天空城を巡る冒険 13
アトーさんは人形のように、生気がまるで抜け落ちて壁際にべたんと背中をつけて座り込んでいました。少しもみじろぎしないのにぼろぼろと涙だけ零しています。部屋に入ってきた私たちを見上げることもしませんでした。
「るーくんは」
か細い声で言います。
「るーくんはどうなりましたか」
……私たちが見捨てました。
きっとオウルウに殺されたと思います。
ですが、この事切れる寸前のようなアトーさんにそんなことは言えませんでした。
「わからない。我々は彼に会っていない」
カナンが平然と言います。
「うそ」
「……」
「かなん、あなたのたましいはみえにくいですけどそちらのじょせいのほうはみえるんですよ。わたし」
魂を直接視認できる能力者。
彼女が呪文使いとして最大級の才能を持っている証です。
「あのこむちゃばっかりするから」
「……彼はきみを案じていた」
「そうですね」
まばたきした拍子に一際大きな涙のしずくが落ちました。
「そらのうえにいきたいんですよね」
「ああ。我々は天空城にいる魔族を撃退する必要がある」
「かえりはほしょうしませんよ?」
「構わない。自前でなんとかしよう」
「すぐにでもできますけど」
カナンは私を見ました。大丈夫、と頷きました。
「一日を回復にあてる。そのあとで、頼む」
ですが治療を受けたとはいえ未だ残る偽サビロに貫かれた肩の不調や、極大旋風呪文を使った疲弊を見透かされていたようです。
「わかりました。できれば、ひとりにしてください」
アトーさんが言い、その日わたしたちは宿屋に泊まることにしました。
……朝になりました。
軽く肩を動かしてみます。少し張っていました。影響がないとは言えませんが、それほど大きなものにはならないでしょう。顔を洗ってから隣の部屋のカナンを訪ねます。
「む」
カナンはいつもの装備の上に青い外套を羽織っていました。魔法力に満ちた糸で織られているのが、私程度の技量でもわかります。
「それは?」
「氷鳥の羽衣というものだ。冒険に持っていくにはいささか高価なアイテムだが、今回の相手は十中八九上級魔族、いや、七武衆の誰かだろう。どれほど手を尽くしてもやりすぎるということはあるまい」
「七武衆、ですか」
「そう。二年前勇者のパーティによってボルトスルーロ、ギングキドラ、スモラバゾンビ、ゾルアが倒された。が、未だに“千獣王”レンクウと“死を呼ぶ呪文”サビロが健在。そして新たに“邪神礼拝士”ヴィストが名乗りをあげた。どれを相手にしても容易な戦いにはならないだろう」
「ちなみにもしサビロを引いたら」
「最低でもこの国は終わるな。我々はいかにして逃げ延びるかを考えねばならないだろうよ」
さらりと言いました。ここに至るまでの労力を考えればそうでないことを祈るばかりです。我々はすでにルーちゃんを犠牲にしているのです。
「サビロである確率は低い」
と、カナンは続けました。
「あれは自身の力を頼みとするタイプだ。軍団を好まず、策謀を好まない。ある意味、最も魔族らしい魔族と言えるだろう。天空城という他者の作った力を借りて国落としを目論むようなタイプではない」
「なるほど。サビロとは一度戦っているのでしたっけ」
こくりと頷きます。
「もちろんわたしが知っているのは数代前の賢者の記憶の中にあるサビロだ。心変わりしてばりばりの策謀家になっている可能性もあるがね」
「信用しておきます。ちなみにお前にはレンクウとヴィストに関する知識はあるのですか」
「いいや。どちらも比較的新しい魔族だ。歴代の賢者は彼らを知らない」
「では私のほうが詳しいくらいですか」
「ほう。きみは知っているのかね」
「私の国を滅ぼしたのはレンクウの千獣兵団ですから」
“千獣王”レンクウ。
現状の魔族における最大勢力です。千種類以上の魔物が結託してレンクウという一体の魔族に付き従う兵団。その総数は五万だとか十万だとか言われています。彼らが恐ろしいのは、数体の魔族が一個の軍団を作って行動することです。一種類の魔族の集団であれば弱点が共通しているため殲滅するのは容易ですが、複数の魔族であれば互いが互いの欠点を補って行動できるためにこれを殲滅するのは非常に困難です。
そして通常、一種類の魔族は他の種類の魔族とはそれほど仲がよくありません。例外は勿論ありますが。よってこの軍団はレンクウのカリスマと士気の高さ、それから人間の軍隊が施すのと同じような訓練によって構成されているのでしょう。
それから、
“邪神礼拝士”ヴィスト。
こちらはレンクウと比較すれば国家や人数の単位での犠牲は遥かに劣ります。しかし少数ながらその被害は尋常なものではありません。湊の国の騎士ローレンなどといった“勇者のパーティ”に匹敵する実力者が何人も彼の毒牙にかかって殺されています。やり方は人質をとって脅迫する、錯乱呪文で操った人間に襲わせる、などと言った卑劣なものばかり。またそんなことばかりやっているにも関わらず、当人の実力は絶大らしいです。真偽は定かではありませんが、ヴァルオンという邪神を崇拝しているそうです。
「……なるほど、そうか、ローレンが殺されたか」
「お知り合いなのですか」
「少しの間だが師の下に学びにきていたのだよ。筋のいい男だった。剣士にしておくにはもったいないと師が嘆いていたな」
「ふうん。……あなた自身はどう思ったのですか」
カナンは虚をつかれたような顔をしました。
「わたしは、かね? ふむ。…………。羨ましかったな。わたし自身は師に褒められることなどまるでなかったものだから。才あるあの男を羨望の目で見ていた。それに気がよくて優しい男だった。他の弟子ともすぐに打ち解けた。……そうか、人質を取って殺す、というのはあの男にはよく通じるやり方だっただろうな」
「許せないですね」
「そうだな。だが憎しみは切り離して考えねばならない」
「む?」
「それに焼かれたまま戦えば我々は冷静な判断力を失ってしまうだろう。押すべきときに押せず、引くべきときに引くことができなくなる。そして無為の死を迎える。わたしはそれを望まない」
「……」
報復の一心だけで戦ってきた私にとっては耳の痛い言葉でした。
しかしながらよくよく考えてみれば、私はこの報復心に焼き尽くされて死ぬことを半ば望んでいるのです。私はそのうち死ぬでしょう。それを恐れていないからです。私は私を焼く炎を一体でも多くの魔族に移してやることができればそれで満足なのでした。
「行こう」




