せかいのおわり 1
どうにかこうにか生きて帰った私と盗賊さんですが、盗賊さんは早々に戦うことを諦めてしまいました。
「勇者も戦士もあんたも天才だ。でも僕は違う。僕はおなさけであんたらに拾われただけの子供だ。勇者も戦士もいなくなったんじゃあ勝ち目なんてないんだ。僕は降りるよ」
と、言って、どこかに行ってしまいました。
私はこの人は何を言っているんだろうと思いました。盗賊さんこそが天才の名にふさわしい人でしたのに。戦士さんが十年以上かけて体得した剣の技をするすると覚えてしまって、戦士さんは秘かに落ち込んでいらしたのに。そして憂いを帯びたその美貌で湖の国の王女様を恋に落としてしまいましたのに。
……。
湖の国で思い出しましたが、私たちが魔王に敗北したことを支援してくださったあちらこちらの王様たちに伝えなければなりません。それは気が重い作業ですが、盗賊さんがあの様子では私しかその役目ができる人間はいないでしょう。なにせ勇者様も戦士さんも死んでしまったのですから。
唐突に悲しくなって泣きたくなってしまいます。というか一回泣いておきましょう。
うぐ、うう、うえええん。
よし。泣くの終わり。文章にして約一行ですが、この間に四十八時間ほど経過したことだけ明記しておきます。
では手始めに湖の国に行くことにしましょう。
「瞬間移動呪文」
私の体はその場からふっと掻き消えて、次の瞬間にはお城の前にいました。衛兵さんがぎょっとして身を固めますが、私が勇者一行の女魔法使い、公式ファンクラブの愛称ではヒフミンだと気づくと安堵したように息を吐きました。
「こんにちは。王様にお会いしたいのですが、取り次いでいただけますか」
「わ、わかりました」
兵士さんは泣き腫らした私の顔を見てただ事ではないことを察したのでしょう。
慌ててお城の中へ駆けていきました。
兵士さんが戻ってきて、私は謁見の間に通されました。
王様を拝謁して、あれれー、おっかしいなぁと私は思いました。というのも私、人の感情が少しだけ読めるのです。魔法は魂の力を根源としているので、魔法使いは魂の状態を把握する術に長けているんです。魂の状態には感情が色のように浮かびます。
そして王様が私に対して持っている感情は、殺意と迷いでした。なので、ええ、王様に殺意をもたれるようなことをした覚えのない私としては、小首を傾げざるを得ないわけです。ともかく私は敗戦の報告をしました。王様はとても苦しそうにそれを聞いていました。
「そうか……。勇者殿のお力をもってしても、魔王に勝つことは叶わなかったか」
重く、辛い声でした。
「いや、仕方あるまい。勇者殿の双肩に人類の未来などという重荷を乗せてしまったことそのものが我々の罪なのだ。我々の未来は我々で作らねばなるまい。時にヒフミ殿、そなたはこれからどうするのだ?」
私? 私ですか? どうしましょうか。何も思いつきません。
ちなみに王様が勇者さんのことを勇者殿と呼んで、私のことをヒフミと呼ぶのは、勇者さんの本名がアウグステインラル=エルゴラゴルディ=アスターロトだとかいうくっそ面倒くさい名前だからです。結婚したら私の姓に入って貰おうと思っていました。思っていました。
「いまはまだなにも思いつきません」
私は言いました。身の振り方なんて急に言われても困ってしまいます。だって私、勇者さんの金魚の糞だったんですもの。あっちこっちで魔物と戦ってぶち殺して勇者さんのついでに感謝されてたらそれで幸せだったんですもの。あ、泣きそう。
「我が国の宮廷魔術師としてこの地に留まるつもりはないか?」
宮廷魔術師さん?
ええ、それは魔法使いとしては最高格の地位でいろんな人を顎で使えていろんな研究もし放題。研究費用は国から出るわ研究施設の許可はあっさり下りるわでやりたい放題の素敵な職業です。ですけどいまの私にはそんなものにまったく興味が持てないのです。研究しても勇者は生き返らないのです。人を顎で使っても勇者は生き返らないのです。
「いまはまだ他にやることがたくさんありますから」
なのでお断りさせていただきました。
やることが終わったらなってもいいですよー、なんてちらつかせたのはやっぱり宮廷魔術師の地位が魅力的だったからですね。この恋する乙女期間が終了したらなってみたいなーと思っているんです。打算的な女ですね。私ったら。
それはさておき、王様の殺意が少し強くなりました。
これはもう直球で訊いてみましょう。
「ところで王様、もしかしてなにかお悩みのことがありますのでしょうか?」
王様は雷に打たれたような表情をなさいました。
「……隠し事はできないようだ。おい、あれを」
王様は兵士さんに何かを命じました。兵士さんは大きな鏡を持ってきました。
そこには血文字で「勇者と旅をした二人の人間の首級を我が前に捧げよ」と書かれていました。魔族の使う、鏡を使った通信呪文というやつです。
なるほど納得です。三人ではないことに私は落ち込みました。逃げ切れた私と盗賊さんと違い、戦士さんは逃げ切れなかったようです。
「それで王様は私の首を魔王に差し出すべきか迷っていらしたのですね」
「それは誤解だ。私はヒフミ殿を護ろうと思い、この地に留まることを薦めたのだ」
嘘でした。だって王様は現在進行形で殺意を強めていらっしゃいます。
「明かした上でもう一度尋ねるが、宮廷魔術師として我が国に留まる気はないか?」
「ええ、いまはまだ」
「そうか、残念だ」
兵士さんが私の後ろで剣を抜きました。見えていないと思っているようです。
「私も残念です、王様」
私は瞬間移動呪文を唱えました。兵士さんの剣が私の体を貫きましたが、もうそこに私はいませんでした。王様は私が消えたのをどこか遠くにいったんだと思ったようです。安堵したように息を吐きました。違います。私は王様の真後ろに瞬間移動したのです。
私、瞬間移動呪文がとても得意なのです。普通の魔法使いは瞬間移動呪文を使うのに、長い時間魔力を練る作業が必要だったり、次元演算を綿密に行ったりでものすごく時間がかかってしまうのですが、私、そういうのいらないんです。感覚でばーっと位置を決めて瞬間移動してしまえるんです。ついた渾名は誰が呼んだか『瞬獄殺』。ださいですね。
「ねえ王様。火葬と氷葬はどちらがお好みですか?」
私は訊ねました。
王様が引きつった表情で振り返りました。
「どちらも好きではないみたいなので、爆葬にしておきますね」
極大爆裂呪文の輝きが謁見の間を満たします。
ええ、私、勇者のパーティですから。人間にしては最強なんです。
最強なんですけど、魔王には勝てませんでした。足元にも及びませんでした。
闇刻結界という伝説級の呪いによって魔法が全部無効化されてしまいました。
チートだと思いました。あんなのずるいです。炎も氷も爆裂も旋風も、それが「魔法である」というだけで問答無用で分解して無効にしてしまうんですもの。魔法使い殺しです。私、足手まといでした。びっくりするくらい足手まといでした。
極大爆裂呪文の輝きが謁見の間で炸裂しました。兵士さんたちが逃げ惑いましたが、光が大きくて逃げ場はありません。
そして光がはじけて終わった時、そこにはたくさんの白い鳩が舞っていました。爆発なんて起こりませんでした。鳩は間抜けな声をあげてシャンデリアの上でくつろぎ始めました。
「……これ、とっておきの宴会芸なんです。焦ったように見せかけて呪文を暴走させる感じを出すのがポイントなんです。去年の忘年会では大受けだったんですよ。ほんとですよ」
「ヒフミ、殿」
「大受けだったんだけどなぁ」
どうしてこうなってしまったんでしょうか。
どうして守ってきた人間さんに私は剣を向けられているんでしょうか。
どうして勇者さんは死んでしまったんでしょうか。
決まっています。私が弱かったからです。脳みそピンク色の乙女 (おつおんなと読むそうです。)で、勇者さんと一緒ならどうにでもなると思っていたからです。きっと知らないうちに修練でも手を抜いていたのでしょう。
王様から殺意は消えていました。代わりに王様の心を塗り潰していたのは恐怖です。幸いにしてその恐怖は私に対するものではありませんでした。魔王に対してのものです。この人の心はいま、目の前で勇者さんが死んだときの私と同じようなものなのです。おしっこちびりそうなのです。私はほんとにちびりましたけど。というかぶちまけましたけど。
そりゃあ私と盗賊さんの首を差し出さないとどうなるかわかりませんものね。でも私と盗賊さんの首を差し出して、その次はどうするんですか? 例えば国王の首級を差し出せって言われたら、あなたは自分の首でも差し出すんですか? うーん、王様って大変ですね。
「じゃあ私はこれで失礼しますね。どうにもならなさそうだけど何かしてみます」
「ヒフミ殿、お待ちくださ」
引き止める王様を無視して、私は瞬間移動呪文を唱えました。




