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せかいのおわり 3


 さて、また行き場所がなくなってしまいました。私は「不思議な地図」を広げます。これは人間の世界と魔物に乗っ取られた土地を自動的に区別してくれるけったいな地図です。魔物に乗っ取られた土地が黒く染まって描かれるので、私たちはその地のことを「黒の大地」と呼んでいました。黒の大地を普通の土地に戻していくのが勇者パーティのお仕事だったのです。

 ところで勇者パーティとか言うと勇者さんと戦士さんのことを思い出してまた泣きたくなってきました。しばらくお待ちください。

 ……。

 はい、戻ってきました。今回はなんと四時間です! 最初の十二分の一、私も成長したものです。

 不思議な地図によると、黒の大地はそれほど広がっていません。魔王城の周囲と異大陸を覆いつくしている以外はほとんど色づいた大地が描かれています。ただし点のような黒い染みがあちこちに出来ていました。侵食されかけている地域ということでしょう。私のいる鉄の国もきっと黒い点として表現されていたはずです。いまは魔物を倒したので色がついていますが。

 ふうむ。

 勇者さんの真似事をするならこれを一つ一つ取り戻していくのがよいのでしょう。ですが私はいま魔物をどうこうするよりも寝床が欲しいのです。朝起きたら瓦礫の中で人骨に囲まれていたー、なんて嫌なのです。安心して寝たいのです。それができなければ、私はそのうち壊れてしまうでしょう。睡眠は精神の健康のために大事なのです。ですが、どこかの国を頼るというのは難しいと思われます。王様達は私より国民と自分の身のほうが大事ですから、寝てる間に首を切り取られていたー、では話になりません。

 ではどうしましょうか。困ってしまいました。泣きたいです。盗賊さんは無事でしょうか。困っているかもしれません。でもわりとどうしようもありません。そもそも行方が知れません。

 いえ、あの子の心配は不要でしょう。要領のいい子でしたから。きっと無事で寝床も確保しているはずです。

 そんなよしなしごとを考えながら、倒した魔物の亡骸を探っていました。壁に落書きした人がもっていたものを盗んだのがこの魔物たちだったら、もしかしたらそれらしきものを持っているのではないかと思ったからです。

 結論から言うとありました。胃の中に。布にくるまれた緑色の鮮やかな宝玉が。

「オーブ、かな?」

 私は呟きました。オーブとは大魔術を行うための儀礼的なアイテムです。キメイラの翼に代表される呪文を代替するアイテムなどにもごく小さなモノが取り付けられています。しかし私はこれほど大きなオーブは久しぶりに見ました。初めてではありません。

 というのも以前にみんなで倒した五つ首の竜が紫色の同じようなオーブを落としたのです。

 魔法アイテムは一括して私の管理だったので、私はそのオーブを袋にいれて持っています。私は以前それらに込められた魔法式を解読しようと試みました。けれどできませんでした。難解である以前に明らかに式が足りないのです。どうやら複数のオーブが必要なようでした。すべてのオーブに込められた魔法式を解読する労力には、正直心が折れそうです。投げ出したいです。たぶん六つか七つくらいあります。吐きそうです。

 でもなんだかオーブを全部集めることができればものすごい大魔術ができそうな予感があります。内海を隔てた誰も侵入できなかった魔王城へ、瞬間移動呪文で飛び込んでいけちゃうような私にさえできない大魔術です。きっとすごいことが起きるんでしょう。それはもうすごいことができるんでしょうきっと。

 ふと私はもう一回魔王に挑もうかなと考えました。どこかの国に行っても人間が私を殺そうとしてます。だったら魔王を倒したほうが手っ取りはやい気がしました。魔王のことを思い出しました。勇者さんの死に様を思い出しました。戦士さんが決死の覚悟で挑んでいったことを思い出しました。おしっこちびりそうになりました。無理です。挑めません。恐いです。そもそも闇刻結界の前に魔法使いの私は無力なんです。魔法は全部分解されちゃうんです。勇者さんの勇者の証たる電撃魔法でも駄目でした。魔法は全部駄目なんです。もっとも魔王さんの鋼のような肉体の前に、戦士さんや盗賊さんも無力でしたけど。

 私たち、なーんであれのことを倒せると思い込んでたんですかね。

 バカだったんですかね。魔王さんの掌の上で踊ってたんですかね。あ、泣きそう。いえ、大丈夫です。今回は無理やり引っ込めました。

 オーブ、集めましょうか。

 ぶっちゃけ集めたところでどうにかなるとは思えないんですけど。いま持ってるオーブは三つ。魔王城へ向かう直前の大迷宮を抜けた先にいたおじさんがくれた銀色のオーブと、五つ首の竜が守っていた紫のオーブ、そしていま手に入れた緑のオーブ。似たような魔法式を持っているオーブならば、三つもあれば他の在り処も辿れるでしょう。なにせ私、勇者のパーティに入れるくらいの最強の魔法使いですから。役立たずでしたけど。なんの役にも立ちませんでしたけど。

 というわけで新しく手に入れた緑のオーブを解析してみましょう。紫と銀と緑のオーブと結続させて、類似式を検索して、共通項を抜粋して大雑把な魔法分類をつけて、補助式はとりあえず除外して、共通項を持つ式を全世界規模でさらに検索して、と。ううむ。

 あほみたいに大量の魔法式が絡まりあっていて三秒で投げ出したくなりました。でもなんか生き物に関連した式だと思います。こんなにたくさんの魔法式を必要とするなんて、随分でっかい生き物なんでしょう。魔王にけしかけて勝てたりしないかなー。なんて考えます。三秒でひき肉になってるでっかい生き物が想像できました。忘れることにしましょう。

 解析に七十二時間くらい掛かりそうなので、とりあえず泣いておきます。泣き溜めです。これから泣かないんです。ええ、きっと。……いや、まあ泣くと思いますけど。



 はい、解析が終わりました。結果、同じような魔法式を持っているオーブが西にあることがわかりました。以前いったことがありそうな街の近くのようなので、ちょっくら行って来ます。

 瞬間移動呪文。

 ……それっぽさを出すためにちょっとジャンプしてみました。

 シュタっと移動と同時に着地しました。うん、なんかこれかっこいいですね。どうでもいいですけど。さて、オーブがあるのはもう少し先、地図によると洞窟の中のようです。神父さんが通せんぼするように立っています。

「魔法使い殿、止まってください」

「はい?」

「お一人か?」

「はい」

「なにゆえここに?」

「これと同じようなものがあると思うので、探しにきました」

 私は緑色のオーブを見せました。

 神父さんは少し考える様子を見せます。

「魔法使い殿、たしかにこの先にはそれと同じような宝玉が封印されているとの伝承があります。ですが、いまとなってはこの先の洞窟は魔物の巣窟なのです」

「あ、大丈夫です。私、強いので。それに死んでも困る人いませんし。むしろみなさん喜ばれると思います」

「若い身空でそんなことを言ってはいけない。引き返しなさい。誰か仲間を連れくればこの先へ行くことを許しましょう」

 面倒くさかったので私は幻惑呪文と透過呪文を唱えました。

 神父さんは私の形をした幻に対して説教をしています。本物の私は視覚的に透明になりました。神父さんの脇を抜けて、洞窟を目指します。

はい、洞窟がありました。地下に向けて続いているようです。これまた正攻法で攻略するのは面倒くさいので、音波反響呪文を使いましょう。

私は「わー」っと叫びました。魔法力を乗せた声はダンジョンの壁にあたって反射を繰り返していきます。反響の情報がすべて私の元に跳ね返ってきて、私はこのダンジョンのすべての構造を知ることができました。あとは瞬間移動呪文でひとっ飛び。

「むぅ」

 と、思っていたのですが、反射して帰ってきた情報の中にオーブらしきものが見当たりません。そして呪文を打ち消している扉を見つけました。たぶんこれの奥にあるのでしょうが、扉自体が強力な魔法力を帯びているので扉の奥に直接瞬間移動するのは無理そうです。

 仕方ないので、扉の目の前まで瞬間移動呪文で向かいましょう。

 じゃーんぷ。

 はい。行きました。そこには魔物がいました。大きな石像の魔物です。いるのはわかってましたが私は平和主義者なので話しかけてみることにしました。

「こんにち」殴りかかってきました。私はため息をつきました。私が魔物の腕に触れると腕が切断されて壁に埋まりました。腕だけを瞬間移動させたのです。私ってば最強なのです。雑魚なんかには負けないのです。負けじと魔物さんは私を踏み潰そうとしてきたので、今度は足だけを移動させました。バランスを崩して魔物さんが倒れます。ずーんと大きな音が響きました。立ち上がろうとじたばたしていますが、無理そうなので放っておきましょう。

 扉があります。鍵穴がちゃんとついているタイプの扉なので、組成呪文を唱えて鍵と同じ形の石を作ります。はい、開きました。確かにオーブが安置されています。あざやかな青色です。これで四つ目。さくさく行きますね。

 私は急に虚しくなりました。

 仮にこのオーブをすべて集めて、それによって魔王を倒せたとしましょう。

 でもそこに勇者さんはいないのです。私の救いたかった世界はここではないのです。私は勇者さんのいる世界を救いたかったのです。魔王を倒して、よくやったなって頭を撫でて欲しかったのです。欲をいえばそのあといちゃいちゃの、もっと言えばそのあと更にぐちゃぐちゃ絡みあいたかったのです。

 勇者さんは上半身と下半身が真っ二つになって死にました。

 誰の目にも明らかなくらい即死でした。

 残念なことに生き返りエンドとかなさそうでした。

 私が救いたかった世界は死にました。

 あーあ。なにやってるんだろ。


 あ、ちょっと長いこと泣きますからしばらくお待ちください。

 




 最近一話につき一回泣いてる気がします。これではいけません。泣かないようにしないと。よーし。がんばるぞ! ……なんのために? あ、すいませんちょっと泣きます。

 自分で言ってて自分で心が折れてたら話になりませんね。天涯孤独系女子なので、絶望には強いんですよ、私。ほんとですよ。

 私は洞窟から出ました。すると兵隊さんがたくさんいました。

「ヒフミ殿ですね」

 私は逃げる準備をしました。脱兎のごとくです。

「お待ちください!」

 兵士さんたちは槍を捨てていました。槍を捨てて、膝をつきました。おまけに泣いてました。逃げられませんでした。私、そこまでひどい女じゃなかったみたいです。逃げたらよかったのに。

「花の村が魔物に滅ぼされました。勇者殿の仲間を差し出さねば毎日一つずつ村を潰して行くと魔王が……。私の妻は花の村で死にました。どうかヒフミ殿、我々と共に王の下へきてください。お願いします。お願いします」

 逃げれば、よかったのになぁ。

 だって花の村が滅ぼされたのは私の責任じゃないんです。経済的な価値が低い村だからと防備を怠って、魔物の進行を防げなかった王様のせいなのです。だから私がその責任を問われるのなんておかしいと思うんです。

 おかしいと思うんですけど……。


 私は兵士さんたちについていくことにしました。

 だって私が生きていることをもう誰も喜んでくれないんですから。

 みんな私が死んでたほうが嬉しいんです。

 そんな世界だったら生きている意味ないじゃないですか。

 楽しくないじゃないですか。勇者さんもいませんし。






「……なにやってるんだよヒフミのやつ。ばっかじゃねーの?」

 少年はくすんだ銀色の髪を乱暴に掻き毟り、荷物を手繰り寄せると民家の屋根裏から音も立てずに抜け出した。貯蔵庫を漁り、日持ちしそうな食べ物を少々頂戴すると夜の闇に紛れて姿を消す。





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