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天空城を巡る冒険 11


 ルイがオウルウの懐へと飛び込んだ。「!」時間加速呪文と幾つかの補助呪文を併用しての超加速に、オウルウの反応が一瞬遅れる。疾走の勢いのまま右手に握る長針を振るう。時間遅滞呪文、と唱える。ルイの振るった刃は吸い込まれるようにオウルウの首に到達し、ぐきん、硬質な衝撃が帰ってきた。

 オウルウの首元が部分竜化。鱗が斬撃を食い止めていた。反撃のためにオウルウが同じく竜化した右手を振るう。ルイがオウルウを飛び越すように跳躍。すれ違いざまにもう一撃放ち右肩を斬りつけるが、やはり鱗に阻まれただけ。そしてその肩が膨れ上がる。「おっと」黒紫色の鱗に覆われた巨大な翼が広がり、薙ぎ払う。巻き込まれた周囲の木々が圧し折れて倒される。人間が受ければ粉々になる破壊力だったが、ルイはさらに後方に跳躍して逃れている。

「……速いな」

 オウルウは極大閃熱呪文を放った。魔法力によって陽光が圧縮。あまりにも多くの光を集めたため一瞬、周囲が暗闇に包まれた。閃熱呪文の速度は光と同じ、秒速にして三十万キロメルトルを誇る。速度に長けたルイでも光は回避できない。だけどそれゆえに。

「銀鏡呪文」

 ルイもまた閃熱呪文への対抗策を用意していた。ルイの前面に銀色に輝く鏡が析出する。オウルウの莫大な魔法力によって齎された破滅の光が激突。反射、屈折、あまりにも巨大な魔法力を受け止めた銀が沸騰する。溶解して泡を噴くが、貫通はしなかった。代わりに散った光による輻射熱によって森に火がつく。

(本来は閃熱呪文に限って全反射できる呪文なんだけどな……)

馬鹿げた威力だった。人間が浴びれば消し炭になるだろう。呪文に限らず、竜の爪や翼の一撃も受ければほぼ致命。

 一撃食らったら死ぬ、わかりやすいじゃないか。

再びルイが間合いを詰める。オウルウが竜化した右腕を振るうが、ルイは地面にへばりつくくらいに姿勢を低くしてその腕を掻い潜る。時間加速状態であれば回避することは難しくなかった。それにひ弱な少年期の体と違って、いまのルイの肉体は加速状態に根を上げることはない。刃を振るう。竜鱗で防御できるとたかを括ったオウルウはそれをあえて受けて反撃を狙う。一撃と同時にルイは時間遅滞呪文を解いた。

オウルウの首が半分斬れて、鮮血が舞った。竜の鱗が切断されていた。しかし分厚い筋肉が首を繋ぎとめている。

(浅い……)

 時間遅滞呪文によって一撃目を与えたときに衝撃を遅らせて、二撃目の斬撃と同時に炸裂させた。これと軟化呪文を併用すれば鋼鉄以上の硬度を誇るオウルウの鱗だろうが問題なく切り裂くことができる。ルイはこの一撃でオウルウの首を刎ねて勝負を終わらせるつもりだった。同じ場所に二度攻撃を仕掛けなければならないこの攻撃がそうそう成立するとは思えなかったからだ。

攻撃が失敗したからには即座に間合いを離脱しようと後方跳躍する。その瞬間、「旋風呪文」横殴り突風でルイの足が浮いた。「っ……」いかに時間を加速しようとも足場がなければそもそも動くことができない。燃え上がる木に叩きつけられる。多少の火傷は“この体”には影響がなかったが、不可避の豪風の前に身動きが取れない。オウルウが爪を振るう。長針を盾にはしたものの、まともに受けた。「時間遅滞呪文」紙切れのようにルイの体が吹き飛ぶ。近くの木に叩きつけられて、だがそれでも勢いが止まらずに転がっていく。

 オウルウは死体を確認しなかった。自分に手傷を負わせるほどの実力者が挽き肉と化しているのを、なんとなく見たくなかったからだ。次元呪文の空間の入り口を見上げる。

「なによそ見してるんだよ?」

 背後からの奇襲。ざく。鱗の砕けた首に短針がねじ込まれた。そのまま前方に向けて高速で間合いを離脱する。オウルウが腕を振ってルイを追うが寸でのところで届かない。着地し、反転。

ルイの体には傷一つない。が、服は破けていたし盾代わりにした長針には皹が入っていた。だがそれだけ。

 すぐに仕組みは理解できた。攻撃が命中する瞬間にルイは時間遅滞呪文を唱えていた。彼の体はいまオウルウの攻撃が影響を及ぼす直前の時間にある。つまり呪文を解除すると同時に、遅延された衝撃が彼に到達し、死ぬ。バカな真似を、と思う。時の砂の呪文は極大呪文以上の大呪文だ。永遠に唱え続けることなどできはしない。そしてこれはオウルウが知るよしもなかったことだが、ルイの魔法力は既に時間遡逆呪文を使うことのできる絶対量を失っていた。事実上の勝敗はすでに決していた。オウルウの勝利だ。ルイの敗北。

 オウルウは少し意気を下げた。その瞬間に首を伝う強烈な違和感に気づく。神経を舐められるような痛みが走った。咄嗟にオウルウは自分の首の肉を引きちぎった。投げ捨てると、その肉は黒く変色して爛れていた。ついには溶解して液状化する。ごぽごぽと泡を立て、地面に黒い染みを作る。

「時間加速呪文で腐敗を促進したのか」

「ご明察」

 ルイが飛び込む。首筋から胸にかけて抉り取った部分に針をつきこむことを狙う。オウルウは再び「旋風呪文」と唱える。重なるようにルイが「旋風呪文」唱えた。オウルウの放った風に、逆向きの風が拮抗する。魔法力の高低からオウルウの風のほうが強かったが、相殺された風の勢いはルイを吹き飛ばすほどではなくなっている。充分に動ける。オウルウが足を振り上げた。途中で巨大化、竜脚が前による前蹴り。前方の広範囲が粉砕される。ルイが脇へと逃げる。天屠閃を放つ。掲げた右腕の竜鱗に分銅が着弾し、軟化呪文の青い光点が残る。オウルウが翼を広げて薙ぎ払う。回避のためにルイは後退せざるを得ない。

 接近戦を避けようとオウルウが跳躍。空中で息を吸い込み、竜化した肺が膨らむ。ファイアブレスが放たれようとしていた。

(妨害、は、間に合わないか。跳べば撃ち落されるのが関の山……)

ついにはオウルウの全身が竜化する。小さな砦ほどの大きさのある竜。黒紫色の鱗に覆われた魔獣。覇竜オウルウの真の姿が顕現する。

城を相手に戦っているようなものだ、とルイは不意に馬鹿馬鹿しくなって嗤った。手の中の剣を頼りなく思う。オウルウの口腔の奥に白い光が灯る。ルイは自分の右腕を切り落とした。白い炎が眼下の森を吹き飛ばした。

 オウルウは油断していなかった。難攻不落の牙城に等しい自分の竜体を脅かすほどの攻撃力をルイが持っているとは思っていなかったが、策を弄するのは弱い人間の得意とするところだ。最早ヒフミを殺すことは叶わないことは察していた。せめて燃え尽きたルイの死体を今度こそ確認して戦いを終えようと考えていた。翼の上にわずかな重みを感じて首を傾けた。右腕のないルイ=ライズが翼の上に立っていた。炎の影響は見当たらなかった。

 戦慄と同時にオウルウが体を横転させる。振り落とそうとした。軽く跳躍したルイの手から魔法力で出来た真っ黒な剣が噴出する。直感であれを受けたらまずいと判断してオウルウは両翼を畳んで壁にする。長大な剣が鱗を両断。翼の肉まで何の抵抗もないように引き裂いてオウルウの胸を縦一文字に切り裂く。ルイは口に銜えていた短針を離し、落下したそれをオウルウの胸の傷口に向けて蹴りだした。短針は正確に心臓の近くに突き刺さり、時間加速呪文によって超高速でオウルウの肉を腐敗させる。オウルウが魔法力の大半を手放して竜の肉体を脱ぎ捨て、老人の姿に戻る。落下。荒い息を吐き、近くの樹木を杖代わりにしてよろめきながら構える。

 ルイが旋風呪文で落下の勢いをやわらげながら着地。脂汗を流して右肩を押さえる。糸で肩の付け根の血管を手早く縛り付けて失血だけを抑えると、再び左手から真っ黒な剣を噴出させる。

(闇刻結界を攻撃に転化したものか……)

 オウルウの竜鱗が魔法力を帯びた呪文や剣を無力化できるのは、単純にそれら以上の魔法力を鱗が帯びているからだ。

闇刻結界は魔法力を無効化する性質を持っている。それを剣に付与できれば、魔法力を持っている万物を切り裂くことのできる無敵の剣が出来上がる。ブレスを突破したのも同じ呪文だろう。ファイアブレスはあくまで魔法力による攻撃だ。闇刻結界の魔法力無効化で完全に防ぐことができる。そして炎を放ちオウルウ自身の視界が塞がった瞬間に火炎に紛れて動いた。

 おそらくこれまであの剣を使ってこなかったのも他の呪文との併用が困難だったからだ。右腕を切り落としたのも時間遅滞呪文との併用が困難だったので負荷を避けるために直接の衝撃を受けた部分を切除したのだろう。

「なんだよ。意外とやれるじゃないか。城落とし」

 ルイの顔は出血によって色を失っていた。

「十二分に評価していたつもりだが未だ貴様を甘く見ていたようだ」

 オウルウはゆっくりとルイに歩み寄る。

 王者の歩みだった。ルイの残存魔法力のすべての篭った剣を、恐れていない。正面から戦って叩き潰すことができると確信している。そしてその確信はきっと正しいのだろう。

 ルイは大小様々な策を思い浮かべて、しかしどれも通用しないことを悟る。片腕を失ったルイに取れる戦術は激減していた。正面から戦うしかない。殺るか殺られるか。シンプルでいいと思う。

「なあおい、ルイ」

 オウルウにその声は聞こえていなかった。それは勇者のパーティにだけ伝わるように周波数を設定された音波反響呪文によるものだ。「こっちだ。ぶちこめ」にい、と笑う。ルイは命綱ともいえるオウルウに通用する唯一の武器を、真っ黒な剣を投擲した。虚をつかれたオウルウが、必要以上に大きな動作で剣を回避する。体勢が崩れる。ルイが時間加速して接近、組み付く。剣を手放したルイはオウルウに致命傷を負わせる手段を持たない。振り払えば終わる、と判断したオウルウが左手を振って迎撃する。音波反響呪文に優れたルイは筋肉の収束音と関節の軋みからオウルウの動きを読み取り、いとも容易く頭を低くして腕の下から懐まで潜り込む。引こうとしたオウルウの足を軽く払う。次に服の襟首を掴んで、「るうううううううああああ」唸り声をあげてあらぬ方向に投げ飛ばした。オウルウは一瞬ルイがなにを目的にしてその手段に出たのかわからなかった。なにが起こったのか理解したのは、すべてが手遅れになったあと。

 オウルウの視界が暗転した。次元呪文に吸い込まれたのだと気づいたのは見知らぬ男の、懐かしい姿を認めてからだった。


「よおオウルウ。五百年振りか」


 狐目の男が、『勇者』がそこに立っていた。

 無論それは本物の勇者ではない。五百年振りなどと言ったがそれがア・ルミアとしての記憶を持っているかすらあやしい。彼はヒフミの魔法力によって再現された勇者の影に過ぎない。

 オウルウは周囲を見渡した。虹の国のレプリカ。術者が去ったことで世界にほころびが生じ、この空間を形作っていた魔法力は崩壊しつつある。そして目の前の男は崩壊する魔法力を片端から取り込んで、世界そのものの魔法力を掌握している。その実力は本物の勇者と相違ないものだろう。

「まあ見ての通りだ。ここが崩れるまでそんなに時間はない。俺を殺すか、この空間が崩れるまで耐え切ればお前の勝ち。せいぜい遊んでいってくれよ」

 極大電撃呪文が唱えられた。




(ああ……まずいな)

 ルイは誰もいなくなった森の中で体を横たえた。体が動かなかった。魔法力を使い果たしていた。時間遅滞呪文によって衝撃の到達を遅延させているのも限界だろう。火のついた森のなかで汗すらもすぐに蒸発していく。

(まあいいや……姉ちゃん逃げれたみたいだし……倒せなかったけどオウルウにも傷を負わせたし……もうしばらくは大丈夫だろう……ああ、そうだ……あいつ……殺し損ねたな……)

 名前はなんといっただろうか。

 たしか、カナン、だったはずだ。

“賢者”の後継者。

 自分の境遇を少し思い返して苦い感情がにじみ出る。

 ルイは厳密な意味では人間ではない。

 精霊ルミアの魂であるア・ルミアを宿した人間が魂の規格にあわせて肉体と魔法力を作り変えられて勇者となるのと同じように、力ある魂を肉体に宿せば勇者に匹敵する存在を人工的に作り出せるのではないか。そう考えた賢者によって作り上げられた実験兵器だ。

 結果としてその目論見は成功した。力ある魂、魔王オルドウスの魂を宿したルイは確実に人間以上のスペックを有していた。作った人間は“擬似勇者”と呼んでいた。擬似勇者は勇者に代わって魔族を征伐する新たなる英雄のはずだった。擬似勇者の第一号が魂に肉体を乗っ取られて破滅の魔王と化し、街を一つ壊滅させるまでは。

 どさくさに紛れてルイは流出し、ゾルアに拾われ、育て上げられ、勇者抹殺の命令を受ける。

 そして勇者と行動を共にしていたフリューに敗れた。

 ルイは何度もフリューに挑んだ。というか勇者を殺しにいくとどうあがいてもフリューに見つかった。夜襲だろうが待ち伏せだろうが罠を張ろうが、なにをしてもフリューに看破された。何度も敗れたにも関わらず「ガキは殺さない」とか適当なことを言って見逃された。屈辱だった。

 そのうち迎撃するのが面倒くさいと手元に置かれる。

 奇襲しようとしてフリューに殴られる。ヒフミに頭を撫でられて回復呪文をかけられる。そんなことが続くうちになぜだが勇者のパーティの一員に加わっていた。

(……ああ、そうだ。認めたくないけどなぁ)

 楽しかったなぁ、と呟く。

 ルイにはもう生存のための魔法力すら残っていなかった。指先から自分の体が崩れていくのがわかる。悔いはなかった。


 すべての力を使い果たして、盗賊ルイ=ライズが死んだ。



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