天空城を巡る冒険 4
私とカナンは瞬間移動呪文によって光の国へ移動し、近くの草原へやってきました。
カナンの言う心当たりの人間がここにいるそうです。草原の真ん中で、座り込んでぼーっとしている戦士がいます。周囲の無数の魔物の死体、デーモンロードが三体にドラゴンが二体、小粒な魔物に関しては数えるのが面倒なほど死んでいます。周囲には彼以外の人間は見当たりません。
……これを全部一人でやったのですか?
その男は下ろした背嚢に肘をついて首だけで私たちを振り返りました。
美男子でした。つやつやした黒髪に大きな瞳、形のいい鼻にどことなく鋭い印象を受ける口元。筋肉質な痩身に光で出来た鎧を纏っていました。彼の肉体には無駄な肉がついておらず、かといって肉が不足している感じもしません。理想的な肉体だと思いました。不覚にも私は男児に生まれたかったなぁと思いました。武闘家としての戦闘には股関節の柔らかさや稼動域など、女性特有のメリットもあります。ついでに女性のほうが肉体に魔法力を通しやすく補助呪文による強化幅が大きいそうです。よって少なくともこのジョブにおける総合的な戦闘能力において性差による優劣はほとんどありません。しかし肉の質量に起因する単純な攻防力においては、やはり男性の前衛職に一歩劣るのです。こと対魔族戦闘において破壊力の有無は如実に現われます。
というかそういう理屈はさておき単純に、筋肉かっこいい。
次に私はカナンを見ました。
青白くて無駄に手足の長い痩せた男。ふむ。
「なにか言いたげだな」
「貧相だなぁと、あいたっ」
叩かれました。むぅ、暴力反対。
「あんた、たしか前も来たな?」
「……ああ、そして前と同じ用件だよ。戦士フリュー。アトーという女性の行方を知らないかね」
「悪いが前と同じ返答だよ。知らないし、知ってても教えない」
「……フリュー? あなたは人類最強の戦士、フリュー=アルドリアンですか」
引いておいてなんですが、口を挟みました。
「人類最強かは知らないが、俺がフリューだよ」
わお。本物を初めてみました。
フリュー=アルドリアンは我々前衛系のジョブの中では御伽噺のように語られる生ける伝説です。
ギルドに登録された魔物討伐数歴代一位、等級78も当然ぶっちぎりの歴代一位。今は滅んだ剣の国の軍人でそのころからアホほど魔物を斬り殺して、“勇者のパーティ”に入ってからも数多くの有力な魔物を薙ぎ倒しています。現代の勇者のパーティの戦果の八割くらいが彼の功績といっても過言はないそうです。
私の感嘆をよそに、ぶしつけなカナンが「前とは事情が変わったのだよ。聞いて貰えるかね」と言い、フリューが「……話してみろよ」と応じます。カナンは私にやったような説明をもう少し噛み砕いて、かくかくじかじかと語りました。
天空城が乗っ取られて易の国の上空に浮かんでいる。雷を落とす機能があり、眼下の国を焼き払うことなど容易いこと。それに侵入するためにアトーさんとやらの助力がいること。
「ふうん」
と、あまり興味がなさそうにフリューはあくびを一つ吐きました。
「ダメか」
「ダメもなにも、さっきもいったが俺はそもそも知らないんだよ。アトーの行方なんか俺のほうが知りたいくらいだ。まあ知ってそうなやつには声かけとくが、あんまり期待するなよ」
「そしてこれを言うのも二度目だが、きみの力を貸してはくれないかね」
「テンクージョーとかいうやつに巣食ってる魔族を倒すためにか?」
カナンがこくりと頷きます。
フリューはひらひらと手を振って拒絶の意思を示しました。
「悪いな、俺はこの国を出たくないんだ」
「どうして」
「待遇がいいから」
どろりと濁った目だ、と私は感じました。
父の傍で働いていた、不正を働く腐りきった文官と同じ目。
「体が弱いというきみの幼馴染の、かね?」
……そこまで言うのは言い過ぎだったみたいです。
「苦労をかけたんだよ。随分待たせたしな。大勢の知らない人間より、数少ない知人を守りたい。本当に大事なものを取りこぼすのはもう嫌なんだ」
どうやら彼の目が濁っているのは、憔悴によるもののようです。英雄とて個人です。心無い人々は彼を中傷するかもしれませんが、私には彼の気持ちがわかりました。ロバートの顔が浮かびます。彼ががつがつむしゃむしゃと食べられているところを思い出します。大事なものを取りこぼすのは嫌なのです、ほんとうに。
「お前ら、アトーと連絡つくまで暇なんだろ? 寄ってけよ」
と、光の国を指差します。
ルミア星光教会の本部がある国です。強力な神殿騎士を何人も抱えていて、過激な魔物の侵攻を幾度となく跳ね除けている人間世界の中で最も安全な国だと言われています。
「いや、あてが外れたなら別の場所を探さなければ」
「連絡手段が面倒だから寄ってけ。教会にフリューの紹介だって言えば宿貸してくれっから」
「……わかった。そうしよう」
連絡手段なんて、『万魔殿』を介せばそれほどの手間にはならなさそうですが、ごり押されました。
歩き出そうとしたカナンを、憔悴した声でフリューが呼び止めました。
「ところでよ、お前、魂視の能力って持ってるのか?」
「いや、わたしは持っていない」
「そっか。いや、なんでもねーよ。行ってくれ」
「む……?」
なにか意味のあるやりとりだったのでしょうか。
ともかく私とカナンは光の国に立ち寄ることにしました。




