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天空城を巡る冒険 5


 光の国は人間の国々の中で最も栄えている地です。

 この世界における最大の宗教、ルミア星光教のお膝元で、屈強な神殿騎士たちによって守られています。そこへ“勇者のパーティ”フリュー=アルドリアンが加わることで、この地の守りは鉄壁と化しました。いまや強力な魔族ですらこの地を避け、散発的に魔物を繰り出す程度。

 そして魔物の蹂躙が起こらない光の国は、商人達にとっても天国でした。

 富豪たちが安全を求めてこの地に移住し、彼らが金を落として繁栄していったそうです。

 手を繋いだ母子が繁華街を歩いていました。屋台で柔和な顔つきの男性が氷菓子を売っていました。仕事中らしい男性が紙を捲りながら歩いていました。

「栄えていますねえ」

 私が言い、カナンが頷きます。

魔物による蹂躙のない世界には活力がありました。どうか世界のすべてがこうありますように。私は魔物共の絶滅させることを改めて心に誓います。

 私とカナンは星光教会の本部へやってきました。街の土地のおおよそ三分の一を占める馬鹿でかい建物です。どうでもいいですが他の国で言うところの「城」の役目を兼ねているためこれほど大きい建物なのだそうです。

 フリューの紹介だといえばすぐに宿の用意をしてもらえました。元々巡礼者たちに斡旋している部屋だそうです。ただしいま空いてるのが一室しかないということ。

「私か彼女のどちらかに同性の誰かと相部屋を」

「え、別にいいですよ。こいつと一室使います」

「……だそうだ」

 カナンは疲れたように肩を落とします。

ふむ、こんな美女と同じ部屋に泊まれて嬉しくないのでしょうか。

 部屋について荷解きをします。

「さて、どちらが床で寝るかを決めましょうか」

「きみがベッドを使いたまえ」

「やはり殴り合いで、……はい?」

「わたしは怪我人を転がしておく無法者ではないよ。きみがベッドを使いたまえ」

 カナンは長椅子に陣取りました。

 私は謎の敗北感を覚えます。

「きみの腕もここの人間に見てもらったらどうだ? ここの僧侶達は専門家だ。齧った程度のわたしの回復呪文よりも、ずっとましな治療を受けれるだろう。設備も整っているはずだ」

「む、そうですね。なるほど、そうしましょう」

「ああ、行ってきたまえ」

 しっしっ、とカナンは私を部屋から追い出します。ばたんと扉が閉じました。

 ……なんだか体よく厄介払いされた気がしました。

 とぼとぼ歩いていて、なにげなく振り返ると戦士フリューがカナンのいる部屋をノックしていました。なにやら沈痛な趣がある表情でした。戻って聞き耳を立てようと考えましたが「あら」修道士に押された車椅子に乗る女性がパッと表情を明るくして声をあげました。

「ねえあなた。フリューのお客さんよね?」

 む、フリューさんの紹介でここにやってきたのですから、一応はそういうことになるのでしょうか? 少し迷いましたが「はい」と答えます。

「一緒に来てお茶しない? あたし、彼の幼馴染でノエルというの。あなたのお話が聞きたいわ」

「お誘いありがとうございます。でも私、怪我をしていてこれから治療を受けにいかないといけないのです」

「大丈夫よ。それならあたしにもできるから。ほら、行きましょう」

 ノエルは笑って私の袖を引きました。

 せっかくなのでご一緒させてもらうことにします。

 中庭の薔薇園の中に白いテーブルと椅子がセットされてきました。修道士さんがティーポットと生菓子を運んできて、ノエルを椅子に座らせます。「では、私はこれで。用があればまたお呼びください」と言い、「ええ、ありがとう」ノエルが底抜けに明るい笑顔で見送ります。

「さて、まずは肩のことかしら」

「あ、はい。では、お願いします」

 私は包帯を外しました。固定具があらわになります。ノエルの近くで膝をついて、彼女の手の届く位置に肩を置きます。ノエルは私の肩に両手で触れました。

「……随分な無茶をしたのね?」

「そうしなければ勝てない相手でしたので」

「敵はどなた? 魔族でしたの?」

「“死を呼ぶ呪文”サビロを名乗っていたけど偽者だったみたいです」

「そう。ところでこの処置をしたのは」

「カナンという仲間の魔法使いです」

「あとで一言申し上げておくわ。ところで少し痛いことをするけど大丈夫かしら」

「はい。どうぞ」

 私が言うと、彼女は指先に生み出した魔法力の刃で私の肩を裂きました。

「っ……」

 先に魔法力で麻酔してくれていたのか、痛みはそれほどでもありません。が、彼女が傷口に指を突っ込んだので違和感と圧迫感でとにかく気持ち悪い。ぐにぐにとなにかを穿り出すと指を引き抜きました。彼女の掌には体液で汚れた白い骨の欠片がたくさん乗っていました。とりあえず目がちかちかする。

「骨片が残ったままで傷が閉じてあったわ。これが残っちゃうとあとになって痛みが出たり、神経を圧迫して腕の動きに支障がでるの。あなたのお仲間さんは呪文を信用しすぎね」

 手を拭き、細かな骨の欠片をハンカチに包んで、テーブルにおきます。

「じゃあ、仕上げに」

 回復呪文、と彼女が唱えました。傷を閉じます。

「終わり。ゆっくり動かしてみて。急にはダメよ」

 言われて、おそるおそる肩を上げます。

「……痛くない」

「成功ね。二、三日は無茶をしちゃダメよ」

 はぁ、専門職の僧侶さんはすごいですね。

 私はカナンの技量を信頼していました。彼の呪文の技量は、冒険者の中で回復呪文を齧ったものの中では最上級です。王位継承権が下位だった私はお城を飛び出してギルドに入り浸っていました。冒険の最中で何度も、大きな傷を塞ぐことができずにおろおろとうろたえる僧侶を見たことがあります。

 ですが、ノエルの腕前はカナンと比較してもなお余りあるものでした。所詮在野の冒険者は在野の冒険者ということでしょうか。

「それじゃ、お茶にしましょ」


 ノエルは外のことを聞きたがりました。私が冒険のことをおもしろおかしく話すと、いちいち表情を変えて大げさなくらいに喜んでみせます。

 そしてどうでもいいけどお菓子が美味しい。

 ふむ、永住したい。

「素敵ね」

 ノエルは溜め息を吐きました。日々の生活の退屈に倦んだ人間の顔でした。

「ところでつかぬことをお聞きしますが、フリュー=アルドリアンとは幼馴染なのですよね?」

「そう。あたしも彼も剣の国の出身。彼はあたしの父の教え子だったわ」

「お父様は先生?」

「孤児を集めて私塾をやってたの。お金にもならないのにね」

「偉い人だったのですね」

「金持ちの道楽よ」

 無感情な声色で彼女は言いました。

もう少し誇らしげにしてあげてもいい気がします。少なくとも私は王族として最後まで国に残って死んだ父と母を誇りに思っています。ロバートがそれに巻き込まれたことについては残念に思いますが。

しかしまあ彼女なりの父への思いがあるのでしょう。例えば他人の子供にばかりかまけて自分を省みてくれなかっただとか。野暮なことは訊かないことにして私は、もう少しフリューさんのことを聞いてみることにしました。

「子供のころの彼はどんな感じだったんですか」

「ふつうの男の子よ。やんちゃだったわね」

「やっぱり強かったんです?」

「まさか! 父いわく、“俺の弟子のなかであいつが最も不出来だ”ってさ」

「それがいまや」

「そう。“勇者のパーティ”ですもんね」

「どうやってそんなに強くなったんですか」

「生き残ったのよ」

「生き残った?」

 ノエルは少し考えたあと「例え話だけど」といって、人差し指を立てて、適当な感じで話し出しました。

「人々を守りたいと強く願った志のある100人の兵隊がいたわ。彼らは戦争に行った。25人が死んで75人が帰ってきた。そのうち25人は次を生き残る保障がないと思い、兵隊をやめた」

「はい」

「次の戦争が起こったわ。残り50人の中から15人が死んだ。35人の中から15人が兵隊をやめた。そしてまた次の戦争が起こった。また何人かが死んで何人かが生き残る。それを数万人単位の中から最後の一人だけになるまで繰り返した末に生まれたのが、フリュー=アルドリアンよ」

「……」

「彼は無敵よ。彼には他の勇者のパーティの人みたいな剣や呪文の才能はない。でも彼より強い人間は存在しないわ」

 数万の屍とそれを上回る魔物の骸、そして敗走者の上に君臨する絶対の英雄。

 それは、とても悲しい話のような気がしました。

「あることないこと話してんじゃねーよ……

 フリュー本人が庭園を横切って、呆れた感じで頭を掻きました。

「ヨヨ。探し物の件で連絡がついたから、そいつがこっち来るってよ。部屋に戻っててくれ」

「二、三日かかるという話だったのでは?」

「気まぐれなやつだからな。んでノエル。アルカム先生が探してたぞ。そろそろ検査の時間だろ」

「はーい」

 つまらなさそうにノエルが言いました。カップの底で紅茶が揺れています。

「またお話しましょうね、ヨヨさん」

「はい、是非。楽しかったです」

 フリューさんがぺこりと頭を下げて、彼女を抱き上げ、車椅子に座らせました。車椅子を押して庭園を去っていきます。

 ……ふむ、やわらかい表情で会話しているのに、フリューさんにはどこか影のある印象を受けました。なんでしょうね。

 ともかく私も部屋に戻りましょう。

「…………あれ?」


 部屋、どっちでしたっけ?



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