死を呼ぶ呪文 3
ところで戦闘の興奮から少し落ち着いてあたりを見渡しましたが、例の馬車がどこにも見当たりませんでした。どうやらドラゴンと戦闘している私たちを見捨てて逃げ出した模様。ふむ、賢明な判断ですね。巻き添えを食らっちゃ馬鹿らしいですから。
「まだ追いつけますね。走りますか」
「馬の足にどうやって」
「じゃ、行きますよ」
私はカナンの手を掴み、旋風呪文を使いました。「ちょっと待ちたまえ、き、みいいいい」圧縮空気を溜め込み、ジェット噴射でかっとんで、私とカナンは馬車に追いつくことができました。「ちょっと待ってくださーい」私は言い、馬車を追い越して馬の前に立ちます。商人さんがあわてて馬を止めました。どうでもいいですが、止まったときに慣性で吹っ飛んだカナンが、道端でげろを吐いていました。
ふむ、鍛え方が足りませんね!
一通り吐き終えたカナンが商人さんに向かって青い顔をして言います。
「……引き返したまえ」
うぷっ、と口に手を当ててまだ残っている吐き気をどうにか堪えます。
そうしてきりっとした表情を作り直しましたが、正直いまさらです。
「この近辺にドラゴンなど出たことはなかったのだろう? というかろくな魔物がでなかったはずだ。でなければ君はもっと堅実に準備をして、いいや、そもそもこのルートを選ばなかったはずだ。そうだろう?」
商人さんはただびくびくと首を縦に振ります。
なんか話の内容がどうこうよりも、魔物と戦っていた私たちを見捨てて逃げたことを私たちが怒っていると思った様子でした。
「あの、別に私たち怒ってませんよ?」
「そう、なのか?」
安堵したのか、長い息を吐きます。
「我々が遭遇したあれは、ドラゴンを護衛につけた魔物達の偵察部隊だ。偵察部隊が、易の国と麻の村を繋ぐ街道にいたのだ。わかるかね?」
カナンが続きを口にしました。どうでもいいですが彼の口調は芝居がかっていて本題に入るのが遅くてちょっとイライラしますね!
商人さんが青ざめました。私が頭の上にクエスチョンマークを飛ばしていると、カナンがようやく続きを口にしました。
「この先にもう村などないのだよ。あるのは魔物どもの巣窟だけ。麻の村は魔物に滅ぼされたのだよ。そして易の国を次の標的にしているのだ」
なるほど。合点が行った私は柏手を打ちます。
カナンは次に私を見ました。
「君も帰りたまえ」
「え、嫌です」
「負傷を引きずった君を連れて行くと足手まといだっていうか否定が早いな」
「だってこの先、魔物がいっぱいいるんでしょう? たくさん殺せるじゃないですか」
幻覚でもよくて幻聴でもいいのです。私は弟に、ロバートに会いたいのでした。
「きみは……」
カナンがなにか言おうとして飲み込みます。
「ていうか、あなた一人で行くつもりだったのですか。たかが偵察部隊にドラゴンを護衛につけれるような、魔物の軍団の元に?」
「瞬間移動呪文があるからな。行くだけ行って確認をして、さっさと逃げ出す。そして易の国のものに伝えて、あとは軍隊に任せようと思っていた。これが在野の冒険者の限界だよ」
「えぇ!? 殺さないんですかっ。魔物がいるのに!」
「個人の力の限界を考えたまえ!? よしんば奮戦しても魔法力も体力も尽きて倒れるに決まっているだろう」
く、正論でした。
「むぅ、わかりました。妥協します」
「そうだ。わかればいいのだよ」
「頭だけ殺りましょう」
「きみ私の話をなにも聞いていなかっただろう!!?」
ともかく適当に喧嘩しながら、私とカナンは村の傍までやってきました。帰りのことは瞬間移動呪文があるから大丈夫だそうです。カナンは透過呪文を唱えました。視覚的に透明になることのできる呪文です。「この呪文があれば潜入して暗殺できるのでは」「上級魔族の中には魔法力を直接視認できるものがいる。やつらは匂いにも敏感だ。やめたほうがいい」即答されます。むぅ、名案だと思ったのですが。
「櫓があるな、上から確認しよう」
「櫓の上に魔族は」
「大丈夫、いないよ」
「どうしてわかるんです?」
「あとで説明しよう」
はじごをよじよじして、上から村の全景を確認しました。
「うじゃうじゃいますね。ドラゴンが、ひい、ふう、みい、小粒な魔物は数え切れないくらい」
「手に負えんな、やはり引き上げよう」
ねえさま、まものだよ!
いっぱいいるよ! ねえ、あれみんなやっつけてよ。
……耳元で声がします。
「さっきのことだがね、能力の高い魔法使いには魔族のように魔法力を五感で感じれる人間がいるのだよ。わたしの場合は匂いとして読みとることができる」
「へえ」
ですが、私にはカナンの声が正確には聞こえていませんでした。
ねえさまどうしたの? あいつらころしてよ。ぼくとおなじにしてよ。
ころせよ。さぁ、はやく! ころせ、ころせ、ころせ、ころせ。
ころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせっ。
「私の知り合いには視覚で魔法力を見ることのできる魂視の能力者と、魔法力に触れることのできる侵蝕の能力者がいた。片方は天才的な天才で、もう片方は悪魔的な天才だったよ」
村長のものらしき大きな家から、一体の人型の魔族が出てきました。
魂視の能力なんてなくとも、そいつが一際大きい魔法力を放っていることがわかります。
私は立ち上がりました。
そうだよ、ころして。ねえさま、あいつをころして。
「おい、きみ?」
「じゃ、ちょっと行ってきます」
私は縁に足を掛けました。見つからないために抑えていた魔法力を解放、旋風呪文を使って圧縮空気を溜め込みます。「ちょ、待ちたまえっ」咄嗟にカナンが私の肩を掴みました。「え」そうするつもりはあまりなかったのですが、圧縮空気を噴射して超跳躍した私はカナンを道連れにしました。魔族の頭――おそらくは“死を呼ぶ呪文”のサビロの元へかっ飛びます。初撃として吹っ飛んだ勢いのままに飛び蹴りを食らわせようとしました。
褐色の肌に黒いコートを纏った頭に角のある男性の魔族が、こちらに気づいて振り返り、私の飛び蹴りを掲げた左掌で受けました。「む」結構自信のあった攻撃だったのですが、サビロは涼しい顔で受けきり、そのまま私の足を掴んで民家の壁に向けて放り投げました。私は付随したカナン諸共、壁に叩きつけられます。「ぐえ」カナンが間抜けな声を出します。
サビロが腰の鞘から剣を抜き払いました。ぐおおおおお、と少し離れた位置でドラゴンが咆哮を上げます。雲魔物や猿魔物といった小粒な魔物たちがわらわらとやってきます。
「ぐぅ……どうしてこうなるのだ」
涙目のカナンが愚痴を零します。勝手についてきたんですから自業自得でしょう。辺りの魔物の群れを見渡し「ええいっ、倒すのでなければどうとでも、なればいいな!?」カナンが魔法力を解放、額が割れて一部の上級魔族が持っているような“第三の目”が開きます。「幻惑呪文」と唱え、魔法力の霧が村の全域に満ちていきます。
魔物達は視界を覆う濃い霧に戸惑っていました。霧に満ちた世界の中で、しかし私の視界はクリアーです。霧自体が透明に映っています。力量の低い魔法使いはこの呪文によって味方にまで幻惑を見せてしまうことが大いにあるそうですが、そこらへんは“ケンジャ”とかいう偉そうな肩書きを名乗っているだけのことはあります。
「周囲の魔物は抑えるからそれは君が倒したまえ。私は最小限しかサポートできない」
「合点です」
意気揚々と両拳をあわせた私に、
「痴れものめ」
七武衆が筆頭、“死を呼ぶ呪文”のサビロが襲い掛かってきました。
先ずは袈裟懸けに一刀。私は横転しながら左に避けて斬撃を回避。私の代わりに斬撃を受けた民家が真っ二つに割れました。受けたら即死ですね、防御も出来ないでしょう。
サビロは積極的に間合いを詰めてきます。好都合です。私はバックステップで飛び退き、幻惑の濃い霧の中で戸惑っている猿魔物を掴むと圧縮空気の噴射力を借りてサビロに向けて投げつけました。一瞬判断に迷いつつ、サビロは隙を作るのを承知で、左手で猿魔物を受け止めます。切り捨てるほど冷酷にはなれなかった様子。
今度は私から間合いを詰めました。サビロは猿魔物を斬らないために右手に持つ剣を引いていました。右わき腹が露出していたので、私は左足のつま先を右方向に向けて体を半回転させ左拳で振り打ち。右わき腹を打ち抜きます。分厚い筋肉の感触。ドラゴンを殴ったときと遜色ない感覚でした。が、あれほどの巨大質量ではありません。必ず衝撃が貫通して内臓に打撃がいきます。そして懐に入ってしまえば剣は無用の長物。たたらを踏んだサビロに、さらに右の鉤突きで追撃。邪魔になる猿魔物を放り捨てたサビロの腹に私の拳が突き刺さります。が、サビロは「ぐ、ぅ」と低く苦鳴を吐いただけ。堪えられました。
サビロは左腕を振り回して私を迎撃。風を切る音を聞きながら、私は体を沈ませて回避。頭のすぐ上を豪腕が空振ります。剣術については知りませんが格闘については素人であるサビロは自分の腕を振った力によって体を流されて隙を作りました。腹が露出。これを見逃しほど私はお人よしではありません。鉤突きをいれると、肋骨の折れる感触がありました。人間の戦士であればKOでおかしくない一撃でした。「引きたまえ」警戒を切っていなかったこととカナンの声によって私は次の一撃に反応することができました。
「極大火炎呪文」
突然足元から湧き上がったのは業火。ファイアブレスに負けじ劣らずの超高熱、白い炎でした。圧縮空気の噴射によって後方跳躍して、寸前でそれから逃れることができました。熱された大気を吸い込まないように呼吸を止めます。
どうやら本領は剣よりも呪文な様子。続けて空中に浮かぶ、あざやかな無数の氷の刃。
恐怖よりもまず美しい、と感じました。熱された大気の中で少しも制御を乱さずに屹立する氷の魔槍。二段の水平に二十本ほど並んだそれが「氷刃呪文」の声とともに乱れ打ちされます。逃げ場がなかったので民家の中に飛び込んで盾とします。氷刃によって壁が貫通。壁材が舞い散りますが氷の刃は突き刺さったまま停止。いまはどうでもいいですが、家の中はあちこちが真っ赤な血で汚れていました。ここでも殺戮が行われたのでしょう。
そうだよ、だからあいつらはころさなきゃ。
ええ、そうです。あいつらは殺さなければなりません。私は裏の窓から脱出して、手近なところにいた蛇魔物を殴殺。そのまま掴みます。また投げつけましょう。近くではドラゴンが眠って、いえ、昏倒していました。おそらくカナンによる睡眠呪文でしょう。あいつ本当に器用な魔法使いですね。
これまでの攻防で消費した圧縮空気を旋風呪文で再度溜め込みます。おそらく魔法力の感覚で私を見つけたサビロが、再びの「火炎呪文」。私は水平跳躍して白い炎を回避。氷刃呪文と混ぜて連弾が放たれますが、疾走の途中で速度を変えて、また民家を盾にして火炎と氷槍を掻い潜ります。武闘家の強みは敏捷性による高速戦闘です。ある程度の距離があれば、これくらいの攻撃は、私にはあたりません。反面戦士ほど耐久力に優れているわけではないので、一、二発いいのを貰えば死にますが。とはいえ呪文を連打されると近づきにくいですね。まずは呪文を多く使わせて魔法力をすり減らす作業が必要そうです。
というか。
「攻撃が浅い……?」
自身の失策に気づいて私は進行方向を変えました。剣を構えたサビロがカナンに向かって斬りかかっていました。適当に私に呪文を放っていたのは目を晦ますため。自分のアホさを呪いながら圧縮空気を噴射して加速しますが、間に合いませんでした。放たれた袈裟懸けの斬撃がカナンを真っ二つにしました。
そして、切り裂かれたカナンの姿が豚魔物に変わりました。自身になにが起こったのかわからないようにきょとんとした表情でサビロを見て、豚魔物が絶命します。
変身呪文でした。
カナンは乱戦のうちに自身の姿を魔物に被せていたのです。それから気取った口調で「バカめ。火炎呪文とはこうやって当てるのだよ」と、民家の屋根の上から本物のカナンが言いました。
カナンによって放たれた火球がサビロに命中。高く火柱が上がります。魔法力を解き放ってサビロが火炎を防御。あちこちが焦げ付きながらも強力な魔法力が火炎をかき消します。私は蛇魔物を手放して間合いを詰めました。
「俺に、俺に同胞を斬らせたな!?」
怒りに任せたサビロが私に向けて左薙ぎの斬撃を放ちます。隙の大きい大振りでした。戦闘中に怒ってもいいことなんて一つもないのです。私は縦回転しながら小跳躍。斬撃の少し上を跳ねて、縦回転の勢いのまま踵を落とします。プレートブーツの踵が右頭部を捉え、サビロの角が折れました。サビロの脳が揺れ、一瞬だけ意識が混濁、剣を取り落とします。それによって生まれた隙で「風鳴流」サビロの正面に着地した私は普段全身に纏う風圧を利き腕の右拳に集中させることができました。「正拳突揆」揚げ打ちと共にすべての風圧を彼の内臓に捻じ込みました。
内臓が潰れる感覚がはっきりと拳に伝わってきます。ごふぅと血を吐いたサビロの目が胡乱ながらも私を捉えました。まだ生きてやがる。
抱きすくめるように振られた両腕を、後方跳躍して回避。ぎろりと私を睨みつけて、氷刃呪文での追撃。やばい、死ぬ。これ心臓を直撃する。美しい氷槍による心致死の軌道を、圧縮空気の噴射で無理矢理身を逸らして肩で受けることができました。熱と同時に血が飛びます。見ると左胸から肩にかけてを巨大な氷槍が貫通していました。いつ千切れてもおかしくありません。
昔の私なら立ちすくんでいた気がしますが、あいにく手がなくなるのは二度目、というかあのときは両手両足を食い千切られたので、こんなのは全然大したことありません。……いや、大したことはあるのですがとりあえず後回しにしましょう。
剣を拾い上げたサビロがカナンに向き、カナンは民家の屋根から飛び降りて遁走。再び霧に紛れて魔物に変身呪文によって自分の姿を被せて身代わりを用意するのでしょう。あくどい戦法ですねえ。
「ふううううう」
最後の一撃を放つために私は息を吐き、吸い込みました。
サビロは血を吐きながら、御しにくいカナンよりもわかりやすい私を標的に選びます。
ねえさま、あとすこしだよ。もうちょっとでころせるよ。
弟の声がしました。それだけで痛みと疲労が吹き飛んだ気がします。私は微笑みました。もうちょっとで殺せます。その事実だけで私の心は軽くなりました。報復を。すべての魔族に報復を。サビロは間合いの離れた私に対して火炎呪文を放とうと構えて、そのままよろめいて。
「……は?」
ばたり、と突然倒れました。げろげろと口から大量の血を吐いています。内臓が破裂して、生命を維持できなくなったのでしょう。おまけとして再生のためにフル稼働していた魔法力を、呪文によって放出してようとしたためにああなったようです。
やったね、ねえさま!
やっぱりねえさまはすごいや!
ありがとう、またころしてね!
幻聴が消えて、現実が戻ってきます。肩の痛みが電撃のように私を貫きました。尻餅をつきます。あ、やばい。死にそう。血の匂いに釣られた魔物が私の元へやってきます。弟がもう一声かけてくれればがんばれたかもしれません。ですが失血と激痛の前に私は立ち上がれませんでした。もがいてみますが、ダメでした。
「落ち着きたまえ、わたしだよ。変身呪文で魔物の姿を借りている」
と、魔物からカナンの声がしました。
……自分の姿を変身呪文で魔物に被せて同時討ちをさせて、自分は変身呪文で魔物の姿を被って魔物に紛れていたんですか。一度姿をみせて火炎呪文を放ったのも、自分の姿をアピールして魔物に紛れていることを悟らせないためだったんでしょう。とことん性質が悪いですね、この人。
「離脱するぞ。さすがにもう文句は言うまい」
ぶっちゃけるともっと殺したかったです。
しかしもう拳を握る力も残っておらず、私を急かす幻聴は止んでいました。
カナンが瞬間移動呪文を唱え、私の存在はここから消え去りました。




