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千獣王 4


 拳の国は闘の国と国交がありませんでした。なので私はかの国について詳しいことを知りません。知っているのは大きな国であること、そして「ころしあむ」というものがあることくらいです。

 私とカナンは闘の国の固定ポイントに降り立ちました。広場に面していて、噴水があります。傍のベンチでは老夫婦が穏やかな笑顔で何かを話していました。子供達がせわしなく走り回っています。

「わたしは万魔殿の本部に向かう。内だけでするべき話もあるから君は連れて行けないのだが、どうするかね?」

「観光でもしておきます。“ころしあむ”とやらを一度見てみたかったのです」

「コロシアムか。なるほど君は気に入るやも……、いや、すごく気に入るかすごく気に入らないかのどちらかだろうな」

「含みのある言い方ですね?」

「くれぐれも騒ぎは起こさないようにな。きみはやりすぎるところがあるから」

「そーですか?」

 たしかにカナンの私室に足型をつけたのはやりすぎだったかもしれませんが。

 ……もしかして根に持たれてるんですかね?

 ああ、ちなみにコロシアムはあちらだ。とカナンが東のほうを指差します。

「夕刻に宿屋で落ち合おう」

「はい」

 カナンは西のほうへ。私は東に向かって歩き出しました。

 ふむ、そういえば完全に一人なのは随分久しぶりかもしれません。

歩きながらなにげなく周囲を見渡して、私はひどく感傷的な気分になりました。

 道具屋では店主が薬草を束ねていました。武器屋の店主が暖簾を掛けるところでした。そろそろ開店の時間なのでしょう。若い男女が教会に入っていきます。子供をつれた母親が菓子をねだられて困っていました。大通りには活気がありました。私の故郷が失ったもののすべてがここにありました。

 ふわふわとした足取りで私はコロシアムとやらの前までやって来ました。大きな円形の構造物です。外側の壁が高い作りとなっています。「入場料100ゴルドです」請われるがままに100ゴルド硬貨を男の掌に乗せます。代わりに入場券を受け取ってポケットにしまいこみました。

 わぁぁぁ、と歓声があがりました。なにがあったのでしょう? 階段を登り、満員の客席に出ました。人を掻き分けて最前列に出ます。

「…………」

 私はコロシアムという場所について完全に誤解していたことをようやく知りました。私はそこを人と人とが武を競い合う場所だと思っていたのです。

 ですが、そこで戦っていたのは魔物と魔物でした。鵺の魔物と怪鳥の魔物が悲しい声をあげながら争っていました。

どうやって彼らを操っているのか、私にはわかりません。ですが実際に魔物同士が争い、結界呪文によって守られた人間達がそれを眺めてギャアギャアと面白おかしそうに喚いています。何が面白いのか私にはわかりませんでした。

 鵺が閃熱呪文を放ち怪鳥を空から引き摺り下ろし、爪で引き裂きました。怪鳥の魔物は断末魔の悲鳴をあげて、力なく倒れます。死んだようです。悲しげに鵺の魔物が自分で打ち倒した怪鳥の体を舐めていました。

「ああ、負けちまった。空飛んでるやつのほうが有利だと思ったのになぁ」

 赤ら顔の男が紙を破り捨てました。酒を飲んでいるようです。

 視線が合うと「あんたはどっちに賭けてたんだい?」と半笑いの嫌な表情で訊ねてきます。

「どちらにも」

 私はなぜかここにいることがとても恥ずかしくなって、客席を抜け出しました。

「あれでは」

 なんだかとてもさみしい気分になりました。

「あれでは私たちとて魔物と変わらないではありませんか」

 私の父母とロバートを嬲り殺して食卓に並べた魔物達。

 その醜悪な表情。奇怪な笑い声。それがさきほどの賭け事と殺戮に酔う人々と重なります。

 私は不意に嘔吐感を覚えて口元を抑えました。

「もしもし」

 ……カナンの声が耳元で聞こえました。

 通信呪文の類でしょう。

「なんですか」

「ゆえあってきみの話が聞きたいのだ。きみがいるのはコロシアムだな? 迎えにいく。そこを動くな」

「わかり、ました」

 あまり時間を置かずにカナンがやってきました。

彼が私の肩に手をおきます。暖かい手でした。

「顔色が悪いな? まあいい。万魔殿の本部にいく。瞬間移動呪も、」

 カナンを見て安堵のか、嘔吐感が一気にこみ上げてきました。止められませんでした。私は胃の中のものをすべてぶちまけました。

「ぎゃあああっ!?」

 殺戮に酔うコロシアムの歓声の中に、カナンの悲鳴が混じりました。



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