天空城を巡る冒険 8
「一つ聞かせろ、ルイ=ライズ」
「あん? なんだよ」
負けて以降、ルイはめちゃめちゃ不機嫌です。カナンが煽ったせいでもあると思います。私は武闘に生きる人間だったのでその手の煽りはよくないものだと教わったのですが、カナンにはそういう性質が備わっていなかった模様。ふむ。
「きみのスキルビルドは隙を突くことを主体とする対人戦闘を目的としたものだ。甲殻や防壁を突破するために破壊力を重視する対魔族戦闘ではない。きみは人間を殺すために戦う技術を高めたはずだ」
「……」
「率直に訊ねよう。きみは人間の敵かね?」
「それに“はい”って答えるやつが人間の敵やってると思うのか」
呆れながらルイは肩を竦めます。
「半分あたりで半分はずれだよ、賢者。僕のスキルビルドは確かに対人戦闘を主体にするものだ。ただそれは僕が盗賊だから。物を盗むのに都合がよかったからだ。それから、お前ら程度には見せる必要がなかっただけで魔物の甲殻や防壁を突破する手段は持ってるよ」
「違うな」
カナンは即座にルイの言葉を否定しました。
「きみの噂は聞いているから言っているのだよ。恐るべき盗賊、ルイ=ライズ。きみが盗むのは物ではない。技を盗むがゆえに盗賊といわれているのだと」
「誰が言ってたのさそれ。僕はふつうに物も盗むよ」
どうでもいいといえばどうでもいいのですが、“技を盗む”という点について否定はしませんでした。私はこの恐るべきちびっこのことを十二分に評価しているつもりだったのですが、もしかしたら彼は私が思っているよりも更に恐ろしいちびっこなのかもしれません。
「まあいいや。とにかくアトーの元へ案内するまではいいけど、多分会えはしないよ」
「むむ?」
ルイはエスコートするように私に手を差し出し、ぞんざいな感じでカナンに拳を当てました。
……女性の扱いを心得た小僧っ子ですね。マセガキです。
控えめにいって気に食いません。
「瞬間移動呪文」
と、唱えて私たち三人の体は平原から転移。
次の瞬間には鬱蒼とした森の中にいました。
「……世界樹の近くか」
カナンが言います。はて、セカイジュ?
「アトーはあれの中」
と、ルイは中空を指差しました。木々の隙間。枯れ木の洞になっている、ひどくわかりづらい場所に、形容しがたいものが浮かんでいました。なんていうか、蟲の繭に似ています。黒い渦を巻く凄まじい密度の魔法力の塊です。強い魔法力の塊は本来魔法力を放出して周囲に影響を及ぼしてしまうものですが、むしろ逆に周囲の魔法力をわずかずつ吸い取るような構造をしているようです。
なにかしらの空間系統の呪文のようですが、その構造は私たちを拒絶するように入り口を閉ざしていました。
「やはり次元呪文か、あの引きこもりめ」
カナンが吐き捨てました。掌を向けて、魔法力を集中。“次元呪文”と彼が呼んだそれをなんらかの呪文によって解析、解剖しようとして、バチイ、拒絶されました。カナンは懲りずに解析しようと手を伸ばします。
手伝えることもなさそうだったので、私は少しはなれた気の根元に腰を下ろしました。
「ねえねえルーちゃん」
「……それは僕に言ってるのか」
「はい」
「よーし、そこに直れ」
ぺちん、チョップされました。
「次元呪文ってなんですか」
尋ねてみると、案外素直に「高位の魔族が使う、自分にとって都合のいい空間を作り出す呪文だよ」と答えてくれました。ルーちゃんによるとダンジョンの制作などに用いられた前例があるそうです。しかし空間を丸ごと、新しく作り出す呪文、ですか。
「高位の魔族、というと」
どの程度の高位魔族なのでしょう? と思っていたらわりととんでもない答えが返ってきました。
「僕が知っているアトー以外の使い手は、六代勇者が倒した魔王、空間を司る魔神アーデムスだけだね」
「……それって超のつく高等呪文では?」
「そう」
「アトーさんって人間なんですよね」
「そうだよ」
なにものなんですか、アトーさんって。
「諦めろよ賢者。お前程度の技量じゃあそれは開かないよ」
「黙っていたまえ。君はこのままでいいと思っているのかね」
「……」
「どういうことです?」
ルーちゃんに尋ねたつもりでしたが、カナンが返事をしました。
「“空間を作り出す”ような高難度の呪文を一人の人間が維持し続けることなど不可能なのだよ。遠からずアトーは死ぬ。魔法力が尽きて骨と皮だけになってな。ふつうの人間ならば死ぬ前に出てくるだろうが、あの頑固者の馬鹿娘は」
「引きこもったまま死ぬのを潔しとするんだろうね」
「わかっていながらなぜ手を打たない?」
くそ、先生ならばこれくらい……
よくわからない愚痴を零しながらカナンが再度解析に挑みます。
彼の額に“第三の目”が開きました。全力を持って挑んでいますが、結果は芳しくない模様。
「考えはしたんだけどね。閉じこもることを選んだ姉ちゃんを無理矢理引きずりだしたところでそのあとどうするって言うのさ。そもそも僕の魔法力じゃどうしようもなかったし」
不意に、天空から影が落ちてきました。
「そうか、ならば我の魔法力ならばどうだろうか」
降り注いだ漆黒の魔法力が次元呪文を打ち据え、近くにいたカナンが吹き飛ばされました。背中を打ちそうだったのを、寸前で私が抱きとめます。
「な……」
カナンが愕然とした目でそれを見ていました。次元の扉がこじ開けられていました。そして魔法力を放った主が、翼を畳んで降りてきます。
「どうして、キサマが……」
それは竜の翼を生やした。白髪の老人でした。魔法力の波濤がやわらかく私たちを打ちました。別段なにか呪文を放ったわけではありません。老人の体内に満ちている魔法力がただそれだけで場に干渉したのです。凍えそうな魔法力でした。
静かに降り立つその姿は、神話の一説にでも出てきそうな神々しいものです。
カナンを見てにやりと笑みを浮かべます。
「誰かと思えば賢者ではないか。実に二百五十年振りだな」
「……っ」
カナンはそれには答えませんでした。
代わりにルーちゃんが構えながら、問います。
「どうやってここを突き止めた?」
「世界中をしらみ潰しに探しただけに過ぎぬよ。実に手間がかかった。ああ、別に貴様を追ったわけではないとも。貴様の隠密は完璧だったし、まことに厄介だったよ、ルイ=ライズよ」
「誰なのです?」
私は旋風呪文を使い、圧縮空気を身に纏います。
「よせ、戦うな」
カナンが制止しました。
バカですか。この私に魔族を殺すな、だなんて。
「無理を言わないでください。で、誰なんですか」
それは呼吸をするなといっているのと同じことです。
「オウルウだ。覇竜オウルウ、現代において神代の力を振るうことのできる唯一にして絶対の魔王。我々の勝てる相手では」
――ない、と言い終わる前に私は圧縮空気を噴射して特攻していました。
「やるしかないみたいだね」
ルーちゃんが宣言。透明な分銅を投げます。
「ああ、もうっ!」
呆れながらもカナンが爆裂呪文を複数展開。私の特攻にあわせてそれらがすべて同時に着弾。翼を生やしたオウルウが盾のように竜翼を掲げて、表面を爆ぜただけで散っていきます。「硬いな!?」カナンが悲鳴を上げます。オウルウが翼を振るい、私は跳躍して回避、圧縮空気の噴射で体勢を維持。樹の幹を蹴って斜め上の角度から再度突撃します。軟化呪文の鈍い光が鱗の一点に灯っていました。ルーちゃんの分銅に乗せられたものです。飛び蹴りが光点に着弾。鱗が砕けました。砕ける、ならばやれる!、と思ったのはほんの一瞬のこと。
オウルウが腕を振りました。わかったのはそれだけでした。意識が一瞬ブラックアウトいて、次の瞬間、どさどさ、ぐちゃ、と変な音がしました。自分の腕が見えました。それは根元から千切れておかしな方向に捻じ曲がっていました。その周囲にはなんだかよくわからない赤黒いものがたくさん落ちていました。私は自分の腹を見て、それらの赤黒いものがなんなのかようやく理解しました。私のお腹に特大の穴が開いていました。私の胃や肺、内臓やそれを繋ぐ筋肉や血管が纏まって落ちていたのです。
オウルウの腕は鋭い鍵爪のついた巨竜のものへと変化しています。
部分竜化。
私の負傷はどうやらその爪の先が掠めただけだった様子。あ、ダメですねこれ。死にました。
カナンの呪文が着弾しますが、高い硬度を持つ竜鱗を貫くことができていません。鱗の砕けた部分を狙ってはいますが、オウルウはわずかに翼を振って着弾点を微妙にずらします。
「く、来るなっ!」
一際強い魔法力をこめた爆裂呪文がオウルウに直撃しました。しかしやはり鱗の表面で爆ぜて散るだけ。返し刃に放たれたのは、ファイアブレスでした。
カナンはそれをありったけの魔法力で防御します。氷刃呪文で壁を作り旋風呪文で火炎を避けようとします。が、無駄な努力でした。それらの防御を圧倒的な火力によって貫いたブレスが突き破り、火炎が止んだときに残っていたのは黒焦げの“カナンだったもの”に過ぎませんでした。
ついでにブレスの余波によってルーちゃんの片腕が焼かれています。
脂汗を流しながらも、おそるべきちびっ子の手には長大な魔法式があります。
しかしどんなに強力な呪文であっても、あの覇竜オウルウには通用しないのではないかという予感がありました。
結論から言えばそれは間違いでした。ルーちゃんの唱えた呪文は、オウルウに通用しました。
「時間遡逆呪文」




