天空城を巡る冒険 10
「起きたまえ」
べちん、と頬を叩かれて私は目を覚ましました。反射的に殴り返してカナンが吹っ飛び、石造りの壁に激突して止まります。む? と、ここから私の主観が戻ってきます。
「ここは?」
「虹の国、のレプリカだ」
ふらつきながらカナンが起き上がり、転倒しました。
「きみ、強く殴りすぎだ……」
「どうしてこんな場所に」
「次元呪文の内側、つまりこれが、アトー=ヒフミの作り出した空間ということだよ」
カナンが額を指でなぞり、開きっぱなしだった“第三の目”を閉じます。疲労感からか顔を顰めました。
その周りには私たちを物珍しそうに見ている人々がいました。レストランや服屋、アクセサリーを売っている露天商までいます。遠くには王城が見えていました。風が吹いていました。空には雲が流れ、太陽が世界を照らしています。遠くには一雨きそうな雨雲が浮かんでいました。
「これを呪文で作り上げているのですか? ただ一人の人間が?」
次元呪文、といっても私はもっと小さな空間に一人分のスペースだけを作り出して閉じこもっていると思っていたのですが、この街は本物とまるで見分けがつきません。いったいどれほどの魔法力を行使してこの空間を構成しているのでしょうか。オーブなどの呪具の力を借りたとしても、こんな規模の呪文を成立させることができるとは到底思えません。最強と謡われた歴代の魔法使いたちの何人がこの最奥にまで到達していたのでしょう? きっと片手の指で数えることができる程度しかいないはずです。
「想像を絶する天才なのだよ、あれは」
私は武闘家の身で極大呪文を使うことができることを内心の自慢にしていたことを恥じました。本物の魔法使いの業の前では私の呪文など児戯に過ぎなかったのです。私はカナンを見ました。
「……なにかいいたげだが、当然私にはこんな真似はできんぞ」
さておき。
「オウルウは? 戻らないと」
「戻れないよ。出口は存在しない。出るにはアトーを見つけるしかない」
私は唇を噛みました。ルーちゃんが心配でした。彼がいかに強くても魔王級の魔族をたった一人で抑えることができるほどではないはずです。
「我々がアトーを連れ出せば彼はオウルウの足止めをやめて逃げることができる」
カナンが冷たい声で言いました。
「……わかりました」
それが上策なのでしょう。年端もいかないあのような子供に庇われる自分が情けなくなりましたが、自戒するのはあとです。いまはできることをしましょう。
「どうやって探しますか。この国、結構広いですよ」
「少し待ちたまえ。……いや、見つけたよ。魔法力が垂れ流しだからな。これだけ“匂えば”元は辿れる。ついてきたまえ」
走り出します。
そこは郊外にある特徴のない小さな家でした。コンコン、カナンがドアを叩きます。
「はいよ、どちらさん?」
狐目の男性がドアを開けます。
「ゆーしゃしゃん、どなたですかぁ」
それからドアの奥から、昼間だというのにパジャマ姿で寝ぼけ眼の痩せた女性が顔を見せました。非常に血色が悪いです。そしてどうでもいいですが痩身のわりに乳だけデカい。ふむ。
「探したぞ、アトー」
そしてカナンの姿を認めると「ひっ」女性は怯えて、奥へと逃げていきます。
完全に嫌われてますね、カナン。もしや探していた、とはストーカーのごとくつけまわしていただけなのでは? その場合、私はアトーさんの味方をしなければなりません。……ふむ、とりあえずその可能性は捨てて置くことにしましょう。
「ああ、ついにきたのか」
男性が頭を掻きます。「追い返して、追い返してください」ヒステリックな声が聞こえてきます。「帰れ、って言っても帰らないだろ。あんたら」カナンが頷きました。「まあ上がってけよ」ゆーしゃと呼ばれた男性が私たちを中へ導きます。
「いいのかね?」
「いいんだよ」
次元呪文の中の登場人物である以上、この方はアトーさんの魔法力で作られた人形も同然のはず。それが彼女の意志に反して行動している。なんだかとても不思議な気がしました。
「なんで、どうしてですか。勇者さん。私といるのが嫌になったんですか」
アトーさんが半狂乱で泣き喚いています。
勇者さん、とやらは優しい声で「違うよ」と言いました。
「だけどよ、お前がこの世界を維持するためにどれだけ命を削ってるのか、俺がわからないと思ってたのか。そんで、お前の考えていた俺は、無益にお前が死ぬことをよしとする人間だったのか?」
「でも……でも……」
壁の隅に蹲りすすり泣いているアトーさんを見て「埒が明かないな」と勇者さんが呟きました。「電撃呪文」と唱えます。細い稲妻がアトーさんに突き刺さり、彼女を気絶させました。
「連れて行け。手荒には扱うなよ」
「……感謝する」
「される筋合いはないよ」
ぶっきらぼうに言いました。
「でもどうするんですか。さっき出られないって」
カナンはアトーさんを担ぐと「こうするのだよ」私の手を取りました。
「む?」
「瞬間移動呪文」
そして私は騙されていたことを悟りました。
本当はすぐに出れたのです。聞き分けのない私をおとなしくさせるために出れないと言っていただけなのでした。




