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千獣王 8


 夜になりました。

「それじゃあはじめよう。カナン、がんばってね! きみの働きにすべてがかかってる! ぶっちゃけ失敗したら知らん振りを決め込んで君だけ死刑台に送るつもりでいるけどそうならないように応援してるよ!」

「口を閉じていろ……士気が下がる」

「スーライル、さすがに自重してください」

 カナンを送り出しました。彼とクロノさんは闘技場に侵入。魔物を連れ出します。

「さて、ボクらも行こうか」

「改めて聞きますが、我々は何をしにいくんです?」

「もちろん魔物退治だよ。順を追って話そう。歩きながらでいいよね」

 先導して歩き出したスーライルの背中を追います。

「王族の一部と軍隊の上のほうが国外脱出を計った話はしたよね? そういう話があれば先ずゴライアスに声が掛からなければおかしいんだ。彼は運がよければレンクウの包囲を突破できる可能性のあるくらいの実力者で、脱走を企てるなら護衛として連れて行かないのは不自然だ。けど彼のところにはそういった話はこなかったそうだ。どうして? 誰かが意図的に止めていたからさ」

「はぁ」

「それを唆したやつがいるわけだよ。その目的は何か? 先ず軍隊の大将がいなくなれば指揮系統が混乱するよね。幸いにしてゴライアスはそのあたりを上手く纏めているみたいだけど。万が一の確率でレンクウの要求を呑もう! なんて案が出てきたときに大将さんが後押しすれば鶴の一声で通ってしまうかもしれない。そいつの目的はおそらくレンクウと我々の全面衝突だ」

「……」

 話がよくわからなくなってきました。

「で、レンクウと我々が衝突して得をするのは誰だろう? 先ず人間じゃないだろうね。だって我々がレンクウに敗北すれば、次に狙われるのは自分の国かもしれないんだから。闘の国にはなるべく長く持ちこたえて貰わないと彼らは困ってしまう。というわけでそいつは魔族だ。人間を操って影に潜み命令を聞かせている『潜伏型』か、人間を殺してその姿だけを変身呪文で借りて成り代わっている『変化型』かはわからないけれど、ともかく人間の姿を借りて我々の社会に溶け込んでいるわけだ」

「そ、そうなんですか」

「と、ゴライアスは最初そんな風に考えてボクに接触してきたんだ。“魔法力に触れる”能力を持っているボクなら内通者の存在を炙りだせるんじゃないか? ってね」

 ひゅう、とへたくそな口笛を吹きます。

「では内通者はどんなやつだろう? きっとレンクウの手勢ではないね。レンクウはほんとうに無傷で闘技場に囚われた魔物達を取り戻したいんだろう。包囲を狭めていかないのも先制攻撃をかけないのもそのためだ。戦争になれば闘技場の中の魔物は内応を恐れて殺処分されるだろうからね。レンクウは可能ならば交渉を成立させたい。交渉の頓挫が目的ならばそれはおそらくは別の魔族の思惑。例えばそうだね。レンクウとは仲が悪いヴィストの配下」

 件の街路にたどり着きました。

「ゴライアスが指揮権を得てしまい、闘技場の警備を薄くすると言い出した。しかもこれみよがしに得体の知れないスーライルを呼び止めた。なにかが起こりそうだ。けれど指揮権はゴライアスが握っていて、まともに兵を動かせない。だったら自分で出向くくらいしかないよね」

 夜の帳の中に金髪碧眼の若い男が立っています。

「君がここにいるのはそんなところかな、ロッド=キャネル参謀長」

「……スーライル=エーカー?」

 きょとんとした顔でスーライルを見ます。

 なんというか、惚けた顔でした。

これがほんとうに軍を欺いて長期間潜伏していた魔族の顔ですか?

「いえ、違うんです。あの、私は」

「言い訳は無駄だよ。さっきも言ったけどボクは魔法力に触れることができる。昼間のうちに君が魔族だってのは見通してる。闘技場の魔物たちを国外に脱出させるならこのルートを使うと思って待ち伏せしていたんだろう? 残念、彼には迂回するように伝えてある」

「スーライルさん、聞いてください」

 違和感があります。

 なにかおかしい気がしました。私は周囲を見渡します。

「いまさら何を聞けって? いいよ、言ってみなよ」

 彼はきょとんとした顔のまま、

「あの、私はいったいどうしてここにいるのですか」

と、言いました。「!」言い終わらないうちに屋根の上から剣を抜いた黒い影が飛来。私はスーライルを掴んで圧縮空気を噴射し、彼ごと横転して剣を回避。そのまま転がって向かいの壁に激突します。背中が痛い。警戒を切ってなかったので一応反応できましたが、切っ先が腕を掠めています。二の腕が浅く切り裂かれて血が流れます。

「虚をついたつもりだったのだが、かわしたか。見事だ」

 浅黒い肌の人型、雄の魔族が低い声で言いました。

「いやあ、危なかった。ありがとうヨヨさん。助けてもらわなかったらクビ飛んでたかもね、いまの」

 スーライルは呑気な声を出します。

 もう少し危機感を持って欲しいものです。

「潜伏型だね。ボクらが来たのに気づいて彼の影から抜け出したのか。迂闊だったよ」

「お喋りな男だ」

「お喋りついでだ。きみの名前を教えてくれよ。ちなみにぼくはスーライル=エーカーだ。栄えあるヒフミンファンクラブの会員第一号」

 呆れながら魔族が剣を構えます。

 私が前に出ます。敵はおそらく中級魔族クラス。スーライルと連携が取れればなんとかなる相手だと思います。

「ああ、いいよ。ヨヨさん。もう終わったから」

「え」

 ざくん。魔族の体から剣が突き出ました。槍が。弓矢が。無数の武器が彼の体を引き裂きます。魔族の背後の夜闇の中にさきほどまではあきらかになかったはずのたくさんの人間の気配。それらが執拗に、念入りにその魔族の体を切り裂いていきます。

「ご苦労さま」

 魔族の絶命を確認してそれらの気配が一斉に崩れて、消えていきました。

 呪文、のはずです。ですが、いまのはいったいなんだったのでしょう?

「さて、ボクらの仕事はおしまい。帰って寝ようか。カナンのやつ、ちゃんとやってるかなぁ」

「ところで彼、どうするんですか」

「ん?」

 事情が飲み込めていないロッドさんとやらが突然の事態を前にフリーズしていました。

 どうやら「潜伏先」とされていた期間のことを何も覚えていない模様。

「魔物を脱出させることとか、聞かれたらまずいんですよね?」

「……あー」

 スーライルの視線が宙を泳ぎます。まったく考えなしで喋ってたんですね。

「ええと、その、とりあえず一緒に来てもらおうか」




 私とスーライルは、ロッドさんを連れて万魔殿に引き上げてきました。

 カナンのほうはどうなったのでしょう? うまくいっていればいいのですが。

「あっちが心配?」

「ええ、まあ」

「大丈夫だよ。あいつは賢者なんだぜ」

「それってそんなに重要なことなのですか」

「あいつの中には最初の賢者の誕生から五百年間ずーっと蓄積されてきた呪文のノウハウが継承されている。それってどういうことかわかるかい?」

「どういうことなんです?」

「無敵だよ。使いこなせれば、だけどね」

 カナンはその力を使いこなせているのでしょうか? 私はこれまでの戦いを思い出します。…………控えめに言って、まったく使いこなせてはいないと思います。

“パーティを二度壊滅させたことがある”

 と、カナンは苦々しげに言っていました。彼がほんとうに無敵の賢者ならばそんなことは起こり得なかったでしょう。また私とカナンは二体の上級魔族を撃破していますが、そのどちらにもカナン単独では勝てなかったと思います。

 呑気なスーライル。

「どうでもいいですが、カナンが本当に死刑台に登ることになれば私はあなたを殺しますよ」

「なんだって! それは大変だ! やめときなよ、ヨヨさん。命は大事にしなきゃいけないよ。あんなやつのために棒に振る必要はない」

「……はい?」

「100%返り討ちにあうから、絶対にボクと戦っちゃいけないよ。いいね?」

 至って真面目な顔でスーライルは力説します。恐るべき自信家でした。

強襲と奇襲の能力に優れた武闘家をまったく恐れていない、というのは魔法使いとしてはある種、異様なことです。魔法陣を作り、呪文を発動させる、というプロセスを辿る以上、魔法使いの攻撃は武闘家などの生身の攻撃手段よりも速度で劣るからです。彼自身、先ほども魔族の奇襲によってクビを飛ばされかけていました。重装備に身を包んだ戦士ならばともかく、武闘家や盗賊は魔法使いの天敵なはずです。

 スーライルがただの自信過剰のバカでなければいいのですが。

魔法使いの中には時々そういうやつがいます。強力な呪文が使えることを鼻にかけて、その実、戦いになると腰が引けていてまるで使い物にならない輩。まあ先ほどの魔族を倒した手並みを見れば、少なくともそうした輩とは一線を画することはわかりますが。

…………

「まあ君はカナンを過小評価してるってことさ。あいつは無事に帰ってくるよ」

 果たしてそうなのでしょうか?



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