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天空城を巡る冒険 12


 私とカナンは易の国まで戻ってきました。例の万魔殿の支部におけるカナンの私室でアトーさんを寝かせます。で、とりあえず私はカナンの横っ面を殴り飛ばしました。「戻りましょう。すぐに。ルーちゃんを助けないと」カナンが壁際まで吹っ飛んで、額を押さえました。「やめたまえ」「五月蝿い。早くしろ」詰め寄り、襟首を掴みます。しかしカナンはただ首を横に振りました。

「我々は足手まといなのだよ」

 それから懇切丁寧に、時間遡逆呪文とやらによって時が捲き戻ったこと、元の時間軸においてカナンが黒こげになり、私が内臓をぶちまけて死んだことを話しました。私は全然ピンときませんでした。カナンが私を篭絡するために適当な話をでっちあげているようにしか聞こえませんでした。

 なぜわたしは彼に殺されなかったのだろうな、とカナンが一人ごちました。

「諦めたまえ。きみが何を言おうとわたしはあの場に戻るための呪文を唱えないよ」

「見損ないました」

「まったくだ。わたしもわたしを見損なったよ」

 カナンの表情は恐怖に駆られているのでも、ある種の諦めでもない、毅然としたものでした。この慧眼を持つ賢者とかいう気取った輩は、純然たる事実として私とカナンがあの場に必要ないことを確信してやがるのです。そしてそのことについて私に責められることも覚悟してやがります。ちっ。責められることを覚悟している人間を責めたところで少しも面白くもありませんし、なにより建設的ではありません。そして私はこうして彼を責めることしかできない自分の無力を呪わしく思いました。私はカナンを雑に放り投げて、壁に拳を叩きつけました。長く息を吐きます。

「アトー=ヒフミが目覚めるのを待とう。我々には我々にしかできないことがある」

「……天空城、ですか」

 やむを得ません。思考を切り替えましょう。

 正直言って腸が煮えくり返っていましたが、荒れていても仕様がありません。

 ちくしょう。ガッテム。やってられっか。くそくらえ。くたばりやがれ。

ああ、くそ語彙力が貧困です。もっと口汚く罵ってやりたいのに言葉が出てきません。カナンがなんだかせわしなく床に魔法陣を作っています。気まぐれに蹴飛ばしたい気分でしたが自重します。

 幸いなことにアトーが目を覚ますまでそれほど時間はかかりませんでした。ただし彼女は目覚めるなり「ひぃあああああああああ」と叫んで壁際まで後退します。それから彼女の手元に魔法陣が構築されて、すぐに散乱。「すまない。瞬間移動呪文は封鎖させてもらった。我々の話を聞いて――」ぱきいん。カナンの魔法力によって床に描かれていた、おそらくは瞬間移動呪文を封じるための魔法陣が砕けました。「ちょ、まじか」咄嗟にアトーさんの手を掴みます。瞬間移動呪文の術式にカナンが自分の魔法力を割り込ませて破綻させ、封じようとしたのですがこれがまた悪手でした。

「ううううぅぅぅいいいいいいいい」

更に怯えて半狂乱になったアトーさんはカナンを蹴ります。女性の魔法使いである彼女の脅力は低いほうであって、カナンは顔だけ庇って黙って蹴られています。なんだかいい加減に腹が立ってきたので、私はその足を掴みました。床に押さえつけます。少なくとも腕力という点で、私がこんなひ弱な人間に負けるわけがありません。ひどく情けない気分になりました。

 これが、こんなのが、歴代の魔法使いの中でも屈指の実力者。

“次元跳躍士”と異名を取る現代最強の魔法使い、アトー=ヒフミなのですか。

 彼女は私とカナンを殺すのに充分な攻撃呪文の魔法陣をつくって、ですがそれを撃つのを躊躇っていました。私はカナンを掴み、圧縮空気を溜め込んでなにかあったときに逃げられるように準備します。

「落ち着け。わたしもこいつも、決してきみの敵ではないのだよ」

 言い聞かせるようなやわらかい口調でカナンが話します。アトーさんは浅く荒い呼吸を繰り返しています。怯えた子供そのもの。年齢的には幼いはずのルーちゃんのほうがずっと毅然としていました。

「勇者さん、勇者さん、どこ。どこですか」

 なにがここまで彼女を追い詰めたのでしょうか?

 答えは明白でした。私たちです。

 勇者が死んで、魔王が鏡を使った通信呪文によって「ヒフミとルイの首を捧げよ」と宣告したとき、各国の王達は躍起になって彼女らを探しだし、そして殺そうとしたのでした。それからオウルウが復活した際には、つい先刻まで自分達が殺そうとしていた彼女らを戦わせようとしたのです。私たちは彼らも一人の人間であることなど忘れていました。“勇者のパーティ”という魔族と戦うための単なる機構として彼らを扱っていたのです。阿呆ここに極まれりでした。彼らは務めて英雄であろうと努力していただけで、御伽噺に語られるような、どんな苦境でも跳ね返す伝説の英雄などでは決してなかったのです。

 そしてアトーさんがこうして怯えきっている原因を作った一端でありながら、彼女の態度に苛立ちを感じている自分に呆れます。

「ヨヨ、足を離せ」

「……でも」

「かまわないから」

 私は足を離しました。

カナンはげしげしと蹴られ続けるのを、甘んじて受けています。

「アトー、そのままでいいから聞いてくれ。我々はきみに戦うことを求めない。ただどうしても我々の力では解決できない、きみの力を借りねばならない事態に陥ったのだ」

 例えばルーちゃんならば「ふーん、そうなんだ。でもそれ僕には関係ないよね?」と一刀両断にしたでしょう。ですがアトーさんはそうではありませんでした。震えながらも蹴る足を止めて、私たちの声に耳を傾けてくれます。

 反吐が出る。と思いました。私たちはこうして彼らの良心につけこんで「きみにしかできない」と、半ば彼女達を脅迫して傀儡にしてきたのです。

 カナンは天空城に関することをアトーさんに話しました。

「……ひっく、ひっく」

 アトーさんは泣きながら、私たちから顔を背けながら、でもちゃんと話を聞いてくれました。

「繰り返し言うが、きみに求めるのはわたしとこいつを瞬間移動呪文で上に送ることだけだ。きみ自身が魔物と戦う必要はない。わたしは出来ればきみにここに残って欲しいが、きみがここにいたくないというのならば出て行っても構わない。再び次元呪文で引き篭もるというのならば、わたしにそれを止める手立てもない。きみが痩せ細って死んでいくことをよしとは決して思わないがね」

「っく。ひっく」

「わたしとて本当はきみを巻き込みたくなどないのだ。だが他に手立てがなかった。頼む、次元跳躍士ヒフミ。きみの力を貸してくれ」

「ひっく、ひっく、ぅぅ」

「……」

 カナンは言葉を切りました。

 せっかちな私としてはひどくじれったい時間です。が、彼に任せましょう。

 カナンは手を離しました。アトーさんはもう逃げようとはしませんでした。時折ひっくひっくと体を震わせるだけ。手折れた花のようだと私は思いました。無論、美しく咲いていた彼女を手折ったのは我々です。そのことを苦く思います。

「ヨヨ、少し風にあたろう」

 私は頷き、カナンについて部屋を出ました。

「あれは優しい娘だ。なんだかんだで我々を見捨てられはしない。説得には成功しただろう」

「はい」

「わたしを軽蔑したかね」

「はい」

 さも味方であるような振りをして都合のいいときだけ利用する。

 控えめにいって唾棄すべき手口でした。

「だろうな」

 カナンがため息を吐きました。

「ですが同じくらいに私は私を軽蔑しました」

「……そうか」

「上には、私とあなたで?」

「ああ、《万魔殿》は増援を回せないそうだ。《剣の在処》は、すぐに金で雇えるような連中は等級が低い。役に立たん。とにかく時間が惜しい」

「そうですね」

「君がいてくれてよかった」

 む。

「到底一人では手に負えなかっただろう」

「……そうですか」

 そういう意味ではないとわかっていましたが、一瞬どきりとしてしまった自分がいました。

「そういえば私は故郷と民と家族を奪った魔族が憎いから戦っているのですが、あなたはなんのために魔族と戦っているのですか」

「……」

「お金ではないんですよね。少なくともお空の上の魔族を倒してもきっと私たちに報酬は出ないでしょう。あなたはなにをモチベーションに戦っているのですか」

「……賢者というのはだね、勇者と同じなのだよ」

「はい?」

 突然脱線した話の前にクエスチョンマークを浮かべた私を、まあ聞きたまえ、と言って制します。

「勇者が精霊ルミアの魂が人間に憑依し、その肉体をつくり変えたものなのは知っているかね」

 頷きました。

 王族に連なる人間には伝わっている知識です。

「昔、偉大な魔法使いがいた。人間の身にして高い魔法力を持ち、あらゆる呪文を修めた。多くの魔族を打ち破った。しかしやがて彼の肉体は老いる。なぜなら彼は人間だからだ。不老に等しい近い寿命を持つ魔族ではなかった。彼は死を恐れた。魔族のように長い寿命を得る方法は、永遠の命を得る方法はないかと考えた」

「……」

「そして彼は天臨呪文を開発した。いや、再現したといったほうが正しいのかな」

「それは、つまり」

「ア・ルミアと同じ奇跡。自身の魂を他人に植え付ける呪文だ。わかるかね」

「その天臨呪文とやらで、魂を他人に植え付けて呪文や知識を継承し続けてきた存在が賢者、ということですか?」

「そう。わたしはわたしであると同時に“彼”なのだよ。とはいえあまりにも古い記憶や、受け継いだものの力量が不足していて継承し切れなかった呪文などは失われているがね」

「では、あなたが以前にサビロについて“あれは痛かった”と言ったのは」

「いつかの賢者が“死を呼ぶ呪文”サビロに殺されたのだ。首を切り取られた」

 カナンは左手で自分の首に触れました。

 どうでもいいですが首を切り取られる瞬間を記憶している人間というのは彼だけでしょうね。

「で、最初の問いの解答だ。なぜ戦うのか? 答えは義務だ。この力を受け継いだわたしには、魔族と戦い、人々を守る義務がある。責任があるのだ。それを果たさなければわたしは賢者足り得ない。歴代の賢者たちに嗤われてしまう」

「……」

「わたしは強いよ。継承してきた呪文の数々とその用法の経験があるからだ。だがその強さはあくまで人間の規格を超えないものだ。勇者のような人間の限界を踏み越える越境者ではない。あくまで少し強い魔法使いに過ぎない。だから情けないことに誰かの助けがいるのだがね」

「なるほど」

 カナンは長い息を吐きました。

 なにげない疑問だったのですが思いのほか長い話になりました。

「時々考えるよ。なぜ師は――、先代の賢者はわたしを“賢者”に選んだのだろうか。師の元には次元跳躍士ヒフミがいた。天才たる死体人形士スーライルがいたし、兄弟子のウルゼンや妹弟子のクロノもわたしよりも遥かに優秀だった。なぜ凡庸なわたしが選ばれたのだろうな」

「……あなたが」

「?」

「あなたが、その義務とやらを遂行する使命感を持つことのできる人間だからではないですか」

 カナンはぽかんとした顔をしました。思ってもみなかったようです。

 例えば、賢者の力を得たとしてもそれを利己的な目的のために使う人間が大半でしょう。

 多くの冒険者は魔物を倒して人々を守るために冒険者になったのではなく、日々の糧を得るために手っ取りはやい方法として魔物退治を選んでいます。

 そして少なくとも、アトーさんはそういった使命や義務によって戦うことのできるタイプではないでしょう。彼女はきっと私と同じで、自分の感情に付き従うことでしか行動できないように見えました。私はスーライルのことをよく知りませんが、独断で《万魔殿》の名を「ヒフミンファンクラブ」に変えたという逸話を持つスーライルもまた責任感や使命感とは無縁の人間であるように思えます。

「……そうか。そうだったのかもしれないな」

 カナンはくしゃりと水色の髪を乱暴に掴みました。

「わたしは今日まで自分がなにかの間違いで賢者の名を継いだのだと思っていたよ」

 たぶんカナンはそのとき悲しんでいたのだと思います。

 呪文の才覚ではなく、人格によって選ばれた。それはつまり彼には彼自身に期待していただけの才能がなかったということです。己の非才を突きつけられるのは、それを自覚していてなお辛いことです。

 ですがどこか救われたような晴れやかな瞳をしていました。

「部屋に戻ろう。アトーも少し落ち着いただろう」



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