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千獣王 7


 スーライルはゴライアスと共に王城に登庁した。

 跳ね橋が下ろされて堀を越え、門の内に入る。後方で跳ね橋の上がる音を聞きながら階段を上がって、廊下を歩く。不意に廊下にかけられている姿見に映る自分の姿を見て、スーライルは「うへえ……」と呻いた。慣れない正装に見事に着られている。白髪にスーツが絶望的に似合っていない。

「少しはまともにしていろ」

「それはボクに死ねって言ってるのかい。ボクは悪ふざけの産物で生まれてきた男だよ」

「というか貴様、王城に登るのははじめてではあるまい?」

「六回目だったかな。嫌いなもんは嫌いなんだよ。なにがおもしろくて華のない中年や壮年の男がむさい顔して相手の顔を睨み付けないといけないのさ。華を飾ろうよ、華を。ああ、せめてクロノちゃんを連れてくればよかった。ヒフミンがいればどんな場所でも天国なのに」

「なぜ貴様のようなやつが万魔殿の代表なのか、理解に苦しむな」

「暗殺対策だよ。うちは魔法使いの利益を守るための互助団体だからね。魔法使いの利益を損ねたい連中、例えば戦争の直前で国益を優先して徴兵をかけたい闘の国なんかは等しくうちが邪魔なのさ。で、代表のクビを挿げ替えれば今より与しやすくなると思っている連中は多い。実際ボクは何人か返り討ちにしてるし、歴代の何人かは暗殺で死んでるよ」

「……」

「だから近年の万魔殿の代表はみんな武闘派なのさ。あーあ。つまんないね」

 スーライルがあくびをする。

 あくびのついでに「そういえば例の脱走話って将軍のところにはきたのかい?」と尋ねた。

「いや、俺には声がかかっていない」

「もしきてたら君はどうしてたんだろうね。たしか王族の一部も脱走者に含まれてたんでしょ? 奴隷根性――失礼、忠誠心から護衛についたりしたのかい?」

「……あまり考えたくはないな」

「なるほど」

 ゴライアス会議室のドアを叩いた。無駄に広い一室の中に高級官僚たちがずらりと並んで座っている。

「お連れしました」

「『万民のための魔法精霊殿』の代表を務めているスーライル=エーカーです」

 簡単な挨拶を交わしてゴライアスがスーライルに椅子を勧め、自分も席につく。

 少し遅れてもう何人かが入ってきて、席が埋まっていく。

「はじめましょうか。ロッド=キャネル参謀長」

「はい」

 議長らしき壮年の男性の指名を受けて、金髪碧眼の若い男が立ち上がった。

(どうだ)

 ゴライアスが小声で尋ねた。

 スーライルが指先を伸ばした。何もない空中でなにかに触れるような動作をする。

(あっちはシロ)

 事務的に答え、手を引いた。

 スーライルは他人の魔法力に触れることができる。近距離であれば発動前の魔法陣を握り潰して破壊することすら可能だ。また魔法力に触れたときの感触は人によって異なる。上位の魔法使いの魔法力であればスーライルは硬くて熱いと感じる。魔法使いでない人間の魔法力はやわらかくて常温に近い。逆に魔物の魔法力は粘りを持っていて冷たい。

「ご存知の通り、現在わが国は四方を魔王軍の千獣兵団に包囲されております。大将以下主席幕僚が状況を打破しようと諸国に援軍を求めるため、勇敢にも少数精鋭で国外脱出を計り」

(ん? たしか逃げただけだよね?)

(方便だ。そして黙っていろ)

「今朝方この姿でわが国に送り届けられました」

 脇に控えていた兵士が包みを差し出し、ロッドがそれを受け取る。

 包みを解くと、そこからは幾つかの生首が転がった。悲鳴が挙がる。

 ゴライアスは複雑な目でそれを見つめる。ロッドが生首たちを閉じて包みを直し、兵士に預けて下がらせる。

「抗戦しかありえないな」

「例の要求は」

「魔族が契約を守るものか」

 ざわつく中でスーライルが逆側に手を伸ばす。

 口から吐き出されて言葉と同時に散っていく魔法力に触れる。

(こっちもシロ)

「……」

「しかしレンクウの軍勢と全面衝突すれば一溜まりもないのでは」

「勇武の国と謡われた闘の国がその真価を見せずしてどうする?」

「ですが鉄の国も拳の国もやつらの軍勢によって。我々の戦力があの二国に勝るとでも」

「劣るというのかね。この敗北主義者め」

「なんですと」

 ロッドが鋭い声で「ゴライアス中将はどうお考えですか?」と言った。

「……レンクウの要求を呑むことはできない。魔族との交渉のテーブルについてしまえば他の国々から不審を呼ぶ。またレンクウは闘技場の経営者であるアレキサンドラ氏とその一族の身柄を要求している。咎なき一般人を魔族に売り渡せば我々は民からも見放されるだろう」

 アレキサンドラの身柄要求についてはヨヨの前では意図的に伏せていた。

 闘技場の経営で莫大な利益を得た人物で、闘の国の最大の高額納税者だ。犯罪者ギルドと繋がりを持っていて裏で魔物の卵を売りさばいているなど、黒い噂の絶えない人物でこそある。が、本来は一族揃って魔物に売り渡されるほどの悪人ではない。

「その通りだ」

「魔族との交渉など馬鹿げている」

 ゴライアスに賛同と賞賛の声があがる。

「ではいかにしてレンクウの軍勢を打ち破るべきか?」

「正面から会敵すれば我々は先ず敗北するだろう。城壁近くに陣を張り膠着状態に持ち込み、他国からの援軍を待つほかない。万魔殿の協力により通信呪文による援軍要請を行った。どこまで応じてくれるかは不明だが」

 出席者の大半が頷いている中で「まあ無理でしょうね」とスーライルがあっさりと言った。

「中央諸国はまだ通信呪文を重視していない。王様の勅命状を持った正規の使者も送らずに、見返りも書面にされないに口約束となれば、どこも軍を送ってくれないでしょう」

 まさに八方塞りってやつだ! 楽しいね! ひゅうっ!

 と、いつもの調子で口笛を吹きかけて、なんとか自重する。会議って難しいなぁといたって真面目にスーライルは思う。

「代案はあるのかね」

「ありませんよ。だって他国の救援要請に対して皆様もそうして援軍を送らなかったでしょう? 鉄の国が侵略されたとき、同じように彼らは包囲されて瞬間移動呪文の妨害にあいました。そして同じように万魔殿の魔法使いが我々に通信呪文で援軍を求めてた。我々はそのことについてこちらに上奏にあがった。しかし皆さんは報酬が書面で約束されていないのでは援軍を送る利点はない、とそれを破却なされた。もしもこの国で同じことが起これば皆様がどうされるのだろう? と、私はそのときからずっと考えていました。そして今回そういった状況に陥りました。私はみなさまの手並みを拝見させていただこうと思います。大国、闘の国の重鎮たる方々ですから、それは素晴らしいものが見れるのでしょうね。いやぁ、楽しみです」

 言い過ぎたかな、とちらりと周囲の反応を見渡す。

 スーライルは自分が怒っていることにようやく気づいた。鉄の国に赴任していたウルゼンはスーライルの兄弟子に当たる。そのときから行方がわからなくなっている。おそらくは鉄の国の滅亡と同時に死んでいる。

 もちろん闘の国の判断は正しい。軍を動かすにはバカにならない資金がかかる。命が消える。見返りの保証が充分でなければ動かすべきではない。いまのような状況にならないためには、もっと国と国との連携を密にしなければならなかった。

 そうできなかった原因というのが他ならぬ「勇者」と「勇者のパーティ」にあるのだから馬鹿げている。あの超人達は救援の要請があればどこにでも飛んでいって魔物達を蹴散らした。それでいて見返りはたった四人のパーティが旅を続けられる程度の資金でよかった。彼らはささやかな宴を開けば喜んだ。煩わしい政争を持ち込むこともなかった。

各国は自国の防衛のためだけに軍を持っているだけでよかったのだ。他国の軍隊に頼る必要はなく、また他国に軍隊を出陣させる必要もなかった。もしも最初から勇者がいなければこんな状況には陥っていないだろう。勇者が死んだから。

 ま、ひどい責任転嫁だけどね。

 一人ごちる。スーライルに対する批判で周囲が騒がしかったが全然何も聞いていなかった。

 ゴライアスが「外門の警備を強化しましょう」と言った。

「夜間に配置しているコロシアム内部の兵士を一部減らし、外門に割り当てます。いまは内部よりもレンクウの動きを察知することのほうが重要です」

 一部反対の声もあったが概ねゴライアスの案が通る。生首になって転がっている実力者達がいないいまとなっては彼に対抗できるものはいなかった。

スーライルが「クロ」と呟いた。

 粘りのある冷たい魔法力の感触がスーライルの指先に残っていた。

(誰だ)

(ロッド氏だ)

(「潜伏」か「変化」か?)

(そこまではわかんない。ボクの侵蝕はヒフミンの魂視ほど便利じゃないからね)

 そのほかにはほとんどなにも決まらないまま会議の時間が過ぎていった。




 閉会のあと、さっさと帰ろうとしたスーライルをゴライアスが呼び止める。

「お前にこの国を救いたいという心はあるのか?」

 少し考えたあとでスーライルは「あるよ」と答えた。

「それはなぜだ」

「万魔殿のベースがあるから。わざわざ他の国に移設するのは面倒だ。手続きやらなにやらだけでやたらと日数をかけたがるんだよね。これだから無能って嫌いだよ。ああ、そうだ。蓄積されてる資料なんかの移送も難しいだろうし、作り直さなくちゃいけないのは面倒くさいなぁ。そういうの考えただけでもうんざりするよ」

 それはもちろんゴライアスの期待していたような答えではなかった。

 人が死んでしまうから。愛国心があるから。魔族が憎いから。

 そういった人間として当然の感情よりも手続きが煩雑だからという理由を優先してしまえる男。そして魔王下七武衆の最大級の魔物であり、数多の国々を滅ぼし人界への最大の脅威と謡われるレンクウを前にして自分が死なないことを当然だと考えている異端の魔法使い。

 こんな男に賭けなければならないところまできてしまったのか、とゴライアスは嘆く。

 これは毒薬だ。飲み干せば肺腑まで焼け爛れて腐り落ちる。

 飲まなければ? 獅子の顎が皮膚を食い破り、虫たちが臓腑を食い荒らす。

「お前の案を採用する。秘密裏にレンクウの条件を呑む。闘技場の魔物を運び出しレンクウの元へ移送する。アレキサンドラ氏とその一族の身柄をレンクウに引き渡す」

「そうでなくっちゃ。物分りがいいね将軍」

 ひゅう、とスーライルはへたくそな口笛を吹いた。



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