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千獣王 1


 ――闘の国には万魔殿の本部がある。

 そこで一人の男が椅子に座りながらボーっと天井を見ていた。

「どこへ……どこへ行ってしまったんだ……」

 男の目の前には書類が山積みになった机があり、彼は二年ほど前にヒフミが行方を晦ませた瞬間からおおよその職務を放棄している。男の名はスーライル。歴史ある『万民のための魔法精霊殿』の名を「ヒフミンファンクラブ」と改めた悪名高い魔法使いにしてその代表だ。またその実力は“勇者のパーティ”であるアトー=ヒフミに匹敵すると言われている。

半ば廃人のようなスーライルの代わりに少女といって差し支えない小柄な女性がせわしなくそれらの書類と格闘していた。スーライルが二年も職務を放棄しながらもなんとか万魔殿が今日まで存続し、彼がその役職を退いていないのは一重に彼女、クロノ=リシュリオンの活躍によるものだ。

 最近では彼女も考えを改めて、この男を廃して新しい人間を代表に据えたほうがいいのではないか、と本気で考え始めていた。が、呪文に関する一切を取り扱うことからあらゆる利権が絡む万魔殿の舵取りを私利私欲のことしか頭にない他の人間に任せることを考えると寒気がした。

 ある意味ではスーライルもまた私利私欲のことしか頭にない人間であったが、彼のそれは病的なほどに「ヒフミにとって居心地のいい場所を提供する」という一点にしか向いていなかったために権利関係とは一切無縁であったのだ。実際にはヒフミは「……スーライルが気持ち悪いので嫌です」と言って万魔殿にいることはほとんどなかった。完全な自業自得である。この男の実態はストーカーに近い。なまじ優秀なのがさらに性質が悪い。

 不意にスーライルの体がぴくりと動いた。

 見る見るうちに目が生気を取り戻す。うわ言を繰り返すばかりだった口元が歪んで笑みの形を作る。何が起こったのかクロノにはわからなかった。魔法力に触れることのできる、というこの天才はきっとなにかに触れたのだ。

「ヒフミだ……この魔法力は彼女の物に違いない。さあさあ、クロノちゃん、早く彼女を迎えにいこう! なに? 仕事が山積み? よし音速で片付けてしまおうすぐに行こう! 早く行こう! あっはっは。今日はいい日だね」

 狂ったように笑いだしたスーライルが片端から書類にとりかかっていく。

 クロノはため息をついた。どんなにやる気になろうが、山積みされた仕事はすぐに終わる量ではなかった。しかしなにはともあれこれが息を吹き返したのは喜ばしいこと、……のはずだ。(アトー先輩にとっては気の毒ですが)とクロノは内心で舌を出した。

新たに仕事を持ち込んできた雑用の魔法使いがドアをノックした。




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