千獣王 6
カナンが逃走ルートの下見に出かけて、スーライルがゴライアス氏に呼ばれて出て行きました。私は「絶対安静」と言われて、見張りを兼ねて黙々と仕事をしているクロノさんとお留守番。
「ねえ、話しかけてもいいですか」
声をかけると視線は書類の山から移さずに「どうぞ」と、事務的な声が返ってきました。
「カナンのことが好きなんですか」
ぶふっ、とクロノさんが噴き出しました。「わわっ」積み上げた書類の山が崩れて大惨事になりそうだったので旋風呪文を使って風を操り、元の通りに積み上げます。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
クロノさんが仕事に戻ろうとしたので「で、好きなんですか」と尋ねてみました。
顔を真っ赤にしてプルプルと震えています。
「ああああたしがどうしてあんなグズでノロマでエラそうでイヤミなやつをっ!」
「好きなんですね」
「あんなやつあたしより魔法力低いし講義中もうつらうつらしてて真面目に聞いてなくてノート写させろだとかアホなことばっかり言うしっ!」
「そんなところでも好きなんですか」
「………ぅぅぅ」
赤くなって俯いてしまいました。
それから涙目でこっちを睨みつけます。
「あたしそんなにわかりやすいですか」
ふと思いましたがもしかして単に目つきが悪いから睨みつけているように感じるだけなのでしょうか?
「なんとなくですけど、そうなのかなって」
カナンに対する動作がいちいち照れ隠しじみているんですよね、この子。
かわいいなぁ。食べちゃいたい。
「そういうあなたはどうなのですか。あれと一緒にいたんですよね」
「私? 私ですか」
カナンに対して恋愛感情があるのかどうか。
……うーん。ないですね。
私は彼を便利な呪文砲台と治癒装置だと思っている節があります。
単独では魔族に劣る私の戦闘能力を引き上げることができる、便利なスペシャルアイテム。
しかしさすがに彼のことが好きだという女性の前で、その率直な感想を打ち明けるのは気が引けました。
「頼もしいとは思いますよ」
と、ぼかして伝えてみます。
「む」
こちらを見る視線の中になんだか微妙な敵意を感じます。
もしや恋敵認定をされてしまったのでしょうか。
「少なくともカナンはあなたに心を許しているように思えました」
「境遇に同情しているんだと思います」
亡国の姫君。
家族と故郷を魔物に奪われた哀れな女。
同情を引くにはそこそこ充分な肩書きです。
そして彼もまた私のことを便利な盾だと思っている節があります。盾が壊れないように気は使いますが、それ以上の感情は持っていないでしょう。
「拳の国のお姫様なんですよね?」
「はい。といっても継承権は無きに等しいし、気ままなものでした。修行に出されたぐらいですし」
「花嫁、修行?」
「いえ、ガチなやつです。十五代目カザナギ=フウメイという方に弟子入りして拳術を教わりました」
「フウメイというと、先代勇者のパーティの武闘家の?」
「え、そうなんですか」
知りませんでした。
私の知っているフウメイはいつも酒かっくらって呑んだくれているエロジジイでした。超高速で尻を掴んでは逃げるゴキブリのようなジジイです。あのエロジジイ、すごいエロジジイだったんですね。
ちなみに私の全身に刺青を施したのもそのエロジジイです。
彼が亡くなる一月ほど前のことでした。
もしも彼がいなければ私は何もできず魔物に食い殺されていたのでしょうね。
「どれくらいの期間彼の師事を受けていたのですか?」
「多分八年くらいかな? 正確に数えてたわけじゃないですが」
「羨ましいです。あたしはニナに半年と少ししか教われなかったから」
「賢者ニナ、ですか」
ニナの子ら、とスーライルが言ってましたね。
私はなんとなくカナンが以前言っていたことを思い出します。
たしか“師の元には次元跳躍士アトーがいた。天才たる死体人形士スーライルがいた。兄弟子のウルゼンも、妹弟子のクロノも私よりも遥かに優秀だった。なぜ凡庸な私が賢者に選ばれたのか”でしたっけ。
……この小さな女の子がカナンよりも優秀な魔法使いなのですね。
「ニナさんってどんな方だったのですか」
「スーライルに似ていました」
ぶっ、と私は噴き出しました。
「つまり、嫌な人?」
渋い顔でクロノさんが頷きます。
「それにあの人の考えていたことは結局よくわかりませんでした。彼女自身が散々カナンのことをノロマだとかクズだとかバカにしていたんです」
「クロノさんは内心でそれに腹を立てていたわけですね」
「なんでわかるんですかちくしょう……!」
頭を抱えて丸まったのちに、こほんと咳払いをして表情を作り直します。
好きな人をバカにしていいのは、自分だけってやつですね。私も散々ロバートをバカにしてからかったものですが、他人がロバートをバカにするとひどく腹を立てたものです。
「ですが結局ニナが自身の後継に選んだのはカナンでした。先輩でもスーライルでもなくて」
「クロノさんでもなくて」
「あたしなんてまだまだです。先輩達に遠く及びません」
「カナンは自分よりも優秀だって言ってましたよ」
「謙遜してるんですよ、あたしは実戦であいつに勝ったことがありません」
「序列は上だ、って言ってましたよね」
「あたしの専門はいにしえの呪文の復活なんです。その功績が大きく評価されています。例えば」
クロノさんが両手を肩幅程度に広げました。
「邪雷呪文」
バチバチと鋭い音を立てて両掌の間を紫電が走り抜けます。
「雷の呪文……」
「勇者の使う電撃呪文とはまるきり別物ですけどね」
基礎理論では自分自身を磁針に設定して魔法力をまきつけてコイルを回転させると電力が取り出せるらしいです。現在一部の国で研究開発されている“発電機”とやらがこの仕組みだとか。そして勇者の使う電撃呪文、ルミアの聖なる稲妻は自然の雷と同じ原理で雲の中の氷の粒子が摩擦することによって電気が起こるのを魔法力で再現するのだとか。具体的には高密度の魔法力を高速でぶつけることで電気を発生させるそうです。
というような説明をしてもらったのですが、私の頭では半分も理解できませんでした。
「ルミアの呪文は人間では再現不可能です。なぜなら高密度の魔法力を人間では作り出せないからです。ア・ルミアによって魔法力を作り変えられた勇者だけがそれを可能にします」
「なるほど」
とりあえず頷いておきました。
「しかし邪雷呪文というのも不思議な名前ですね?」
「元々は魔王が使っていた呪文なのですよ。ギルオエスという古い魔王です」
「はぁ……」
感嘆します。
私は電撃の呪文は勇者にしか使えないものだと頭から決め付けていました。ですがそうではなかったのですね。過程は違えど同じような結果を起こすことは可能だったのです。
「まあ仮にも雷の呪文ですから破壊力は抜群です。レンクウとの戦いの中でお見せする機会は、あるかもしれませんね」
「楽しみにしています。私も風鳴流の奥義をお見せしましょう」
互いに微笑みます。
ツンツンした子なのかなぁと思っていましたが、話してみると意外と気さくで仲良くなれそうです。
「それにしても」
「はい?」
「相手がカナンでは色々難儀でしょうね」
「あう……その話題引きずりますか」
ぶっちゃけ他人の恋愛絡みの話は大好物です。
「いつから好きだったんですか?」
「よくわからないんですよ。最初は大嫌いだったはずなんですけど、気づいたら目で追ってて」
こんこん、とノックの音。
返事を待たずにドアが開きます。
カナンが入ってきました。
クロノさんは目を白黒させて口をパクパクしています。
「……聞いてました?」
「少しだけな。色恋の話だろう。わたしが立ち入っていい話題ではないな。続けてくれたまえ。すぐに出て行く」
と、スーライルの机を物色しはじめます。
ふむ、どうやらなんの話をしているかは聞こえていたものの具体的な内容までは聞こえていなかった模様。
「まあ一つだけ余計なことを言うならばクロノ」
「ひゃ、ひゃい」
「その女はゴリラの近縁種だ。加えて近親の少年趣味という最悪な性癖の持ち主だ。恋愛の相談はやめておきたま、」
私は飛び後ろ回し蹴りを放ちました。
側頭部に踵が直撃し、カナンが床の上を五回転して壁に激突します。
「弟が好きでなにが悪いんですか。カナンだってクロノちゃんはかわいいでしょう?」
カナンはよろよろと立ち上がろうとして、崩れ落ちました。
崩れ落ちたままで「自分より優秀な妹弟子などかわいいものか……」と悪態をつきます。
「女の子としては?」
怪訝な顔をして私を見ました。
「わたしに少女趣味はないよ。きみと違っ、てぇ!?」
手を踏みました。
……まあたしかにクロノさんの場合、「若い」というよりも「幼い」ですもんね。
「五年もすればそれなりの見てくれになるのだろうとは思うがな。五年後のそれなど見たくもない。おそらくスーライルやアトーに匹敵する使い手になっているだろう。劣等感でわたしは死ぬ」
「へえ、五年後ならありなんですね」
「なにが言いたいのだね?」
「いえ。なんでもありません。というかクロノさんに対するカナンの態度ってつまり僻みとかやっかみなわけですか」
「まったく持ってその通りだ。だからクロノ。凡才の嫉妬など気にかけるなよ。わたしは自分よりも才能ある人間など絶滅してしまえと少なからず思っている、ただの阿呆だ」
カナンは気だるい目でクロノさんを見ます。
「クロノに関しては才能の上に胡坐を掻くような人間ではないのがまだ好ましい。スーライルなどは最悪だ。あれは生まれたときから最強だったからな」
「ちなみに私のことはどう思っているんですか」
カナンは表情を歪めました。
「はぁ? ゴリラをゴリラ以外のなんだと思えと言うのだね?」
私はカナンの腹を思いっきり蹴り飛ばしました。




