千獣王 5
カナンに連れられて万魔殿の本部 (そこそこ立派な建物でした。)に向かい、とりあえずお水を一杯貰いました。カナンは着替えを済ませます。それからカナンの先導で一番奥の部屋を訪ねました。
なにごとかを話し込んでいた長身で白髪の男と白金色の髪を三つ編みにした小柄な女性、というか少女がこちらを向きます。女性のほうは140センチメルトルもなさそうなくらい小さいです。年齢はいかほどなのでしょう。男のほうがニコリと微笑して「拳の国のヨヨ姫ですね? ようこそ、『ヒフミンファンクラブ』は」ごんっ。女性が杖で頭を殴りました。
「……『万魔殿』はあなたを歓迎します。ボクは代表のスーライル。こちらは秘書官の」
「クロノと申します」
ぺこり、と少女が頭を下げます。クロノさん、ですか。
「ヨヨ=アーキライトです。レンクウのことでお話があると伺いましたが」
「そうです。元々はそこの賢者にレンクウのことを聞くつもりで呼びつけたのですが、新しい魔物だからわからない、あなたのほうが詳しいのではないか。と言いまして」
「なるほど。しかし私もさほどあれについて知っているわけではありませんよ。というかそもそもの背景を説明してくださいな。あなたがたはなぜレンクウのことを知りたがっているのですか」
「これは失礼。クロノ」
「はい。闘の国は現在レンクウの率いる千獣兵団に包囲されています。いつ戦闘が起こってもおかしくありません」
「……はい?」
呆気に取られて間抜けな声が出ました。
「ついでに言えばいまこの国には瞬間移動呪文によって、内に入ることは出来るけど外に出ることはできないんだよね。なんらかの特殊な結界呪文を使ってレンクウが呪文を妨害しているらしい」
「何?」
カナンの顔から血の気が引きました。
スーライルは楽しそうにその顔を眺めています。
「危険が及べば自分だけはとっとと出て行けばいいと思って入ってきた賢者なんかは、飛んで火にいる夏の虫ってやつだね!」
飛びっ切りの笑顔で言います。
「き、貴様っ。わたしを巻き込むためにわざと説明しなかったな!?」
「あ、ごめーん。言ってなかったっけ? うっかりしてたや」
ひゅう、とスーライルはへたくそな口笛を吹きました。
カナンが彼のことを嫌いだと言っていた理由がよくわかった気がします。
この人、死ぬほど性格が悪いです。それから真面目な顔を作り直して私に向き直ります
「が、あなたを巻き込んでしまったのは誤算でした。彼は単独で行動していると思い込んでいました。申し訳ありません」
「いえ、私は別に構いませんよ」
むしろ好都合です。拳の国を滅ぼした魔物。私の直接の仇といって差し支えのないレンクウと会敵する機会を得たわけですから。
「もっと抗議したまえ。そしてこのふざけた男を『万魔殿』の代表から引き摺り下ろしてくれ」
カナンが額を押さえながら情けない声を出します。
「まあ拗ねているあれは放っておくとして」
と、私はカナンを裏切りました。彼はがっくりとうなだれます。
「現状のこの国の戦力でレンクウの千獣兵団と戦えばどうなりますか」
「一週間は持たない、というのが我々の見解です」
わお。
クロノさんが具体的な兵力や武器、兵糧などの話をしてくれました。が数字上の話をされても私にはいまいちピンときませんでした。座学は苦手なのです。
とりあえず圧倒的に数で劣っているというのはなんとなく理解できました。
「具体的にレンクウのなにが知りたいのですか」
「能力や容姿などは勿論だけど、一番知りたいのは人柄です」
「人柄?」
「順を追って話しましょう。クロノちゃん、頼んだ」
「丸投げすんな、変態蛆虫。レンクウは宣戦布告と同時に“コロシアム内部に囚われている魔物の解放”を要求してきました。そしてこれを呑んだ場合、包囲を一時的に解いて二週間の猶予を与え、瞬間移動呪文をジャミングしている結界呪文も解除する、と」
「……破格ですね」
「その通りです。ですが我々にはレンクウが信用できない。要求を呑んでもレンクウが約束を果たす保障がない。むしろコロシアム内部の魔物を質として使えるのではないかと、我々の中でも意見が割れているのです」
「はぁ。はっきりいって私がこれからする話にはそれほど明確な根拠があるわけではないので、そのつもりで聞いていて欲しいんですが」
「どうぞ」
「約束は守る御仁だと思いますよ。それから魔物を質にしてなにかを要求するのは、有効かもしれませんがおすすめしません。逆鱗に触れると思います」
「というと?」
「普通の魔物はそもそも宣戦布告なんて行いません。彼らは嵐のように攻めてきて嵐のように根こそぎ奪っていきます。ですがレンクウはそうした手順を無視しません。要するに武人気取りなんですよ。別にこの国に同胞がいるから手順を踏んでいるわけではありません。拳の国のときもそうでしたから。それに……」
レンクウは自分の手で女子供を殺めることに抵抗があるようでした。
不意にレンクウの冷たい目が脳裏に浮かびました。城の中。槍斧でわが国の兵を突き殺したレンクウが、腰を抜かした私を見下ろしています。怯えて尻餅をついた私から興味を失って、顔を背けて、どこかへ去っていきました。私はなにもできませんでした。私を守って殺された兵士を呆然としばらく眺めていて、急に恐ろしくなって逃げ出しました。魔物達の下品な笑い声。横目に見えたのは食卓に並べられた父母の開かれた腹。並んだ内臓。頭蓋骨の上半分が切り取られてピンク色の脳みそがあらわになっていました。その下で白目を剥いて血を流す父母の悲痛な表情。隣に匙が置かれていて人に近い姿の魔物が、それを握りました。ねえさま、ねえさまたすけて。いままさに殺されようとしているロバートが私に気づき手を伸ばして、ざくん、殺されました。食われました。魔物の目が私を見ました。
私は半狂乱になってわけのわからないことを叫びながら走り続けて、城下町に出て、魔物の大群に襲われている人々を前にしてようやく正気に戻りました。
……いえ、恐慌状態の方向が反転しただけだったのでしょう。狂ったように目に付いた魔物すべてを叩き殺していきました。
再び嘔吐感に襲われて私は口元を抑えます。
「大丈夫かね」
目敏いカナンが私の異変に気づき肩に手を置きました。
「大丈夫です。なんでもありません」
私は平静を装います。
自分で認めたくなかったのです。レンクウとの戦いの前に、私が怯えていることを。
「レンクウが葬儀を行うことは知っていますか?」
「葬儀?」
「はい、あれは戦いで死んだ同胞の墓を作って弔うのですよ。人間と同じように」
声が震えそうになって私は言葉を切りました。
「座りたまえ」
カナンが壁際にあった椅子を引いて、私の肩を押しました。
されるがままに私は椅子の上に座り込みます。
「ううん、やっぱりコロシアムの魔物達、差し出したほうがよくないかい? 別に我々の懐が痛むわけじゃないんだし。なによりいまは時間が必要だ」
「無理でしょう。闘の国はコロシアムを中心にしてその利益を中心に伸し上がっていった国です。コロシアムからの税収なくしてこの国の収益は成り立ちません。そもそも王やその周囲の人間に魔族と交渉する度量があるとは到底思えませんし」
「じゃあボクらで勝手にやってしまおう」
「本気で言ってますか?」
「ダメ?」
「『万魔殿』の立場を致命的なところまであやしくしたいならばどうぞ」
「よーし、がんばるぞぉ!」
「失言でした。やめてください。というかいい加減に万魔殿の責任者だという自覚を持ってください」
「ダメかぁ」
スーライルが何気なくカナンを見ました。
それから天井に視線をやって、再びカナンを見つめています。
「……なんだね?」
「ねえクロノちゃん。カナンが独断でやってくれたならどうだろう」
「それならいいんじゃないですか。元々スーライルと不仲のカナンならば捕まっても万魔殿は知らぬ存ぜぬで押し通せます。処刑されるのはカナンだけ。最高ですね」
「おい、ふざけるなよ、“固定砲台”」
クロノさんの目つきが尖ります。
なにか因縁のある渾名な模様。
「『天地雷鳴士』だ。敬語を使えよ。序列はあたしのほうが上だぞ、無能賢者」
「偉そうな口は模擬戦で一度でもわたしに勝ってから言いたまえ」
「じゃあ」
一触即発の空気にスーライルが口を挟みました。
「模擬戦でカナンに全勝のボクなら偉そうな口を効いてもいいかな。頼むよカナン、僕らのために捨て石になって!」
「……貴様というやつは」
カナンは到底受け入れない、と思っていましたが存外あっさりと「具体的な手筈は? それを聞いてからだ」と方針を切り替えました。
「ん、もうちょっと待って。そろそろ来るはずだから」
丁度言い終えたあたりで、誰かが扉をノックしました。「どうぞ」スーライルが気の抜けた声で言い、扉が開きます。
貴族の着る高価な絹の服に身を包んだ大男が部屋に入ってきました。髪に白いものの混じり始めた中年のおじさま。服の下には分厚い胸板が見て取れます。相当に鍛え上げられて表情は険しく、おそらく普通にしているつもりなのでしょうが眼光が鋭いせいでスーライルを睨みつけているように感じます。きっと軍人さんですね。
「やあやあ、よく来てくれたね、ゴライアス将軍」
スーライルは飄々とした声で言います。
(誰ですか)
私は小声でカナンに尋ねました。
(ゴライアス=アルダード中将。事実上の軍部のトップだ)
(え、中将がですか)
(大将以下が国外脱出を図ったそうだよ。成否は定かではないがね)
ゴライアス氏はその鋭い目つきでじろりと私たちを見渡しました。
「俺はお前を国家公安に売り渡すべきだろうか、スーライルよ」
どうやら先ほどからの中での会話が多少なりとも聞こえていた模様。
クロノさんとカナンに緊張が走ります。が、当のスーライルはニコニコとしたまま。
「またまたぁ。現局面からこの死体人形士スーライルが消えればこの国がどうなるかはあなたが一番ご存知でしょう? 国民全部を魔物の餌にしたくなければ、少しばかり悪だくみに付き合ってくださいな。率直にいえばボクはあなたを抱き込む気でいるんですよ」
「貴様というやつは」
「そう睨まないでください。わざわざこちらまで出向いてくれたってことは、交渉の余地はあるんでしょう?」
「……話してみろ」
「では単刀直入にいきます。レンクウの要求を全面的に呑みましょう」
「……」
「コロシアムに囚われている魔物の解放で、瞬間移動呪文の使用制限解除に、千獣兵団の一部の解囲、それから二週間の猶予が買えるんです。安いものでしょう?」
なにげなくゴライアス氏がスーライル、私とカナン、それからクロノさんの顔を順番に見つめていきます。
クロノさんが目を伏せました。
……? なんでしょう。
「我々がそれを呑めると思うか」
「もちろん、表立ってはできないでしょう。なのでそこのカナンがこっそりやりますから、それを見逃してください。具体的にはコロシアムの護衛をしている兵士の監視に穴を開けて、移送ルートから兵を排除してください」
「俺にリスクを踏ませるだけの見返りはなんだ?」
「ボクが最前線に立ちましょう」
スーライルはさらりと言いました。
ゴライアス氏は眉間に皺を寄せて考え込んでいます。どうでもいいですが、スーライルという男が最前線に立つということがそれほどまでに大きな価値を持つのでしょうか? 疑問符を浮かべていた私に(多対多の戦いであれば、あれの有用性は勇者を凌ぐのだよ)とカナンが耳打ちしました。いったいどんな魔法使いなのでしょう?
「国が危ぶまれれば貴様とて前線に出てくるしかなかろう」
「いえいえ、前提が違います。あなたは逃げることができないと思ってらっしゃるようですが、ボクは単独であればレンクウの包囲網を突破してさっさと国外にとんずらできるんですよ」
「万魔殿との約定には有事の際の協力が義務づけられているはずだが」
「あっはっは。ご冗談を。国が滅んだあとでボクを裁きますか?」
ゴライアス氏が苦りきった顔をします。
「……少し時間を寄越せ」
「わかりました。しかしレンクウが攻めてくるまでに決めてくださいね」
時間は決して多くはない。痛烈な言い方でした。
ほんっとうに嫌なやつですね、このスーライルという人は。
私たちのほうに向きおなります。内心を見透かされたようで私はどきりとします。
「さて、それじゃあ将軍が呑んでくれることを前提で話をしよう。決行は夜だね。もしも失敗して魔物が脱走したときに、一般人が被害に逢う可能性を減らせる。兵士の警戒も緩むかもしれない。なぜか裏門の鍵を掛け忘れるかもしれないね」
スーライルが街の地図を引っ張り出しました。中央に王城。複雑に広がっていく街路。そして東に位置する大きな闘技場。
「カナン、君は部屋まるごとの瞬間移動呪文ってできるよね?」
「妨害が入らず、それなりの時間があって、長い距離でなければな。せいぜいコロシアムの外に出す程度になるが。そうだな、この広場までなら可能だろう」
と、カナンがコロシアムの近くの広場を指差します。
というか広域の瞬間移動呪文なんて高等技術ができるんですか。さすが普段から偉そうにふんぞりかえっているだけのことはありますね。スーライルが満足したように頷きます。
「確認しておくが、貴様は内から外への瞬間移動呪文が不可能だと言ったな? 内から内への瞬間移動呪文は可能なのだな?」
「うん、それは確認済みだ。国内なら大丈夫だよ。だいたいこのへんまでかな」
スーライルが地図内の街の外壁から握り拳一つ分ほどの間隔を空けて円を描きます。
「アトーがいれば一手で門の外まで持ち出せたのだろうが」
……あの人、ほんとうにとんでもないんですね。
「いいや充分だよ。クロノちゃん、補助についてくれるかい? バレたらいま駆けつけた振りをしてカナンを焼き殺してもかまわないから」
「合点承知です!」
彼女らしかぬ妙にテンションの高い声で応えました。
「そんなにわたしを殺したいのかね……」
後輩にこっぴどく嫌われていることを知ってしまったカナンが小さく愚痴りました。
「私はなにかやることがありますか」
「きみはボクと一緒にここで待機していて欲しいんだ」
スーライルはさきほどの広場から門へと続く街路を指します。
「どうしてです?」
「んーっとねー、多分ここで戦闘になると思うんだよね。中ボス戦って感じかな」
「誰とです?」
スーライルは意味あり気にゴライアス氏を見ます。ゴライアス氏は黙ってスーライルを睨みつけています。
察するに闘の国の国軍ですか? ですがゴライアス氏を抱き込むことを前提とした話をしているのですよね? 反ゴライアス勢力があるということでしょうか?
「まあ蓋を開けてみてのお楽しみかな」
なんだかはっきりしませんね。
確証がないうちは迂闊なことは言いたくないといったところでしょうか?
……あれだけ歯に衣着せぬ物言いをしておいて?
「魔物の移送のほうに私も加わったほうがいいのでは」
力がいるなら私の出番のような気がしますが。
「きみ、魔物を見たらとりあえず皆殺しにするだろう?」
そんなことは、……ありますね。
「それに我々はレンクウと交渉をしにいくのだ。レンクウをみたらまず間違いなく殴りかかる君を連れて行くわけにはいかないのだよ。わたしに任せたまえ。きみの出番はもう少し先だ」
「なるほど」
「ところで、もしもレンクウが軍を引かなかったときはどうするのだね?」
「そのときは普通に戦争するだけだね。状況はいま現在と何も変わらない。もしかしたらカナンのクビは飛んでるかもしれないけどね!」
「おい」
「あっはっはっ」
(もしかしてカナンって嫌われているんですか)
と、私は小声でカナンに尋ねました。
カナンが渋い顔をします。
聞こえていたらしいスーライルが「当たり前じゃないか」とニコニコしながら答えました。
「ニナの子らはみんなカナンが嫌いだよ。ボクらは自分こそが賢者の名を継ぐのだと息巻いてたからねえ。一番出来の悪いはずだったカナンが継いだものだから、みんなこいつに嫉妬しているのさ」
「ニナの……?」
「ニナの子ら。先代賢者の弟子達のことだよ」
「特に一番出来がよかったこのボクと、末弟子で目を掛けてもらっていたクロノちゃんの落胆っぷりときたら!」
閃光の後にバチイと空気が破裂する鋭い音が飛びました。
スーライルが咄嗟に近くにあった木製の椅子を盾にして閃光を防ぎます。瞬く間に燃え尽きてボロクズへと変わりました。あまりにも一瞬で激しく燃えたので床に落ちたときにはもう燃え尽きていました。一応火事にならないようにスーライルが焼け残りを靴の底で踏み潰します。
「余計なことは言わなくていい」
がるるるる、と犬歯を剥き出しにして怒るクロノさん。その様子は年頃の女の子らしくとてもかわいらしいものでしたが、やってることはまったくかわいくありません。あれ防がなかったら死んでいたんじゃないでしょうか。というかいまの呪文って。
……いえ、そんなはずがありません。その呪文を使える人間が生きているはずがないのです。だって我々は、勇者が死んでしまったからこうして血反吐を吐きながら戦っているわけですから。
「なにか質問は?」
「彼を抱きこめなかったらどうする?」
カナンがゴライアス氏を見てから言います。
「最初に言っていた通り、国外にとんずらするかな。腕のいい魔法使いはいまどこの国でも引っ張りだこだし」
いやぁ、ブレないクズっぷりですね。
クロノさんがため息をつきます。
「あ、そうだ。丁度いいからカナンは置いていこうか!」
スーライルが拍手を打ちました。
「名案だと思いますが、自分で引っ張り込んだんだから責任は持ってください。でなければみんなあなたを信頼できません」
カナンが何か言おうとして、それよりも早くクロノさんが反対しました。意外そうな顔をしてカナンがクロノさんを見ています。クロノさんは知らん振り。
なんだかこの子のサイズって、なでなでしたくなります。
「……なんですか」
「いえ、なんでもないです」
うずうずしている私を細い目で見てから、プイと顔を背けます。
不意に私は気づきました。ロバートと仕草が似ているのです。心胆に寒気を覚えます。
「じゃあ今日はここまでにしようか。将軍、付き合ってくれてありがとう」
「……互いにとって有益な結果になることを祈っている」
ゴライアス氏が巨躯を翻して部屋から出て行きました。
「ふう、緊張した」
スーライルが椅子に深く腰掛け直します。いったいどの口が言っているのでしょうか。
「実際問題、彼を引き込めるのかね」
「んー、たぶんね。あっちも万魔殿の戦力はあてにしてるはずだから、ボクに逃げられたら困るだろうし」
「そもそもお前は逃げないのか?」
「敵は倒せるなら倒したほうが万魔殿の地位は固まるかなって。もちろんカナンはどうでもいいけど、ボクがケアし切れなくてクロノちゃんが死にそうな戦いなら逃げるけどね」
「さも自分は死なないとでも言いたげだな」
「え、やだなぁ。ボクのことを心配してたのかい? このボクが七武衆ごときにやられるはずがないじゃないか」
笑って言います。七武衆ごとき、ですか。凄まじい自信ですね。
まあお手並み拝見と行きましょう。
「どうせ動くのはゴライアスからなにかしらの返答があったあとのことになる。いまはゆっくり休んでくれ」
「ああ、それならこいつに治療を受けさせてくれ」
「ああ、ヴィストと戦ったんだっけ。クロノちゃん、診てやってよ」
「ご自分でされては? あなたは正確な分類では“僧侶”でしょう?」
へえ、そうなのですか。
スーライルは露骨に嫌な顔をします。
「んー、生きてる人間を診るのは気が進まないなぁ」
「私はこっちを診ます」
と言って、クロノさんはカナンの左手をとって、軽く捻りました。
「いっ!?」
「座れ」
そういえばヴィストの粉砕呪文とやらが直撃して中身がぐちゃぐちゃなんでしたね。
蹴飛ばして椅子に座らせます。
「ちぇっ」
スーライルがおもしろくなさそうに私の左手を取りました。「ひゃっ」ス―ライルの手は妙に冷たくて私は小さく悲鳴をあげました。なんか神妙な顔をしたあとに胸、腰と順番に冷たい手を当てていきます。ス―ライルが触れた部分は手首から先が吹っ飛んだ左手と、氷刃呪文でぶち抜かれた肺、それから防ぎきれずに爆裂呪文がぶちあたった腰、と負傷が重かった部分です。
「……君、よく生きてるね?」
「はあ」
「おい、カナン。お前、この子にどんな戦いをさせてるんだよ」
「面目ないが、止めようもなかったのだよ。お前から止めてくれたまえ。その石頭をかち割ってくれ。是非頼むよ。いやぁ、肩の荷が降りた。いづっ」
クロノさんがカナンの肘のあたりを強く掴んだらしいです。
それから肩のあたりを逆の手で掴んで、再びカナンが悲鳴をあげます。
「ちょっと荒療治で行きますよ」
「待て! 君ができるくらいの回復呪文ならわたしは自分で出来、ぎゃあああっ」
ぎゅぅ、と握り締めた手を肘のほうへ。それからまた手首のほうへと動かしていきます。
何かを搾り出すような感じでした。
「終わりました」
「うぐぐ」
低く呻きます。なんというか、哀れでした。
「ちなみにお前が無理矢理繋ぎとめていた回復呪文の魔法力を搾り出してちゃんとしたカルシウム基の骨組織に近い魔法力で隙間を埋めました。ギプスでもはめて当面動かさないでください」
「……」
カナンが間抜けな顔でクロノさんと視線をあわせます。
彼女の身長が低いので座っているカナンと丁度同じ高さくらい。
「なんですか、その顔は」
「いや、なんでもない」
べしっ。とカナンの頭を叩いて、私のほうに歩いてきます。
「そっちはどうなのですか」
「いやぁ。どうなのかなぁ」
クロノさんがさきほどのスーライルと同じように、私の左手を取りました。胸に手を当て、腰に手を当て、同じように「なんで生きてるんですか」と尋ねました。
深遠な質問ですね。なんで生きているのか。
「運がよかったから、ですかね?」
「なるほど」
クロノさんはしばらく考えた後に「とりあえずカナンの場当たり的な回復呪文を解きましょうか」と言いました。
「そいつの四肢はわたしの回復呪文で生やしたも同然だが、大丈夫かね?」
「は?」
「魔物に食いちぎられたんですよねえ。手足全部」
私が補足します。
「……ほんとうになんで生きてるんですか」
「きっと運がよかったんでしょうねえ」
どうにも言い様がなくて私は繰り返しました。




