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天空城を巡る冒険 15



 マイクロダウンバースト、という自然現象があります。

積乱雲の中で水滴が落下する際、摩擦のために水滴周辺の空気もまた落下していきます。これが膨大な量で重なれば、極端に強い下降気流を引き起こすのです。ケースによっては風圧の威力だけで太い木々を薙ぎ倒すほどの威力を誇ります。

 カナンは雨の代わりに魔法力を使って、この現象を引き起こしました。

 クリスタルパレスの上に垂直の強い気流が吹き降ろされます。ダウンバーストの範囲は小さければ小さいほどの強力なものとなり、このクリスタルパレスの広場に限定して撃ち落されたマイクロダウンバーストの威力は絶大なものでした。ヴィストの放った爆裂呪文が叩き落されてクリスタルの床の上で爆ぜます。彼自身も真上から圧し掛かる風の威力に負けて膝を突きました。

 耐えられる、とヴィストは考えたでしょう。いくら強力といってもそれは旋風系統の呪文の中ではの話。並みの魔族ならば圧死させることができるかもしれませんが、上級魔族の肉体を殺すほどの破壊力はありませんでした。同時に所詮は人間、どれほど策を凝らそうとその力量などたかがしれている、とカナンを侮ったかもしれません。

 しかしヴィストのその考えは絶望的に間違っていました。カナンは別にダウンバーストの威力によってヴィストを倒そうとしたわけではなかったのです。

 まったく人使いの荒い。

「さぁ、倒したまえ」

 と、賢者カナンが言いました。私の全身に施された刺青が降り注ぐ膨大な量の風圧と魔法力を受けて発光します。上空から降り注いでくる風の量は私自身の使う旋風呪文の威力を遥かに凌ぐものです。なにもかも風圧に叩きつけられて地面の上でへしゃげている空間の中で、風を味方にすることのできる私だけが自在に動くことができます。むしろ風圧を取り込むことで普段の数倍の力を発揮することができます。

 私はゆっくりとヴィストに歩み寄りました。

 ヴィストは私を呪文で迎撃しようとします。ですが風圧と同時に降り注ぐ魔法力が彼の呪文を妨害して、まともに魔法陣を組むことができていません。いまこの空間の中で呪文を使うことができるのは、肌に直接魔法陣を刻んでいる私だけなのです。

「風鳴流・奥義」

「待ってください。話し合いましょう」

 聞こえません。

 降り注ぐ風が彼の声を掻き消します。

 それ以前に。

「殺せ、殺せ、殺せ」

「殺せ殺せ殺せ殺せ」

 殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せせ殺せ殺せ殺せ殺せ。

 耳元で鳴り響く幻聴がやかましくて他の音が耳に入ってきませんでした♪

「漠裂拳」

 纏った風圧をすべて右拳に圧縮。

ヴィストの胸部に拳を叩き込みました。

 ヴィストの体が私の拳を中心にして捩れていきました。ごきごきごき。と異音を立てて骨が折れて肉が捻れて一点に向けて変形しながら螺旋状の渦を捲きながら纏まっていきます。紙の中心を摘んで捻っていけば薔薇状に纏まっていきますが、丁度あんな感じです。風圧に負けて捻じ切れた首がクリスタルパレスの淵に向けて転がっていきました。歪な薔薇と化した肉体が壁に激突してべちゃりと張り付き、体液を噴き出して咲き誇っていました。

 勝ち、ました。

 ダウンバーストが止み、カナンがべたんと尻餅を突きます。

「はぁ……疲れた……くたくただよきみぃ」

「いや、はっきりいって私のほうが疲れてますから労えというか、回復呪文かけてください」

 私もまたべたんと仰向けに寝転がります、というか倒れます。てか左手ないよ。いまさらだけど痛っ。あ、思い出したらまずい。右腰も肉が抉れてて骨盤見えてるし。なんで動けたんでしょう私。あ、痛い。げふっ。血を吐きます。そういえば胸のあたりには氷刃呪文がぶっ刺さっていて、肺貫いてました。

カナンが疲れた体に鞭打って私に回復呪文をかけます。しかしこれほどの負傷だと専門職ではないカナンの回復呪文では手には負えません。とりあえず出血だけはなんとかなりましたが。

まーた療養生活ですか。くっそつまんないですね。

「ぱちぱちぱち」

 とくにおもしろくもなさそうな声が私を飛び上がらせました。

「完敗です。お見事でした。空砦のことはあきらめましょう」

 首だけのヴィストが嗤っていました。首の断面から流れているのは赤茶けた泥。首が落ちたのは捻じ切れたからではなく、切り離したから! こいつの“真の姿”はマッドマン――肉体が泥で構成されたこの種族は体内のどこかにある核を破壊しない限り、どれほど傷つけられても絶命しません。

 カナンが咄嗟に閃熱呪文を放とうとして、ぼう、彼自身の指先が燃え上がります。すでに魔法力が枯渇しかけていて限界なのに無理に呪文を使おうとしたために呪文が暴発したのです。

「それでは最後の悪あがきといきましょう。是非凌いでください。そのほうがおもしろい。ご機嫌用。また会う日まで」

 ヴィストの首がクリスタルパレスの淵から転がり落ちました。空中で瞬間移動呪文を使い、消え去ったのが最後。見届けたのとほぼ同時に、パレスの内部から、大きな爆発音。

「なんだ? なにが起きた!?」

 数瞬して私とカナンは事態を悟りました。この巨大質量が、眼下に向けて落下を始めたのです。ヴィストは最後にこの城の動力炉を破壊したのでした。「っっっ………」真下には易の国があります。もしもこの“城”が下の街に直撃するようなことがあれば――

「カナンっ」

「……」

 聡明な賢者は何も言いませんでした。

 黙って私の手を取りました。その手には瞬間移動呪文の魔法陣。

 事態が解決できないと断じたカナンは、自分と私だけでもこの死地から逃れようと考えたのです。それは冷徹で正しい判断だと思います。ですが承服できませんでした。私はカナンの手を振り払います。振り払った勢いで倒れました。ほんとうにほんのわずかな力も残っていないのです。だけどなんとか、なんとかしなければ。

 焦りと裏腹に刺青は短い光を放って途切れるばかり。呪文は形にならず、できることはなにもありませんでした。無力感と絶望が私の心を覆います。


 ……これが最後ですよ。


 呟くようなか細い声が聞こえた気がしました。

「……もう助けてあげませんからね。ぜったい、ぜったいですよ?」

 城の真下が光っていました。凄まじく巨大な瞬間移動呪文の魔法陣。こんな真似ができるのは、次元跳躍士と謳われる当代最強の魔法使い、アトー=ヒフミだけです。

 次の瞬間、城は掻き消えてどこか遠くの海洋上にありました。あまりにも巨大な質量だったので大規模な津波を引き起こしましたが、遠い海洋であったために陸に届く前に消えうせて、なくなりました。

 天空城はあぶくをあげて海の底に沈んでいき、二度と浮かび上がることはありませんでした。



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