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千獣王 12


 そして開戦の日がやってきました。

 私達とカナンは城壁の上から大地を見下ろします。

「大地が三に、魔物が七か」

 引き攣った顔のカナンが呟きました。

 ふむ、たしかに土や草木の見える土地は三割ほど。残りの七割を魔物達が埋め尽くしています。先頭はもう種類まで肉眼で捉えることができます。ウォーパンサーとそれに騎乗した獣人達。行軍速度をあわせてきたのでしょう。歩兵を伴っています。

 対して人間も兵士達を並べて陣形を組んでいますが、あの大軍を前にどれほど戦えるのは疑問符です。それも耐えるのではなく、勝たなければならないのだから大変。早々にレンクウを討って指揮系統を崩さなければどうしようもないでしょう。

「素朴な疑問なのですが、あいつらに食糧の問題はないんですか」

 人間が大軍を動かせば、同時に大量の食糧の問題が生じます。

 闘の国は各国の支援によってその問題は解決できていますが、レンクウはあれほどの軍勢をいったいどうやって維持しているのでしょう?

「忘れたのかね。これはやつらにとって戦であると同時に狩りなのだよ」

「……ああ、愚問でした。忘れてください」

 魔物は人を食べます。ここに至るまでの大小様々な村落を食い散らして、その物資を食い散らしてここまでやってきたのでしょう。そして魔物は同胞の亡骸も食べます。省エネですね。雑食ここに極まれり。

 カナンは少し考えたあとに付け足しました。

「やつらの後方、黒の大地には人間牧場があるそうだよ」

「人間牧場?」

「普通に人間が生活している。田畑を耕して穀物を作り、鎧や槍などを作る。やつらの兵站を支えている」

「ほんとですか」

「この数百年の歴史を納めてきた賢者が言うのだから、まず間違いあるまい。そこでは十五で強制的に婚姻させられるそうだ。子を産むためにな」

 カナンは自分の額を指先で軽く叩きました。

 歴代の賢者の記憶の断片ですか。

「そこでは男は四十を過ぎたら。女は五人の子を産めば廃人されて魔物の食料に回される。代わりに子らは金品と名誉を受け取り、親の田畑を引き継ぐ。まあ先ず間違いなく、レンクウの兵站を支えているのは彼らだろう」

「歴代の勇者はその地を救わなかったのですか」

「救えなかったのだよ。あまりに奥地であるのと同時にその地の守護を請け負う魔族の軍勢があまりに強力だから。救おうと挑んで時の勇者と賢者は敗北した」

「誰なんですか?」

「“死を呼ぶ呪文”サビロ」

「……またその名前ですか」

「まあ兵站も問題でいえば、魔物の生育環境というのは自然に近いものだ。野菜や果実などは充実しているし困ってはいないだろうな。もしかしたら我々の糧食よりも遥かにいいものを食べているのではないかね。あっはっは」

「許せませんね」

「ああ」

「美味しいものを食べながら戦争って、なんて贅沢な!」

「……そこかね?」

 下からやる気のない歩調で階段を登ってくる男がいました。

 痩身を着せられた鎧で膨らませているのは、スーライルです。まつげに目脂がついています。どうやらさっきまで寝ていたようです。

「遅い出勤だな?」

「叩き起こされたんだ。どーせボクの出番はまだ先だから、寝てたほうが建設的なのに」

「いや、貴様の出番は思った以上に早いかもしれんぞ」

 カナンは魔物達の軍勢を指差しました。

 スーライルはそれを一瞥して「興味ないよ。一日経ったら起こして」と、またやる気のない歩調で階段を下っていきます。「あー似合わない似合わない」と言って、鎧のパーツを階段の途中に投げ捨てて行きます。あわてて他の兵士が拾い集めます。

 ……スーライルはこの国が滅んでも自分だけは生き残ると思っていそうですね。

 事実そうなのかもしれませんが。

 ちなみにクロノさんは下で魔物達を迎え撃つ準備をしています。ゴライアス氏も下が担当。私も下に行きたいなぁ。うずうずします。なにせこの二週間、一匹も魔物を殺していないのです。うずうずうずうず。

「きみ、なにかろくでもないことを考えていないか」

「え、いえ、全然そんなことありませんよ?」

「人間が本当の全力で動ける時間というのは十五分もないのだよ。その十五分を過ぎてパフォーマンスを落とした状態で集中を維持できるのがおおよそ一時間といわれている。その先はろくに動けなくなる」

「はい?」

「我々の一時間はレンクウの撃破に当てる。そう取り決めたな?」

「決めましたね」

「わかっているならばいいが」

 そんなこと言われてもなぁ。

 私は再び魔物の軍勢を見ました。大地を黒く染める異貌の者共。拳の国を滅ぼした我が仇敵。“千獣王”レンクウの手下共。

 あんなの目にすれば嫌でもやる気でちゃうじゃないですか。

「……止まった」

「!」

 一定の間隔でゆっくりと距離を詰め続けてきたレンクウの軍勢が、ぴたりと制止しました。突撃前の小休止です。

「はじまるぞ」


 地鳴り。咆哮。大地が震えました。

 土煙を上げながら猛烈な勢いで魔物達が進軍してきます。

 先鋒は鉄騎兵。ウォーパンサーと上に乗る獣人共に槍と鎧で武装しています。

「……意外なものをみたな」

「はい?」

 カナンが私の顔を覗きこみ、手を伸ばして頬に触れました。

 撫でるように首の後ろに手を回します。

「きみ、いま自分がどんな顔をしているのかわかってるのかね」

「どんな顔、してますか」

「ひどく怯えているよ」

 そうですか。ああ、震えていたのは大地だけではなかったのですね。私自身の体が、四肢を食いちぎられたあの感触を。開かれて内臓を晒した父母の姿を。助けを求めて手を伸ばしたロバートの姿を。すべてを覚えていて恐怖に震えていたのでした。

「大丈夫、きみは死なない」

「どうして」

「わたしが守るからだ。この賢者カナンのすべての術にかけて、きみを死なせない」

 私を安堵させるように微笑んでそんなことを言うのです。

「……ふふ」

 不思議と笑みがこみ上げてきました。

 だっておかしかったんです。私はとっくに私の命を諦めていたのに。渾身の力を叩きつけて魔物の屍の積み上げ、その上で死ねたらそれで本望だと思っていたのに。どうして赤の他人の彼が私の命を惜しんでいるのでしょう。私でさえ諦めた私のことを。

「殺そう。姉さま」

 ロバートの声が耳元で囁きます。

 凍えるような震えは消えて、燃え盛る私の炎が帰ってきました。

「ええ、殺しましょう。ロバート」

「……ヨヨ?」

 下では魔物の第一波が雪崩れ込んできていました。ウォーパンサーの群れとそれに騎乗した獣人達。対する兵士達は横隊を敷き、4メルトルほどもある長槍の先を魔物達に向けて地面に突き立てて槍蓑を組んでいました。逆の手には大盾。パンサー達は後方からの圧力に押されるようにそのまま突撃。自ら槍に向けて突っ込んで串刺しになっていきます。そうならなかった者も盾に阻まれて進撃を止めざるを得ません。

 パイクと呼ばれる対騎兵用の槍。そして密集陣形によってパイクを活用すれば騎兵の突撃衝力を大いに減殺することができます。長槍兵は敵の刺さった重い槍を捨て、後方から別の槍を受け取ってまた掲げます。串刺しにされたパンサー達の群れを、第二陣が踏み越えて食いかかりました。幾らかが再び串刺しにされましたが、交代の間に合わなかったほかの幾らかが敵に食い破られます。パンサーをやられて投げ出された獣人達が、幾らかは体勢を崩しているうちに突き殺されましたが残り幾らかが襲い掛かっていきます。さらにそこへ敵の歩兵が追いついてきて、戦闘は乱戦へと移行。

 どうでもいいですがこちらが騎兵を用いないのは、騎乗するための馬がウォーパンサーを恐れて統制が取れなくなるからだそうです。

 レンクウの鳥兵達が空を黒く染めます。空中から急降下しようとしたそれらは、しかし矢に射抜かれて止まりました。人間の陣地から雨霰と弓矢が飛んできます。地上の獣人兵は盾を掲げて、あるいは纏った鎧兜の防御力に任せて弓矢を無力化できますが、飛行するために重い防具を身に着けることができない鳥兵達はばたばたと射抜かれて墜落していきます。

 鳥兵を弓矢で封じることができるならば、やはり勝負の鍵は地上戦でしょう。

 そして地上の兵隊達は奮戦しています。第二陣の構えた槍が第一陣の隙間を埋めて、敵を易々とは通しません。原始的なファランクスですが現在のところは非常に有効な模様。

 ですが現代戦闘において、密集陣形は基本的に悪型です。

 なぜなら、呪文攻撃を防ぐ手段に乏しいから。

 敵が最初に騎兵突撃を選んできたため、こちらの用意の戦型が刺さりましたが、歩兵が追いついてくれば。

 ドラの音と同時に敵騎兵が左右に分かれて散開します。敵の前面に露になったのは不気味な仮面を身に着けた獣人達。「火炎呪文」「火炎呪文」「火炎呪文」密集陣形に火がつきました。ばたばたと人間が焼け死んでいきます。炎の隙間から染み出るように突撃した人の歩兵が突撃を敢行し、敵の魔法兵が下がって武器を持った別の獣人達が応じます。

「……そろそろか」

 カナンが呟きました。

 まるでそれを合図にしたかのように城壁の上に吊るされた鐘の音が響きます。

「限界突破呪文」

 もちろん私には聞こえていませんでしたが、前衛の部隊の後方に位置する部隊の中にいたクロノさんが呟きました。それは呪文ごとに定められている威力の上限を撤廃する呪文だそうです。例えば本来はどれだけ魔法力を注いでも極大火炎呪文は「極大火炎呪文の限界」以上の威力にはならないのですが、魔法陣に補助式としてこの限界突破呪文を書き加えることができればその破壊力は極大火炎呪文を超えることができるんだとか。

 その場にいた魔法使い達が一斉にクロノさんに魔法力を譲渡します。カナンの元にも導線呪文と彼女が呼んでいた魔法力の糸があり、それを使ってカナンもまた魔法力を譲渡。

「限界突破・極大地閃呪文」

 数百人の魔法使いが一斉に魔法力を出し合ってそれを束ねた極大の呪文が、敵地の足元で炸裂しました。横列に深く亀裂が走り、地面が吹っ飛びました。天高くマグマが舞い上がり、魔物達の頭上へと降り注ぎます。地中深くから沸き上がってきた摂氏800度を超える溶岩の川が魔物の陣を横断。敵前衛は後衛と切り離されて孤立。後衛の被害も甚大のようです。装備に火がついて燃え盛っています。魔物達が右往左往しています。

 この限界突破・極大地閃呪文はクロノさんがこの二週間の間に練り続けていた切り札でした。

 設置型の魔法陣を作って地中深くまで通さなければ成立しないため、一発限り。

 しかしその威力は絶大です。

 孤立した敵前衛をこちらの歩兵が切り裂いていきます。後方が溶岩の川、そして一時的に数で勝利しているので横からも包むように歩兵が雪崩れ込みます。擬似的な包囲。

 敵の魔法兵が氷刃呪文でマグマを冷却していきますが、敵前衛の殲滅はそれよりも早そうです。

一台の戦車がまだ冷え切っていない溶岩の川の上を駆け抜けました。

 戦車を引くパンサーは足が灼かれ、火達磨になりながらも渡河を完遂。鎮座していた大男が戦車に備えてあった矛を引き抜いて、立ち上がりました。後方には、空を駆ける複数の馬とそれに乗った獣人達が溶岩の川を越えてきます。天馬と呼ばれる希少な種族です。獣人が掲げた大盾と馬が身に着けている鎧によって、人側の後方から放たれた弓矢の雨を凌いできます。拳の国の時にはいなかった部隊です。多分あれに対する備えは人間の部隊の方にはないはず。

 戦線に到達した大男が矛を振りました。その一閃は盾や鎧の上から人の兵隊を切り裂いて、たった一振りで数多の人の首が宙を舞います。横合いから何人かの歩兵が挑み、槍を突き立てましたが、信じがたいことに鎧も身に着けていないのに魔法力に満ちた硬い体毛と皮膚を前に槍の穂先が通りません。そして返し刃に放たれた矛の一撃は虫でも払うように簡単に複数の人間の命を終わらせていきます。

 千獣王レンクウ!!!

 天馬が空から強襲。兵士達は長槍で対応しようとしますが、からかうように槍をかわし、回り込んで再びの強襲。空からの攻撃に歩兵では対抗できずにばたばたと殺されていきます。

「まさか、こんなに早く出てくるとは」

 カナンが口元に手をあてて何かを考えています。

 私は城壁の端に足を掛けました。

「ちょっと行ってきますね」

 笑顔で告げました。

「待っ……」

 カナンが私を掴もうと手を伸ばしましたが、届きませんでした。大丈夫、もう恐くありません。あなたが私を守ると言ってくれましたから。例えそれが現実のものにならなくても、その言葉と温もりは勇気をくれました。

「あれがレンクウだよ。姉さま。あれだけはなんとしても殺さなきゃ」

「はい、行きましょう」

 私は現実のカナンの手を振り捨てて、幻想のロバートの手を取りました。

 私の体は城壁の上から落下して行き、途中で圧縮空気を噴射。落下の方向を垂直から水平へと変換します。戦場に向けて私は落ちていきます。間断なく放たれる弓矢を纏った風圧で逸らしながら戦場の上空に到達。加速した勢いのままに天馬を蹴り飛ばします。私の襲来を予期していなかった馬と騎兵が蹴り落とされて、地上の兵士達に突かれて死にます。

 レンクウに挑みかかりたいところですが、この駄馬達が邪魔ですね。上から割り込まれてはたまりません。先に掃除する必要があります。私は旋風呪文で圧縮空気を溜め込み、跳躍。天馬が空を疾走してこちらに向けて突進してきます。獣人が槍を向けて私を串刺しにしようと構えます。私は圧縮空気を踏んで足場にして、足を振り上げ、踵を振り下ろしました。槍の穂先が蹴り落とされて、獣人は槍を取り落とします。馬の頭を踏んで飛び越し、膝を獣人に向けて突き出しました。向こうからこちらに突っ込んできて、獣人が頭をぶつけてそのまま転落していきます。私は跳び越えた馬の尾を掴んで、圧縮空気を逆噴射。勢いの死んだ天馬の首を脇に挟んで、体ごと真横に回転。首の骨を折りました。手を離すと首の折れた馬が落下。

(天馬は魔物の中でも希少種、それほど数は多くないはず……)

 多くないといっても100頭はいました。

 そして制空権を取り戻さんとして私に狙いを定めています。

 不意に一頭の馬とそれに乗る獣人に向けて紫色の細い光が飛びました。一瞬遅れて空気の裂ける轟音が響きます。クロノさんの邪雷呪文。さらに一拍遅れて、魔法使い達が空に爆裂呪文や火炎呪文を放ちます。天馬の群れが避けようと旋回しながら上昇していきますが、避けた先にもまた呪文の嵐。堪らずに後退していきます。私は地上に降りて呪文の嵐を避けます。

 地面に足がついた途端に疲労を自覚して膝をつきました。

 私程度の魔法力ではずっと旋風呪文を維持し続ける空中戦は厳しいのです。それを隙と見た獣人が槍を突き出しますが、私は真横にステップして槍をかわし、柄を両手で掴んで自分の腰に押し当てかわした勢いのままに真横に振り切りました。梃子の原理で獣人の手から槍が捥ぎ取れます。そのまま石突きで喉を突きます。口から喉奥を突き抜けて脊椎を貫通して獣人が絶命。槍術はそれほど得意ではないのですが、乱戦では武器があったほうがましでしょうか。

 数匹の魔物を突き殺したあたりで、クロノさんを見つけて駆け寄ります。接近していた一頭の獣人の頭を穂先でぶち抜きます。脳漿をぶちまけて獣人が絶命。

「魔法兵は後衛でしょう? 前線に近づいていいんですか」

「よくないです」

 汗を拭いながらクロノさんが天空に向けて呪文を放ちます。紫電に焼かれて天騎兵が絶命。他の魔法使いが放つ呪文は撃ち落すことはできても絶命させるには至っていません。クロノさんの邪雷呪文は素晴らしい破壊力でした。

「けどあの天馬はなんとかしないと前衛が壊滅します」

 たしかに空からやってきてそのたびに陣形を切り裂かれてはたまったものじゃありません。鐘の音が連続して打ち鳴らされました。撤退の合図です。前線にレンクウが出張ってきたこと。天馬兵の出現で戦況を乱されて。幾らかの時が経って溶岩の川が冷却されきったことで敵の部隊は息を吹き返してきています。

 ここらが潮時といったところでしょうか。

 こちらの兵士達がジリジリと退いていきますが、魔物の兵達は追ってはきませんでした。どうやらあちらも前衛を立て直すことを優先した模様。レンクウが最前列にたって威圧しているものの、そのレンクウも矛を担いで攻撃の姿勢を示していません。

 ……まあ私には関係ないですが。

 前に出ようとしたところを、ぐい、とクロノさんに手を掴まれました。

「なんですか?」

「撤退しますよ」

「いえ、ちょっと行ってきます。あいつぶちのめさないと」

 そうだよ姉さま。あれは絶対殺さないと。

「ほら。ロバートもこう言ってますから」

「ロバート……? 上級魔族級には一人で挑んでも勝てっこないですよ」

「大丈夫です。気にしないでください」

「聞き分けのない子はこうです」

 ばちい。と音がして急に視界が暗転しました。

 威力調整された邪雷呪文を打ち込まれたのだと気づいたのは、目を覚ましてからのことでした。




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