千獣王 14
新たな戦車の上に立つレンクウの矛が一閃します。黒い魔法力に染まった死体の群れが、まとめて一蹴されます。レンクウの目がぎろりと光り死体を検分します。手足や心臓を破壊されたものはそのままなにごともなかったかのように動いていますが、頭部を破壊されたものは崩れ落ちたまま動きません。スーライルの言う“脳みそのようなもの”が粉砕されたからでしょう。
「頭部を狙え。頭を潰せばこいつらは蘇生しない」
レンクウの檄によって獣人達が奮戦。槍の一撃があまり俊敏ではない死体達の頭部を貫いていきます。
「思ったよりバレるのが早かったなぁ」
と、スーライルがぼんやり言いました。弱所を見抜かれた死体が削られていきます。
とにかく、このままではいけません。
「仕掛けます。援護をお願いします」
私が言い、「了解」「死ぬなよ」「わかりました」と仲間達が答えてくれます。
後衛がしっかりしているというのは心強いですね。
私は圧縮空気の噴射によって高く跳躍。
「!」
死体に向けて両腕で握る矛を振り抜いた姿勢のレンクウを、急降下と同時に蹴っ飛ばそうとしました。ゴッ、と硬い感触。私の蹴りは腕によって防がれました。(両手で矛を握っていたはず……?)翻った矛が私に向けられて、私はさらに圧縮空気を噴射して間合いを離脱。レンクウは突き出そうとしていた矛が届かないと見て無理矢理止めて、方向を変えて振りぬきます。隙を突こうとしていたカナンの爆裂呪文が矛に振り払われて誘爆します。
カナンよりさらに後方でクロノさんが魔法陣を広げていました。球形の小さな魔法力の粒が無数に彼女の周りを回転。螺旋状に立ち上っていきます。彼女を磁針として膨大な電力が電離していきます。掌をレンクウに向けて突き出しました。
「極大邪雷呪文」
指向性を持った電力がレンクウに向かって放たれました。莫大な魔法力がつぎ込まれたその魔法陣を危険と見たレンクウが咄嗟に戦車を捨てて後方跳躍。巨体が宙を舞います。一瞬遅れて、紫電が視界を塗りつぶしました。戦車を引いていた二頭のウォーパンサーが紫電を受けて一瞬で蒸発。戦車を作り上げていた鋼鉄が電熱によって溶解して地面と一体化していました。木組みだった部分が炭化しています。
周りにいた死体が巻き込まれて口や眼孔から湯気をあげていました。体内の水分が沸騰したのです。皮膚が焼け焦げて真っ黒に、脂に火がついて燃えているものも何体か。
「クロノちゃんやりすぎ」
死体人形を潰されたスーライルが唇を尖らせて抗議します。
「破壊力だけならば本家を上回るな……」
とはカナンの評。
本家、というのは勇者の極大電撃呪文のことでしょう。
ですが、肝心のレンクウは後方に逃れて無事。
「スーライル=エーカー。それから先日も会ったな。クロノ=リシュリオン」
レンクウが我々の顔を見て、言いました。
スーライルが驚いた顔をします。
「ボクらのことを知っているのかい?」
「当然だろう。敵を知らずして戦などできんよ。そちらの武闘家はヨヨ=アーキライトだな。拳の国であったはずだ。女と見て貴様を見逃したのは失敗だったな。先の一撃はなかなかだった」
レンクウが手をひらひらと振ります。実に愉しそうな仕草でした。
そして視線をカナンに移しました。
「それからお前は、カナン=クレスレントか」
「……」
「お前のパーティは二度、俺の軍勢に挑んで、俺に到達する前に敗れているはずだが。よく三度も挑もうと思ったな? 己の力量を見誤ったか」
私はカナンを見ました。
「ああ、わたしと仲間達は己の力量も省みずに貴様の軍勢と戦い、敗れた。わたしは一人で無様に生き延びた。だが今度は違うぞ」
カナンが幾つかの呪文を構えます。
「今度こそわたしのすべてを賭けて貴様を倒そう」
「やってみろ。千獣王レンクウが、貴様の挑戦を受けて立つ」
レンクウの肉体が膨れ上がりました。
「いけない」
スーライルが咄嗟にクロノさんを掴んで死体人形の影に隠れつつ後退します。
私もカナンを掴んで後方跳躍。
レンクウが「真の姿」を解放しました。人型の大男の姿をとっていたレンクウの外皮が、金色の体毛に包まれていきます。元々はち切れんばかりの筋肉に満ちていた体躯が、さらにその三倍もの質量に膨れ上がりました。顔は燃えるような鬣に覆われ口元には牙が並びます。最後に脇の下から背筋と繋がった四本の腕が新たに生えてきした。私の蹴りを止めたのはこれですか。部分的な真の姿の解放により三本目の腕で止めて、目立たないうちに元に戻したようです。
千獣王レンクウの「真の姿」は二足で立つ六腕の巨大な金獅子。
右上腕と左中腕に身の丈ほどもある巨大な大矛を。左上腕と右中腕に大剣。そして右下腕と左下腕に大盾を構えています。
両腕の矛が一閃。周囲にいた死体人形がまとめて頭蓋を破壊されて沈黙します。頭蓋に当たらなかったものも、胴体や足を両断されて地を這うだけ。死体が群がっていきますが、すべて六腕の放つ打撃、斬撃によって一蹴されます。
「さぁ、存分に戦おうか」
開けた空間に魔物達が飛び込んできます。
「死者蘇生呪文を見せたら、だいたい敵の士気はガタガタになるんだけど、さすがによく訓練されてるね」
スーライルが死体を操って魔物達に応戦。ウォーパンサーが死体の頭部を噛み砕いて死者蘇生呪文を停止させますが、横合いから別の死体に突き出された槍がウォーパンサーの心臓を貫きます。虫魔物が鋭利な羽で死体の頭部を両断して殺していきます。後方からまだ生き残っている魔法兵が爆裂呪文を放ちました。外骨格の構造上、強い振動に対して弱い虫魔物がばたばたと落ちていき、死体達の振るう槍に突かれて死にます。獣人の群れが雪崩れ込むのを部分的に数で勝っている死体が食い止めます。兵士達が死体に追随。なんとか魔物を撃退していきます。
(状況を整理しよう)
と、耳元でスーライルの声がしました。
通信呪文の類。
(クロノちゃん。極大邪雷呪文はあと何発撃てる?)
(無理をして三発です)
(オーケー。先ず各々の役割の確認から行こうか。クロノちゃんがフィニッシャー。ボクが死体人形を使ってバランサーとして立ち回る。ヨヨさんがフロント。動き回ってレンクウの注意を引き付けて)
(わたしはどうする?)
と、カナンの声。
(勝手にやれよ。お前はボクがあれこれ言うよりフリーのほうが動きやすいだろう? ていうかお前に何ができるのかボクでさえ完全に知っているわけじゃないし)
(心得た)
(もし誰かを見捨てないといけないときの優先度はカナン>ヨヨさん>ボク>クロノちゃんの順だ。クロノちゃんが一番大事だ、極大邪雷呪文の火力がないとあいつは倒せない。最悪ボクが生き残っていれば死体を使って継戦できる。ヨヨさんがかき回してくれればクロノちゃんの呪文の成功率が上がる。カナンが一番不要だ。ものの役にも立たない)
(おい)
若干保身に走っているのは気になるといえば気になりますが、妥当な判断だと思います。
(と、まあこんなところだ。作戦も何もあったもんじゃないがよろしく頼むよ。大丈夫、最大限のサポートを約束するし、もしも死んだらボクの死体人形に加えてあげるから! 安心していってきてくれ! あっはっは)
(スーライル、まったく笑えません)
最後の死体人形に加える、というあたりが一番興奮しているように聞こえました。
少々ぞっとします。この男の目的は戦争に勝つことでも『万魔殿』を守り通すことでも魔族を倒すことでもなく、“我々を死体人形のコレクションに加えることなのではないか?”、そんな想像が頭を過ぎります。スーライルの声が止みました。音波反響呪文を止めたのでしょう。代わりにカナンの声が囁くように私に告げました。
(大丈夫だ。あれはたしかにネクロフィーリアで生きている人間はアトー以外に興味はないという変態だが、好んで人を殺すような真似はしない。生きているほうが役に立つからだ)
私を安堵させるために、わざわざ呪文を繋ぎ直したのでしょう。
カナンは優しいですね。
「いえ、そんなことを考えていたのではないんですよ。ただね」
この声はカナンに聞こえていたのでしょうか。
そもそも私はいまどんな顔をしているのでしょうか。
「死してなお魔族を屠ることが出来たらそれはそれで素敵なことだろうなって」
「……いくぞ」
カナンが幻惑呪文を唱えました。死体の群れから抜け出した「私」がレンクウの前に躍り出ます。一度だけ視線をやったレンクウは「私」を放置してスーライルへと突進。魔法力の霧で作られた「私」が立ちはだかろうとして、レンクウと激突し、ただの霧へと還ります。
どうやらなにかしらの手段によって幻惑呪文を見切っている模様。おそらくは匂いでしょうか? 幻惑呪文はあくまでも魔法力の霧によって形作られた幻なので体臭がありません。獅子の魔物であるレンクウはそれを敏感に感じ取れるのでしょう。
本物の私がレンクウの後方に回り込み、後頭部に向けて跳躍。蹴りを繰り出します。レンクウの左下腕が跳ね上がって盾に蹴りが防がれます。連動するように左上腕の剣が振り下ろされ、私は盾を蹴って離脱。私が離脱したのと同時にカナンの爆裂呪文が三連で発射。一つは右下腕の盾で防がれ、もう一つは右上腕の矛に振り払われましたが、最初に直角に近い軌道で打ち上げられて垂直に落下した爆裂呪文がレンクウの頭部を打ちます。
が、無傷でした。皮膚に焦げあとさえ残っていません。頑強な肉体とそれを包む強靭な魔法力が呪文の威力を無効化していました。
レンクウの突進は止まらず、「わお」その先のスーライルが困った顔をしていました。
「あいつの皮膚は何で出来ているのだ!?」
カナンが情けない声を出します。
「伏せてください」
死体達の中に紛れ込んでいたクロノさんが、スーライルの後方から極大邪雷呪文を構えています。
鋼鉄を溶解させる威力を持つ極大邪雷呪文が発生する瞬間、レンクウはクロノさんに向けて左中腕に持っていた矛を投擲しました。
今更呪文を止めれないクロノさんがそのまま電撃を発射。凄まじい轟音を上げて矛に吸い込まれた電撃が、矛を破壊し、周囲の死体を焦がして終わります。レンクウにまで到達しませんでした。
「その呪文。破壊力こそ素晴らしいが、貫通力は低いのだろう?」
「っ……」
戦車を破壊した一撃で電撃の性質を見切ったのでしょう。
レンクウが間合いの内にスーライルを捉えます。
「うわ」
呑気な声を出してスーライルがレンクウを見上げました。
「!」
横合いから槍斧が繰り出されて。レンクウが剣で受けます。高い金属音が上がり、筋肉の塊みたいなレンクウが衝撃に押されて二歩後退。両手で槍斧を握っているのは、黒い鎧と兜を身に付けた重戦士。
「おや。ゴライアス将軍じゃないか。いままでどこにいたんだい?」
「指揮をとっていたに決まっているだろう」
レンクウの二刀が翻ります。ようやく追いついた私が側面から仕掛けようとしますが、左の盾が私の正面を向いていました。円を描くように疾走して隙を突こうとしますが、盾は正確に私を追ってきます。関節の駆動域が広く、左右両方に盾を装備しているので防御に切れ目がありませんでした。痺れを切らして攻撃を仕掛けようとした私は、そのまま盾を叩きつけられて、吹き飛びました。シールドバッシュ。したたか鼻を打ちます。どろりと血が出て顎まで垂れてきました。
矛や剣による、線や点の攻撃ならば風の助けのある私は回避することができますが、盾による「面」の攻撃はかわせません。そして私には正面から盾を突破するだけの攻撃力が欠けていました。
(みんな、ボクに一手だけ頂戴)
と、スーライルの声。
レンクウは二刀を左右から振りぬいてゴライアスを攻撃。左上腕からの一撃は槍斧で受けますが、右中腕の剣を防げません。「っ……」決死の表情のゴライアスを救ったのは大剣を握ったやたらと顔色の悪い女。地面に突き立てた大剣に体ごとぶつけるようにして受け止めていました。
「アルマ=オレンス。山の国の戦姫、の死体人形か」
レンクウが低い声で呟きます。
死体を玩弄するスーライルの術に対して嫌悪感があるようでした。
アルマと呼ばれた女剣士が左手からレンクウに向けて何かを投げつけます。椎型の分銅でした。加速呪文と加撃呪文を帯びたそれが、首を振ってかわそうとしたレンクウの額を掠めます。浅く切れて出血。右上腕の矛が突き出されますがわずかに狙いが逸れました。スーライルが飛び退いて回避に成功。剣を捌いたゴライアスが槍斧の一撃を繰り出そうとして、左下腕から跳ねたシールドバッシュを食らって後退。アルマの死体が左上腕の剣を避け損ねて、頭から股まできれいに真っ二つにされます。死にました、という表現は死体にはふさわしくないでしょうか。
一拍遅れて飛翔呪文によって跳躍したカナンが「極大火炎呪文」と唱えました。
火球が投擲されレンクウは剣で払おうとしましたが絡みつくように青い炎がレンクウの全身を包みます。包んだ直後に、レンクウの全身から魔法力が放出。「オオオッ!」裂帛の気合と共にレンクウがその場で回転。武器を振って風を巻き込み、強靭な魔法力によって火炎を吹き飛ばしました。カナンの呪文では攻撃力がまるで足りていません。しかし盾が私の正面から逸れました。間合いを詰めた私を振り払おうと、回転の途中で水平の剣の一撃。それは盾のような面の攻撃ではなく、剣による線の攻撃です。圧縮空気の噴射で剣の軌道からわずかに上まで跳んだ私は、その勢いのままに側頭部に膝を叩きつけました。硬質な感触。蹴った膝のほうが痛い。ついでに先ほどのカナンの極大火炎呪文の熱波が、風に守られている私の防御を貫通して浅い火傷を負います。私はレンクウの肩を踏んでさらに跳躍。矛の一閃が私の影を切ります。頭を蹴られた衝撃でたたらを踏んだレンクウが半歩後退し、ぐに、死体を踏みつけました。「!」抱き縋るように両手を回した一体の死体に、地を這っていた他の死体が追随。レンクウは即座に蹴り飛ばします。私が失墜するのと同時に圧縮空気の噴射で加速させた踵を落としました。プレートブーツがレンクウの頭部を打ちますが、首が少し揺れただけ。強靭な筋肉によって衝撃がほぼほぼ吸収されてしまっています。私を見ないまま払うように振るわれた右下腕の盾を後ろに跳んで回避します。
クロノさんが中距離から指を向けます。極大邪雷呪文、に、気を取られたレンクウは足元で湧き上がった「地閃呪文」の威力に対応できませんでした。小規模な噴火が起こり、その衝撃と熱によって足をとられたレンクウが片膝を突きます。
ゴアライスが槍斧を振り下ろし、レンクウの左上腕の剣がそれを受けました。不十分な体勢では受けきれずに振りぬかれた槍斧が肩を削ります。わずかに出血。私は隙を伺いますが、やはりこちらの前面には盾。レンクウは徹底して盾で私を封じようとしている様子。火力不足を突かれて私は歯噛みします。カナンの手から爆裂呪文が三つ飛翔。大したダメージを与えられないそれを放置しようとしたレンクウの、視界を塗り潰すように三つが一気にレンクウの正面で爆発します。フィニッシャーはクロノさん、と断じたレンクウが警戒を彼女に割いている中で、スーライルが意地の悪い笑みを作りました。
「さて、そろそろボクも一枚くらいは手札を切ろうじゃないか」
スーライルがエスコートするように手を握っているのは、銀色の髪をヘアバンドで後ろに纏めている年若い女性。丈の長い黒いドレスを着ていました。顔色が悪いところを見るとやはり死体でしょう。髪に付いた死沼の泥を邪魔臭そうに払い落としていました。
「スーライルッ!?」
「貴様ぁっ!!」
なぜかクロノさんとカナンから怒号があがります。
「そうがなるなよ。別にボクがこの死体を作ったわけじゃないんだから。ねえ先生」
「おまえ弟子にとったんは、ウチの人生の中で一番の不覚やったなぁ」
気だるい口調でそう吐き捨てた彼女は手を翳し「限界突破呪文」と唱えます。
圧倒的な魔法力がその手の中に集約していきます。スーライルが周りの死体から魔法力を集めているのです。カナンが私の手を掴み、後方へと離脱。「巻き込まれるぞっ」ゴライアス氏も後退。
「限界突破・極大火炎呪文」
なりふり構わず逃げる私達の後方で白い光が閃きました。爆音。
直後に上がったのは、黒煙と土煙。小規模な茸雲でした。カナンが口を動かしていますが、何を言っているのかさっぱりわかりません。耳が聞こえませんでした。あまりにも大きな音が近くで爆ぜたので一時的に鼓膜がいかれているのです。
さすがのレンクウもこれでは一溜まりもないのではないでしょうか? そう思いながら振り返った私の視界に飛び込んできたのは、凄まじい勢いでスーライルに向けて飛来する大剣でした。死体人形が数体壁になります。が、それらを跳ね除けて貫いて、大剣がスーライルの胸に突き刺さりました。
「……あ、あれ?」
間の抜けた表情のままスーライル=エーカーが、自分の胸を見下ろして崩れ落ちます。
死にました。周りの死体人形達が、ばたばたと倒れ、ただの死体に還っていきます。
レンクウは全身が焼け焦げながら、クロノさんに向かいます。両下腕に持っていた盾が溶けて、砕けて、ぼろぼろになっていました。それを手放して疾走。クロノさんの手の中には極大邪雷呪文が構えられていますが、重い防具を捨てた分だけレンクウの突進が半歩速い。ゴライアスが横合いから槍斧を振ります。交差するようにレンクウが突き出した矛が、ゴライアスの胸を貫きました。背中から矛の先端が突き出して、血しぶきが上がります。上級魔族の一撃の前では鎧などなんの意味もなしませんでした。数度痙攣したのちにゴライアスの瞳から光が消え去ります。絶命。
「ひっ……」
「オオオッ!」
怯えた表情のクロノさんの胴体を、雄たけびと共にレンクウの剣が薙ぎ払い。
「!!?」
そのまま盛大に空振りました。ぶおん、と風を切る音。
斬られたクロノさんの体が魔法力の霧となって散っていきます。
「火炎呪文によって鼻の粘膜が焼けてれば、先のように匂いなど察知できまい?」
カナンの幻惑呪文です。
本物のクロノさんは倒れた死体に紛れて伏して中距離から、極大邪雷呪文を構えていました。死体の山から脱出した彼女が掌をレンクウに向けて突き出します。
「食らえくそ魔族」
球形の小さな魔法力の粒が無数に彼女の周りを回転。螺旋状に立ち上っていきます。彼女を磁針として膨大な電力が電離していきます。
「極大邪雷呪文」
レンクウが剣を地面に突いて後退します、が、間に合いませんでした。
紫電が視界を塗り潰します。バリバリと轟音をあげた稲妻が、地面に刺さっている剣を一瞬で融解させ、そのエネルギーの一部を地面に逃がしながらも効果範囲の内にいたレンクウを飲み込みます。強靭な魔法力に包まれていたレンクウの肉体が稲妻に撃たれて震えます。眼孔と口、耳穴から蒸気が吹き上がりました。体内の水分が沸騰しているのです。殺戮の意思を帯びた稲妻は、肉を通過して内臓に到達しレンクウの内部を焼き尽くします。
腕に握っていた矛と剣が電熱によってすべて融解していきました。
「やったか……?」
カナンが小さく呟きました。
もちろん、フラグでした。
ぴくりと動いたレンクウの瞳が、傍に落ちていた長槍を見ました。液体と化した金属が手にへばりついていまだに蒸気をあげていますが、意にも介さず槍を拾い上げます。同時に地面を蹴って突進。そのままクロノさんに迫ります。極大の魔法力を放った直後のクロノさんは苦悶の表情を浮かべて膝をついています。見れば左手の上腕から先が炭化してぼろぼろになっていました。極大邪雷呪文の反動で術者に威力が返ってきたのです。
魔王級の魔族を粉砕できるほどの呪文を、先ほどから連発しているのですから、ある意味当然でした。彼女の負担は尋常ではありません。
私は圧縮空気の噴射で宙を舞い、垂直落下。
レンクウに先回りして、クロノさんの前に立ちます。
レンクウの後方でカナンが第三の目を開きました。
「「極大旋風呪文」」
私が唱えるのと同時に、カナンが同じ呪文を唱えます。
レンクウの後方からカナンの放った風圧と魔法力が私に流れ込んできます。「ええいっ、好きなだけ持っていきたまえ」自分の攻撃力ではレンクウを止められないと断じたカナンがサポートに徹してくれました。私は笑みを浮かべました。全身に刻んだ刺青が緑色の光を放ちます。私の周囲に台風が渦を巻きます。
レンクウの巨体が迫ります。私を阻む盾はスーライルの放った炎によって消し飛んでいます。息を吸い込みます。『漠裂拳』を使うにはカナンの助力があってなお風量が足りません。だったら。
「風鳴流・怒涛野羊」
拳に圧縮空気を纏わせて、噴射によって打ち出す『風鳴流・正拳突揆』をレンクウの胸に叩き込みました。どぱぁん、と岩を殴ったような感触が右拳に残ります。拳を受けたレンクウがわずかに怯み、私は続けて左振り打ちでの正拳突揆を叩き込みます。さらに続けて右揚げ打ちでの正拳突揆。左鉤突きでの正拳突揆。右振り打ちでの正拳突揆。
正拳突揆を連打する『怒涛野羊』は、通常時の私では風圧の量が足りない技ですが、カナンの魔法力の助けがあれば……!
連打。連打連打連打連打。
『風鳴流・正拳突揆』自体が中級魔族くらいは葬ることができる大技です。『怒涛野羊』はそれのラッシュ。ですが硬い体毛と筋肉の鎧、そして強靭な魔法力に守られたレンクウの肉体にこの技はどこまで通じるのでしょうか。彼が耐え切るのか、私の風が尽きるのが先か。
いえ、この拳に伝わってくる感触から結果はわかりきっています。私の風はじきに尽きます。レンクウの肉体を削りきることができません。
敗北を悟りながらも、諦めの悪い私はがむしゃらに拳を叩きつけていました。
すると。
「……あーびっくりした」
そんな呑気な声が聞こえてきました。
心臓に剣が突き刺さったままのスーライルがなにごともなかったかのように立ち上がります。カナンが驚いて固まっています。「うそ」クロノさんが小さく零しました。胸の傷からはだらだらと黒い血が零れています。
スーライルは間違いなく死んでいました。彼の心肺機能は既に停止しています。血液が回っておらず、その状態では人間の脳は五分と待たずに壊れていきます。彼はカナンとクロノさんを見渡して小首を傾げて、次に口元を歪めて笑みの形を作りました。
「ん? どうしたんだい? 死体の親玉が元より死体だったなんて、いまどき笑い話にもならないだろ」
そう言って、スーライルは手の中に魔法力を集めます。
「んーと、極大旋風呪文、で、いいのかい?」
スーライルが呪文を唱えると、膨大な量の空気と魔法力が私に向けて吹き込みました。
「あああああああああああっ」
わけのわからない咆哮を挙げながら、私はレンクウの体を打ち続けました。
何十発叩き込んだのかわかりません。力の限り拳を叩きつけ、ついに最後の一撃を放った私はぺたんとその場に尻餅をつきました。ほんとうに、もう一片の力も残っていませんでした。
レンクウの瞳がぎろりと光り、拳を握る力さえ失った私を見下ろしました。
そして次に私の後方をみると、一言「見事だ」と零しました。レンクウの顔を紫色の光が照らします。
「極大邪雷呪文」
後方から放たれた稲妻がレンクウの肉体を捉えました。
電熱によって全身を焼かれ、内蔵と脳髄が沸騰して口や眼孔、耳穴から蒸気が上がります。それに押されるように天を向いて口を開けて、千獣王レンクウは黒焦げになって焼け死にました。




