天空城を巡る冒険 9
「そうか、ならば我の魔法力ならばどうだろうか」
突然降り注いだ漆黒の魔法力に、カナンが吹き飛ばされました。背中を打ちそうだったのを、寸前で私が抱きとめます。
「な……」
カナンが愕然とした目でそれを見ていました。次元の扉がこじ開けられていました。そして魔法力を放った主が、翼を畳んで降りてきます。ルーちゃんが後ろで膝をついていました。あれの撒き散らす魔法力の圧力でやられたのでしょうか。
「どうして、キサマが……」
それは竜の翼を生やした。白髪の老人でした。
静かに降り立つその姿は、神話の一説にでも出てきそうな神々しいものです。
老人はカナンを見てにやりと笑みを浮かべました。
「誰かと思えば賢者ではないか。実に二百五十年振りだな」
「……、!?」
言われた直後、カナンがなにかに気づいたように周囲を見渡します。
次の瞬間、ルーちゃんが私の首の後ろに手刀を叩き込みました。
前方ばかり警戒していて後方に対してまったく警戒していなかった私は、的確に急所を打たれて意識を失います。
ここから先はあとでカナンに聞いた話をある程度の想像を編纂したものなので現実で起こったこととは異なるかもしれません。
ルーちゃんは気絶した私をカナンに向けて放り出しました。
「事情が変わった。行け。アトーをつれて逃げろ」
「……君は、時を越えたのか?」
ルーちゃんの使った時の砂の魔法、『時間遡逆呪文』は数分程度の時間を捲き戻すことができる呪文なのだそうです。無論、そんな効果の大きな呪文はまともな人間に使うことのできる呪文ではありません。カナンにもできないそうです。
時間が捲き戻ったことをカナンが察することのできたのは、先ず知識として「時間遡逆呪文」とやらの存在を知っていたこと。それから“元の時間”においてカナンは黒こげで焼け死んだ状態から捲き戻ったのでこの呪文の効果を大きく受けたこと。最後に彼の額に開かれた“第三の目”が捲き戻る前にあった黒こげのカナンや内臓をドバドバ溢れさせた私の残滓をわずかに見つけ出したことのおかげでした。
「理解が早くて助かるよ賢者」
ルーちゃんはゆっくりと前に歩み出ました。
足止めをする、つもりのようでした。ルーちゃんの疲労は凄まじいはずです。時間遡逆呪文は本来人間が使うことのできるような呪文ではなく、当然のように莫大な魔法力を消費します。時が捲き戻ってもこの呪文のために消費した魔法力だけは覆らないそうです。
できるのかね? と言いかけて、カナンはその言葉を飲み込みました。
私とカナンがオウルウと戦った時間軸においてどうなったか。なぜルーちゃんが時間を捲き戻す必要があったかを察したからです。私とカナンはきっとルーちゃんの足手まといにしかならなかったのでしょう。
悔しさのあまり、カナンは唇の端を噛み切りました。痛みと血の味が少しだけ彼を冷静にします。
「この借り、返させろよルイ=ライズ」
そしてカナンは私を抱えて、解放された次元の入り口に飛び込みました。
――まったく世話のかかるやつらだなぁ、とルイは苦笑した。
「……行かせてよかったのかよ?」
「止めたかったのはやまやまなのだがな」
どうもオウルウは困惑しているようだった。もしもカナンが次元呪文に飛び込むのを妨害しようと襲い掛かっていれば、代わりに彼のそっ首が叩き落されていただろうという強い予感があった。そして、その予感は正しかった。
ルイが長い息を吐く。これだけはやりたくなかったんだけどなぁ、と口の中で呟く。
「時間加速呪文」
留め金を外して上着を脱ぎ、放り捨てる。布に阻まれてオウルウの視界から一瞬ルイの姿が隠れた。
再び現われたルイは、手足の伸びきった青年の姿をしていた。身長は百七十センチほどだろうか。足元に簡素な長い刃と短い刃が突き刺さっている。灰色の髪がところどころ闇色に染まっていた。髪はめちゃくちゃに伸びていて、短い刃を拾い、ルイは自分の髪を適当な長さに切り落とす。背中に背丈の同じくらいの、魔法力で出来た奇妙な円を背負っている。その円を中心に凄まじい魔法力を漲らせていた。風に舞って切り落とされた髪が散っていく。ルイはなにげなく自分の手足を見る。
「うへえ、僕、成長したらこんな姿になるのか」
「……なにを、した?」
「時間加速呪文で二十歳付近、肉体のピークまで自分の時間を進めたんだ。お前と戦うには子供の身体じゃあ不足だろうからね」
「そんな児戯はどうでもよい。その魔法力はなんだ? おまえは、何者だ」
「見ればわかるだろ?」
ルイは自嘲するように笑みを見せた。足元に突き刺さった刃――正確に言えば時計の長針――を拾いあげる。
「バケモノだよ」
そして死闘が始まった。




