ねました。
私が逃げたらみなさん困るでしょ?
と答えました。嘘です。そんな殊勝な理由じゃありません。単に投げやりになってるんです。勇者さんが死んで。みんなが私が死ぬことを望んでいて。生きてることが嫌になってるんです。
兵士長さんは私が処刑されることを告げました。
何の罪で?
私は尋ねました。
兵士長さんは答えませんでした。
いじわるなことを言いました。この人はお人形なんです。王様の言いなりで命じられたことをやるだけの操り人形。だから王様に教えられていないことは答えられません。……とまで言ってしまうのは少し言い過ぎかもしれませんがだいたいそんな感じでしょう。
私は処刑場に連れ出されました。地下の、赤黒い染みが残っている、薄暗い部屋です。ランプの灯りが無ければ辺りも伺えないほどの。嫌な場所でした。
迷いながら兵士長さんは、私を跪かせ、他の兵士さんに命じて剣を振り上げさせました。
「ねえ、兵士長さん」
「ローレンです」
「ねえ、ローレンさん」
「はい、なんでしょう」
「どうしてこんなことになっちゃったんですかね?」
「……」
「勇者さんがいて、戦士さんがいて、盗賊さんがいて、魔物と戦ったらみんなが感謝してくれて、私ついこないだまですごく幸せだったんです。どうしてこうなっちゃったんですかね?」
「…………」
「魔物に殺されるならまだわかるんですよ。力が及ばなかったから。敵対しているから。一生懸命戦って、でも負けて死んじゃうなら仕方ないなぁと思うんですよ。でも私、なんで人間に殺されかけてるんですかね?」
「………………」
「私、がんばったんですよ? たくさん魔物倒したんですよ。いろんな人が褒めてくれたんですよ。キミはすごい。私たちを守ってくれた。ありがとう。ってみんな笑ってくれたんですよ。私はまあ半分くらいは勇者さんの傍に居たかったから戦ってたようなものだったけど。でも残り半分はみんなが笑ってくれて嬉しかったんです。でもなんで私が生きてるだけでみんな辛い顔しちゃうようになったんでしょうか」
「……………………」
「なんだか私、これは夢で、目が覚めたら勇者さんが隣にいて旅の続きが始まるんじゃないかなぁって心のどこかで思ってるんです。だってこんな世界ってないじゃないですか。あははははは」
「…………………………」
「あーあ、死にたくなかったなぁ」
私は目を閉じました。涙の粒が頬に垂れていきます。
殺れ。
ローランさんが短く言いました。兵士さんが剣を振り下ろしました。
パン。
ぱん? 変な音がしました。続いてずてんと誰かが床に転がる音。その音が連続していくつか続きます。目を開けると私の近くにいた兵隊さんがみんな倒れていました。ローレンさんだけが立っています。少し遠くで、随分小柄な兵士さんが兜を脱いで放り捨てました。兜が床を転がっていきます。光の粒になって消えていきます。変身呪文で作ったもののようでした。
「なにやってるんだよ、ねーちゃん」
ぼさぼさの銀髪の男の子が私を見下ろしました。細い目の奥には不機嫌そうな光があります。
「ルー、くん?」
勇者ご一行の盗賊、ルイ=ライズが鎧を脱ぎ捨てました。袖の長い服の下から、何かを握りこみます。
「取り押さえろ」
ローレンの声が残った兵士さんたちを動かしました。対してルーくんは両手を素早く動かします。「テンとセン」と呟き、それだけで、距離があるにも関わらず兵士さんたちが次々と倒れていきました。
鎧に穴が開いています。中には手足のどこかが切断されて千切れ飛んでいく人もいます。まるで手品のようです。
『天屠閃』
一介の盗賊に過ぎなかったルーくんが勇者さんのパーティに招かれた理由となった妙技です。ルーくんはローレンさんに向けても手が動かしました。しかしローレンさんはそれでは倒れませんでした。手を前に出し何かを握るように閉じました。
「これがあなたの技の正体ですか」
ロイさんが手を開くと、椎型の透明な分銅が地面に落ちました。見えづらいですがルーくんの手元に糸で繋がれています。
「椎型の分銅を高速で投擲する。硬化呪文と加速呪文を付与された分銅は直接当たれば鎧さえ貫いて、当たらなければ手元に繋がった鋭利な糸が巻きついて分銅の重さで引き擦り、肉を切断する。手品の類ですね」
「正面から止めたのはあんたが二人目だよ」
ルーくんは関心した様子で、皮肉気な笑みを浮かべます。
ちなみに一人目はいまは亡き戦士さん。
「だけどさ、テンとセンを一回止めたくらいで俺に勝った気でいるのかい?」
ルーくんが腕を振ると、袖の下から伸びた刃がカチンと音を立てて固定されました。両手を自由にしたまま戦えるようにした工夫です。ルーくんの主武器はこちらのほう。というか、それよりもですね。
「あの、ルーくん、どうしてここにいるんですか?」
「ルーくんはやめろ」
「嫌です。ルーくんはルーくんです」
ルーくんは舌打ちを一つしました。
「お前に音波反響呪文を教えたのは僕だぞ? わからないか」
「え、もしかしてずっと聞いてたんですか? 泣いてるときも? トイレのときも?」
「ありていに言えばそう。盗聴してた。変なことしでかしそうだなーと思って」
「へ、ヘンタイだー!!!」
「うるせえ」
呆れ顔になるルーくんですが、これはあとでお説教が必要です。いえ、お説教では済みません。あの子はいったいプライバシーをなんだと思っているのですか! 一回ぶち殺さねばなりません。
「……」
それはそれとしてローレンさんが静かに剣を抜きました。
「緊張してるね。実力差はよくわかってるんだ?」
ルーくんは楽しそうに指摘しました。
私は魂を見ることで感情の状態を把握しますが、ルーくんは心臓の音を聴くことで対象の状態を把握します。音に関連した呪文に関してルーくんは特に天才です。敵の心臓の鼓動、筋肉の収縮、血流、関節の駆動まで音で把握できるルーくんに近接格闘で勝てる人間を私は知りません。戦士さん以外に。
そもそもローレンさんは勇者さんのパーティに招かれなかったのです。なぜならルーくんや私よりも弱いからです。戦えば必ずルーくんが勝つでしょう。
「さて、ついでに尋ねてみようか。あんたはどうしてどうしてヒフミを拉致ったんだい? それで潰される村が救えると本気で思ってるのかい? バカなの? あんた」
「わからないんです」
ローレンさんは悲痛な表情で言いました。
「どうして勇者様は死んでしまったんだ。私はあの方と手合わせしたことがあるが、同じ人間だとはまるで思えなかった。人外の怪物だとさえ思った。同時にあの方ならば必ずや魔王を倒してくださると確信していた。なのになぜ勇者様は死んでいるんだ? あの方でさえ魔王を倒せないならば我々はいったい何をどうすればいいんだ」
不意に私は、ああこの人は私と同じだったんだなぁと思いました。
私とは別の意味でこの人は勇者さんに恋をしていたんですね。
だから勇者さんが死んでしまってひどく戸惑っているんですね。
「私の方が教えて欲しいくらいだ。どうして私は王に命じられるがままに君達と戦っているんだ? 民を守るために命を賭けると誓った過去の私はいったいどこへ行ってしまったんだ。いつから私はこんなに弱くなったんだ」
そんなこと私たちに言われても困ります。困るんです。どうすればいいかなんて私にもわからないんです。ルーくんが露骨にため息をつきました。
不意に兵士長さんの後ろの階段から、誰かが降りてきました。金色のごてごてした刺繍の入った姿格好から察するに、王様でした。
「なにをしている? 勇者の仲間は殺せたのか」
王様と私の目が合いました。
え。魂の色が、変です。なんか変なのが混じってます。
呆気に取られている私と違って、王様はとても素早く動きました。「ま、まて。わしはお前の言うとおりに」ぶちゅり。王様の心臓から剣が突き出てきました。
ああ、正しくは王様に取り憑いた魔物は素早く動きました。ですね。
ぬるりと王様の影から魔物が立ち上がります。人に近い姿をした二足歩行の魔族です。多分男性。黒髪に茶色の瞳。頭部には山羊のそれに似た角が生えています。上半身は裸で浅黒い肌を晒しています。よく引き締まった体つきです。下はジーンズ。なんだか色っぽい格好でした。
「油断していた。魂視の能力者か。まさか一目で見抜かれるとは」
王様の胸から引き抜いた剣を静かに下ろしました。
「え、あ、わ、我が王……?」
ローレンさんが呆然と、死んだ王様を見ていました。
意に介さず魔族は私に視線を向けました。
「我は魔王下七武衆が一人、サビロ。次元跳躍士ヒフミ殿とお見受けした。いざ、尋常に勝負願いたい」
「ぶっ」
私は吹きました。
この方はいったい何を言ってるんでしょうか? 尋常に勝負? 尋常に勝負ですか。人間を使って私たちを殺そうとして、正面から自分で挑まずにここまで絡め手を色々使ってきたのに?
あれですよね? この人きっとぶち殺されたいんですよねきっと。あはは、あはははははっ!
「ルーくん。お話したいことは色々あるんですがちょっとお時間くださいね。あんまり長引かせないようにしますから」
「ほどほどにしろよ」
ルーくんがあきれながら剣を収めます。私は袋から降魔の杖を引っこ抜きました。杖から伸びた触手腕が私の腕に取り付き、魔法力を吸い上げ始めます。杖の先端が二股に開き、その間から光刃が噴出します。サビロさんの眉がぴくりと動きます。伝説のアイテムとかに見えたみたいです。
「あ、これ戦士さんの運命の剣とか勇者さんの星の腕輪に比べたら全然大したことないアイテムですよ。なのでどうぞ安心して殺されにきてください!」
なんだかテンションが変ですね、私。
「……いざ」
サビロさんが踏み出しました。同時にものすごい量の魔法力が放出されて処刑場を埋め尽くしました。私の瞬間移動呪文を封じるためですね。瞬間移動呪文は障害物のある場所には移動できません。なので自分の魔法力を障害物の代用にして場を埋めたんです。しかし場を埋め尽くすほど魔法力を放出しながら戦うことは、一般に人間よりも多い魔法力を持っていると言われる魔族でも困難です。長期戦になれば勝手に自滅しますね。回避に専念しようかなと思い、私は加速呪文を唱えました。まっすぐ突っ込んでくる相手を大きくサイドステップして避けようとしました。
「!」
しかし空間に放たれた魔法力が粘りを持って私を包みます。水の中にいるようで、ひどく動き辛いです。なるほど単に魔法力を放出するのではなく減速呪文を帯びさせて動きを制限させているのですね。いい戦術は勉強になりますね。サビロさんが私に接近します。私は杖を振り上げました。加撃呪文、それから爆裂呪文を唱えて杖の先端を爆発させて加速させました。ばきん。サビロさんの剣が折れて吹っ飛んでいきました。彼自身の手首もおかしな方向に捻じ曲がっています。「え……」たかが魔法使いの膂力と侮ったのでしょう。
降魔の杖は使い手の魔法力を物理的な衝撃に変換するアイテムなのです。これを使えば私でもそこそこ相手を殴れます。下がろうとしたサビロさんに、床を蹴った私があっさりと追いつきます。減速呪文を帯びた魔法力が爆裂呪文によって壊れたからです。あの手の粘性を持たせる呪文は熱系統の呪文に弱いのです。グミとかチョコとかが、熱したら溶ける原理と大して変わりません。
私はにこりと微笑みました。サビロさんの顔が青ざめました。降魔の杖を振り下ろしました。サビロさんは両腕を交差させて光刃を受けましたが、サビロさんの頭が叩きつけられて床に埋まりました。脳震盪を起こして意識朦朧としているサビロさんのお腹のあたりに手を触れます。
「ねえねえサビロさん! これなんだかわかりますか?」
私は赤黒くて長いぶよぶよしたものをサビロさんに見せました。彼の腸です。瞬間移動呪文を使って彼のお腹から抜き出したのです。サビロさんはへこんだお腹を押さえます。それから噴水みたいに嘔吐しました。「次は何いきましょう? これとかどうです?」白いものがたくさん床に落ちました。サビロさん、もう顔面蒼白です。落ちたのはサビロさんの全身の骨です。ぐにゃぐにゃになった体でなんとか立とうとしますが、できるわけありません。あははははっ。蛸みたい!
「ひゃめ、ひゅるひて」
喉の骨がないからうまく発音できないみたいです。
仕方ないので返してあげましょう! 「ごふぅ」あ、間違えて腕の骨を肺の中に返しちゃいました。血を吐いてます。かっわいそー。
あれれー? 魔王下七武衆さんなんで泣いちゃってるんですかー? あのかっこいい台詞もう一回いってくださいよー。尋常に勝負しましょうよー?
「……ルイ殿、もしや一歩間違えば私がああなっていたのでしょうか」
頬を引きつらせたローレンさんが尋ねました。
ルーくんが呆れながら頷いています。




