天空城を巡る冒険 14
「では、はじめますね」
悲しい顔で、だけどさらりと言ったアトーさんが魔法陣を展開しました。
どうでもいいですが瞬間移動呪文というのは長距離であればあるほど演算の難易度が高く、時間がかかります。というようなことを、以前カナンが言っていました。
「全然時間かかってないですけど」
私はカナンを見ました。
「あれは特別なのだ。一緒にするな……」
呆れたように目を閉じて額のあたりをもみほぐします。
「もう一度確認しますが、私はついていきませんよ?」
いまだにぼろぼろと涙を流し続けるアトーさんが囁くような小さな声で言います。
「重ねて言うが、それで構わない。我々を侮ってくれるなよ、アトー。七武衆の一人や二人、なんとかしてみせるさ」
「……」
笑みを浮かべて自分の胸を軽く叩いたカナンでしたが、昨夜彼が震えていたのを私は知っています。きっとなかなか寝付けなかったのだと思います。……私ですか? 爆睡していました。神経が太いのです。えっへん。
アトーさんは小さく頷いて、「瞬間移動呪文」と唱えました。
私とカナンの足元に広げられた魔法陣が光り輝いて。
次の瞬間、私とカナンは空中にいました。眼下の“城”を見下ろします。全体が透明な素材で出来ていました。日光を受けて輝いています。住んでいたらさぞまぶしくてやってられないでしょう、という非常に的外れな感想を抱きます。クリスタルパレス。その中央らしき広場に揃って着地。……に失敗したカナンが転がって、杖を支えにして立ち上がりました。鍛え方が足りませんね。
「美しい城だな。魔族に乗っ取られたならばもっと毒々しい改造がなされているものかと思っていたが」
「そんな無粋な真似はしませんとも」
広場に繋がる通路の向こうから、法衣服をきた人間に近しい姿の魔族が現われました。
身長は百八十前後。外見年齢は人間に換算して二十代後半ほど。顔立ちそのものは悪くないのに皮肉げな笑みを貼り付けていました。厭味な面構えです。お供に槍を持ち鎧を身に着けた二足歩行の犀の魔物を六匹ほど連れていました。
「ようこそ、空砦へ。人間の来客ははじめてです。歓迎いたしますよ」
「貴様がこの城の主人かね? 歓迎するというのなら名前くらい名乗ったらどうだね」
「これは失礼、わたくしは」
挨拶のついでのように手を振ると犀達が襲い掛かってきました。
それは不意をついたつもりかもしれなかったのですが、私はそもそも敵の話をまったく聞いていなかったので悠々と対応することができました。
「ねえちゃん、あれが親玉だよ! 殺そうよ! ねえ殺そうよ!」
私の耳には囃し立てる弟の声しか入ってきていませんでした。
カナンが後方跳躍しながら幾つかの爆裂呪文を構えます。私は旋風呪文を唱えて半身になり、突き出された槍をかわし、踏み込みます。カウンター気味に先頭の犀の頭に拳を叩きつけました。鼻から入った拳が角を砕いて脳へ侵入。絶命。別の犀が振り回した槍を、死骸を盾にしてやりすごします。脇からもう一本の槍が到達する前にカナンの援護がきました。爆裂呪文が犀の横腹に突き刺さり、鎧を砕いて肉を大きく抉りとります。
三本同時に突き出された槍を旋風呪文によって真下から垂直に吹き上げる気流によって逸らします。腕を取られた犀の鎧に守られていない喉元に拳を二つ放り込みました。首の骨が砕けてふらふらとよろめき倒れる、寸前に「ヨヨ!」カナンの声。極大爆裂呪文の閃光。咄嗟に魔物を盾にしつつ全魔法力を防御に回しました。カナンの爆裂呪文が幾らかの威力を減殺してくれましたが、耳元で爆音。全身に衝撃。きりもみにされます。
「っ……」
敵の極大爆裂呪文を、私はまともに食らいました。
カナンによる相殺と風圧の防御によって全身打撲にいくらかの骨折程度で済みましたが、それらの防御の恩恵がなかった犀の魔物たちが粉々になって吹き飛んでいました。膝をつきます。
「見、下げ果てた将ですね」
味方を巻き込むなんて。
「おやおや。タフなご婦人だ」
青年の魔族が杖をくるくるともてあそびながら、次の呪文を用意します。
「ああ、申し送れました。わたくし、“邪神礼拝士”ヴィストと申します。以後お見知りおきを」
「私はヨヨ、そっちはカナンです」
名乗られたからには名乗り返すのが礼儀でしょう。
私に駆け寄って回復呪文をかけようとしたカナンを分断するように、発生の早い閃熱呪文が選ばれます。私たちはやむなく左右に分かれて呪文を回避。
手負いの私のほうが組みしやすいと見たのか、ヴィストがこちらを向きます。カナンに向けてほとんど背中を向けた形。これを見逃すほどカナンは性格がよくありません、が。
五つほどまとめて放ったカナンの爆裂呪文が、ヴィストが一つだけ後ろ手に放った火炎呪文の火柱によって誘爆。音を立てて爆散。そしてヴィストは私に向かって幾つかの爆裂呪文を放り投げます。さらに杖の先に灯るのは氷刃呪文の魔法陣。
数種類の呪文を効果的に使い分ける、厄介な魔族です。
私の纏う旋風呪文での防御は火炎呪文や閃熱呪文による攻撃には強いのですが、爆裂呪文や氷刃呪文を不得手としています。火炎は散らせるし、光は密度の違う空気の層を直進できないため威力を弱めることができるのですが、爆裂による強い衝撃を完全に無効化することはできませんし、質量攻撃の氷刃を逸らし切るには風程度では威力が足りないのです。
魔族というのは力任せな連中が多いのですが、ヴィストはそのあたりの相性をきちんと心得た上で攻めてきています。
ならばその上をいきましょう。私は両掌に風を集めました。円を描くように掌を動かし追随した気流が横向きの台風を作り上げます。扇風機とかいうからくりと同じ原理。
「風鳴流・風追」
気流によって逸らされた爆裂呪文が、私に届かずに明後日の方向に流れていきます。「!」ヴィストが氷刃呪文を放ちます。風の渦には質量攻撃を逸らすほどの威力はありませんが、私は風追によって作り上げた気流を踏んで高速跳躍。わずかに流されながら氷の刃はさっきまで私がいた地面の少し横を突きます。私はそのまま気流に乗って間合いを詰めます。呪文使いなど接近してしまえばこっちのもの。ヴィストが杖を振り上げました。かわすよりも、受けて反撃――「それに触れるな!」そう判断しかけた私を、カナンの声が制しました。寸前でブレーキを踏んで速度を殺します。上体を後ろに倒したスライディングのような姿勢になりながら足の裏で地面を削り、なんとか減速。
「消滅呪文」
過負荷で死にそうになりましたが、ヴィストの振った杖は私の眼前を薙いで、柱にぶちあたりました。パラパラパラ、と粉々になった柱の破片が頭上から降ってきました。柱の杖にあたった部分が丸々消し飛んでいます。呪文型の魔族とは信じられないほどの膂力でした。あの細腕のどこにそんな力が? ヴィストが杖を持つのと逆の手で投げた爆裂呪文が私に向かってきます。「くっ……」自分から速度を殺してしまって回避できない私は両手を交差。風を纏って威力を減殺します。ズドンと爆裂呪文が爆ぜました。衝撃が体の芯を貫きます。爆裂呪文による更なる追撃が降り注ぎます。圧縮空気を再装填し後方跳躍してかわそうとしますが、爆裂呪文が追尾。死ぬ、と思ったときに一面を幻惑呪文による魔法力の霧が満たしました。私は霧の中に紛れ、標的を見失った爆裂呪文が思い思いの場所で爆ぜていきます。命拾いしたと思ったのも束の間。逃げるのを急ぎすぎて壁に背中からぶつかる! (ぐえ) 壁にぶつける前に私を抱きとめたカナンが声を殺しながら呻きました。霧の中に身を隠します。
(っ、助かりました……)
回復呪文が腕と全身の傷を気休め程度に治していきます。
(気にするな。きみを一人で突っ込ませる形になってしまったのはわたしのミスだ。それよりも)
(あの杖の一撃は)
(膂力によるものではないな。呪文の威力だ。通常の加撃呪文とは格が違う。さすがは七武衆とったところかな)
(策はありますか)
(ある。が、少々大規模な準備が必要だ。わたしは君のサポートに参加できない。しばらく一人で凌いで貰うことになる)
(がんばります)
(いい子だ)
強い気流を感じました。ヴィストの放つ極大旋風呪文が、霧を吹き飛ばそうとしています。好都合。
「極大旋風呪文」
ヴィストを中心に巻き起こった嵐が、魔法力の霧を剥ぎ取っていきます。通常ならば身動き一つできないような豪風ですが、私だけは例外です。全身の刺青が緑色に発光。向かってくる風を片端から取り込みます。自分で起こせるよりも遥かに強い風圧を纏って、それを後方噴射。向かい風まで圧縮して後方噴射に換えて超加速します。それは霧に紛れて私を見つけられていなかったヴィストの不意を打ちました。咄嗟に彼は杖を掲げて防御。風圧の噴射で加速した右拳がヴィストの杖と接触。べきんと鈍い音を立てて木製の杖が圧し折れます。
この隙を逃すまいと私は左の振り打ちへと繋ぎます。ヴィストはゼロ距離で爆裂呪文を放ち迎撃。接触。「ぐっ」私の左拳が吹き飛んで、千切れた血肉から骨が突き出ていました。迎撃したヴィストの掌も五指がおかしな方向に捻じ曲がって体液が噴き出ています。彼は痛みで怯みましたが、私は怯みませんでした。続けて放った右回し蹴りがヴィストの左わき腹に突き刺さります。会心の手ごたえでした。右正拳につなげようとして、足元の影に気づきます。寸前で圧縮空気の噴射で後方跳躍。上空から極大氷刃呪文による氷塊が私とヴィストを隔てるように落下。クリスタルの床に大きな皹が入りました。
回復呪文を使う暇を与えまいと私は再び特攻。
手首から先のない左手の違和感が気持ち悪いですが一端無視しましょう。
ヴィストから幻惑呪文の霧が放たれます。ヴィストの姿が霧の向こうに隠れました。私は圧縮していた旋風呪文を一部解放、霧を吹き飛ばします。
「ねえさま」
舌足らずな声が私を呼びました。声のしたほうを見ると手足の伸びきっていない幼い男の子が立っていました。陽光に似た金色の髪、大きな瞳に、少し怯えたような口元。
ロバート=アーキライトでした。
「生きて、生きていたんですね……?」
私は呆然として手を伸ばします。
無論、私にはそれが何なのか察しがついていました。ヴィストが作り上げた三秒でわかるような陳腐な幻です。わかっていたのです。わかっているのですが、私はそれに向かって手を伸ばさざるを得ないのでした。
「なにやってるの?」
耳元で囁くような声がします。
「違うよ。そうじゃないよ。拳は強く握るんだ。正中線を隠すように半身に構えるんだよ。脇を締めて。そう、そうやって。あとは知ってるよね? さあ、あれを殺そう」
私の中にいるロバートが囁きました。
視線の先にいるロバートが「ねえさま?」と小首を傾げています。
操られるように私はロバートの頭を右拳で砕きました。頭蓋骨が砕け、脳みそが三分の一ほど床に飛び散り、魔法力の霧へと帰っていきます。狂ったような笑い声が私の頭の中で反響します。私は旋風呪文によって残った霧を一掃します。霧の向こうに隠れていたヴィストの姿があらわになります。
「あなたのようなタイプには有効かと思いましたが」
大方魔法力を消して隠れているカナンが錯乱した私を助けに出てくることを期待していたのでしょう。透過呪文と魔法力の隠蔽を併用してようなので身じろぎしなければ見つからないようです。
もしかしたら助けに出てこなかったことから、ヴィストはカナンが逃げたと思っているかもしれません。まあ私もあれがどこにいるのか把握していませんが。カナンは逃げないでしょう。私はあいつを信頼していました。というよりも私は彼がいようがいまいがどちらでもよかったのです。
魔物さえ殺せたらどうでもいいのです。
私は軽く息を吸い込むと、地面を蹴って疾走します。ヴィストは舌打ちを一つして「嗤うな。気色悪い」と言い、私に向けて魔法力を纏った手を突き出しました。柱を粉砕したあの呪文――防ぐ手段も未知。速度に任せての正面突破を諦めざるを得ません。一瞬足を止めると、呼応するように一拍遅れて幾つもの爆裂呪文が嵐のように展開。
「風鳴流――」
「させませんよ?」
ヴィストは合間に氷刃呪文を投げました。「風追」では防げない氷刃を、右拳を振って砕きます。そこへ爆裂呪文が殺到。体を回転させて風を巻き上げて、小さな竜巻を作ります。両手を使う風追ほどの影響力はないものの同種類の技、垂直の気流を作って巻き上げてから叩き落す。「風鳴流・逆嵐」です。が、やはり即席の技では対応しきれず幾つかは巻き上げることに成功しますが爆裂の威力が気流に激突、激突激突激突、貫通。左腕を掲げて顔面を守りますが、二の腕に直撃して穴が開きます。右腰に着弾して腰が砕けました。「っっっ………」気流と同時に巻き上げた爆裂呪文をそのまま叩き落して残りの爆裂呪文を迎撃。凌いだ、と思った瞬間に左胸、肺のあたりに氷の刃が突き刺さりました。血が逆流して口端から噴き出します。
更なる追撃として火炎呪文。こちらが一時的に風圧を使い切ったのを見切って、火力の高い呪文に切り替えてきました。呪文の使いどころを心得ていますね。ムカつきます。バケモノならばもっとバケモノ然としていればいいのに、ヴィストは舐め腐った態度と裏腹に力任せな戦略を頼みとしてきません。
「る、ああああ」
全身の刺青が発光。血を吐きながらも魔法力を底から搾り出して旋風呪文を発動させます。気流を使って火炎を弾きました。
「よく粘りましたが、これで最後です」
自分から間合いを詰めてきたヴィストが折れた杖を振り上げました。
先端には例の謎の呪文。負傷によって動きの止まった私に向けて、振り下ろします。
「南無三っ!」
そこへカナンが割って入りました。左手の手掌で杖を受けます。ミシミシミシと、嫌な音がしましたが、カナンの左手は一応無事。中身こそ骨が砕けていますが、ともかく外見上はほぼ無傷です。右手が私を掴みます。「旋風、呪文っ」私は辛うじて呪文を唱えて圧縮空気の噴射で間合いを離脱。ヴィストの放った爆裂呪文が追尾。カナンが氷鳥の羽衣で私を庇いました。凄まじく高価な魔法の防具は爆裂呪文によってぼろぼろになりながら、しかし私まで爆撃を届けませんでした。回復呪文が私の出血を塞ぎますが、ダメージは甚大です。もう一撃がやっとでしょう。
「……どうやって?」
ヴィストは杖の一撃を防いだことを言っているのでしょう。
カナンは柱を粉々に破壊するほどの一撃をまともに受けたのですから、本来はバラバラになっていなければおかしいはずです。
「消滅呪文、という名は大仰だな。粉砕呪文とでも改名してはどうかね?」
ちなみにヴィストが杖に纏わせていたあの呪文の正式な名称は「極大軟化呪文」というそうです。軟化呪文というのは物質の結合に自身の魔法力を混合させて構造を崩壊させ物体の強度を著しく下げる呪文です。ですから、カナンはその逆のことをしました。
ようするに硬化呪文です。これは物体の構造の中に自身の魔法力を混合させてより強い構造を作り上げる呪文です。それによって極大軟化呪文に対抗し、なんとか消し飛ばずに済んだそうです。
「今更出てきましたか呪文使い。ですが、相棒がその調子ではもう戦闘の続行は不可能でしょう」
「どうかな。彼女が時間を稼いでいる間、わたしがなにもしてこなかったとでも思うかね?」
カナンは右手で額をなぞって“第三の目”を開き、負傷で震える左手を自分の背中側に突っ込みました。そこには小さな次元の穴――瞬間移動呪文の魔法陣があります。
「いまのいままで魔法力を潜めていたあなたになにができたというのです?」
「それができるのだよ。元々は後輩の技なので、自慢げにやるのは恥ずかしいのだがね」
カナンは瞬間移動呪文の魔法陣の中――魔法陣によって繋がっているこことは別の場所から、巨大な魔法陣を引きずり出しました。ちなみに以前ルイ=ライズの頭に氷刃呪文を落とした技術もこれだそうです。ここではない場所で魔法力を使い、魔法陣を描いていたために、ヴィストには感知できなかったのです。さらに言うならばこれは元々アトーさんの考案した技術だそうです。
「生来の力量に任せた貴様ら魔族と違って、人間は工夫し、研鑽を積んできたのだ。その力を」
このクリスタルパレスの広場一面よりも巨大な魔法陣を発動させてはまずいと判断したヴィストが爆裂呪文を放ちますが、既に手遅れでした。
カナンが魔法陣を発動させ、
「喰らいたまえ」
呪文を唱えました。
――空圧呪文




