天空城を巡る冒険 2
「…………偽者?」
「ああ、あれは本物のサビロではないよ。彼は表に出るのを好まないことから偽者の多い七武衆として有名でな。箔をつけたがってサビロの名を騙る魔族というやつは腐るほどいるのだよ」
昼食をとりながらさらりとカナンが言いました。
ギルドから報酬が出たのでパスタなんてものを啜っています。市勢のことには疎かったのですが、これはなかなか美味。また食べにきましょう。
先の戦いで貫通された肩は回復呪文によって辛うじて繋がっています。ギプスと包帯で固定されて「しばらく動かすな」とのこと。筋力が落ちそうです。
さておき、私はひどく脱力しました。苦労して倒したのに、あれ偽者なんですか。
いえ、しかし偽者だからといって力量が劣るとは限らないでしょう。名ばかりの魔族など腐るほどいます。サビロだってその類かもしれません。
「本物はあれの十倍強いと思っていい」
「十倍……」
「少なくともいまの君やわたしが敵う相手ではないよ」
「そうですか、十倍ですか」
ああ、もうなんか嫌になってきました。はぁ、十倍ですか。
倒すまでに私が何人死ぬんでしょうねそれって。
「だいたいあんなものが“死を呼ぶ呪文”だとでも思ったのかね。あれでは私と大差ないではないか」
「……まあ途中で変に大振りしてくるなぁとはちょっと思ってましたけど」
正拳突揆は私の習った武術の中では上から二番目くらいの破壊力を持つ大技です。威力が大きい分、隙も特大。本物であればあれは食らってくれないでしょう。そして上級魔族の持つ屈強な肉体と魔法力を貫通できる技を、私はそれほど多く持っているわけではありませんでした。
はぁ、そうですか。十倍ですか。
「しかしあれだな。君の戦い方には鬼気迫るものがあるな……普通はあれだけ負傷すれば怯むものだが」
「戦闘中に痛みとかあんまり感じないんですよね。熱の感覚とかはあるんですけど」
「ほう」
「それから声が聞こえるんですよ。弟の声で、殺せーって」
「ほ、ほぅ」
「私、弟のことが大好きだったから魔物に食われたのを見て、なんか歯車がズレちゃったんでしょうね」
とんとん、と私は自分の頭を指先で叩きました。
微妙な表情で固まっていたカナンが、こほん、と咳払いをして表情を作り直します。
「ところでわたしはこれから偽サビロが根城にしていた例の祠にいってみようと思う」
「はい、じゃあ私も一緒に」
「ダメ」
「はい?」
「ドクターストップというやつだよ、きみ。その腕が使い物になるなら連れて行ってもいいがね」
カナンはギプスに吊り下げられた私の左腕を指さしました。
「大丈夫、こんなの平気で、」
ちょっと動かすと激痛が走りました。「で、すよ」涙目になりながら私が言うと、カナンは意地悪く笑いました。「君が無茶をしないように回復呪文に鎮痛作用を加えなかったのだ」ぐぬぬ、なんて性格の悪い男でしょうか。
「……どうしてまたそんなところへ?」
「探し物があってね。人間世界のほうはだいたい調べ終えたのだ。そして見つからなかった。ならば魔族の側に手がかりを求めるほかあるまい」
「ちなみに何を探しているのですか」
「人だ。妹弟子で名はアトーという」
「魔法使い? こんなご時勢なのですから、魔族に倒されてどこかで野垂れ死んでいるのでは」
なにせ数多の国が滅びて魔物の領域に飲まれたのです。
知己が死んでいてもおかしくありません。それが在野の魔法使いに過ぎないとなればなおさら。
「いや、それは絶対にない」
しかしカナンは力強い口調で断言しました。
それから呆れた顔つきになります。
「あるとすれば引きこもっているのだろう。魔法力の続く限りに。だがいずれ力尽きる。そうなる前に引きずりだしてやらねばなるまい」
「はぁ」
なんだかこの子に対する奇妙な信頼を感じました。
「わたしはすぐに発つつもりだが、君はどうするかね?」
「どうするって言われても」
肩がこの調子ではなにをできるわけでもありません。
「うん、そうだね。おとなしくしていたまえ。くれぐれも」
念を押されて、しぶしぶ私は頷きました。
――カナンは単身で偽サビロが根城にしていた祠へと向かった。
(易の国は強力な軍隊を持っていて、長年魔物どもを退け続けている近隣諸国の要だ。それに偵察部隊を放ち攻め落とそうというのならば、あんなちゃちな魔族が主力なわけがない)
カナンの魔法力が霧へと変わり、幻惑呪文が祠の内部に満ちる。魔物たちはカナンの姿を見失う。頭目を失って散り散りになったあとで、元々ろくな魔物は残っていなかった。
祠といっても迷宮状となっていて全三階層、ところどころ老朽化して道が崩れていた。散々遠回りさせられたものの、しかしそれでも大した戦闘を行わずに、カナンは石造りの祠の最深部に到達することができた。
(麻の村を落とせば易の国の警戒レベルは最大限まで引きあがる。それは国落としを目論むならば決して上策ではない。やつらには警戒レベルが最大の易の国を攻め落とす手段があった。そして作戦の最終段階として、あの偽サビロが麻の村を落としたならば……)
カナンは最奥に位置していた扉を開けた。大きな姿見がある。それから机と椅子。魔法力を原動力にしたランプがあり、カナンは自身の魔法力を注いで灯りを点した。机の上に紙が放り出されている。椅子を引き、腰を下ろす。紙を手に取る。
それが処分されなかったのは、人間が魔族の言語を解読できるとは思っていなかったからだろう。だがカナンは完全ではないが魔族の文字を読むことができた。そしてそれは案の定、易の国を攻め滅ぼすことに関連する何からしかった。
「ゼミスの空砦……?」
なんらかの兵器の名前らしい。それを復活させた、という記述がされている。
カナンは記憶を引っ張り出す。
ゼミスとはルミアの生きていた時代の、精霊の名だ。いまでこそ現代にその力を残しているルミアが絶対の精霊として崇められているが、ルミアはあくまで“最後まで生き残り魔族と戦った精霊”の名であり、決して唯一無二の存在ではなかった。むしろ無二の精霊であったのは、精霊王と呼ばれたゼミスの方だった。
その“空砦”――
「……天空城のことか?」
ぽつりと呟き、カナンは真っ青になった。
そして血の気の引いた顔で易の国に戻り、万魔殿の支部まで戻ってくる。
そこで待っていたヨヨがきょとんとした顔で「あ、カナン。稽古してたら取れちゃいました。つけてください」と言った。根元から肩が千切れている。左腕を抱えるようにして右手に持っていた。失血は風圧によって抑えているらしい。
カナンは真っ赤になって力いっぱいに「この、バカモノォっ!!!」と叫んだ。




