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千獣王 3




「いましたか?」

「いいや、もう去ったあとのようだ」

 私とカナンは海洋上から瞬間移動呪文によって、易の国へと帰ってきました。私は速攻でベットに縛り付けられて身動きとれなくされて、カナンはこの数日アトーさんを探していました。

 ですが彼女はもうこの国を去ったあとだったようです。

「お礼、言いたかったですね」

「ああ」

 もしも彼女が助けてくれなければ、どれほどの惨事になっていたか。

 想像するだけでぞっとします。

 同時に彼女の実力の強大さを改めて思い知りました。あれほどの大質量を、おそらく落下しはじめてからのわずかな時間だけで瞬間移動させる魔法陣を作り上げるだなんて。

「サヴァン症候群、というのを知っているかね」

 不意にカナンが言いました。

「はい?」

「原因は定かではないが、特定の狭い分野においてのみ超人的な才能を発揮できる人間のことだ。映像記憶能力や暗記力、計算能力、それから語学力などで現われる場合がある。アトーは計算能力におけるサヴァンなのだよ。あれは計算式を思い浮かべただけでその答えがわかるのだ。わたしからすれば超能力としか言いようがないが」

「……次元演算をほとんど省略して瞬間移動呪文を唱えることができる?」

 カナンが頷きます。なんですかそれは。

 瞬間移動呪文は本来非常に難易度の高い呪文です。ショートワープやあらかじめ決めた地点にジャンプするだけでも相当な準備時間が必要で戦闘に転用することはほぼ出来ません。長距離ワープなんてのは並みの魔法使いだと一時間単位の準備時間を必要とします。

 それは他の呪文と違って次元演算という複雑な工程を伴うからです。自分の位置やワープ地点などを別の言語に置き換えて魔法陣に組み込む作業です。大抵の魔法使いはそれを実戦中に行うことができません。地図を見て緯度経度と縮尺によって自身の位置とワープ地点の位置を慎重に計算して行うのが正しいやり方です。緊急の場合は街などの一地点をワープ先として固定します。カナンの場合は易の国の自室をワープ地点に固定しているようです。

ですが、アトーさんは固定されていない位置、例えば海洋上にでもさらりとワープ地点を確定させることができていました。

“次元跳躍士”とはよく言ったものです。

以前カナンがアトーさんのことを「想像を絶する天才なのだ」といっていた意味が少しわかりました。

「はぁ。自信なくしちゃいますねぇ」

 ルーちゃんもアトーさんも、おそらく戦士フリューも私よりも遥かに格上です。

 私とて別に自分を地上最強だと思っていたわけではありません。が、そこそこいい線を行っているだろうと思っていたのです。ですがカナンが補助に回れずに単独で挑んだ際のヴィストには徹底的に叩きのめされましたし、同じ人間であるルーちゃんやアトーさんにも差を思い知らされるばかりです。

「何を言うか。君がいたからこそヴィストを撃破し惨劇を未然に防ぐことができたのだ」

「ルーちゃんやアトーさんなら最後にヴィストを取り逃がすことはなかったんじゃないですか」

「世界中の誰もが彼らのようであれば、とうの昔に我々は魔族を廃して地上の覇権を得ているだろうさ。我々は我々にできることをやればいいのだよ」

 というよりもあれを逃したのはわたしの責任だな。と、カナンは一人ごちました。壁となるのが戦士や武闘家のような前衛の役目、考えることや支援は魔法使いなどの後衛の役目。理屈からいえばそうですが、微妙に納得いきませんでした。

「私たちにできないことを彼らに押し付けて?」

「彼らとて最初から強かったわけではない。できることを少しずつ増やしていったのだ」

 ノエルさんの話を思い出しました。

“フリュー=アルドリアンが強いのは生き残ったからだ。幾度となく起こった戦いで数万人単位の犠牲者を出しながら彼は生き残って学習を続けた。だからこそ最も強い戦士になった”

「君は強いよ。歴代の“勇者のパーティ”を見てきたこの賢者が保証しよう」

「……」

 詭弁だと思いました。

 もっと強くなりたいと思いました。

 魔王ですら打ち砕けるほどに、強く。

「第一いまでさえゴリラと同種だというのに、君はなにを焦っているのだね。嫁の貰い手がいなくなるぞ」

 いまでもいないか! あっはっはっ。とカナンは笑いました。

「……」

 私は無言でカナンに歩み寄り。

 前蹴り。カナンの頭の横の壁に、私の足型が残ります。

「……よく聞こえませんでしたが、いまなんと言いましたか?」

「……す、すいませんでした」

「聞こえませんね」

 もう一度蹴ろうとして「む、待て」カナンが耳に手を当てました。聞こえなかったので私はカナンの横っ面を蹴りました。「げふう」転がっていったカナンが壁に激突して止まります。どうでもいいですが負傷が治っていないので腰がビリッときました。痛みわけといったところ。戦闘中は興奮物質が大量に出ててほとんど痛みを感じないんですけどねえ。

「やあやあ、久しぶりだねカナン。きみ風の噂ではなんだか大変な目にあっているようだけど、いまは大丈夫かい?」

 カナンに負けじ劣らずの胡散臭そうな男の声が、聞こえてきました。

「それは?」

「瞬間移動呪文と音波反響呪文を利用した通信呪文だよ。貴様、スーライルか?」

「ああそうだよ。ヒフミンファンクラブ代表にして“死体人形士ネクロマンサー”スーライルとはボクのことに他ならない」

 カナンに言っているというよりもその後ろにいる私に向かって話しているような口調でした。そしてちょっぴりナルシストなのかなぁと思いました。

「ちょっときみに相談事があってね。闘の国まで来てくれないかい?」

 カナンは露骨に嫌な顔をしました。

どうやらスーライルという男のことがよほど嫌いな模様。

「万魔殿の子飼いの魔法使いとでも話し合いたまえ」

「いやね、それが“賢者”にしか相談できないことなんだよ」

 その肩書きを持ち出されるとカナンは弱い模様。

 損な性格ですねえ。

「ちっ」

 カナンは舌打ちしましたが、スーライルは別段気を悪くした様子もなく「ああ、それから戦闘の準備をしてきてね」と付け足しました。

「は? 貴様はいったい何を」

「ああ忙しい忙しい。じゃあ詳しいことは君がこっちについてから話すから」

「ちょっと待てもう少しきちんと話したまえ。何をするつもりなのだ。おい、スーライル。スーライル!」

 ……通話が切れたようでした。

 カナンは額のあたりを揉み解します。どうでもいいですがそれは厄介ごとを抱えたときの彼のクセのようです。

「すまない。行ってくる」

「え、付いていきますよ? 戦闘があるんでしょう?」

「私事だ。君を巻き込むわけにはいかない」

「いいですよ。私は私の私事にあなたを巻き込むつもりですから」

「……どうなっても知らんぞ? あの男と関わっても絶対にろくなことにならんのだ」

「大丈夫、いまよりろくなことにならないなんてことは絶対にありませんから」

 故郷が魔物に滅ぼされて、家族が食われて、私自身も手足をもぐもぐされたことよりもろくなことにならないなんてことはないのです。

 カナンはため息をついて「わかった」と言いました。

「いや、すまない。正直助かる。わたしはあの男が苦手だし、戦闘があるとなるときみがいるのは心強い」

 …………

 私はカナンの額に手を当てました。

「……なんだね?」

「いえ、珍しく素直なので熱でもあるのかと」

 ぺちん、と手を払いのけられました。

「きみはすぐに人を子供扱いする癖をただちにやめたまえ」

 言われてから私はロバートに同じことをよくやっていたことを思い出しました。ロバートも「やめてよ、いつまでも子供扱いしないで」と私の手を振り払いました。その様子がなんだかおかしくて、かわいらしくて、私は何かあるたびに彼の額に手をあてて「熱でもあるのかと」と嘯いていました。

「む。むむ」

 こほん、とカナンが咳払いをしました。

「万魔殿の本部には腕のいい治療士がいるはずだ。きみの治療もあちらのほうが進むだろう」

「はい」

 表面上は繋がっていますが、いま私の左手はぴくりとも動きません。二の腕に受けた呪文と手首から先に吹き飛んだのが思った以上にあとを引いているようです。そして腰骨が三分の一くらい砕けていて残り半分にも亀裂が入っているそうです。こういったものを全部回復呪文でどうにかこうにか誤魔化しているのが現状です。「あまり続けば治らなくなる」とカナンは深刻そうな表情で言っていましたが、私にはそのことのなにが問題なのかがよくわかりませんでした。

 きっと治らなくなるよりも先に死ぬと思ったからです。

「すぐに向かおうと思うが、準備はいいかね?」

「はい」

 カナンはなんだか複雑そうな顔をしました。

 しかしなにも言わずに私の手を取り「瞬間移動呪文」と唱えました。




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